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検査は陰性証明にはならないはずでは? 「ワクチン・検査パッケージ」で使う検査を考える

新型コロナの出口戦略として提案された「ワクチン・検査パッケージ」。しかし陰性証明にならないはずの検査をどう使うのかが見えてきません。岡部信彦さんに疑問をぶつけました。

新型コロナの流行も落ち着き始め、議論され始めている出口戦略。

政府の専門家分科会は、ワクチンの接種証明や検査での陰性結果を示すことでできることを増やす「ワクチン・検査パッケージ」を提案している。

抵抗力の低い患者や要介護者に接する医療者らはどうすべきなのか。

また、陰性証明にならないはずの検査をどう活用するのか。

新型コロナウイルス感染症対策分科会構成員で、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんに聞いた。

※インタビューは9月21日午後に行い、その時点の情報に基づいている。

医療者は一般とは別の意識を持つべき

ーー医療従事者や介護従事者にワクチン接種を義務付ける、という議論についてはどう思いますか?

日本のルールでは基本的にワクチン接種を強制的に義務づけることはできません。

日本環境感染学会で、 「医療関係者のためのワクチンガイドライン」を出しています。今、3版まで出ていて、1版、2版は僕が委員長を務めました。

その中で、医療者は普通の人と違うのだということを強く打ち出しています。医療者は自分がうつって病気になるのももちろん防がなければなりませんが、感染することで自分たちが大事にしなければいけない患者さんにうつすのも問題であるとしています。

また感染することで医療機関内での感染が生じ「医療」に迷惑をかけるのも、もちろん問題です。つまり、医療者に感染者が出ることによって地域の医療を担う病院や診療所の閉鎖や機能の縮小をすることは避けなければいけません。

それだけでなく、自分が病気になって患者さんにうつしてしまったら、仕事を続けていられません。そんな意味で、医療関係者は全然別の意識を持たなければいけません。

ただし、それは強制ではない。

日本の予防接種法では法律で予防接種を行うことを決めていても、接種自体は強制ではありません。医療者へのワクチン接種も任意接種です。強制はできません。

でも、接種していない医療者をその病気をみるところには配置できないし、うつってしまうと重症化するような患者さんのいるところにも配置はできない、としています。

麻疹や風疹・水痘・おたふく風邪・B型肝炎やインフルエンザなどについてはそのように書いています。このことは医療者に浸透しており、多くの医療関係者、医療施設で実施されています。また医療関係者の自覚も高くなっています。


ただこれが職業上の差別になってはいけません。接種していないからといって就職を拒むことはできない。でも配置は患者や医療の安全を守る意味から考慮します、ということです。

日本環境感染学会では、このガイドライン3版に新型コロナワクチンについてつけ加えることにしたと聞いているので、期待するところです。

ーー医療者だけでなくて、介護従事者も同じようにした方がいい気がしますね。

このガイドラインは対象は「医療関係者すべて」となっていて施設内で患者さんにかかわる人すべてが「関係者」となっています。高齢者施設などもそれに準じた形でみていただければと思います。

ーー介護施設や訪問介護も入るのですかね。

医療者に準ずる、と考えたいですね。医療者、医師、看護師がタッチしている施設では介護者も入るのですが、そうではない職場の人にはこの考えが届いていないかもしれません。

しかし、介護施設や訪問介護などにおいても、新型コロナに関わらず、感染対策は底上げしていかないといけないと思います。

ヘルパーも含めて、「感染症に対してリスクのある人」に接する人は、自らも防いで相手も守るという意味で、ワクチン接種を受けていただきたいと思います。

「ワクチン・検査パッケージ」の「検査」とは?

ーー分科会が提案する「ワクチン・検査パッケージ」は、ワクチンをうてない人、うたない人に検査を受けさせて陰性結果を提示させることを想定しています。この検査はPCR検査ですか? 抗原検査ですか?

