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公共の福祉のためでも、制限は最小限に 「居酒屋を特別に制限するなら、根拠を示せ」

4度目の緊急事態宣言が発出され、飲食店は再び酒を出すことを制限されます。しかし、そもそもこの要請に法的な根拠はあるのでしょうか? 憲法学者は「制限は必要最小限に」として、根拠の説明を求めます。

新型コロナウイルスの流行の初めから営業時間の短縮や休業を繰り返し要請されてきた飲食店。

補償も十分ではない中、感染拡大防止のためといっても、これだけ長期間、生業に影響を与える制限を行なってもいいものなのだろうか?

BuzzFeed Japan Medicalは憲法学者の横大道聡・慶応大学教授に公共の福祉と、権利の制限の関係について聞いた。

法律でもうたわれている「制限は必要最小限に」

ーー流行の初期から飲食店の休業や営業時間短縮要請が繰り返されてきました。経営者や従業員にとっては生活の糧である仕事を、感染拡大防止のためとはいえ、これほど長期間制限することは法的に許されるのでしょうか?

まず、まん延防止等重点措置の時は、営業時間の短縮しか要請できないはずです。特定の業種の営業ができなくなるような要請をすること自体が、法律の趣旨に反しています。

一方、緊急事態宣言の時は、営業の停止を求めることは一応できます。ただ、新型インフルエンザ等対策特別措置法の5条に、権利の制限は必要最小限にするように書かれています。

国民の自由と権利が尊重されるべきことに鑑み、新型インフルエンザ等対策を実施する場合において、国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない。(新型インフルエンザ等対策特別措置法5条)

あるいは、特措法の1条の目的規定でも、国民の生命や健康の保護と共に、国民生活や国民経済に及ぼす影響が最小となるようにするということの二つを並べて書いています。どちらかを優先する内容にはなっていません。

この法律は、国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあり、また、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあることに鑑み、新型インフルエンザ等対策の実施に関する計画、新型インフルエンザ等の発生時における措置、新型インフルエンザ等まん延防止等重点措置、新型インフルエンザ等緊急事態措置その他新型インフルエンザ等に関する事項について特別の措置を定めることにより、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号。以下「感染症法」という。)その他新型インフルエンザ等の発生の予防及びまん延の防止に関する法律と相まって、新型インフルエンザ等に対する対策の強化を図り、もって新型インフルエンザ等の発生時において国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることを目的とする。(特措法1条)

さらに、命令を出す要件は、正当な理由がないのに要請に応じず、かつ、先ほどの目的達成のために特に必要があると認めるときに限られています。つまり特措法は、要請に従わないというだけで命令は出せないという建付けになっているのです。

その観点から言えば、換気や消毒をきちんと行い、アクリル板をたて、一人の客しか受け入れないとか、感染防止の措置を講じている飲食店が午後8時で閉めなければならない理由がありません。感染まん延の恐れがないわけですから。

そういう飲食店も含めて一切合切午後8時以降はだめという網をかけることは、過剰な規制になっていると私は考えます。

小さいところは要請を無視

ーー小規模な飲食店だと、抵抗したり、訴訟を起こしたりする体力もないので、過剰な規制であっても泣き寝入りするしかない状態です。大きな飲食チェーンで訴訟を起こしたところがありますが。

グローバルダイニング社の訴訟については大変注目しています。あのように大きいところは体力があるから戦えるかもしれませんが、そうでないところも多いでしょう。小さいところはもう要請を無視して営業しているところも出てきていますね。

今後どうなるかはわかりませんが、これまでは要請に従わなくても小さいところに命令は出していないようです。グローバルダイニング社のように大きく目立つところを選んで狙い撃ち的に命令を出していたようなので、「従わなくてもいいや」という小さな店が増えてきています。

ーー3度目の緊急事態宣言の最後の方では、要請を聞かずに開けている居酒屋も増えていました。だからこそ、今回、政府は守らないところに対して様々な圧力をかけてきているのでしょうね。

そうですね。

グルメサイトを使った「密告制度」も

ーーもう一つ、最近の動きで気になるのは、食べログやぐるなびなどのグルメサイトを通じて、感染対策を怠っている店を客が通報し、都道府県の指導につなげるという新しい制度の創設です。居酒屋では「密告制度だ」と批判の声が上がっています。法的にこれは許されますか?

