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コロナ対策の優等生、台湾で、感染者や死亡者が急増したのはなぜ?

「コロナ対策の優等生」台湾が、オミクロンが登場してから感染者数や死亡者数の急激な増加を許してしまいました。何が原因なのでしょうか? 台湾人の産婦人科医で台湾のコロナ事情に詳しい錢瓊毓(せんけいいく)さんに聞きました。

長らく新規感染者数を非常に少なく抑えていて、「コロナ対策の優等生」と称賛されてきた台湾。

ところがオミクロンが登場してからと言うものの、新規感染者数も死亡者数もこれまで抑え込んできたのが不思議なぐらい急激に上昇しました。

なぜこんなことが起きたのでしょうか?

BuzzFeed Japan Medicalは日本生まれの台湾人で、日本医師会のCOVID-19有識者会議(後に武見基金COVID-19有識者会議)にも台湾のコロナ事情を寄稿している産婦人科医、錢瓊毓(せんけいいく)さんに話を聞きました。

※インタビューは6月28日昼に行い、その時点の情報に基づいている。

今年に入って感染者も死亡者も急増

——今、台湾はどれぐらいの感染者数になっているのですか?

6月25日時点の累計で、約357万人です。そのうち355万人は外からの持ち込みではなく、台湾内で感染した人たちです。しかも354万人は今年に入ってからの感染者なので、台湾の感染者のほとんどは今年に入ってから確認されてきた状況です。

——亡くなった人はどれぐらいになっているのでしょう?

死亡者はこの3年で6000人台で、そのうちの5400人は今年に入ってからの死亡者です。感染者が増えたのに伴って、亡くなっています。

台湾の人口は2400万人で日本の5分の1なので、その比較でどの程度なのか判断してもらえたらと思います(6月25日現在の日本の累計感染者数約924万人、死者数約3万1000人)。

——具体的にはいつ頃から感染者が増えてきたのですか?

1月5日にオミクロンの最初の市中感染が見つかりました。それまでの台湾はほとんど市中感染者はいない状態だったのに、1月初めに1例出てきたのです。

3月頃までは濃厚接触者を見つけては隔離をするクラスター対策を繰り返していました。それでも収まりきらず、1桁だった感染者数は2桁になり3桁になり、4月に入ったところで数百人になり、あっという間に倍々ゲームになりました。

1番多かった5月20日ぐらいには1日9万人の新規感染者数を記録しました。今は徐々に下がってきていますが、1日だいたい5万人ぐらいの新規感染者数が報告されています。全てオミクロンだと言い切って良いでしょう。

無症状者がほとんどだが...母数が多いので死者も増える

——重症者はどうでしたか?

99.5%の感染者は軽症か無症状です。残りのわずかな割合の人たちが中等度、重症になり、重症になった方の一部が亡くなっています。

この傾向は他の国のオミクロン症例と同じです

死亡者の推移を見ると、去年の5月ぐらいにアルファの感染拡大があり、1日の感染者数は多くて600人〜700人という時期がありました。その頃、死亡者がグッと増えたのですが、それでも1日40人を超えることはなかったと記憶しています。

その後7月から9月にかけてデルタの市中感染もあったのですが、それはクラスター対策で抑え込んだので、アルファのような大きな感染拡大にはなりませんでした。おかげで、デルタの市中感染では死亡者はほとんどいませんでした。

そして今年の1月からオミクロンが広がり始めて、5月ぐらいから死亡者も増えていきました。多いときは1日200人を超えるぐらいでしたが、今はだんだん減ってきています。それでも1日150人ぐらいで推移しています。

死亡者に関しては、最終的に日本と同じぐらいの人口比になっていくと思います。

新規感染者数は5月20日ごろをピークに減少傾向にありますが、オミクロンは感染者数を抑えることは難しい。台湾政府も4月から、感染者数を抑えることから、重症者数と死亡者数を抑えることに方針を切り替えています。

亡くなっているのは高齢者

——台湾で亡くなっているのはどういう人たちなのですか?

