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切り札は4回目のワクチン接種 7波の流行を予測する西浦博さんが譲れない戦略

オミクロンの亜系統「BA.5」の置き換わりが進み、全国的な新型コロナ感染者の増加が予測される第7波。重症者と死者を抑え込むための鍵を握るのは4回目接種だと西浦博さんは言います。

「オミクロン」の亜系統「BA.5」への置き換わりで、全国的に増えている新型コロナの感染者。

重症者や死者を抑えるために、どんな手が有効なのでしょうか?

BuzzFeed Japan Medicalは、京都大学大学院医学研究科教授の理論疫学者、西浦博さんに聞きました。

※インタビューは7月8日夕方に行い、その時点の情報に基づいている。

予防接種率が低い南アフリカでは数多く死んでいない

——ワクチンは今回の流行を抑え込む力にはならないのでしょうか?

今わかっていることは、3回目接種をしても感染している人は相当いるということです。

海外のデータをまずお見せします。

これは南アフリカのデータです。上は感染者の数ですが、BA.4(黄色)とBA.5(オレンジ)が共存しながら流行を起こしたのがわかりますね。

下側の図は「超過死亡」を彼らの方法で見ているグラフです。黒のラインと黄土色のラインの間が特に失われたと考えられる死亡です。

それを見ると、南アフリカではBA.1の時はデルタ株の流行時と比べて死亡者数はあまり多くありませんでした。BA.4やBA.5に至ってみると、BA.1と比べるとかなり小さい規模です。それが南アフリカで見られていることです。

このデータだけみると、「ああなるほど。BA.4やBA.5は弱毒化する進化をしてくれているといいのだけれどな」と思わされるのですが、南アフリカは後期高齢者がそんなにいるわけではない。2回の予防接種率も20%台と低く、ほとんどの人がこれまでの流行の波で自然感染して免疫を獲得することで波が終わってきました。

注意しておきたいのは、オミクロンの波もデルタと一緒ぐらいの感染者数に見えますが、本当はもっと感染しているはずです。生産年齢人口の多くはオミクロン株に感染しても軽症のことが多く、きっちり診断されてカウントされた方ばかりではないということだと思います。かなりの割合の方が自然に感染して免疫を得たものと思われます。

その免疫を持ってBA.5の流行に立ち向かうと、高齢者も少ないですし、あまり死んでいないという結果になったのだと思います。

南アフリカのデータを見て、「これは日本も大丈夫かな」と最初は僕も安直に思ってしまっていたんです。

日本と同じ高齢化社会、高い予防接種率のポルトガルでは死んでいる

それが「あれっ?」と思ったのがポルトガルのデータです。

この図の上は感染者数です。下は死亡者が毎日何人いたのか見ています。

上のグラフの右側に大きな山が二つありますが、これがBA.1の流行と、BA.5の流行です。BA.5の流行はまだ続いています。これでみると、BA.5の流行の規模は、BA.1の時に追いついています。

死亡も決して少なくないです。このまま流行が続くと、BA.1の流行の死亡者を超えるかもしれないと考えられます。

国際的なリスク評価で会議をともにしているヨーロッパの研究者たちも、このデータを見て「あれっ?」と驚きました。ヨーロッパはどこも緩和に向かっている中ですから、ある程度、丸腰で流行を迎えた時の被害規模を知りたいと思っているわけです。

その要因は予防接種による免疫に関係していそうです。

左はワクチンの接種率です。ポルトガルの接種率は80%を超えていて、非常に高いです。日本と似た割合の2回接種率を達成していて、BA.5流行前には3回目接種を希望する高齢者の間で終えていました。

予防接種率が高い理由は右側のグラフにあります。

緑がポルトガルで、青がEU全体ですが、毎年80歳以上の人が人口の中でどれぐらいかを示したグラフです。高齢社会であるEUの平均と比べても、ポルトガルは後期高齢者が非常に多いことで知られています。後期高齢者はハイリスクだと認識していますから、結果として予防接種率も高かったのです。

それなのに、その国で、BA.1の流行の時と同じレベルの1日あたり感染者数が見られた。免疫の種類によって防御能力に違いがあるのではないかと考えられています。

南アフリカはほとんどの人が自然感染をして後期高齢者もあまりいなかったので、死亡のインパクトは小さかった。でもポルトガルのように予防接種主体で守られていたところでは、死亡インパクトは決して小さいものではなかった。