PCR検査とは限らないでしょうね。

僕はインフルエンザの検査も症状を訴える全員にやる必要はないという考えでしたし、症状がない人が「インフルエンザではないことを確認するために検査をしてほしい」ということには、感染症を専門とするものとしては反対の立場でした。

しかし、現実にはインフルエンザシーズンに熱のあった人はほぼすべて検査を希望し、インフルエンザではないことを証明するための検査を受ける人が多くなっています。

この場合は「インフルエンザ陰性かどうかの診断は難しいけれど、インフルエンザ検査は陰性である、ということは言える」としています。

このような中で新型コロナについては検査がいらないとは、なかなか言いにくくなってきていると思います。

検査を受ける側も、検査をする側も、検査の精度や限界、症状との兼ね合いを理解していただくことはますます必要です。

あくまで「病気の診断」ではなく「検査の結果」である、ということを理解しておかないと、誤解や「ミスだ」ということになってしまいます。 

検査を行う際に、PCR検査は今の時点では高額であり、特殊な機械も必要とします。精度管理も必要です。

PCRだけが検査ではないので、インフルエンザの迅速診断キットのようなものや、もっと簡便なものを使ってもいいと思います。

ただ簡便である分、精度に関しては当然、PCRに比べれば落ちます。

しかし、道具は常に最高のものがいいわけではなくて、使い道によっては、使い勝手のいいものを使うことで十分な場合があります。近所に買い物に行くのは、自転車か原チャリで十分で、高級車やスポーツカーを引っ張り出す必要なない。

スクリーニング(ふるい分け)検査にはこの位で十分だ、という意識がないといけません。だいたい簡便な検査ほど、右と左を完全に分けられる道具ではない、ということを知っておくことが必要です。

ーー迅速抗原検査キットなどを使って、その場で直前に検査するイメージでしょうか。またはあらかじめ検査しておいた結果を、数日以内なら利用できるとするイメージでしょうか。

時と場合によって違うでしょうね。イベント会場でずらっと並んでその場で検査をするわけにもいかないでしょうし、数日前の検査結果を金科玉条のように「検査陰性」とするわけにもいかない。

どんなに進歩したとしても、検査は常に「その時点での陰性」でしかありません。

検査はどのタイミングで、どうやる?

ーーということは、ワクチン接種証明がない人は、飲食店に入る直前にやって、陰性なら入るというイメージでしょうか。

僕なら、そんなことをやってまで飲食店に入りたくないですけれどもね。

検査の厳密さによってA級、B級、C級の店ができて、A級は当日、入り口に置いてある検査を受けなければいけない、B級は2日以内の検査結果でもいい、C級は何もなしとなるかもしれません。

もちろんそんなランクづけなんてできるはずがありません。

これを法的なルールとすると、そこから外れた場合はどうするか、検査の精度の管理はどこまで行うのか、検査判定が曖昧な時の判定者はだれか、判断が誤った時の責任はどうする......などと、がんじがらめになるのではないでしょうか。

ーーデンマークの「コロナパス」だと動物園や美術館の脇に検査場があって、そこで検査して陰性になれば、スマホに入れた陰性証明書で入れますという仕組みでした。そこまで大掛かりな仕組みを想定しているのでしょうか。

そこは世の中の受け入れ次第だと思います。それが尾身茂さんたちが言っている「国民的議論を」というところでしょう。

国民的議論、というより、このようなやり方が通用するのか、人々にとって本当に便利なのかを、国などで一律に決めるのではなくて、暮らしの中のことなので皆で考えてみましょう、ということです。

そういう世の中の受け入れがあれば商売としてうまく簡単にできるようにする工夫は出てくるでしょう。

検査方法もすごい勢いで進歩しています。そのうち息を吹きかけると「コロナ陽性・陰性」なんて判定をする機械が出てくるかもしれませんね。

無症状の人への検査、意味があるのか?

