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実際のところ日本にどれぐらい感染者がいるの? 続々と出てくる抗体検査の結果の意味

感染した人の体内にできてウイルスと戦う「抗体」の有無を調べる「抗体検査」が広がり、日本でどれぐらい新型コロナウイルスが蔓延しているのか推定する調査の結果も続々と出てきています。検査の限界も含め、私たちはこのデータをどう捉えたらいいのか、複数の専門家の意見を聞きました。

新型コロナウイルスの感染は拡大しているが、実際のところ、日本の中でどれぐらい感染者がいるのだろう。

そんな疑問に応えるべく今、取り組み始められているのが、感染者の体内にできてウイルスと戦う「抗体」を調べる抗体検査だ。

大阪市立大学の調査では大阪市内で約1%、神戸市立医療センター中央市民病院などの調査では神戸市内で約3.3%(性別、年齢を調整すると2.7%)という結果が出た。

いずれの場合も、現在、症状がある人や感染者の濃厚接触者について医師が必要と判断した場合に受けるPCR検査で把握している感染者数よりも、数十倍から1000倍とはるかに多くなる計算だ。

さらに、ナビタスクリニックでは個人の希望者に自己負担してもらって抗体検査をした結果をまとめて「研究」として公表したソフトバンクグループの孫正義会長は、全社員とその家族に抗体検査を受けさせ、医療関係者と介護従事者の希望者にも提供すると発表している。

精度の低さなど検査自体の信頼性の問題も含めて、抗体検査のデータをどう捉えるべきか。BuzzFeed Japan Medicalは複数の医療者・研究者に取材した。

評価は分かれるようだが、今後も検証を進めつつ、検査の限界を踏まえながら参考データとして活用することが必要なようだ。

大阪市立大は独自の検査キットで1%という結果

大阪市立大学大学院の医学研究科寄生虫学の城戸康年准教授らによる研究グループは5月1日、「大阪の一般市民の抗体保持率は1%程度と推察される」とする研究結果を発表した。

2020年4月中の2日間に同大学の付属病院を、新型コロナウイルス感染症の診療以外で受診した患者を対象に、そこから無作為に312人を抽出した。

抗体検査キットは複数のものがすでに開発されているが、大阪市大では独自に開発したキットで検査した。

その結果、312 人(年齢中央値 66.5 歳、 男性:女性=154:158)のうち、3人が陽性であることがわかった。約1%の陽性率だ。統計的な誤差を考慮すると、95%の確率で0.33〜2.8%の間に入る。

研究グループは「通院されている患者の抗体陽性率は、一般市民の平均年齢よりも20歳ほど高いものの、大阪市内の流行状況を概ね反映していると考えられます。よって、現在の一般市民の抗体保持率も1〜2%程度と推察されます」としている。


さらに、この市大独自の検査キットの精度確認の研究も、同時に行った。国内で販売されている抗体検査キットは、新型コロナ以外のウイルスにも反応するなど、精度が低いという問題が指摘されているためだ。

同大学で保存してある、新型コロナウイルスが生まれる前の2018年の健診受診者 50人の血液を真の陰性グループとして、PCR陽性で確定診断された患者(発症後10日目以降に採取した血液を使用)を陽性グループとして比較した。

その結果、この抗体検査で陰性グループの中から陽性と出た人は一人もいなかった。研究グループは「他のコロナウイルスなどに反応する可能性は限りなく低い」と精度の高さを強調している。

研究代表者「感染拡大防止と社会機能維持を両立させるために必要な検査」

研究グループ代表の城戸准教授はBuzzFeedの取材に対し、大阪府の人口880万人の1%として単純計算すると8万人近く潜在的な感染者がいるとした上で、こう語る。

「様々な研究から新型コロナウイルス感染症の実像が徐々に理解され始めている現在、この病気を防ぐために必要な対策と、社会機能を完全に止めるダメージとを天秤にかけて、科学的根拠に基づいたバランスの良い政策が望まれます」

現在、PCR検査で報告されている感染者数は氷山の一角とした上で、抗体検査によるこうした推計は、日本の政策を見直す重要な材料になり得るという。

「インフルエンザと同じぐらいの感染者数、死亡者数の病気を防ぐために社会機能を完全に止める政策は、それによるダメージと天秤にかけて果たして妥当か疑問がわきます」

「ただし、感染が一気に広がりやすい病気であることもわかっているので、こうしたデータで予想される重症者の数を見越して、緊急事態宣言が出ている間に、必要な医療体制や社会システムを整えておくべきでしょう。今後の作戦を立てる際に抗体検査による疫学データは有用になる」

