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近づく「五輪中止」のタイムリミット。医療・経済の専門家からも慎重論、スポンサーも社説で訴え

コロナの感染が収まらないなか、世論調査では「中止・再延期」が過半数となっている東京五輪。反対署名には数十万人が賛同し、選手たちも翻弄されている。海外メディアだけではなく、社説で中止を訴える国内メディアも現れている。

東京オリンピック・パラリンピックの中止や、再延期を求める声が広がっている。

主要メディアの世論調査では回答者の過半数が中止や延期を求め、ネット署名でも数十万人が賛同した。感染症や経済の専門家からも慎重な意見があがっている。

地方紙が相次いで社説で「中止」に関する論陣を張ったのに続き、五輪スポンサーの朝日新聞も大型社説を展開した。

感染拡大への懸念から聖火リレーや選手団の受け入れを断念する自治体も出ている一方、国際オリンピック委員会(IOC)と日本政府は、今夏の開催に向けた歩みを続けている。

社説で「中止」求める声相次ぐ

東京五輪をめぐっては、海外メディアから開催を疑問視する声が複数あがっていたが、最近まで国内の新聞が中止を求めたことはなかった。

全国紙の朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、日経新聞、産経新聞と、ブロック紙の北海道新聞の計6社は、オフィシャルパートナー、あるいはオフィシャルサポーターとして、五輪のスポンサーに名前を連ねている。

立場を表明しないことについて「不作為」と批判する声もあったが、このうち朝日新聞は5月26日に「中止の決断を首相に求める」という大型社説を掲載。「誰もが安全・安心を確信できる状況にはほど遠い」として、以下のように訴えた。

選手をはじめ、五輪を目標に努力し、様々な準備をしてきた多くの人を考えれば、中止はむろん避けたい。だが何より大切なのは、市民の生命であり、日々のくらしを支え、成り立たせる基盤を維持することだ。五輪によってそれが脅かされるような事態を招いてはならない。

もちろんうまくいく可能性がないわけではない。しかしリスクへの備えを幾重にも張り巡らせ、それが機能して初めて成り立つのが五輪だ。十全ではないとわかっているのに踏み切って問題が起きたら、誰が責任をとるのか、とれるのか。「賭け」は許されないと知るべきだ。

そのうえで、ワクチン接種をめぐる国間の格差などにより、機会の平等などをうたう五輪憲章が空文化していると指摘。「五輪を開く意義はどこにあるのか」と疑問を投げかけ、こう結んだ。

そもそも五輪とは何か。社会に分断を残し、万人に祝福されない祭典を強行したとき、何を得て、何を失うのか。首相はよくよく考えねばならない。小池百合子都知事や橋本聖子会長ら組織委の幹部も同様である。

朝日新聞に先駆けて社説で五輪中止を論じたのは、長野の地元紙・信濃毎日新聞と九州のブロック紙・西日本新聞だ。それぞれ5月23日と25日に、五輪の中止に関する社説を掲載した。

信濃毎日新聞は政府は中止を決断せよと題して、「何のための、誰のための大会かが見えない」「開幕までに、感染状況が落ち着いたとしても、持てる資源は次の波への備えに充てなければならない」と中止を訴えた。

一方の西日本新聞は「東京五輪・パラ 理解得られぬなら中止を」と題し、「国民の理解と協力が得られないのであれば、開催中止もしくは再延期すべき」と求め、「開催を強行すれば、禍根を残すことになりかねない」と警鐘を鳴らした。

なお、朝日新聞は社説とあわせて、会社としての文書も公開した。組織委とオフィシャルパートナー契約を結んだ際から、「パートナーとしての活動と言論機関としての報道は一線を画します」と読者に約束していた、と説明。

企業としては今後も感染状況などを注視しながらパートナーとして活動する一方、「社説などの言論は常に是々非々の立場」「五輪に関わる事象を公正な視点で報じていくことに変わりありません」とした。

世論調査では「中止・再延期」が過半数

最近の世論調査の結果を見てみよう。

毎日新聞と社会調査研究センターが5月22日に実施した調査では、「中止すべきだ」が40%で最多。「再び延期すべきだ」は23%で、「中止」と「再延期」を合わせて6割を超えた。