こちらが今年分の年代別の感染者を分析した表です。感染者数全体を100%とした時に、それぞれの年代が何%を占めるのかを示したのが左から3番目の枠の数字です。

20〜50代の活動が活発な世代の感染者数が多いのは、日本と同じです。

中等度以上の人は年齢と共に増え、死亡も重症化している人が亡くなっています。つまり70代以上の人が重症化して亡くなっています。

ワクチンの接種率がどうなっているのか、医療対応がどうなっているのか調べました。

亡くなった人は高齢者が多く、ワクチン接種率が低い

まずはワクチン接種の状況ですが、こちらは6月24日に発表された152人の亡くなった方の内訳です。

年齢を見ると、152人中83人が80歳以上です。

亡くなった152人のワクチンの接種状況はどうだったのかを示したのが真ん中です。全くうっていなかった人が79人、1回うった人は9人、2回うった人は21人、3回うった人が43人です。

これはある1日の内訳に過ぎませんが、別の日に公表されているデータを見ても、似たような内容です。亡くなっているのは高齢の方で、ワクチンをうっていない人が多いと推測します。

台湾の6月20日時点のワクチン接種の状況ですが、全年齢で1回目をうち終わっている人が91%、2回目が82%、3回目が69%です。それと比べても、亡くなった人たちは明らかにワクチンの接種率が低いです。

台湾でワクチン接種が始まったのは昨年3月ぐらいからですが、そもそも、入荷されるワクチンも少なかった。台湾のワクチンはアストラゼネカ社の製品が先行し、その後モデルナが入り、ファイザーが昨年終わりぐらいに入ってきました。台湾が自分達で開発した「高端」というワクチンもあり、最近、ノババックスの承認も下りました。

ワクチン接種が始まった頃の台湾は、ほとんど国内での感染がない状況でした。せっかくワクチンが届いたのに、コロナ対応をしている病院の医療者さえなかなかうとうとしない状況が続いていました。

ところが、昨年5月にアルファの市中感染が広がると、ワクチンをうちたい人が急増し、今度はワクチンが足りないという状況に陥りました。このころ、世界中でワクチンの争奪戦が起きていましたよね。

台湾がとっても困っていた時、日本がアストラゼネカのワクチンを提供してくれたおかげで、なんとかワクチン接種が進みました。忘れもしない、あれは6月4日でした。ワクチンを載せた日本航空機が台湾に着陸する姿をネット中継で見ました。日本にはとても感謝しています。

ワクチン接種率が高齢者で低い台湾

——高齢者の接種率はやはり低かったのですか?

この表は年代別のワクチンの接種状況を示したものです。オミクロンの市中感染が始まった頃(今年1月)の1回目接種状況です。

黒い四角の線が全体のワクチンの接種率(1回目)です。だいたい81%ぐらいです。

この全体を下回っている年代が一つだけあります。75歳以上の高齢者です。75%ぐらいしかうっていない。重症化リスクが高く、一番ワクチンをうっていてほしい人が一番ワクチンをうっていないわけです。

逆に上位3位は50歳未満の若い人が占めます。18〜29歳は98%、30〜49歳は94%、12〜17歳が89%です。若い人がせっせとうっていて、高齢者がなかなかうたなかった。

その後も接種率の傾向は変わっていなくて、6月22日現在、18〜29歳の若い世代の1、2回接種はほぼ100%になっています。

一方、75歳以上は1回目をうち終わっている人が81%ぐらいにしかなっていません。

なぜ高齢者はワクチンをうたない?

——なぜ高齢者はワクチンをうたないのでしょう?

よくわからないのですが、科学的な説明をしてもワクチンに対する恐怖感が拭いきれないようです。ワクチンに関しては、台湾の高齢者は日本の高齢者とはずいぶん違う行動を取っています。

——高齢者のワクチンへの接種率の抵抗感はコロナワクチンに限っての話なのでしょうか?それともワクチン全般への抵抗感なのでしょうか?