「こうした疫学調査には費用もかかり、世界各国とも協調しながら、日本が一致団結して行うべきことです。社会を動かしながら、献血や健康診断などで採取した血液を使ってモニタリングするシステムを作り、行政、医療機関、研究機関が密接に連携し、流行状況を早期に察知しながら臨機応変な対策を打ち出して行く『ウイルスとの共存戦略』に舵を切ってはどうでしょう」と提案する。

研究グループでは、この検査キットを体外診断薬として今後、速やかに承認申請する予定だ。

神戸の研究グループは、数百倍〜1000倍の患者がいると推計

一方、神戸市立医療センター中央市民病院や神戸大などの研究グループは、クラボウの販売する抗体検査キットを使って、抗体検査を実施した。査読前の論文が公開されている。

2020年3月31日から4月7日までに中央市民病院を外来受診した患者の血液を無作為に抽出し、1000人を検査。その結果、33人で抗体が陽性となり、3.3%の陽性率となった。統計的な誤差を考慮すると、95%の確率で2.3〜4.6%の間に入る。

これを神戸市の人口(151万8870人)に当てはめると、5万123人の陽性者がいる推計となる。4月7日時点でPCRで陽性が確定して報告されたた神戸市の感染者数(69人)と比べ、506~1013倍の推計値となった。

さらに年齢や性別の影響を調整したところ、陽性率は2.7%。統計的な誤差を考慮すると、95%の確率で1.8〜3.9%の間に入る。神戸市内の陽性者は4万999人と推計され、神戸市の報告数の396〜858倍となった。

研究グループは、考察で、日本政府が医療体制の崩壊を避けるために症状が続く人や感染リスクの高い人に絞ってPCR検査の数を制限したことに触れ、こう指摘した。

「感染が確認された人と実際に感染した人の数に大きな差があることがこの研究で示されたことから、日本は流行状況を把握していない可能性がある」

その上で、「数百倍に及ぶ違いは許容できず、この感染症とより良く戦うためにも、より良い戦略を立てるべきだった」と日本の検査戦略を批判している。

日本の推定感染者が他の国とそう変わらないと推計されるにも関わらず、死亡者数が少ない理由については、BCGの予防接種などが影響している可能性を示唆したが、さらに研究する必要があるとした。

また、使用した検査キットは精度の検証が不十分で、風邪などの原因となる他のコロナウイルスの抗体に反応する可能性がある、性別や年齢を調整しても患者の選択に偏りがあるなど、研究の限界も示した。

そのうえで、「これらを考慮しても、感染確認者数と、我々の推定値の違いは大きく、我々の調査結果の解釈は揺らぎなく妥当だと考える」としている。

医療者・研究者はどう評価するか? 抗体検査への期待

こうした抗体検査のデータについて、研究者や医療者たちはどう評価するのか? BuzzFeed Japan Medicalは複数の医療者、研究者に取材した。

まず、これまで感染者の確定のために使われてきたPCR検査に、抗体検査を加える意義についてはどう考えるのか。

国立感染症研究所感染症疫学センターの鈴木基センター長は、こう整理する。

「感染初期でウイルス量が少ない場合、あるいは適切なサンプルが採取されなかった場合には、本当は感染しているにもかかわらずPCR検査で陰性になることがあります。また感染しても無症状である人が一定数いることもわかっています。PCR検査だけで感染の全体像を把握することは難しいのが実情です」

「住民の抗体保有率を調べることで、PCR法だけでは把握できない感染の実態を評価しようという取り組みが世界中で始まっています。感染した後にできる抗体を測定することで、軽症あるいは無症状で気づかないままに感染していた人も含めて、住民の何パーセントが感染していたかを明らかにしようというのです」

医療現場で新型コロナ対策についてアドバイスをしている感染症対策コンサルタントの堀成美氏は、個人の診断への利用にも期待を寄せる。

「抗体検査で今あるものは、過去に感染していたかを確認するもので、臨床診断には使えないものがいくつかあります」

「開発している人たちは当然のことながら、臨床診断に使える迅速診断キットとして完成させたいのでしょう。今ある情報をみていると5〜6月で開発されて、その後量産に向かいそうなものもいくつかあるそうです」

検査の精度は?

