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同じ情報を6種類のシステムに入力、山積みのデータ…コロナ禍で忙殺される保健所。東大のチームが救世主に

感染者が増えると忙しくなる各地の保健所。その負担を増やしている一つに膨大な入力作業があります。東大のチームに応援を頼み、入力作業の効率化を図る足立保健所に取材しました。

新型コロナウイルスの感染者が増えてくると、保健所は忙しい。

患者発生届けの報告、濃厚接触者の調査、入院や療養の調整、経過観察などやることがいっぱいだ。

しかし、保健所の仕事を忙しくしているのはそれだけではない。

膨大な入力作業が保健師らの負担を増大しているのだ。

時には6種類の報告システムに同じ情報の入力を繰り返していた東京都の足立保健所では、入力作業の応援を得ていた東京大学の協力で、省力化を図り始めた。

BuzzFeed Japan Medicalは足立区衛生部長の馬場優子さんと足立保健所の感染症対策課防疫係長の佃美幸さんに、全国の保健所でも抱えているはずのこの問題について聞いた。

医療機関→保健所→東京都→国とファックスで報告 感染者増加で目詰まりも

感染症法に基づき国に届け出なければならない感染症は、医療機関から保健所、保健所から東京都という流れで手書きの発生届をファクスで送るのがこれまでのやり方だった。

馬場さんは振り返る。

「2020年の1月ぐらいからコロナの流行が始まって、3月の下旬ぐらいに発生者数が当時としてはかなり多くなりました。東京都のファクスが目詰まりしてしまい、私たちが送った発生届が物理的に届かないトラブルが出てきました」

3月下旬から、東京都のつかんでいる数字と保健所の数字に差があることが頻繁に起こった。

「2020年の5月11日には保健所から111人の報告漏れがあったことが東京都から発表されました。ファクスでやりとりする方法だと時間もかかり、届いたかどうかの確認も大変です。オンラインシステムを使って瞬時に報告し、根拠のある対策を素早く打つためのデータを共有すべきだという議論が起きていました」

そこで、国が突貫工事で作ったのが、「HER-SYS(ハーシス)」と呼ばれる新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システムだ。2020年5月から一部の自治体でテスト運用され、9月には全国に広げられた。

医療機関や保健所、そして患者が入力した情報が瞬時に共有され、入力や送付確認の手間も大幅に削減されるはずだった。

「入力項目は100項目を超えますので、入力の煩雑さが懸念され、個人情報がきちんと守られるのかを心配している保健所もありました。私たちはこのシステムが早く使えるようになればいいなととても期待していました」

ところがふたを開けてみると、この国のシステムは他のシステムへ情報を転送することができない仕組みとなっていた。その欠点によって、後にできた様々な報告システムに何回も同じ情報を入れ直す手間が放置されることになった。

入院、宿泊療養の調整を都が引き受け 患者情報を都のシステムに入力

一方、東京都も別途、忙しい保健所の支援に動いていた。

昨年3月、最初の緊急事態宣言が出る直前、感染者が増えるに従って、入院先を見つけるのも大変になってきていた。

佃さんはこう振り返る。

「あちこちの病院に電話をかけても、病院の側は全ての自治体からかかってくる。ベッドが埋まっていると電話対応さえしている暇がないので、ガチャンと切られるような状態でした。当時は陽性患者を受け入れる病院も限られていましたから、早い者勝ちの競争のようでした」

近くの病院が全ていっぱいで、多摩・府中の病院まで電話をかけることも日常茶飯事だった。

それを見かねて、4月からは東京都が入院先の調整を一括して引き受けることになった。その頃から入院だけでは足りず、軽症者をホテルで引き受ける宿泊療養も始まり、それも都が引き受けた。

区としては都が保健所の手間を引き受けてくれるのは助かるが、それを依頼するために患者情報を都に送る手間は増える。

入院・宿泊療養先のホテルの調整を行う都の入力システムに新たに患者情報を送る入力作業が加わった。

6種類の入力システムに入力する必要性が

このように流行対応が変化するにつれ、増えていく入力作業。どのような形で進められていたのだろうか?