お酒の卸売の取引停止や金融機関への働きかけに比べたら、まだましかなとは思いました。

客が座席間の距離とか、マスク着用の状況などを採点するということのようですが、その点数が低いお店をすぐさま処分するというわけではなく、現地確認が入ると思います。確認をするための端緒として利用するだけで、低評価=飲食店の不利益には直ちにはなりません。

人海戦術で全店舗を見回るのが難しいので、評価が低いところを集中的に調べようということだと思います。

ーー食べログやぐるなびでは、店への個人的な恨みで悪いコメントを入れる人もいます。こんなことで飲食店が左右されていいのかとも思います。

どのような制度設計にするかにもよりますが、そうしたコメントを誰でも見れる状態に置くような仕組みだとしたら、そういう動機で評価する人が出て、風評被害が生じる可能性は確かにあります 。

ーー殺伐としますね。

だから政策手法として悪手だと思います。性格が悪いやり方ですよね。

そもそも行政が酒出す・出さないを決めていいのか?

ーーそもそも酒を出さない要請は、居酒屋やバーであれば事実上の休業要請です。緊急事態宣言で休業要請ができる以上、出すメニューまで公的機関が管理してもいいということですか?

法的にはできなくはないと思います。ただ、それにはちゃんとした理由がなければいけないし、制限の範囲も限られていないといけない。酒が感染の原因になっているというエビデンスも含めて、なぜそのような制限を要請するのかを要請する側は出さなければいけません。

ーー国立感染症研究所などの研究グループは、酒を伴う3人以上の会食を何度も行っている人は感染リスクが5倍高いという研究結果を出しています。ただそれはサシ飲み、一人飲みを確認したわけではなく、酒を飲むその場が感染に寄与したかも確認しているわけではありません。それでも酒を出さない要請はまかり通ります。エビデンスがないと言って、感染対策をしっかりやっている居酒屋が抵抗することは可能でしょうか?

田村厚労大臣も「酒提供と新規感染者は相関関係がある」と発言しましたね。

酒を出す場所で感染が多いという相関関係はありそうですが、しっかりした因果関係があるかと言えば、これまでの情報を見る限りは微妙ですね。「酒飲んで騒げばそりゃ感染するだろうと」は思えるのですが、1人とか2人で静かに飲んで、酒の供給量を限定すれば、リスクは減るでしょう。


そして静かに飲食させる方法もいろいろあると思います。そういう選択肢の検討をせずに、あるいは、そういう努力を続けている店についても一切考慮せず、一律にダメなんだとすることについては、過剰な制限だと評価できると思います。

ーー制限は必要最小限にしなければいけないというのは、法的には何が根拠になりますか?

これは憲法が関わる話だと思います。直接的には前に触れた特措法の5条でしょうね。「国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない」と明記されています。

また、重点措置でも緊急事態宣言でもそうですが、適用される場合は、「まん延防止のために特に必要があると認める場合」などの要件がついています。それをしないとウイルスのまん延が防止できない場合にのみ、出せることになっているはずです。

なんとなく酒が怪しいから全部に網をかけましょうということは法律上、許されないと思います。そして法律がなぜそれを許さないかと言えば、究極的には憲法があるからだと思います。

「公共の福祉」と「必要最小限の制限」

ーーそれでも憲法では、公共の福祉に基づいて人権は制限され得るとしています。ただし、なんでもかんでも公共の福祉のために人権制限をしていいわけではなく、権利の制限は必要最小限に抑えなければいけないという大原則があると先生は言っています。憲法のどの規定に基づく考え方ですか?

これは憲法解釈の話になります。憲法では、権利をたくさん挙げつつ、それら全般に公共の福祉による制約があるのだ、と書き振りになっています。

これは、「公共の福祉」を掲げればなんでも制約が正当化されるという意味ではありません。憲法上の権利の制限は必要最小限に留めなければならない、そのハードルをクリアして初めて、「公共の福祉」に基づく正当な制限であると言えるのです。これが憲法学における一般的な「公共の福祉」の理解です。

ーー新型コロナの初期から、「夜の街」や酒を出す飲食店は規制の対象になってきました。従業員にも生活があるし、そこを利用する人たちにとっても生活に欠かせない大事な場所ですが、狙い撃ちにあい、国民も容認している空気があります。特定の業種に過剰な負担を背負わせ続けることは、公共の福祉のためであっても正当化できますか?

おそらく叩きやすいところだったのだろうと思います。

酒を飲んで騒げば感染しやすい、というのはとても分かりやすいですし、そういう意味で、国民からも叩かれやすい場所だったのだと思います。

ーーしかし、法的には何かしらの根拠や手続きがあって権利は制限されるべきなわけですね。それが国民感情の後押しも受けて、根拠があいまいなまま制限され続けています。これは危ういことではないですか?

