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「不妊治療は延期を」 学会の声明をどう受け止めたらいいの? 生殖医療専門医に聞きました

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、日本生殖医学会が4月1日、不妊治療の延期を患者に提示することを勧める声明を出しました。現場で不妊治療をしている専門医に解説してもらいました。

新型コロナウイルスから妊婦や胎児の命を守るために、日本生殖医学会が不妊治療の延期を患者に提示することを推奨する声明を4月1日に出した。

しかし、不妊治療は加齢や時間の経過が不利に働くこともあり、焦りを感じる患者にとっては延期はつらい選択肢になりかねない。

今回の声明をどう受け止めたらいいのか、不妊治療クリニックで患者を診ているメディカルパーク横浜院長の菊地盤さんに聞いた。

※インタビューは4月1日午後に行い、その時点の情報に基づいている。

【関連記事】新型コロナ感染拡大「不妊治療の延期を」日本生殖医学会が声明

2つの要因 妊娠中に感染するリスクと医療資源の不足と

ーー不妊治療中の患者さんにとってはつらい声明かもしれません。今、出たのは何か理由があるのでしょうか?

3月17日にアメリカの生殖医学会「ASRM」から今の不妊治療の多くを一時停止するよう声明が出ていました。今日、それをもう少し延ばしましょうという声明も出ています。

こうした声明が出た理由は大きく分けて二つあると思います。

一つは医療資源が不足しているという問題です。これは国によって状況が異なるので、日本にそのまま当てはまるかはわかりませんが、今後日本も同じ状況になる可能性があります。

つまり、マスクや消毒薬、その他、医療を行うための必需品が少なくなっている時に、生殖医療は「不要不急」の医療ではないかということです。これは議論の余地のあるところですが、今は新型コロナウイルスと戦うべきでそちらに注力しようということだと思います。

もう一つは、今、あえて妊娠して妊婦や胎児はリスクを取るべきなのかということです。新型コロナの妊娠中のリスクは不明です。

ヨーロッパ生殖医学会(ESHRE)からも同様の理由で声明が出ています。今、あえて妊娠したとして、感染した時のリスクははっきりしない。場合によっては治療薬もなく、めでたく妊娠しても大きな問題が起きる可能性があります。

生殖医療のゴールは、赤ちゃんが無事に生まれてくることことが重要なのです。妊娠することが終わりではなく、その先までつなげていかなければなりません。

妊娠経過も十分安全に過ごして、無事、赤ちゃんを産むことまで考えたら、今、感染爆発のリスクがある時に、あえて妊娠するのはどうかということです。

この欧米の声明を受ける形で、日本からも声明を出したということだと思います。

高齢、卵巣機能の低下 治療を進めたい人も移植は延期を

ーーまさに不妊治療の専門クリニックで患者さんを診ている先生としては声明をどう受け止めているのですか?

仕方ないところもあると思います。

体外受精だけでなく、タイミング法や人工授精も含めてですが、やはりこういう状況なので先延ばしした方がいいのではないかとお話するのは必要なことだと思っています。

患者さんや赤ちゃんの安全のために十分、必要があることです。

一方で、卵巣機能が現時点で低下している方や、比較的高齢の方は、この1〜2ヶ月治療を延期するだけで、採卵できなくなってしまう方もいます。そういう方々にとっては、声明は重く、つらく響くのではないでしょうか。

ただ、声明は強制ではなく、あくまでも推奨です。移植をしなければ、採卵だけで妊娠に結びつくことはありません。

ヨーロッパ生殖医学会は、現時点で治療が進行中の方は、胚(受精卵)凍結、または卵子凍結で止めるように、と書いています。凍結で妊娠能力も下がりません。

日本の声明でも同じようなことが書かれていますが、今、どうしても待てない人や進行中の人はそこでとどめておいて、きちんと説明をした上で移植は先送りすべきかなと思います。

ーー先生のところでもそういう説明はなさっていますか?

実は、アメリカとヨーロッパで声明が出された時点から、移植については延期をお話するようにしています。

ただ、年齢が高い方や卵巣機能が低下している人にとっては、採卵は先延ばすことにリスクもあるので、説明した上で行っています。

マスクや消毒液などの医療用具の不足はどう影響する?

ーー先ほど、マスクなどの医療用具の不足も一つの要因だとおっしゃっていましたが、その影響は現場に出ていないのですか?

まだ在庫があるので今すぐどうこうなるわけではないのですが、医療資源がもし今後、さらに大変なことになってきたら、診療自体が不可能になります。

例えば、排卵誘発をしている途中で、クリニックが開けない状況になったら、医療行為を続けられなくなることも考えられます。

それは怖いです。採卵するために排卵誘発をする患者さんには、「なるべく採卵まではやりたいのですが、どうしても不可能になる場合が出てくる可能性がある。注射薬なども我々のところでなくなる場合もある。途中で中止する可能性もゼロではない」と説明しています。

そういう最悪のことを想定しながら診療する身としては、生殖医学会の声明が出ると、患者さんに説明しやすくなる。

ただ、我々のスタンスとしては全面的に止めるつもりはないことを強調したいです。あくまでも推奨ですし、患者さんの背景によって、待ったなしの人もいるので、そういう方々を断ることは今のところ避けられています。

患者の反応はどうか? 助成金支払いへの不安も

ーーそういった説明をした時の患者さんの反応はいかがですか?