病院から発生報告を受けた保健所は、住民基本台帳で情報を突き合わせた後、保健師が患者に症状などの聞き取り調査をして聞き取り表に手書きで記入する。

そして、保健師が入院が必要か、宿泊療養なのか、自宅療養で経過観察するかを判定する。

その内容をまずはHER-SYSに入力し、都の入院・宿泊療養の調整のためのシステムにも別に入力する。

一方、子どもの世話や介護があって自宅から離れられない療養者のために、足立区は4月中旬からいち早く、食料品や生活衛生用品などの「宿泊療養セット」を届ける独自事業を始めていた。

おむつが必要な家には月齢に合ったおむつなど、個々の家族構成に合わせて届ける内容も変えるきめ細かさ。その情報を管理するための独自の管理システムの入力も必要となった。

この宿泊療養セットの配送はその後、都が一括して引き受けてくれることとなり、新型コロナの患者で悪化しがちな酸素飽和度を測る医療機器、パルスオキシメーターも届けてくれることになった。

昨年11月には都に自宅療養者フォローアップセンターが設立され、健康観察アプリや電話による健康観察も引き受けてくれた。保健所は今度はそのための入力が必要になった。パスワードがかかったエクセルフォーマットに入力して、メールで送る形だ。

「都が様々な作業を引き受けてくれたのはありがたかったのですが、そのための患者情報は別に入力しなければならなくなりました。個々の基礎疾患なども含め、症状悪化の警戒のために細かく入力する必要がありました」

そのほかに、区が独自でパルスオキシメーターを届けるための管理表(エクセル)、区のホームページに患者数を公表するための症例一覧、さらに感染が起きた場所の閉鎖や消毒の勧告など行政命令を出すための発生報告一覧と、合計6種類の入力作業が必要となった。

  1. HER-SYS(国の情報共有システム)
  2. 都の入院・ホテル療養調整のためのシステム
  3. 自宅療養者に療養セットを届けるための報告書(都)
  4. 独自にパルスオキシメーターを届けるための管理表(区)
  5. 区ホームページ公表のための症例一覧
  6. 行政命令のための発生報告一覧


それぞれの入力は、元のデータとずれていないか照合作業も必要だ。保健所や区の仕事はどんどん増えていった。

入力作業が追いつかず、一時「治療中1000人」にも

足立区でもHER-SYS入力が始まった直後の9月、別部署から保健師だけでなく事務職にも応援をもらっても、いよいよ入力作業が手一杯となった。

困り果てた馬場さんは、以前から保健所を手伝っていた東京大学大学院行動社会医学講座教授の橋本英樹さんの下で学ぶ大学院生に応援を求めた。この時は、患者の聞き取り調査や濃厚接触者の追跡調査を手伝ってもらった。

入力作業が間に合わず、処理していないデータが山積みになった時期もあった。

「昨年末から今年初めにかけての第3波では一時、『治療中』の人が1000人を超えた時もありました。実際は300人から400人だったのですが、入院させたりホテルに入れたりするので精一杯で、治療を終えた人を確認して『回復』マークをつけることができなかったのです」

他の保健所も同じだ。昨年11月から今年1月31日までに都内18か所の保健所で、838人分の報告漏れがあったことが東京都から発表された。患者の急増で保健所が多忙となり、HER-SYSのシステムの「確認済み」ボタンを押し忘れたケースがほとんどだった。

「HER-SYSで『回復』と入れるのが最後の処理なのですが、足立区でもそれを溜め過ぎて一時は段ボール箱4箱分ぐらいになっていました。1000人分ぐらいでしょうか。入院や療養調整のための都への届け出は患者さんのためにも遅らせることはできないので、最後の処理が溜まってしまったのです」と佃さんは言う。