おっしゃる通りなのですが、専門家会議や分科会も飲食店を目の敵にしてきた印象があります。政府としては「専門家がそう言っている」と言い訳できるようになっています。

ーー飲食店の感染対策の認証制度が作られているのに、一律に制限されるならなんのために必死に感染対策に力を入れてきたのだと店の経営者は怒っています。専門家もそのあたりをきめ細かく見るべきでしょうね。

専門家の専門領域にもよると思いますが、感染症や公衆衛生の専門家がまん延防止を図るには、人の流れを完全に止めて、全員が家にいるのが最善の対策なのでしょう。

しかし、特措法の目的には、国民生活や国民経済に及ぼす影響を最小化することも挙げられていたはずです。この点に関する専門家のアドバイスなどが十分になされているとは思えません。

制限するならば根拠の説明が必要

求められるのは、十分な証拠に基づいた制限です。何かというと緊急事態宣言を出す、規制を強くする、という方向にしか進んでいないように見えます。

今回の4度目の緊急事態宣言も、宣言を出す要件をクリアしているかと言えば微妙です。特措法の施行令では「医療の提供に支障が生じている都道府県があると認められるとき」に出せるという要件が定められています(6条)。

確かに東京の感染者数の増加はステージ4相当ですが、重症病床の使用率はそこにまでは至っていない。この点は弁護士の楊井人文さんが相当詳しく報じていますが その要件をクリアしていない。

菅首相は「予防的な措置としてやる」と言っています。しかし法律上は、緊急事態宣言を予防的な措置として出すことはできません。

ところが専門家も早く出せと言っています。法律の基準は守らず、出したい時に出せるものと思っている節があります。

ーーただデルタ株の感染性の強さなどを考えると、これまでの要件に合わせてうつのは間に合わない気もします。これまでとは様相は違う気がします。

ただ、「将来そうなる恐れがある」という条件だと、重点措置しか打てないのが法律の仕組みです(令5条の3)。

医療提供に支障が実際に生じている場合に緊急事態宣言ができるのであって、もしウイルスの感染のスピードが早まっていて、そういう場合にも緊急事態宣言を出したいというのであれば、先に法律なり施行令を変えなければいけないはずです。

ーー超法規的な対応になっているという指摘ですね。

そうだと思います。

東京五輪と居酒屋の制限

ーー東京五輪があることで要請ベースで行ってきた日本の感染対策の説得力が失われています。飲食店の対策は厳しくする、だけど東京五輪は断行する。法的な感染対策の措置が矛盾することは許されるものなのでしょうか?

五輪を何と比較するかによると思います。例えば野球とか相撲といったスポーツイベントは観客を入れて開催しています。それを比較してオリンピックだけダメだというのは逆におかしいのではないかという意見もあり得ます 。

オリンピックは6都道県では無観客開催になりましたが、なぜ他のイベントと対応が異なるのか。国民感情としてオリンピックが批判的に見られてるからだと思います。

他方、音楽イベントが中止になったりしており、それと比較すると、五輪やスポーツイベントはなぜ開催できるのか、という疑問も生じます。

美術館などに対しても今回は休業要請をしないようです。集客施設に対して今回の宣言で要請する内容を考えたら、逆にオリンピックだけダメだというには、その理由の説明が必要でしょう。

飲食店に対する厳しさと、それ以外のいろんな人が集まるイベントの緩さとの矛盾、さらにはイベント間の対応の違いこそ、問題視するべきではないかと思います。

ーー制限するには、証拠に基づいた説明が必要だということですね。

人の流れを生み出しているのはスポーツイベントをはじめとする集客イベント全般です。通勤・通学もそうです。そちらはあまり規制せず、飲食店はハードな規制をしなければならないとするならば、エビデンスを出さなければいけません。

「人が流れていても飲食をしなければ、酒を出さなければ大丈夫なのだ」と主張するならば、制限される側が納得するためにも、その証拠を出さなければいけません。

必要なことは、規制される側も十分に納得できる、科学的根拠に基づいた制限です。それが示されてこなかったため、要請に従わない業者が出たり、人の流れが減らなかったりするのではないでしょうか。

【横大道聡(よこだいどう・さとし)】慶應義塾大学法科大学院教授

1979年、新潟県生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。鹿児島大教育学部准教授などを経て2018年から現職。専門は憲法、比較憲法。