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「朝鮮人虐殺の歴史を矮小化する小池知事へ忖度」“歴史認識”への懸念で作品が上映中止に。アーティストが都に直接訴えたこと

関東大震災での朝鮮人虐殺について扱った現代アーティスト・飯山由貴さんの動画作品の東京都人権プラザでの上映が「歴史認識」などへの懸念が伝えられたのち、中止なった問題。「検閲」を都人権部が否定するなか、飯山さんらが訴えたこととは。

関東大震災のときに起きた「朝鮮人虐殺」を扱った現代アーティストの映像作品の上映を、東京都人権部などが中止した問題で、作家や出演者らが3月1日、都に対して経緯の調査・説明と謝罪などを求める署名と要望書を提出した。

署名には3万人が賛同。映像作品を制作したアーティストの飯山由貴さんは都庁内で開いた会見で「小池知事が朝鮮人虐殺に関する追悼文を送らないという態度を繰り返し、職員が忖度したことで起きた問題」などと訴えた。

まず、経緯を振り返る

中止となったのは、東京都人権プラザ(公益財団法人東京都人権啓発センターが運営)で昨年開かれていた飯山さんの企画展「あなたの本当の家を探しに行く」に関連して上映される予定だった映像作品《In-Mates》の上映だ。

展覧会は、人権プラザの主催事業として開かれており、精神医療や障害者の権利などをテーマにしてきた飯山さんの映像を中心とした作品とともに、戦前に東京にあった精神病院「王子脳病院」を扱った作品を並べた。

《In-Mates》は、この「王子脳病院」の患者記録に残されていた朝鮮人患者のやりとりなどを在日コリアン2.5世のラッパー・FUNIさんが表現。東京大学の外村大教授が朝鮮人虐殺について説明しているシーンもある2021年の作品だ。

展覧会の附帯事業として上映会とトークイベントを実施する予定だったが、都の外郭団体であるセンター側が実施にあたり都人権部の承認を得る過程で、企画そのものが中止になったという。

「虐殺が『事実』に懸念」

なぜ、中止になったのか。飯山さんがセンター側から受けた説明によると、都人権部の担当者は、作品中で外村教授が話している部分について、メールで以下のように指摘したという。

「関東大震災での朝鮮人大虐殺について、インビュー内では『日本人が朝鮮人を殺したのは事実』と言っています。これに対して都ではこの歴史認識について言及していません」

加えて、小池知事が就任翌年から、歴代知事による慣例となっていた関東大震災朝鮮人追悼式典への追悼文送付を取りやめたことに触れ、こうも記したという。

「都知事がこうした立場をとっているにも関わらず、朝鮮人虐殺を『事実』と発言する動画を使用することに懸念があります」

そのほか、FUNIさんのラップの歌詞に「殺してやる」などの言葉(カルテにも朝鮮人患者の同様の言葉が残されている)があり、これが「ヘイトスピーチ」であるという懸念や、参加者が「嫌悪感を抱かないような配慮が必要」との見解なども示されていたという。

こうした経緯を飯山さんは「都による差別と検閲」と指摘しているが、都人権部側は否定。担当者はBuzzFeed Newsの取材に、そもそもが上映の中止ではなく、計画段階の事業内容の「見直し」だったと主張した。

さらに、判断の理由は虐殺に関する点ではなく、「ヘイトスピーチ」と「作品の趣旨」とし、あくまで都の「指示」ではなく、やりとりの結果、最終的にセンター側が決定したとしている。

きっかけとなった小池知事の答弁

関東大震災直後、「井戸に毒を入れた」などの根拠のないデマから、住民らによる「自警団」や軍・警察などにより、各地で朝鮮人の殺害が相次いだことは否定できない事実だ。

目撃者や被害者の証言、当時の記録などから、実際に起きたことがわかっており、政府の『中央防災会議報告書』(2008年)にも記載されている。

ただし、被害者の人数については諸説ある。前述の中央防災会議の報告書でも、虐殺の犠牲者は朝鮮人、中国人、そして誤認された日本人らをあわせ、震災による死者10万人の1~数%、つまり1千~数千人としている。

一方、都立横網町公園に立つ朝鮮人犠牲者追悼碑には、被害者が「6000人あまり」と記されている。2017年3月の都議会では、これが「無根拠である」などと自民党議員(故人)によって問題視された。

この際、小池知事は「犠牲者数などについては、さまざまなご意見がある」と答弁。その年の9月1日には、碑の横で毎年開かれている追悼式典に、慣例として送られていた都知事による追悼文の送付を取りやめた。

小池知事は同じ月の議会で改めて朝鮮人虐殺について問われ、「事実については歴史家がひもとくもの」などと答弁。今年2月の議会でも、同様の見解を変えていない。

なお、追悼文送付に関するBuzzFeed Newsの取材に対する都側の説明からは、被害者の人数が取りやめたのひとつの「理由」であったと読み取れる。

「虐殺の矮小化」と「忖度」

しかし、都人権部の職員が飯山さんの作品に関して送ったメールでは、都が、虐殺の歴史的事実そのものを認めていないととれる内容になっている。

3月1日に飯山さんらが都人権部に直接提出した要望書では、職員のメールについて、「関東大震災における朝鮮人虐殺の歴史を矮小化しようとする小池百合子都知事への人権部職員による過剰な忖度」と批判。

「一人の政治家への忖度を根拠として行政職員らが虐殺の史実を否定することは、日本に居住する在日コリアン(在日韓国人・在日朝鮮人)の歴史において非常に重要かつ凄惨な事件を隠蔽しようとする、都政によるレイシズムの発露に他なりません」とした。

また、カルテに残る当時の記録にFUNIさんの体験談を昇華させてつくりあげたラップが「ヘイトスピーチ」と指摘された点については「ヘイトスピーチの概念の濫用」「あまりにずさんな認識」と指摘。

そもそも飯山さん側との協議や説明の不足や、都側が報道陣に説明した内容に事実と反する内容があった点なども批判し、本件の調査・説明と謝罪を求めている。

「歴史が左右されてしまう」

飯山さんはこれまで、一連の経緯について都側に説明や謝罪を求めてきたが、話し合いの機会は「個別の事案に対応できない」などとして実現していない。今回の提出時にも、説明が行われることはなかったという。

この日、提出に同席したFUNIさんは、「在日コリアンの差別をやめてください」と言葉を投げかけた。しかし、人権部の担当者からは要望内容を含め、「わかりました」などという反応があるのみだったという。

「朝鮮人虐殺がなかったことにされるという手触り、危機感を都の対応からは感じています。リーダーの態度によって歴史が左右されてしまうことを、リーダーは自覚してほしい」

また、飯山さんは「そもそもは、知事が関東大震災の朝鮮人虐殺追悼式に追悼文を送っていないことに端を発している。追悼文を送ること、今回の一件を引き起こした自らの態度を改めてもらいたい」と話し、こうも語った。

「最初は小池知事ひとりの態度の問題だったものが積み重なることによって、行政全体にその態度が内面化されてしまったのが、今回の上映中止問題です。それは、東京都という行政がレイシズムを発露してしまったということではないかと思っています」