そして第4波が勢いを増した今年3月半ば、患者数が一時、再び手一杯になった。

現場を仕切っていた佃さんも連日残業が続いた。「職員もみんな不満はあったと思いますが、誰も何も言わず、この感染症にどうにか対応しなければいけないという使命感で乗り切っていたと思います」と言う。

「職員の負担を増やしすぎないように他部署からめいいっぱい応援を頼んでいたのですが、それでも夜の作業中、涙声になる職員もいました」と馬場さんも振り返る。

再び、東大の橋本さんのところに応援を依頼した。

東大大学院に入力応援を要請→システム改修へ

そこに大学院生とともに再び応援に入った橋本さんは、患者の聞き取りなどではなく、データ入力を頼まれたことに驚いた。昨年9月に手伝った時よりも、入力する作業が格段に増えている。

まず目の前の入力を手伝うことは約束しつつ、橋本さんはこう提案した。

「同じデータを別のシステムに繰り返し入れ直すのは大変だから、効率化するシステムに改修しませんか?」

第4波は乗り切れそうだったが、感染力の強いデルタ株の蔓延に、東京五輪が重なる第5波はこれまでにない大流行になる可能性がある。4月からシステム改修に取り掛かることになった。

疫学調査で膨大なデータ処理に慣れている橋本さんの下で、実際にシステム改修を行った博士課程1年の大野昴紀(こうき)さんが提案した効率化はこうだ。

まずは医療機関から送られた発生報告を、住民基本台帳の情報を取り出して付き合わせ、管理IDを付ける。

その管理IDに紐付けて、発生報告からの患者の基本情報は事務職が、患者から聞き取った追加の情報は保健師が入力し、患者の基本情報や後から追加する経過情報が全て入るコアデータベースを作る。そこで全ての項目を管理し、そこから必要な項目をそれぞれのシステムに出力する。

都のシステムやHER-SYSは独自のシステムのため、データベースからのデータの出力ができず、別に入力する必要があった。それでも、それぞれの入力画面の順番に項目を並び替えられるようにして、入力者が入力項目を探す手間を省いた。

「喉元過ぎたら熱さを忘れるな」

6月半ばから、新しいシステムを試験稼働して、保健所がイメージするデータの移し替えができるか検証してきた。細かい点を調整して、7月半ばからいよいよ本格稼働する予定だ。

しかし、全国の保健所で同じような問題が起きているはずで、本来、システム効率化は忙しい個々の保健所で考えるようなことではないはずだ。

馬場さんはこう、国に注文する。

「できればHER-SYS一本で全て対応できるようにしてほしいとずっと言い続けています。本来それを想定してこれだけ多くの情報を入力させているはずです。東京都がいろいろな応援をしてくれてとてもありがたいのですが、できればHER-SYSからデータを抽出して対応していただけたら良かった」

確かにHER-SYSも今では医師の7割ぐらいが直接、発生届を入力してくれるようになってかなり入力作業は楽にはなっている。このシステムを現場の負担を減らすためにさらに発展させてほしい。

「入院先や療養先、自宅療養のデータも入れ、それぞれの対応をHER-SYS一本でできるようにしていただきたい。全国どこの自治体も求めていることだと思います。厚労省も忙しいと思いますが、現場に使い勝手を聞いていただきながら、現場が楽になるシステムに改修していただきたい。そうすれば、保健所はクラスターの調査にもっと時間が割けるようになります」

システム改修に協力した橋本さんは、こう訴える。

「厚労省と東京都がバラバラのシステムを保健所に投げてきて、結局、現場が火の粉を払うことになり、負担がかかっています。第5波やオリンピックを現場の踏ん張りで乗り越えたとしても、『これで良かった』としてはいけない」

「日本の危機管理や公衆衛生対応の問題点が分かったのですから、喉元過ぎたら熱さ忘れるのではなく、反省すべき点を整理して次の流行のために改善すべきです。『なんとなくうまくいきました』で済ませて、同じ失敗を繰り返すべきではありません」