この状況は日本と非常によく似ています。特に自然感染をする人が高齢者ではかなり少ない状態で推移してきたのが日本の特徴です。南アやポルトガルと比べてどちらに近いか考えると、ポルトガルに近い話になる可能性が高いと考えられます。

これを受けて私はBA.5の特性を大急ぎで調べないといけないな、と再認識したのです。

ワクチンのBA.5発病阻止効果は低い

——予防接種率がこれほど高いのに、死亡者も多いという話になると、「ワクチンうち損」という気がしてしまいます。

その認識は必ずしも正しいものではなく、予防接種効果について詳しく知ることはかなり重要です。すぐに手放しで「もうワクチンはいらない」と思ってしまわずに、予防接種効果について私がどう見ているのかを落ち着いてご覧ください。人口レベルの被害規模はかなり下げ得ると思います。

ワクチンの効果としては、主に発病を阻止するものと、重症化や死亡を阻止するものの二つに分けられます。

今回のBA.5で明らかなのは、発病を阻止する効果がかなり低いということです。

死亡を防ぐ効果については、ちょっとした変異のある派生株でもかなりの程度が維持されることが、これまでの知見でわかっています。

なので、予防接種をしておくと、重症化や死亡の可能性は相当に低くなると思われます。ただ、BA.5には既存の発病阻止効果の多くを回避する特徴があります。

これはオミクロンの派生型に限定した系統樹に基づく情報です。縦軸はどれくらい変異して進化しているのかという度合いを反映していますが、BA.2とBA.4は直線上にあって連続的に変異しているのがわかります。

しかし、BA.5は直線よりもポンと上に上がって、これまでの変異と少し違っています。

実はこの進化により、これまでに予防接種した人でも、BA.4やBA.5に対する中和抗体価が低いと報告されています。

中和抗体価をワクチンの発病阻止効果に変換する数式があるのですが、私たちの教室の水面下研究で推定したところ、2回接種してから6ヶ月以上経った人のBA.5に対する発病阻止効果は10%に過ぎません。未接種の人と比べて10%しかリスクが低くならない。

3回目接種から2週間後のケースでも発病阻止効果の推定値は50%だけです。先行してBA.1やBA.2などのオミクロン株に自然感染した人だと、それより少し強い60%程度と言われています。

日本では、2回目接種をしてしばらく経った人は、未接種者と違わないくらいの程度で感染・発病してしまうリスクがあるということです。

日本で今20〜50代が中心的に感染しているのは3回目を見合わせていた率が高い年齢群だからだと考えています。昨年までの2回接種による免疫は、ほぼBA.5の感染・発病は防がないと考えたほうが良いです。あるいは、3回目接種からしばらく経っていて免疫が下がった方もいるでしょう。

いずれにしても発病阻止に関しては相当厳しい状況にあるのが、ここまでわかっていることです。オミクロン株BA.1の時と同様に考えていると、生産年齢人口の感染者が莫大なものになって社会機能が麻痺するリスクに直面するでしょう。

予防接種しても感染、死亡、なぜ?

——日本とほぼ同じように予防接種率の高いポルトガルで、感染者数だけでなく、死者も増えているわけです。ワクチンの理屈から言うと、重症化や死亡は予防するから、感染者は増えても死亡は抑えられる、という話になるはずです。ポルトガルで死者も増えていたのはどういうことでしょう?

主に二つの理由があります。

一つは規模の問題です。今までは高齢者を含めた人口の隅から隅まで波及するような流行は多くの国では起きていませんでした。しかし、ヨーロッパでは対策緩和が進む中でどうしても流行規模は大きくなったのです。

ただし、緩和の中で感染者数は丁寧に把握されておらず、患者数のほうのデータは相当の過小評価でアテにならないくらいのものになっています。

日本でも90歳代や100歳ぐらいの人たちはいるわけですが、そういう人は少し感染するだけでも死への背中を押してしまうことがあります。流行規模が大きくなって、そういう波及効果が大き過ぎたことが一つです。