朝日新聞が5月15、16日に行った調査でも同様で、「中止」が43%、「再び延期」が40%で合わせて8割を超えた。「今夏に開催」は14%にとどまった。

読売新聞が5月7~9日に実施した調査でも「中止する」が59%。「開催する」「観客数を制限して」は16%、「観客を入れずに」は23%だった。

さらに共同通信が5月15、16日に行った調査でも「中止」が59%を超えた。最新の世論調査ではいずれも、過半数が今夏の開催に反対の姿勢を示した。

中止を求めるネット署名も立ち上がっている。東京都知事選に立候補したことのある弁護士の宇都宮健児氏が呼びかけた署名には39万筆以上の賛同が集まった。「Change.org」が立ち上がってから最多となったという。

一方、日本側が中止を決めた場合、IOCから一定程度の賠償が求められる可能性もある。毎日新聞が行った複数の法学者へのインタビューによると、契約上は「違約金」の規定はないが、「賠償金」を請求される可能性があるという。

賠償金や、国際的な信用を失うことなどを理由に、「日本側から中止を求めるのは現実的ではない」とする見方もある。

「Change.org」では、開催を求める署名もはじまった。呼びかけているのは、JOC前会長・竹田恆和氏の息子で政治評論家の恒泰氏で、8万7000筆以上が集まっている。

また、内閣官房参与だった嘉悦大教授の高橋洋一氏も、賠償金に言及。欧米諸国に比べて日本の感染者が少ないこと(「さざ波」と表現)にも触れながら、「これで五輪中止とか笑笑」と投稿し、批判を集めた。

なお、高橋氏は5月24日、これらの失言の責任を取るかたちで内閣官房参与を辞職している。

選手たちも翻弄

選手たちも、翻弄されている。

「どちらの意見もしっかりと議論をしてほしい」(競泳の入江陵介選手)や「(開催すべきか)確信がもてない」(テニスの大阪なおみ選手)と慎重な声もある。

ファイザー社から無償提供されたワクチンの選手らへの優先接種が報じられるなかで、「どういう発言をすればいいのか迷っている」(陸上の桐生祥秀選手)「五輪選手だけが優先されるのはおかしな話」(陸上の新谷仁美選手)と、困惑の声も出ている。

また、反対や辞退を求める声が直接SNSで寄せられたという競泳の池江璃花子選手は「中止を求める声が多いことは仕方なく、当然」としながら、「私は何も変えることができません」とツイートし、注目を集めた。

自治体では、感染拡大への懸念から、五輪の聖火リレーや事前合宿の受け入れを断念する例が相次いでいる。

福岡県は5月7日、緊急事態宣言を受けて県内での聖火リレーを全面的に中止すると決めたほか、大阪をはじめ兵庫、広島、岡山など複数の自治体が、公道でのリレーを取りやめている。

また、毎日新聞によると、五輪に向けた合宿のホストタウンのうち、少なくとも72自治体が受け入れを見送ったという。今後も増える見通しだ。

犠牲を払うのは誰?

こうしたなか、アメリカ国務省は5月24日、日本に対する渡航警戒レベルを最高の「渡航中止・退避勧告」(レベル4)に引き上げた。

同様の渡航中止勧告は欧州など約150カ国・地域を対象に出されている。各国の感染状況も、決して落ち着いているとは言えない。

とはいえ、IOCや日本政府は、五輪への影響はないとの見方だ。アメリカのオリパラ委員会(USOPC)も参加に前向きな声明を出しており、各国の競技団体も含め、「安心・安全の大会」開催に向けた歩みを進めている。

菅義偉首相は5月19日に国会で「選手や大会関係者と、一般の国民が交わらないようにするなど厳格な感染対策を徹底することで国民の命や健康を守り、安全・安心の大会を実現することは可能」という見解を示した。

また、IOCのコーツ調整委員長は5月21日、仮に緊急事態宣言下であったとしても、五輪は開催できると発言した。

一方で、IOCのバッハ会長が「我々はいくつかの犠牲を払わなければならない」と発言したことについては、批判が集まった。

その後、犠牲を払うのは「オリンピック・コミュニティーの中にいる全員」で、「日本の人々に対してではない」と釈明したとはいえ、開催することで「日本の人々」に一切の影響がないわけはない。