だが、まず、そもそも研究に使われる抗体検査の精度について、懐疑的な意見が目立った。

鈴木センター長は、世界中の新型コロナ抗体検査の現状についてこう語る。

「世界中で70以上の抗体測定キットが開発されていて、その数はさらに増える見込みです。しかしその精度(陽性を正しく陽性と判断する割合の感度と陰性を正しく陰性と判断する割合の特異度)についてはきちんと評価されていません」

精度の評価には、

  • 感度:陽性を正しく陽性と判断する割合
  • 特異度:陰性を正しく陰性と判断する割合


という二つの指標を見る必要がある。

「特に抗体を測定する検査の感度と特異度を両方100%にすることは困難です。感染者を一人残らず見つけるために感度を100%に近づけると、どうしても特異度が下がって本当は感染していない人を間違って陽性である(偽陽性)と判定する可能性が高くなります」

「例えばある抗体検査キットを使って、実際にはだれも感染していない集団の血液サンプルを調べたとします。その検査キットの特異度が99%であれば1%が偽陽性、97%であれば3%が偽陽性という結果になります。住民の抗体保有率を正確に調べようとするなら特異度が高い抗体検査キットを使う必要があります」

「まだ査読を受けていない論文(論文1論文2)ですが、ようやく海外で複数の抗体測定キットの感度と特異度を調べた報告が出始めました。それによると特異度は84.3〜100.0%と大きくばらつきがあることがわかります」 

WHO(国際保健機関)や感染研で感染症対策に従事した経験がある、大東文化大学のスポーツ・健康科学部教授、中島一敏氏も精度について指摘する。

「検査は精度管理が命です。感度、特異度ですが、クラボウは会社のHPで示してはいますが、詳細なデータが分かりません。『本当に感染した人・PCRで確定した人』の血液と『確実に感染していない人』の血液を用いた検証が必要です」

「クラボウの市販のキットを用いた神戸の論文では特に検査精度のことが気がかりです。大阪市大の発表を見ると、開発の概要は分かります。こちらは陽性・陰性だけの判断ではなく、抗体価を測ることができるのもいいですね」

インペリアル・カレッジ・ロンドン准教授の免疫学者、小野昌弘さんも、研究で使われている抗体検査の性能、特に別の標的を拾ってしまう「交差反応」の可能性を指摘する。

「検査の特性を十分評価できていないのがこれらの研究の限界で、1%台の話を精密にすることはまだ難しいと思います。どんな抗体検査でも、標的とは別のもの(たとえば風邪の原因になる旧型コロナウイルス)に抗体がくっついて陽性と出てしまう『交差反応』が問題になります」

「もし抗体検査が交差反応などにより他の関係ないものに対する抗体の反応を拾ってしまう場合、偽陽性となり、感染率を高く見積もってしまいます。この点の検証は不十分で、早急に検証すべきです」

「一方、新型コロナウイルスは変異が起こりやすいことで知られ、現在流行している一部のウイルスでは、抗体との結合のしやすさも変わっている可能性があります。この点は詳しく調べられておらず、感染率を低く見積もる可能性もあります」

「インペリアル・カレッジ・ロンドンの疫学研究室による、PCR検査による確認感染者数と疫学モデルを使用した総感染率の推定では、英国で6.4%、ドイツでさえ1%以下と推定されています。これらの数字と比べると、日本の二つの研究結果は高いなという印象です」

精度が完全な検査はない

沖縄県も科学技術大学院大学と連携して、今月から、県立5病院に新型コロナ以外で受診した患者から同意を得た上で、抗体検査を行う。5病院から3回にわたり、計6000検体の検査を目指すと報じられている

群星沖縄センター長の総合診療医、徳田安春氏は、沖縄での抗体検査、大阪や神戸も含め、世界各国でまだ抗体検査の精度が確認されていないことを重視する。

「疫学調査の予備調査としてやることが目的でしょう。個人の感染防御力の診断に使ったりするのは時期尚早と思います」

「精度が100%完全な検査はありませんので、まず精度の検証をすべきです。また、受検者個人への医学的な説明を行うためには、抗体があることが感染防御力を有することといえるのか、をきちんと検証する必要があります。現時点ではまだそこは判明していません」とも話す。