もう一つは日本でも十分起こり得ると恐れている「間接死亡」や事後に発生する「関連死」があります。

コロナに感染して、肺炎になって呼吸不全で入院する人以外にも、感染がきっかけで元々の持病が悪くなることがあります。脳出血や脳梗塞のきっかけになったりもします。インフルエンザでも元々の心疾患が悪くなるようなことはよくあります。それが間接死亡ですね。

関連死というのはコロナで医療が逼迫して、本来受診できるはずだった医療サービスを受けられないような多様な疾患の方がいて悪化した結果起きるものです。心筋梗塞後にすぐ治療できたはずが、救急医療が逼迫していて受療できないまま助けられるゴールデンアワーを過ぎる、というようなケースです。


関連死は従来の救急対象疾患だけではありません。新型コロナウイルス感染症ももちろん含みます。

本来ならば治療を受けられる程度の呼吸不全でも、病院はいっぱいですので自宅で苦しみながら酸素を吸って様子見をせざるを得ない。私たちの研究室では、大阪府の流行ピークの時に新型コロナウイルス感染症の致死率が上昇したことを報告してきましたが、受療できないことの影響を少なからず受けていると考えています。

それで起こる関連死がかなりの数あることが、もう一つの理由です。

——とはいえ、被害規模を抑えるのは高齢者の予防接種なわけですね。

重症化を抑えるために4回目の接種を相当にスピードをあげて進めるのがいいです。2回目接種よりも、3回目接種をしてすぐの時の方が、中和抗体のレベルが上がります。3回目接種よりも4回目接種からすぐの方がさらに中和抗体価が高くなります。それぞれブースターをして重症化を避けるということです。

中和抗体価が高いということは感染・発病から防がれている度合いも高くなります。3回目接種からすぐで発症予防効果は50%ぐらいなので、それよりも前に3回目接種をした方は、現在は効果が半分未満に落ちている状態です。

もしかすると、流行の波及効果が人口の隅々まで行き渡るぐらいになるかもしれないことを想定すると、できるだけ早いうちに接種をすることが必要です。

今は特別養護老人ホームなど後期高齢者で動きが困難な人から接種が進んでいますが、どんどん加速化できるところは加速化していかなければいけません。加速化した分だけ命を救うことができる、という状況にあります。

4回目接種を加速化し、医療従事者、介護従事者にも

——高齢者でなくても、4回目接種の対象になっている人は早めにうった方がいいのですね。

チャンスがある人はうった方がいいです。実は私も本日に4回目接種に行ってきたところです。お恥ずかしいことながら、私は肥満でBMIが基準値を超えているので4回目の接種対象になりました。

リスク評価をする立場の私が感染して肺炎になってはいけないと思いますから、接種してきました。

基礎疾患を持っている人も含めて、チャンスが回ってきたらうってほしい。

今回の流行を見ていると、一番の切り札は予防接種だと思っています。接種をお勧めします。

今、高齢者施設や医療施設でクラスターが起こっていますので、介護従事者、医療従事者の人が守られていないと、高齢者にうつしてしまう可能性があります。

今回は、日々の暮らしの中で気をつけてさえいれば感染しない規模で済むかどうかが心配です。

専門家からは、国に対して医療従事者と介護従事者を4回目接種の対象にすべきだと粘り強く会議で言ってきました。今は対象に入っていませんが、脇田隆字先生など予防接種と流行対策の両方の会議を担当されている先生も粘り強く交渉していると聞いています。

今、いくつかの種類のワクチンが認可され、中には4回目接種に使用予定ではないワクチンがあります。それを任意で接種してもいい状況が今後、作られる可能性は高いと私は思っています。そういうチャンスができたら、重症化リスクのある方はできるだけ早くうっていただきたい。

また、成人の多くが接種すると効果を高めるだけではなくて、集団免疫ができるのに役立って人口レベルのリスクが下がることもわかっています。すると、流行の波及効果が小さくなりますので、死亡や重症化に至る被害規模も結果的に小さくなります。

今の流行はどうしても皆に特定の行動制限をかける議論が広く行われることが難しそうだと全身で感じています。そういう時に、依然として重要なのはワクチンです。今できることを粛々と準備していくことが大事です。

子供のワクチンは?

