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マスク着用で「妊婦の酸素飽和度が低くなり、赤ちゃんのへその緒が短く」は誤り。インスタで助産師が投稿、拡散

拡散したのは、助産師がInstagram上に「産科に携わる医療従事者、妊婦さんへ緊急の提言」として投稿した内容。自らが立ち会ったお産でへその緒が「明らかに短くなっています」と、マスク着用で酸素飽和度が低くなることに原因があるとしていたが、科学的妥当性がないことは明らかだ。

コロナ禍が長引くなか、「マスク着用で妊婦の酸素飽和度(*)が低くなり、赤ちゃんのへその緒が短くなっている」とする言説が拡散した。

助産師が自らの体験をもとに「緊急の提言」などと呼びかけていた内容だが、これは誤った言説だ。

専門家によると、へその緒の長さは個人差が大きく、酸素飽和度とは関係がない。マスク装着によって酸素飽和度が下がるという研究結果もない。

妊産婦や妊娠を控えている人の不安を煽る恐れがあるため、拡散には注意が必要だ。

(*血液中の酸素の濃度を見る数値。正常は99〜96%程度で、93%以下になると酸素投与が必要になるとされている

拡散したのは、助産師が1月9日、自らのInstagram上に「産科に携わる医療従事者、妊婦さんへ緊急の提言」として投稿した内容。

自らが立ち会ったお産でへその緒が「明らかに短くなっています」「コロナ蔓延による間接的影響によるものと気付かされました」として、以下のようにコメントしていた。

「妊娠期の呼吸がマスク装着により、より浅くなりお母さんの酸素飽和度が低くなることにより、お腹の赤ちゃんにも酸素が行き届きにくい→臍の緒を短くすることで、少しでもショートカットで赤ちゃんに酸素を送り届けるためのからだの苦肉の工夫」なのではないかと考えられます。

そのうえで、へその緒が短いとお産の進行や多量出血、赤ちゃんの心音低下などにつながるという問題があるとして、以下のように「緊急提言」と記している。

実際に、当院でも経産婦さんでも時間のかかるお産が増えておりますし、赤ちゃんが生まれてすぐからの出血も明らかに増加しています。お産困難時代を感じずにはいられません。

そこで、産科医療従事者、妊婦さんに向けて、緊急の提言をさせていただきます。「妊娠期に深く呼吸することを、その呼吸の先に赤ちゃんがいることを意識してください」

この発信はストーリーやTwitterに転載されるなどして、拡散。特に妊産婦や妊娠を考えている女性のあいだでシェアが広がっていたことが確認できた。

当該の投稿は医師らから誤りであるとして大きな批判が寄せられ、すでに削除されている。

「鵜呑みにするのは危険」

批判が集まったことが示している通り、これらの言説は医学的根拠のない誤った情報だ。

産婦人科医の重見大介さん(公衆衛生学修士)は、BuzzFeed Newsの取材にマスクの着用と酸素飽和度、さらにへその緒の長さの因果関係を否定。こう警鐘を鳴らした。

「仮に今回の仮説を信じてマスクを外して生活した妊婦さんが新型コロナに感染してしまえば、重症化率が非妊娠女性より高くなってしまいますし、早産のリスクにもつながってしまいます。いち個人が少しデータを書いた上で立てている仮説を鵜呑みにしてしまうことは、すごく危険なことです」

では、なぜ今回の言説が誤りであると言えるのか。重見さんはまず、へその緒が短い赤ちゃんが増えているという点について「日本や海外含め、そのような知見というのは今のところは出ておらず、医師のあいだでコンセンサスが取れているものではありません」と指摘する。

医学などに関する世界的な論文のデータベース「PubMed」にも、そういう内容の研究報告は上がっていない。日本でも、公的機関や学会から同様に通知なども出ていないという。

酸素飽和度とへその緒の長さについても、因果関係はないという。「へその緒の長さはほぼ偶然によって決まるもの。個人差が大きく、生活習慣などから予想することはほぼ不可能です」と語る。

