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「与謝野晶子がスペイン風邪で子どもを亡くした」は誤り。新型コロナで拡散したが…

ネット上では彼女が1918年11月3日に「横濱貿易新報」(いまの神奈川新聞)に記した「感冒の床」の一節が拡散している。

歌人の与謝野晶子が「スペイン風邪」の流行で子どもを亡くしたという指摘が、ネット上に拡散している。

当時の世相をつづった文章が、新型コロナウイルスの感染が広がる現代に重なるとして注目されていたが、これは「誤り」だ。

BuzzFeed Newsはファクトチェックを実施した。

ネット上に拡散しているのは「スペイン風邪で子どもを亡くした与謝野晶子が、まるで今を見ているような文章を残している」という情報だ。

1918〜19年、世界をインフルエンザが襲い、世界で数千万人日本でも38万人の死亡者が出た。俗に「スペイン風邪」と呼ばれるパンデミックだ。

その時代を生きていた彼女の「文章」とは、1918年11月3日に「横濱貿易新報」(いまの神奈川新聞)に記した「感冒の床」の一節だ。

「政府はなぜいち早く この危険を防止するために… 一時的休業を命じなかったのでしょうか」

この情報は4.6万リツイート、9.3万いいねされるなど、大きな反響を呼んでいる。ツイートをまとめるサイト「Togetter」(すでに削除)やトレンドブログなどにも取り上げられていることも確認できた。

しかし、与謝野晶子がスペイン風邪で子どもを亡くしたという情報は、「誤り」だ。

彼女は12人の子どもをもうけたが、そのうち亡くなったのは6男の寸。1917年に生まれ、その2日後に死亡している。一方で、スペイン風邪が流行した時期は1918〜19年だ。整合性が取れないことがわかる。

BuzzFeed Newsの取材に対し、与謝野晶子記念館を運営する「さかい利晶の杜」の担当者はこう説明する。

「与謝野晶子の6男はたしかに亡くなっていますが、スペイン風邪のはやる前年でした。『感冒の床』には小学校に通った子どもから順々に広がって感染をしたことは記されていますが、子どもを失ったとするような記載はありません」

記された内容とは

実際に「感冒の床」を読んでみると、1人の子どもが小学校でスペイン風邪に感染し、家庭内に広がったという、以下のような記載がある(一部、いまの表記に直しています)

「今度の風邪は世界全体に流行っているのだといいます、風邪までが交通機関の発達につれて世界的になりました」

「この風邪の伝染性の急激なのには実に驚かれます。私の宅などでも一人の子供が小学から伝染してくると、家内全体が順々に伝染してしまいました」

「ただこの夏備前の海岸へ行っていた二人の男の子だけがまだ今日まで煩わずにいるのは、海水浴の効き目がこんなにも著しいものかと感心されます」

しかしその後は、後手に回る行政の対応について批判する内容が記されているのみだ。子どもの死亡に関する指摘は一切ない。

ただし、文章が現代にも通ずるところがあるという指摘はもっともで、まるで今のことを描いているようにもうつる。たとえば、上掲の部分だ。

「政府はなぜいち早くこの危険を防止するために、大呉服店、学校、工業物、大工場、大展覧会等、多くの人間の密集する場所の一時的休業を命じなかったのでしょうか」

「そのくせ警視庁の衛生係は新聞を介して、なるべくこの際多人数の集まる場所へ行かぬがよいと警告し、学校医もまた同等の事を子供達に注意しているのです。社会的施設に統一と徹底との欠けているために、国民はどんなに多くの避けらるべき、禍を避けずにいるか知れません」

「貧しきを憂いず、均しからざるを憂う」

与謝野晶子は「米騒動の時はおもだった都市で五人以上集まってあるくことを禁じました」として、一方でスペイン風邪の流行ではそうした措置が取られないことに苛立ちを示している。

さらに、高価な解熱剤が「一般の下層階級」に行き渡っていないとして、官民の「衛生機関と富豪が協力」して、中流以下の患者に安く売り渡すべきだと論じている。

彼女はここで、孔子の「貧しきを憂いず、均しからざるを憂う」と列子の「均しきは天下の至理なり」という言葉を引いて、こう結んだ。

「同じ時に団体生活を共にしている人間でありながら、貧民であるという物質的の理由だけで、最も有効な第一位の解熱剤を服すことができず他の人よりも余計に苦しみ、余計に危険を感じるということは、今日の新しい倫理意識に考えて、確かに不合理であると思います」

「スペイン風邪」の流行の混乱が、新型コロナウイルスと同様に社会を脅かし、存在していた格差がより顕在化させたことがわかる文章だといえるだろう。

とはいえ、冒頭の通り、「子どもをスペイン風邪で失った」わけではない。誤った情報には注意が必要だ。


参考文献 「与謝野晶子評論作集 第18巻」(内山秀夫,香内信子編,龍溪書舎,2002年)


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