ワクチン全般への抵抗感ではないと思います。高齢者のインフルエンザワクチンの接種率はそんなに悪くはありません。肺炎球菌ワクチンもそうです。

昔からあって「大丈夫だよ」と言われているワクチンには抵抗感がないのですが、コロナワクチンは短い期間で開発されて入ってきて「本当に大丈夫なのか?」という不安が大きいようです。

またワクチンに反対する人たちのデマ情報も出回っています。台湾はLINEを使う高齢者が多いのですが、1枚のカードにわかりやすくまとめられたデマ情報を簡単に友達に転送してしまうのですね。それを信じ込んでしまっています。

私ぐらいの年代の人と話すと、「親を説得しているけれど、なかなかワクチンをうってくれない」という悩みを抱えている人がたくさんいます。

ワクチン接種の優先順位は医療者から始まり、エッセンシャルワーカーの後の比較的早い段階で高齢者はワクチンをうてました。

ところが、うちたいと思っている若者はうてないのに、肝心の重症化リスクの高い高齢者が接種しないというジレンマが社会の中にありました。

若い人たちは自分達に順番が回ってきた時に、「仕方ない。高齢者を守るために自分達がうとう」という感じでせっせとうちに行っていたようです。

——日本はワクチンを高齢者からうつというメッセージを政府が強く打ち出し、高齢者も自分達が優先だという意識がありました。高齢者の接種率の低さに対して、台湾政府は何か対策を打たなかったのですか?

これは2021年11月24日に政府が出した資料で、年代別の接種率を視覚化し、高齢者の接種率が低いことを世間に呼びかけたものです。それまでは、高齢者の接種「人数」を毎週発表していましたが、他の年代と比較してこんなに低いのだということは伝わっていなかったと思います。

今年3月10日から1ヶ月間は、65歳以上の高齢者にワクチン接種を奨励するためにワクチンを打ったら500台湾ドル相当のお土産を配るということもやっていたようです。でも接種率が伸び悩んでいるのを見ると、効果があったかどうかは疑問です。

高齢者も6割ぐらいの人は熱心にうったのです。でもそこから70%台に載るまでは非常にゆっくりでした。接種率を伸ばすために何ができるかが話題にもなっていたのですが、結局、効果的な対策は打てていなかったようです。

オミクロンの流行が始まった時に、抗原検査の迅速検査キットの個人需要が増え、マスクのように品薄になった時期がありました。政府は「ワクチンをうちに来たら、迅速検査キットを配布する」という手を打ち、それで高齢者を釣っていたところはあります。

でも何をやっても来ない人は来ない。いい方法がなかったのでしょう。

医療提供体制は悪くない

——コロナ患者に対する医療の提供体制はどうだったのでしょう?

台湾の医療は日本と同じく皆保険で、医療へのアクセスも悪くありません。医療提供が遅れたということはないと思います。

オミクロンの市中感染の拡大で、政府は4月に新たに2種類の抗ウイルス薬を承認し、5月1日から重症化リスクのある人たちに対しては医師の判断で予防的に処方できるようになりました。

こちらは重症化予防のために抗ウイルス薬を処方した数の推移です。週末は少ないですが、平日はかなり処方されているのがわかると思います。

注目された子どものコロナ死 5〜11歳の接種率急増

もう一つ、台湾で5月からものすごく話題になっているのが子どもの死亡です。

9歳以下の子どもたちが17人亡くなっています。この数字が多いか少ないのかの判断は難しいところですが、子どもがコロナで亡くなるのは社会的インパクトが大きい。メディアでもセンセーショナルに取り上げられていました。

17人のうち死因が急性脳症だったのは5〜6人です。ほとんどが2〜4歳でした。

6月7日時点の報道では、12歳以下の重症例は39人いて、さまざまな理由で17人が亡くなっています。

「どうするんだ!」と対策を求める声が高まり、政府は6月1日から5〜11歳のワクチン接種を始めました。この年代の親の接種の意欲は高くて、1ヶ月も経たないうちに、この年代の1回目接種率は74. 6%(6月20日時点)に達しています。

5〜11歳のワクチン接種は基本的にご両親が決めます。50歳未満のワクチン接種率は高いので、接種した両親が子どものためにうとうと考えたのではないかと推測しています。

社会的な行動制限は?

——オミクロン登場で感染者が増えてクラスター対策がままならなくなった時に、台湾は社会的な行動制限を行ったのでしょうか?

