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「誤った期待」がはびこらないために 新型コロナのワクチンや治療薬、日本人はどう見てる?

新型コロナウイルスの流行で、未承認の治療薬への「誤った期待」やワクチンへの期待が高まりました。日本人は新しいワクチンを使うことをどう考えているのでしょう? 意識調査の結果からは慎重な姿勢が見えてきます。

第6波がいよいよ始まり、新型コロナウイルスの新たな変異株「オミクロン 」への警戒も強まっている。

その中で、期待されるのはブースター接種や重症化を抑える治療薬だ。

日本人は新型コロナのような新しい感染症が流行した時、ワクチンや未承認薬の利用についてはどう考えるのか、新しい薬の研究開発への協力意識はどうなのか。

BuzzFeed Japan Medicalは、コロナワクチン接種が始まる直前、一般市民を対象に意識調査をした国立がん研究センター、がん対策研究所生命倫理・医事法研究部研究員の中田はる佳さんに話を聞いた。

未承認薬への「誤った期待」がはびこる懸念から始まった研究

この研究は、新型コロナの流行で、治療薬やワクチンの必要性が叫ばれる中、国内外で国のリーダーが効果や安全性が証明されていないうちから特定の薬への期待を示す現象を見て発案された。

「特にアメリカでは特定の薬が新型コロナの治療に有効なのではないかという誤った期待『False hope(誤った期待)』を市民が抱く懸念が指摘されていました。トランプ前大統領が、新型コロナに効果が実証されていない抗マラリア薬、ヒドロキシクロロキンを服用していることを公言し、市民が飲んで亡くなった事例もありました」

「国内でもコロナの治療薬やワクチンへの関心が非常に高まっていることが予想され、誤った期待を抱くことが懸念されたので、実態を調べたのです」

調査は20〜79歳の日本に住む人を対象にオンライン調査の形式で、2020年12月22日〜24日に行われた。ワクチンについては1569人(回収率22.5%)が、適応外使用の医薬品については3980人(同24.8%)が回答した。

ワクチンやコロナウイルスに対する知識は高い

まず、調査対象者のワクチンや新型コロナウイルス感染症に対する知識を尋ねた。

ワクチンについては、

「免疫のしくみを使用している」

「すべてのワクチンで副反応がある」

「集団免疫効果で流行を防げる」

「期待される効果として感染防御・発症予防・重症化予防の3種類がある」

の4項目について知っているかどうか尋ねたところ、いずれも90%前後の正答率だった。すべて知っている人も76%いた。

「他の国では既にワクチンの導入が始まっていて、日本にも来るかもしれないと思っていた時期の調査です。おそらく『早くうちたい』人と『怖い』人と両方いたと思いますが、どちらにしても関心は高まっていたからかなと思います」

情報の取得先は全体ではインターネットが多かったが、年代によって違う。高年層はテレビ・新聞などのオールドメディアの割合が多く、若年層はSNSの割合が多かった。

また、新型コロナウイルス感染症についても、

「基礎疾患(持病)がある人や高齢者で重症化のスピードが速い」

「無症状感染者がいる」

の2つを聞くとそれぞれ95%前後の正答率だった。両方知っていたという人も93.2%だった。

「情報は自分にとって関係ありそうなものが重視されます。例えば、『重症化しやすい人』の情報は重要で、だからみんな関心を持って押さえていたのかなと思います」

前年のインフルエンザの予防接種を受けた人は若年層(20〜40代)で37%、高年層(50〜70代)で43.4%だった。

また若年層の方が公共の利益より個人の利益を重視する傾向が見られた。

「ワクチンは自分を守りますが、周囲の人も守ります。若い人は自分の利益を優先し、高齢者はみんなを守ることを考えるだろうと予想していたのですが、予想通りの回答でした。生きてきた年数や人生経験も関係あるのかもしれません」

「若い人にはみんなの利益や周りの人の利益を強調するよりは、『あなたの健康を守る』という啓発の方が効果がある可能性があります」

ワクチン、接種希望が多かったものの「様子見」も

接種意向については、回答者全体の6割が接種を「必ず接種する」「おそらく接種する」を選んだ。ただ、若年層でこの割合は減り、高年層の方が接種の意向が高かった。

また、接種に前向きな人に、いつ頃接種したいか尋ねたところ、「すぐにでも接種したい」を選んだのは16.1%だった。

次に接種を希望する理由と、希望しない理由をそれぞれ選んでもらった。接種を希望する理由は回答がばらけたのに対し、希望しない理由は、「ワクチンの副反応が心配だから」「ワクチンの安全性や効果に関する情報がまだ足りないと思うから」に回答が集中した。

「2020年12月時点なので、今はもう少しこの割合は減っているかもしれません。病気の状態の人が使う治療薬ではなく、健康な状態でうつワクチンなので、この割合がなおさら大きくなっている可能性もあります」

新型コロナワクチンに関する知識

新型コロナワクチンに関する知識があるかを年齢層別に調べたところ、高年層はワクチンに関する説明や情報を十分受け取っていると感じる人や、接種の順番が妥当だと考える人が若年層より多かった。

「免疫のしくみを利用している」「すべてのワクチンには副反応がある」「集団免疫で流行を防ぐことができる」など、ワクチンの基礎知識も高年層の方がよく知っていた。

法律で接種を義務化することについては、年齢層は関係なく約8割が反対した。

「この調査結果からは、ワクチンの意思決定について慎重な姿勢が見えます。接種に前向きな人たちもすぐに接種したいわけではなく、しばらく様子見をしています。おそらく日本ではワクチン一般に対する信頼が低いことが関係しているのではないでしょうか」