これは患者さんによって様々です。中には自然妊娠する人もいて、その人たちに避妊する必要性までは言うべきなのかはまた別の問題です。

治療が進行中の人で、「リスクがあることはわかったけれども進めてほしい」という方もいらっしゃいます。

また、自治体からの不妊治療助成金の問題があります。凍結胚を子宮に移植しないと治療が終わらないので、支払われるのか不安だという方もいらっしゃいます。これは制度の落とし穴かもしれないです。

この状況だと採卵から移植まで1年以上開いてしまう可能性もあるので、その時に行政が対応してくれればいいのですが、その情報はまだありません。この新型コロナウイルスの問題で移植を延期した方については、特別に扱っていただけるとみなさん安心すると思います。

ーー先生のところはどれぐらいの患者さんが延期するよという話になっています?

まだ説明を始めたばかりなのですが、移植については待ってもいいのではないかと説明すると、「ちょっと待ちます」という人がパラパラ出始めているという感じです。

そもそもなぜ妊婦はリスクがありそうなのか?

ーー基本的なことを伺います。なぜ、妊婦さんは重症化のリスクがありそうだと見られているのでしょうか?

まだデータが少ないので、妊婦が重症化しやすいということを根拠を持って言えないと思うのですね。

ただ、例えば万が一感染した場合、今、治療薬の候補として注目されているアビガンという薬は、妊娠中に使うと催奇性(赤ちゃんの体に先天的な見た目上の異常が出ること)があるのです。あの薬が新型コロナに効果があるとしても、妊婦さんには使えません。

あとは、重症化した場合、妊娠が進んでいる方なら、赤ちゃんを帝王切開で出して患者を治療できる可能性もあるでしょうけれど、妊娠初期の方はそれもできません。

また、母子感染の可能性も言われています。

データの蓄積としてはまだ不明な点も多いでしょうけれども、様々なリスクが考えられる中で、妊娠してあえてそのリスクを負うべきではないのではないかという考え方は納得できます。

不妊治療に通うこと自体のリスク

ーーあとは、不妊治療のクリニックに通うことによる感染リスクも指摘されていますね。人気のクリニックだと待合室も混み合うし、待ち時間も長いです。

その通りだと思います。

最初に新型コロナの話が話題になった時に、不妊治療に限らず、みんなが医療機関に押し寄せることで感染するリスクが言われました。病院にかかることで、そこでもらってしまうのではないかということです。

待合室が狭くて、患者が多くてかなり近いところに座って、隣の人が席なんかしたりすると、まさに3つの密(密閉、密集、密接)という集団感染のリスクの高い場所になってしまいます。

人気のあるクリニックだと患者さんはたくさんいらっしゃるでしょうから、切羽詰まっていない方は、一時待っていただいているクリニックもあると聞いています。

患者さんの不安にはどう対応する?

ーー最後に、やはり不妊治療は年齢や時間との勝負もあり、受け入れられない患者さんや、延期がいつまで続くのか不安に感じる患者さんも多いと思います。その方たちへのケアはなされるのでしょうか?

その通りだと思いますが、あえて強調していくと、声明は止めろとは言っていないのです。延期を説明するように推奨しているだけです。

ですから、年齢も若くて、卵巣機能もそれほど低下していない患者さんは、先延ばしを説明しています。または、凍結胚も十分あって、移植をこれから考える方は先延ばしはいいと思います。

でもそれこそ年齢も40代後半だとか、卵巣の機能低下があって若くても卵子がなかなか取れない方については、推奨されているにしてもリスクを説明した上で、個々の対応をしています。全体の治療を止めることは考えていないです。

ーーそういう意味で、不妊治療の先生方も緊急性を判断するトリアージのようなことをしていく感じなのですね。

そうだと思います。若い人については来院自体を断っているクリニックもあると聞いています。そういう対応をし始めなければならない状況に来ているのは確かだと思います。

実は今、テレレワークをやったり仕事が休みになったりして、時間に余裕がある人が増えています。

この状況は、病院に通うインセンティブ(動機付け)になってしまいます。今までクリニックにいけなかった人が来る可能性があり、その人たちは緊急度に応じて、お断りをすることも出てくると思います。

今まで仕事が忙しくて不妊治療に通えなかったという意味ではいいことでもあるのですが、このチャンスにクリニックに押し寄せて、そこで集団感染してクラスターを作ることになったら最悪の事態です。

このタイミングで声明が出て、リスクについても世の中に広く伝わるのはそういう意味でもありがたいです。

【菊地 盤(きくち・いわほ)】メディカルパーク横浜院長

1968年、高知県生まれ。1994年、順天堂大学医学部卒。同大学順天堂医院産婦人科准教授、同大学順天堂東京江東高齢者医療センター産婦人科先任准教授、同大浦安病院産婦人科先任准教授、順天堂大学浦安病院リプロダクションセンター長を経て、2019年5月、メディカルパーク横浜を開院、現職に。

日本産科婦人科学会専門医。日本生殖医学会生殖医療専門医。がん生殖医学会理事。

BuzzFeed Japan Medicalへの寄稿はこちらで読める。