台湾は感染状況に応じて「レベル1〜3」に対策を分けていて、一番厳しいレベル3では緊急事態宣言に近い対策もあります。学校や公共施設が休みになるレベルです。

ただ、オミクロンが蔓延した時、政府はレベル3にはしませんでした。レベル2で、外食はできるけどレストランの人数は制限する、という程度です。それまでの社会生活を大きく変えないようにしていた印象です。

——夜市も開いていたのですか?

夜市もオミクロンに関しては閉じていないはずです。

新規感染者が1000人、2000人と倍々で増えていった時も厳しい対策を打つのかとみんな身構えました。でも感染力の強いオミクロンはそれをやっても仕方ないと他の国のデータで分かっていたので、行動制限を強める判断はしませんでした。

逆に水際対策をする意味がなくなったので、段階的ではありますが、水際対策を緩め始めました。

——徹底して合理的ですね。では台湾政府は対策を変えなかったのでしょうか?

オミクロンの市中感染が広がった4月に対策を切り替えました。

コロナ対策本部は、「目指すのはゼロコロナではなく、ゼロ重症」と発表しました。蔡英文総統も政府の方針を明確に国民に伝えるためにFacebookで発信しています。

アルファまではクラスター分析で濃厚接触者を隔離して抑え込み、オミクロンも最初はその対応方法でした。しかし、感染拡大を止めるのは無理とわかって、切り替えたのです。

今は接触者調査は以前ほどのレベルでは行っていません。陽性者の同居家族の行動制限はありますが、それ以外の職場の同僚や一緒に昼ごはんを食べた人などの調査はしていません。

ただ地域によっては、学校で一人感染者が出たら、そのクラスはしばらくお休みにするなどの独自の制限は行なっているようです。地方自治体ごとの判断です。

今後どうなる?

——台湾のコロナ状況は今後どうなりそうですか?

これは6月7日時点の少し古いグラフですが、人口が多い上位6都市の新規感染者数の推移です。上が台湾北部の大きな都市3つ、下が中部と南部の都市です。

北部の方が人口が多く、国際空港も北部にあるため、北部の方が先に感染が始まり、収束に向かっています。中南部はそれを追う形で感染拡大が始まって、6月7日時点では減っていませんが、今は減少傾向にあります。

今後、だんだん収束していくと思いますが、地域差もあるので1日5万人の感染者数が今後どのぐらいのスピードで減っていくのかはわかりません。

台湾は長い間、厳しい水際対策を敷き、2020年3月から今年3月まで入国者全員に対し入国後14日間、完全隔離が徹底されていました。

それが3月中旬から14日が10日になり、7日になり、6月15日から在宅で3日間待機というところまで緩和が進んでいます。

今もビザなしの人は入国できませんし、観光ビザは出していません。開放の方向に向かっているのは間違いないですが、どれぐらいのスピード感で全解除に進むのかはわかりません。

これまで国内での感染者がほとんどいなかったので、なかなか入国制限を緩めることができなかったのです。でも今は市中感染が広がったので、そんなに厳しくする必要がないだろうという判断があると思います。

——4回目のワクチン接種の状況はどうですか?

5月から4回目接種が可能となりました。高齢者や免疫機能が低下している人、医療者などが対象となっていますが、6月27日時点で4回目接種をした人数は計74万人。そのうち医療者が約9.5万人です。

もともと、台湾ではワクチン入荷量が十分でなかったので、2回目接種の時期を遅らせて、できるだけ多くの人に1回目接種をするという戦略を採っていました。なので、4回目接種の対象になる人自体が現時点では多くないのかもしれません。接種率がどれくらい伸びるのかはこれから見ていかなければいけません。

——マスクはどうしているのですか?

相変わらずつけています。外出時にマスクをつけるのは義務化されており、そこから緩和していません。罰則規定があるので、市民も従っています。

(続く)

【錢瓊毓(せん・けいいく)】産婦人科医。愛育クリニックインターナショナルユニット勤務。

1976年生まれ。テキサス大学オースティン校教養学部卒。外資系コンサルティング会社勤務後、九州大学大学院修士課程に進学。修了後、富山大学医学部3年次に編入。卒後、富山大学附属病院、愛育病院、都立広尾病院での初期研修・産婦人科研修を経て、現職。