「『おそらく接種する』など迷っている人の割合が高く、この人たちの意思は今後接する情報によって変わる可能性があります。エビデンスに基づく情報を透明性を持って、頻繁に更新し続けることが重要です」

その上で、この調査は接種開始直前に行われたため、その後、接種意向は変化した可能性があるとし、この調査は意識の変化を見るためのベースラインとして活用できるのではないかと話す。

「ワクチン導入当初はためらいもありましたが、接種率の向上も速く、今回の予防接種政策はうまくいったと評価できると思います。予約がなかなか取れないトラブルもありましたが、みんな一生懸命うとうとしていました」

「逆になぜこれだけ接種率を上げることができたのかを探る方が、次の感染症のワクチン接種時に役立つでしょう。今回は先に海外でうち始めて、感染者数が減った効果もデータで示され、国ごとの接種率を競うような報道もなされました」

「意思決定できている人はいいとして、迷っている人にどう働きかけるかが重要です。迷っている人が『みんなうっているからうった方がいいのかな』と感じる雰囲気をコロナワクチンでは上手に作れたような気がします」

感染者が増えて、コロナが「自分ごと」になったことも影響しているのではないかと推測する。

「感染者が増えると生活に支障が出た影響も大きかった。学校に行けないし、テレワークをしないといけない。ワクチンや感染症のことを正しく理解する効果よりも、『この生活状況を改善できるなら接種しよう』という力も働いたのではないでしょうか」

年齢層によって、同じ情報が真逆の効果?

接種意向は高年層の方が高い。そして高齢者は新型コロナの重症化リスクが高いという情報は95%程度の人が知っていた。

「この情報は、高年層には接種を促進した一方、若年層には『接種は自分には無関係』と捉える情報となった可能性があります。今回のコロナに限れば、高齢者はハイリスクで、若い人は無症状でウイルスをばらまいているようなイメージが広がりました。若い人には逆に関心を低くさせる情報だった可能性があります」

若年層に利他的な働きかけは響かないとすると、どんな働きかけが効果的なのだろうか?

「どういうメッセージなら若い人がワクチンをうつ気になるか調べた先行研究では、若い人は『みんながうっている』ことで動きやすくなります。『どっちでもいいけれど、みんなやっているなら私もうとうかな』と思うようです」

「どういうメッセージが予防接種を受ける気持ちにさせるか調べた別の研究でも、自分で意思決定はせずに、周りの人の意思決定に合わせるのが一番動きやすいという結果が出ています。同調圧力は日本だけの話ではないようです」

また、これまでのワクチン接種の経験の差で、高年層の方がワクチン接種への信頼が高い可能性があると中田さんは指摘する。

「昔は学校での集団接種も行われていて、接種するのが当たり前の時代でした。あのような経験があると、予防接種は怖くないことが体感されています。そういうことがワクチンへの信頼につながっている可能性が推測できます」

ウイルスの性質の変化によっては優先順位を変える検討も

新型コロナは、重症化リスクの高い集団から優先して接種している。

「これはより多くの人を救うという『救済原則』に基づく優先順位です。ただ、今後、ウイルスが変異して若年層でも重症化リスクが高くなれば、人生の長さを平等に確保すべきだという『fair innings論』による再検討が必要かもしれません」

後回しにされている若年層は、今回のワクチンの優先順位への支持が低く、個人の利益の方を公共の利益より重視する傾向がある。

「こうしたことも考え合わせると、今後ワクチン接種の優先順位は、病気やウイルスの特性はもちろんのこと、市民の声も合わせてみていく必要があるのではないでしょうか」

迷う人が自然にうてる仕掛け作りを

ワクチンに対する意識調査から、中田さんは今後のワクチン政策に対して以下の2つが示唆されると話す。

  1. パンデミック下では、ワクチン接種をより積極的に働きかける政策の転換
  2. 接種順位上位の集団をワクチン臨床試験の対象とする


「接種の意思決定を迷っている人たちが、自然とワクチン接種に向かうような介入は支持されると考えます。 先に接種する人たちの安全性を十分評価する必要があり、研究に参加することの負担と利益のバランスを取るために、接種順位が早い集団を臨床試験の対象とするのがいいのではないでしょうか?」

「正しい情報」を届けるだけでは、意思決定はなされないと中田さんは言う。

「迷う人の心を後押しするような仕掛けが必要です。意思決定しなくても自動的に接種のルートに乗るのが一番いい。例えば職場や学校で『この日に接種します』と決めて嫌な人だけ申し出るようにしたり、高齢者に接種の日時を指定して、接種券を送ったりなどのやり方が考えられます」

「ワクチンへのアクセスを良くするのも効果的です。渋谷のワクチン接種会場もそうでしたが、出かけたついでにうてる場所を増やす。アメリカでは野球場の脇に接種会場を設けて観戦のついでにうてるようにしていました。うてる場所やうてる時間を幅広くとり、気軽に受けられる仕組みを作れたらと思います」

(続く)

【中田はる佳(なかだ・はるか)】国立がん研究センター研究支援センター生命倫理部 室長/がん対策研究所生命倫理・医事法研究部 研究員

研究経歴の詳細はresearchmapで。
国立がん研究センター研究支援センター生命倫理部/がん対策研究所生命倫理・医事法研究部。東京大学医科学研究所、国立循環器病研究センターを経て現職。法務博士(専門職)、博士(生命科学)。