現場の医療者の切実な要求を聞いている感染症対策コンサルタントの堀さんも、精度を厳密に求めることに疑問を投げかける。

「抗体検査の精度を問題視している人たちがたくさんいますが、精度が100%確実じゃないことはどの検査も同じです。検査の限界を把握しつつ、利用したい人がアクセスできるようにすればいいと思います」

市中感染率に換算できるのか? 「代表性」の問題

次に指摘されているのが、外来に来た患者のデータを、大阪や神戸の市民に当てはめていいのかという問題だ。

調査した患者が、市民を「代表」していると捉えていいのかという、「代表性」の検討はサンプル調査を全体に当てはめる時、重要となる。

疫学調査に詳しい鈴木貞夫・名古屋市立大学公衆衛生学分野教授は、こう指摘する。

「研究の核心は『研究から算出された陽性者率が、市中感染率と等しい』ということを仮説として設定しているはずです。しかし、いずれも代表性の担保がなく、これをもって『市中感染率』ということはできません」

確実な方法は国、市区町村など集団の「全数調査」だが、統計学的に「無作為抽出」やそれに準ずる方法が行われているとする。少ないサンプルで全体の傾向を見る新聞の世論調査やテレビの視聴率などに代表される調査方法だ。

鈴木教授は、サンプル調査から全体数を推計する研究として、これまで報じられている


・大阪と神戸の二つの抗体検査による調査
ナビタスクリニックの抗体検査
慶應大学病院による入院患者のPCR検査

について、こう評価する。

「そのいずれもが病院ベースのデータであり、病院に来た人という段階で、もはや『市中を代表している』とは言えません。少なくとも何の根拠もなく『代表している』という立場を私は取ることはできないです」

「論文を書くならば、公衆衛生の専門家に意見を聞いたらどうかとも思いました」

大東文化大学の中島教授も代表性については注意が必要だと考える。

「調査対象となった人たちが、本当に知りたい人口(通常は一般市民)をうまく代表しているかは重要です。理想論ばかりでは、実際に調査はできなくなりますが、調査対象者が仮に『感染のリスクの高い人』が選ばれやすかったりすると、結果は過大解釈になりますし、逆では過小評価になります」

「サンプル数はもちろん十分ないと評価できません。大阪市大はやや数が少ないです。しかも陽性者と判定された3人中1人は抗体価が低い。3人と2人では陽性率がかなり変わります。このあたりはサンプル数が増えれば影響は小さくなることでしょう」

その上で「希望者(感染した覚えがあったが受診しなかった人や、高リスク行動を取っていた人が多いかもしれません)、医療従事者、外来受診者などの結果が、どの程度一般市民に適応できるのかは十分な考察が必要です。それぞれの集団のそれぞれの結果として捉えるべきでしょう」と語る。

結果の解釈 利用に懐疑的な研究者

その上で、結果の解釈についても意見が分かれた。

感染研の鈴木感染症疫学センター長は、「さまざまな機関で抗体保有率が調査され、知見が積み重ねられることは好ましい」としながらも、「その値については、使われている抗体測定キットの感度と特異度、対象集団の特性、検体が採取された時期を踏まえて慎重に解釈する必要がある」と注意する。

「新型コロナウイルスに感染した後に抗体ができるということがわかったのが数か月前のことです。無症候感染でも抗体ができるのか、抗体が体内でどれくらいの期間作られるのか、他のウイルスにも交差反応するのか、感染を防御する効果があるのかといった重要なことはほとんどわかっていません」

その上で、現時点で抗体検査の結果を活用することには否定的だ。

「もう少し免疫学的な研究が進み、抗体測定法が標準化されるまでは、抗体保有率を対策に活用することはできないでしょう」

インペリアル・カレッジ・ロンドンの小野氏もほぼ同意見だ。

「このように抗体検査そのものがまだ開発段階の時点で、集団感染率の発表に急ぐことには疑問があります。市民は気を緩めず感染防止につとめ、基礎研究の進行を見守ってほしい。研究者は、この問題が社会に大きな影響を与える点を肝に銘じ、厳密な性能評価を進めてほしいです」

疫学調査に詳しい名古屋市立大学の鈴木教授は「現時点で、日本や各地域での市中感染率について、妥当と思える調査結果は出ていない」としながらも、感染者の広がりを想定して対策を立てることは重要だと言う。

「妥当性の低い調査結果をもとに対策を考えるのは、現実的な観点からは疑問ですが、そういう想定をしておくことは大切だと考えます。つまり、『市中感染率が〇%だったときにどうするか』という対策シナリオを〇%の高さに応じて、複数考えておくことはよいことだと思います」