——子供のワクチンはどうでしょうか?子供は流行の拡大には影響なさそうですか?

そこはまだわかりません。実際のところ、子供の予防接種の効果についても、BA.1に対しては一定の度合いで発病阻止効果があること、重症化予防についてはデータが足りないことまでわかっています。

子どもの予防接種効果に関するデータは色々なところでアップデートされていますが、発病阻止の免疫は成人と同じように減っていくので、何をもってリスクとベネフィット(利益)のバランスを取るのかという議論がされていたのが今までの状況だと思います。

ここから先は、BA.5が子どもの間でもどれぐらい伝播するのか、どれぐらい重症化するのかということが今はまだはっきりしていないです。予防接種のBA.5に対する効果とともに、走りながら、流行の進展とともに、分析し考えることになると思います。

少なくともクラスターは発生し始めているので、自然感染に伴う後遺症を避けるためならば、今は接種ができる状態なら接種しておいてもいいと思います。

ネガティブな効果はないと思います。

行動制限で粘ってその間に4回目接種を

——先生の代名詞にもなった「8割おじさん」ではないですが、今回は行動制限をする議論が進んでいないとのことですね。

行動制限をする必要がない、ということでは決してありません。


もっと言えば、もう少し粘って4回目接種ができたところで緩和をするのが、感染に伴う直接・間接の死亡者数を最少に留めるという上で科学的にはベストな方法だと思っています。現時点で、そういうことをするためには行動制限しかないと思っています。


これまでに増して緩和のムードが世の中にあります。感染症の疫学専門家の立場としてもヒシヒシと感じています。


しかし、その中でどれだけみなさんの生活を大事にしなければいけないのかは、私たち専門家は判断する立場にないと思っています。


私はデータ分析を通じてリスク評価をし、感染による被害を最小限にするにはどうしたらいいかを考える立場にあります。その立場からは、接触をできるだけ減らすことが、この感染症の被害規模を最小限にするためには一番だと思っています。

ずっと未来永劫に制限が続く訳ではないですが、でも「いま」接触を制限しないことは、死者を減らすという目標に立つと最適ではないと考えています。緩和ムードの世の中の空気を読んでいないという自覚はありますが、リスク評価の科学と世の中のムードは別の話です。

狼少年扱いされてしまうことは危惧しています。

でも、制限を一時的だけでもやっておかないと、今回の流行でも医療が受けられない危険な状況が起こるリスクが十分あります。特に、医療現場でクラスターが頻発して都市部の救急医療機関がほとんど受入れ停止になってしまう、という状況が起こり得ることを最も恐れています。


——行動制限は今考えた方がいい感じですか?それとももう少し感染者が増えてから?

実は考えるべき時は、「いま可能な限り早く」だと思います。

水面下で流行規模は相当なものになろうとしています。

オミクロンの最初の流行の時も、数週間でピークに達しましたよね。今、BA.5に本格的に置き換わってから1週間以上経っていますが、やはりこちらも短期的に対処しないと困ることになりそう、と考えています。

色々議論して悩んでいると時間切れになる可能性が十分あります。

——重点措置などを行うことも視野に入れた方がいいということですかね。


リスク評価者の立場からは、流行早期の重点措置は有効だとわかっています。十分考慮に入れるべきだと考えています。


——重点措置や緊急事態宣言まで行くかはどうかわかりませんが、具体的な対策を考える時にきているということですね。

積極的に対策を講じることによって日本で起こり得る死亡者数を最少に留めたいなら、今回の流行は感染規模を減らす策をとりながら、その間に4回目の予防接種を可能な限り進めるのが科学的な定石です。それをするか・しないかだけだと思います。

皆さんの暮らしの中でも重要な局面に近づいています。野球だと7回表ですが、皆さんにも「攻めの野球」(=接触が必要な活動)ができないことに明確な疲れが出ました。その中で予防接種による免疫を通じて、人と会えるようになったり旅をしたりなど「出塁」チャンスを得てきました。

しかし、せっかく出塁したのにリードを取りすぎると(=緩みすぎると)牽制球で刺されてアウトになるわけです。感染を避けたい方は、いつでも塁に戻れる緊張感を持って試合を進めることが必要なのだと思います。わかりにくい比喩でごめんなしゃい。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。