ワクチン接種率は最下位

各国で国際的なスポーツ大会が開かれていることや、テスト大会が「無事」に終わったことから開催に問題はないとの見立てもあるが、五輪本番となると、規模が違う。

大会開催にあたって、海外からやってくる人は選手、大会関係者、メディア関係者を含め、10万人を超えるとの推計もある。

東京都内でインド由来の変異ウイルスのクラスターが初確認されるような事態が起きるなか、水際対策や「バブル」と言われる関係者の隔離で感染拡大を防ぎ切れるのか、疑問視する声は少なくない。

開催に伴って経済活動が活発化することで国内の人流の動きが増えれば、感染が再拡大するとの試算も出ている。しかし、観客動員をめぐる議論はまだ途上だ。

一方、対策の切り札とされるワクチン接種については、高齢者への接種は7月末までに終えるという目標があるものの、それ以外の一般の人々がいつ接種を受けられるかというメドは、今も立っていない。

Our World in data」によると、少なくとも1回はワクチンを接種したことを示す「接種率」は、5.23%(5月24日現在)。

先進国を中心とする経済協力開発機構(OECD)に加盟する37カ国のなかでは、最下位(上のグラフ)だ。

専門家が懸念すること

大会に向けた医療資源の確保が求められることで、医療の逼迫を懸念する声もある。

政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長も「やる、やらないを含めてオーガナイザーの責任」と、開催期間中の医療への負荷の検証に基づき判断すべきと国会で述べている。

また、東京都医師会の尾崎治夫会長も毎日新聞の取材に対し、「五輪ありきで、国民や医療を犠牲にすることは許されない」と苦言を呈し、感染状況によっては中止を提言すると述べた。

分科会の構成員で、東京五輪における新型コロナウイルス感染症対策調整会議の医学アドバイザーも務める川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さん(写真)も同様だ。

BuzzFeed Medicalの取材に対し、「開催時期に、東京が今の大阪のような感染の広がりと医療の状態になっているならば、オリンピックという祭典の開催は困難」と、以下のように述べた。

感染対策だけ考えれば、「開催しない」という決断が一番簡単でいいと思います。政府がやらないと決めてくれれば、医学アドバイザーの僕もかなり楽になる。

でもどうしてもやるとしたら、どういう方法があるかが問われています。感染が一定以上広がっている場合には、オリンピックの基本は何かということを考えたうえで、ベリーまたはベリー・ベリーリミテッドで開くというのが考えられ得る方法ではないかと思っています。

もう半年から1年くらい延ばしてもいいじゃないかと感染対策の視点では思いますよね。1年後だったらワクチンも行き渡り、医療も対応に慣れているでしょう。

中止の経済損失は…

東京や大阪などに出ている緊急事態宣言は、延期される方針であると報じられている。休業を強いられている業種に従事する人々からは悲鳴もあがる。

5月25日には、大会中止の経済的な損失は1兆8千億円規模にのぼるという試算を、野村総合研究所が発表した。

一方でこの試算では、「大会を中止する場合の経済損失は、緊急事態宣言1回分によるものよりも小さい」と指摘しており、こう結論づけている。

大会開催をきっかけに、仮に感染が拡大して緊急事態宣言の再発令を余儀なくされる場合には、その経済損失の方が大きくなるのである。

大会の開催・中止の判断、観客制限の判断については、その経済的な損失という観点ではなく、感染リスクへの影響という観点に基づいて慎重に決定されるべきであることを示唆している。

自民党の二階俊博幹事長は5月25日、大会関係者のこれまでの努力と現実的な問題に配慮しながら「最終的な判断を下していかなくてはならない」と述べた

当初、「コンパクト五輪」「東日本大震災の復興五輪」と言われていた東京五輪は「人類がコロナに打ち勝った証」に変わり、ついに、その言葉も聞かれなくなった。

丸川珠代・五輪担当相は「コロナ禍で分断された人々の間に絆を取り戻す大きな意義がある」と発言しているが、各種世論調査で反対が過半数を占める現状では、開催が新たな分断を呼びかねない状況だ。

ワクチン接種は遅々として進んでいない。この社会に暮らす人々や、各国の選手、関係者の健康と生命を守り抜くことはできるのか。感染拡大を招かないような大会運営は、本当に可能なのか。

最終的な判断のタイムリミットが近づいている。

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