結果の解釈 利用に前向きな研究者「出口戦略を練り直す参考に」

一方、米国国立研究機関博士研究員の峰宗太郎氏は、「重症化率・致死率は現在出ている数字よりかなり小さくなるということが重要」と二つの研究が示したデータの意義を評価する。

※峰氏は大阪市立大の研究にアドバイザーとして無償で助言している。

「大阪と神戸のスタディをみて、今認知されている数の 50〜850 倍の感染者がいるとすれば、単純計算で致死率は今計算されている数値の 850分の1〜50分の1。日本での現在計算される致死率がおよそ 3% 程度とみれば、0.0035 〜 0.06% となり季節性インフルエンザより低めになります。これが何を意味するのかというのはしっかり考えないといけません」

「『医療崩壊』ともいえる現在の状況は、やはり入院治療を必要とする重症化率が高いことを反映していることと併せ、短期間に広く広がったことによるウイルスの広がりやすさの特徴が影響している可能性があります」

「広がりやすさが現在認識されているよりはるかに高く、致死率や重症化率は低い、ということが特徴的なウイルスであるとも考えられるかもしれません」

そして、これまで取られてきたクラスター(小規模な集団感染)を追跡する対策だけでは、感染者を全て追えていない可能性があるとも指摘する。

「もっと広く感染があり得るとして対策を考える必要がありそうです」

「いわゆる抗体を持つ感染者が広がって流行が収束する『集団免疫』作戦に行くのは非現実的だろうということも言えるでしょう。議論はありますが、集団免疫を獲得するには 60〜70%が感染して免疫を持つ必要があると言われています。実に今の 20 倍以上感染が広がったときに成り立つことになります」

「そうなれば、当然医療は『崩壊』するでしょうし、その時点までで死者数は1万人以上にはなるでしょう」

さらに、緊急事態宣言を解除するための指針にもこうした疫学調査は影響する可能性があるという。

「緊急事態宣言を解除するためには出口戦略として、新型コロナが蔓延している前提で行動変容を伴った社会の在り方を考える必要があります。蔓延が広ければ、想定も当然変わってくることになります」

「神戸大・大阪市立大、いずれの仕事も限界はあるもののインパクトのある結果であり、このような数字も考慮にいれて、対新型コロナの戦略を練りなおしていく必要があるでしょう。これらの調査を参考として、より改善された形で、地域ごとに調査がされていくとよいと思います」

ただし、「抗体が陽性であれば免疫ができたことになる」「抗体が陽性であれば免疫を獲得しているので感染リスクの高い業務にもつくことができる」という短絡的なことはまだ言えないとも注意する。

「抗体があれば、社会復帰が早くなるとか、すでに 3% もの人が社会復帰可能であるだとか、流行が早く収まるとは言えません。抗体の持続期間もわからないので、次の流行シーズンに既に感染した人が再び感染することもあり得ることには注意が必要ですね」

予測通り 今後の活用も視野に

専門家会議の構成員の一人で、国際的な新興感染症対策のスペシャリスト、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦氏も2つの研究結果は概ね予測通りとコメントする。

「他の機関でも1〜2%陽性かという話が入っています。対象となった方の背景(症状あり、なしなど)や周囲に二次感染者がいるかなどがわかるとよいのですが、検査法の精度が低めと考えても、陽性率は数パーセントというところでしょう」

群星沖縄センター長の徳田氏は、大阪市大や神戸大学の抗体陽性率のデータが1〜数%だったことについて、「WHOも世界の流行地では2〜3パーセントと言っていますので、予想通りのデータが出てきたなという印象。沖縄のように、中国など海外からの観光客が多い場所ではどの程度の数値が出るかに関心があります」と語る。

抗体検査は現状では、「あくまでも疫学調査と研究の段階」としつつ、今後の活用に期待を寄せる。

「感染者は症状が出る前にも感染可能なことが明らかになっています。今後は、PCR検査を拡充させながら接触者追跡と保護隔離を行うなどという、出口戦略を明らかにすることが必要です」

「精度が検証され、感染防御力の指標になることが判明した時点で、抗体検査も併用することを考えてもいいと思います。検査陽性の人は最前線で働くことを強要するなど不当な圧力がかからないか倫理的な問題にも配慮しながら、抗体検査をどう活用できるか考えていくべきかと思います」