実際、酸素飽和度が低くなった喘息患者の妊婦の場合でも、へその緒の長さに影響が及んだことを示す事例はなく、呼吸の仕方やマスクの着用の有無が影響を及ぼすことはないという。

「妊婦さんが酸素をたくさん吸って生活をしないと、赤ちゃんに悪影響があるということは全く言われていません」

さらに、前提となっているマスクと酸素飽和度の関係性についても「マスクをつけることで酸素飽和度が有意に低下するというようなエビデンスは示されていません。多少息苦しい状況でも変わらなかったっていう研究があるほど」として、こう語った。

「マスクと酸素飽和度がそもそも関係ないのですから、根拠として、信憑性が低いというふうに言わざるを得ません。へその緒や赤ちゃんに影響を及ぼすこともないと考えられます」

「やってはいけない行為」

なお、へその緒が短すぎる場合、赤ちゃんの心音低下や出産時の多量出血などにつながるという投稿内容は「状況によって起こり得るものです」という。

ただし、妊娠中にへその緒の正確な長さを測定することはできないため、具体的にリスクに関する判断基準は存在しない。また、前述の通りへその緒の長さは「偶然」によって左右されると考えられているため、出産時に適切に処置をする以外の方策はないという。

こうしたことから、「マスク着用で妊婦の酸素飽和度が低くなり、赤ちゃんのへその緒が短くなっている。お産や赤ちゃんに影響を及ぼさないため、深く呼吸をするべき」という趣旨の言説に「科学的妥当性がない」(重見さん)ことは明らかだ。

しかし、今回情報を発信した助産師は国家資格であり、現場を知る「専門家」による発信として捉える人も少なくなかった。Instagramなどでも情報そのものを信頼したうえで伝えようとする「善意の拡散」が目立っていた。

重見さんは「コロナ禍においては、妊産婦が不安を抱えやすくなっており、強い不安やうつ状態の人も多くなっているという研究結果があります」と指摘。誤った情報で不安を助長させるような「専門家」の情報発信について、こう話した。

「今回のように、思いつきの仮説について正確なデータを用いた検証をすることなく、SNSなどで先に広めて一般の方を混乱させることは、科学的な知見を扱う者としてやってはいけない行為だと考えています」

情報の受け手である一般の人たちに対しては、「専門の学会や厚生労働省、少なくとも複数の医師がチームになっているところなどを参照してもらいたい」として、公的機関のほか、日本小児科学会や日本産科婦人科学会、日本産婦人科感染症学会などの発信を参考にするよう呼びかけた。


BuzzFeed JapanはNPO法人「ファクトチェック・イニシアティブ」(FIJ)のメディアパートナーとして、2019年7月からそのガイドラインに基づき、対象言説のレーティング(以下の通り)を実施しています。

ファクトチェック記事には、以下のレーティングを必ず記載します。ガイドラインはこちらからご覧ください。これまでBuzzFeed Japanが実施したファクトチェックや、関連記事はこちらからご覧ください。

  • 正確 事実の誤りはなく、重要な要素が欠けていない。
  • ほぼ正確 一部は不正確だが、主要な部分・根幹に誤りはない。
  • ミスリード 一見事実と異なることは言っていないが、釣り見出しや重要な事実の欠落などにより、誤解の余地が大きい。
  • 不正確 正確な部分と不正確な部分が混じっていて、全体として正確性が欠如している。
  • 根拠不明 誤りと証明できないが、証拠・根拠がないか非常に乏しい。
  • 誤り 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがある。
  • 虚偽 全て、もしくは根幹部分に事実の誤りがあり、事実でないと知りながら伝えた疑いが濃厚である。
  • 判定留保 真偽を証明することが困難。誤りの可能性が強くはないが、否定もできない。
  • 検証対象外 意見や主観的な認識・評価に関することであり、真偽を証明・解明できる事柄ではない。