ーーそもそも、症状がない人に検査をやることは意味がないと専門家はずっと訴えてきました。陰性結果はその時点での陰性を示すものにしかならないし、検査の精度からいって、陰性と出ても陽性かもしれないと考えて行動しなければならない検査です。

考えられ得る問題の一つは検査能力、キャパシティーの問題です。検査能力がそれほど高くない時には検査対象をやみくもに広げるわけにはいきませんし、対象を絞る必要があります。

二つ目は、検査の精度と常に存在する、偽陽性・偽陰性の割合とその取扱いについての合意の問題です。対象者が増えるほどこの問題は表面に出てきます。

三つ目は簡便さや迅速性、費用負担の問題です。

結果が出るまで時間がかかるのでは意味が薄れますし、個人的な楽しみ、安心感を得るための検査まで費用をすべて税金で賄うわけにはいかないでしょう。

これらが解決されるのであれば、希望する無症状者への検査もあり得るようになるのかなあ、とは思います。

この病気を診断するためのPCR検査と同じイメージで考えてはいけません。

ーーあくまでも仮の判断だと。

仮の、「大まかに言って大丈夫でしょう」と判断するための検査でしょう。

ーーワクチンが浸透していない時にやったら、かえって感染を広めて大混乱になる可能性がありますが、ある程度、接種率が上がったからできることでしょうか。

本来、検査をやらずにワクチン接種の確認だけの方が簡便でいいわけで、ワクチンの普及が進めば検査対象となる人も少なくなるでしょう。

でも、ワクチンをうった人はパーフェクトな免罪符を持てるかといえば、それもそうではないわけです。

ーーしかも、しばらく期間が経つと、抗体価も減っていきますね。今、3回接種をいつ導入するかという議論になっていますが、接種の回数や最後にうった日付からどれぐらい経ったかも加味しなければならなくなりますね。

そういう色々なことが解決できないのに、全部を一つの方法で解決しようとするのがそもそも無理なんです。

だからその都度、できる方法をとっていかなければならないので、今決めたことがずっと続くわけでもないという考えも必要だと思います。

ーー「ワクチン・検査パッケージ」と言っても、その都度、判断の方法も変わっていくわけですね。

非常に流動的だと思います。検査も鼻の中をグリグリ擦る方法から、ふっと息を吹きかけるだけの検査法が登場するかもしれません。

新型コロナの観察で注目を浴びた「血中酸素飽和度検査」も、今は指に挟む機械で家でも簡単に測れます。

僕が駆け出しの小児科医だったころは、普通の採血と違ってはるかに難しいし患者さんに負担もかけるのですが、動脈血を採血してそれを自分で機械にかけ、その結果を見ながら治療方針をたてていました。

もっともその方が「自分で患者さんの検査をしている」という直接の実感がありましたけどね。

医学は常に進歩するので、あまり先のことを心配しても仕方ないのですね。

今の課題となることは、今は解決できないけれど、今決めなくてはいけない場面はいつもあります。

しかし、明日は違う。そんな考えが必要だと思います。課題を出していくから初めて次の進歩が出てきます。「ワクチン・検査パッケージ」の議論の中で、また新しい方法や技術が出てくるでしょう。

(終わり)

【岡部信彦(おかべ・のぶひこ)】川崎市健康安全研究所所長

1971年、東京慈恵会医科大学卒業。同大小児科助手などを経て、1978〜80年、米国テネシー州バンダービルト大学小児科感染症研究室研究員。帰国後、国立小児病院感染科、神奈川県衛生看護専門学校付属病院小児科部長として勤務後、1991〜95年にWHO(世界保健機関)西太平洋地域事務局伝染性疾患予防対策課長を務める。1995年、慈恵医大小児科助教授、97年に国立感染症研究所感染症情報センター室長、2000年、同研究所感染症情報センター長を経て、2012年、現職(当時は川崎市衛生研究所長)。

WHOでは、予防接種の安全性に関する国際諮問委員会(GACVS)委員、西太平洋地域事務局ポリオ根絶認定委員会議長などを務める。日本ワクチン学会名誉会員、日本ウイルス学会理事、アジア小児感染症学会会長など。