感染症対策コンサルタントの堀氏も抗体検査の意義を前向きに捉える。

「抗体検査にはワクチン接種計画に役立てるという目的もあります。韓国は全国民を検査する計画をたてています。ワクチンが今後使えるようになった際に、だれからうつのか考え、発症した人はまず外し、抗体がある人も後にして、残ったハイリスクの人からやるというのは1つの良いアイデアであると思います」

個人の診断に利用 意見は分かれる

診療として自己負担で行った抗体検査をまとめた「研究」についても意見が分かれた。

峰氏は、「倫理委員会の承認を経ているのか明らかでなく、自費で検査費用を負担しているのも研究倫理として妥当と言えるかどうか。そもそも被験者は無作為に選ばれているわけでもなく、研究と言える代物ではない」と批判する。

その上で、個人の診断に使う場合は、適切な審査を得た製品を使うことが必要と強調する。

「医師が個人の診断に用いるためには、PMDA(医薬品医療機器総合機構) から体外診断薬としての承認をとったキットであることが必要です。それが出てくれば、PCRを補完・併用する形で診断に使える可能性はあります」

その際にも、個人の不安や希望をもとに行われるべきではないと考える。

「いずれにしても、医療機関において保険適用されたのちに医師の判断で受けることが重要です。個人の診断は、不安や興味から過去に感染したか知りたいという欲求で行う検査ではない、と強調したいと思います」

さらにその結果も今後、感染する可能性がある・ないを保証するものではないことに注意が必要とする。

「たとえ過去に感染していたことがわかっても、それがそのまま、免疫を保有していることを証明するわけではありませんし、現状そう言い切るだけの科学的根拠は一切ありません」

「いまはやはり PCR 検査がスタンダードと考えていただき、今後抗体検査の詳細なデータがでてくれば、診断目的でも普及する可能性がある、と評価しておくのが良いでしょう」

群星沖縄センター長の徳田氏も、個人の利用については「抗体検査陽性が今後感染しないことの保証ではないことを十分に説明したうえでやるならいいかもしれません」と話す。

現場では必要という声も

岡部氏は、個人に対する診断の利用については、「ペア血清採取(2〜4週間おきの2回の採血)が必要で、今、感染しているかということを知るための迅速診断には向きません。一方、1回の採血検査の場合、過去の感染を説明できると思います」と語る。

さらに、検査法の限界と現在の精度を理解した上での利用であれば、問題はないとも考える。

「常識的には、発症から遅れて現れ長期間持続するIgG抗体陽性=防御抗体あり(今後感染しない)となりますが、この感染症ではそこがまだ正確に証明されていないところもあります。この点も利用にあたっては注意すべき点です」

感染症コンサルタントの堀氏は、自己負担で検査したデータを研究活用することについて、「通常の診療の中で、患者がお金を払いながら結果として出てくるデータを研究に活用させてもらうことはよくあります。患者からお金をとっているからといって問題にはなりません。製薬会社や医療機器の臨床試験とは別物ですから」と話す。

さらに仕事で人と接触せざるを得ない個人に対する抗体検査の需要の高まりも訴える。

「私の周囲だと、人相手の仕事をしている人や、実際に風邪症状やだるさ、味覚異常を経験した医療者がやりたがっています」

「私の知っている例だと、医療者で持病もあって、高齢者というハイリスクな人が、39度の熱や止まらない咳が続き、発熱外来を受診したのにPCR検査をしてもらえませんでした。一人暮らしで自宅で不安を抱えながら療養を続けたのです」

「抗体検査をあとで受けたらやはり陽性でした。その人が真実を知りたいと思う気持ちを無視できるでしょうか?」

「症状があったのにPCR検査を受けられず、人相手の仕事をしている人たちが今後、他の人たちと接する際に役立てたいと検査を希望しています。個々人で知りたい理由は様々です。意味があるのか?と言う人たちもいますが、自費でやるのですから自由だと思います」

日本では、PCR検査を受けたくてもなかなか受けられない現状がある中で、抗体検査への期待は増しているとも言う。

「確かに抗体がどのような意味を持つのかは全て解明されていません。それでも、検査に全く意味がないということではなく、科学者の知見や意見があるから各国やっているわけです。日本のようにPCR検査をしてもらえない人がたくさんいる国ではかえって抗体検査の意味が大きくなっているのでしょう」