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731部隊の戦争証言に「嘘は明白」? 誤った指摘が拡散「大学卒のみの採用」→「少年隊が存在」

731部隊の正式名称は関東軍防疫給水部。中国東北部(旧満州)で、感染症やワクチンなどのほか、細菌の研究をしていたとされる。捕虜を用いた人体実験や生物兵器の開発、細菌戦に関する証言も多く残されてきた。部隊には、14歳でも入ることのできる軍属の組織「少年隊」が存在していたことが、公文書や証言などから明らかになっている。

生物兵器などの研究にあたったとされる旧日本軍の「731部隊」に所属していた男性の証言の記事に対し、「嘘」だと指摘するツイートが拡散している。

記事内で男性は14歳で入隊したと語っているが、ツイートではそれに対し「731部隊は大学卒のみの採用でした。嘘は明白」などとしている。

だが、この指摘は「誤り」だ。731部隊(関東軍防疫給水部)には、14歳でも入ることのできる軍属の組織「少年隊」が存在していたことが、公文書や証言などから明らかになっている。BuzzFeed Newsは、ファクトチェックを実施した。

731部隊の正式名称は関東軍防疫給水部。中国東北部(旧満州)で、感染症やワクチンなどのほか、細菌の研究をしていたとされる。捕虜を用いた人体実験や生物兵器の開発、細菌戦に関する証言も多く残されてきた。

そのうえで、指摘を受けているのは、現代ビジネスが終戦の日、8月15日に配信した731部隊の元少年兵が激白…「残虐な人体実験が我々の日常だった」という記事。

この記事では、14歳で部隊に入隊したという須永鬼久太氏(92)の証言が綴られている。この点について、Twitter上では以下のような指摘があがった。

《この記事の嘘は『14歳で731部隊に入隊となっていますが、731部隊は大学卒のみの採用でした。嘘は明白なのです》

この指摘は9000以上リツイートされ、1万以上のいいねがつくなど、拡散。ツイートした人物は「14歳入隊は、朝日新聞が作り上げたデマです」などとも述べている。

しかし、これは誤りだ。関東軍防疫給水部には「少年隊」があったことが、これまでの証言や隊員の本籍地など記されている「留守名簿」などの公文書や証言からも明らかになっているからだ。

そもそも、関東軍防疫給水部は軍医だけで構成されていたわけではない。それを支える技師や看護師、主計将校や衛生兵、さらに少年隊などいくつもの部署があった。

少年隊は、全国から集められた10代の少年らが、細菌に関する専門的な教育を受けたあとで各部署に配属され、助手などの役割を担ったという。

元隊員の名簿には、少年隊員らは「兵(軍人)」としてではなく、軍属である「傭人」として記載されている。その後、年次に合わせて「雇員」になったという証言もある。

なお、現代ビジネスの記事のタイトルは「731部隊の元少年兵が激白」となっている。少年隊を「少年兵」とする報道はほかにも散見されるが、当時の少年隊員らの身分は「軍人」ではなかったので、「兵」という表現は正確ではない。

「名簿」に載っていたこと

では、入隊した年齢についてファクトチェックしよう。

関東軍防疫給水部の「留守名簿」は公文書として残されている。1945年1月時点で所属する3607人の実名や階級、連絡先が記載されていた。

国立公文書館から名簿の全面開示を2018年に受け、分析作業を進めている滋賀医科大学名誉教授の西山勝夫さんは、BuzzFeed Newsの取材に、「14歳で入隊は嘘」「大学のみの採用」といった主張は、誤りだと指摘する。

まず第一に、現代ビジネスの記事で取り上げられた須永さんの名前は、開示された名簿で確認(写真下)することができる。

それによると、須永さんの生年月日は1927年11月生まれ。部隊に所属された編入日は1942年4月5日であると記されている。つまり、当時の年齢は14歳だった。証言に齟齬はない。

また、西山さんが「留守名簿」に記されている生年月日と部隊に編入日をクロス集計したものをもとに、BuzzFeed Newsでまとめたところ、1942年3月21日から5月1日にかけて、1927〜28年生まれの66人(29年生まれも1人)が、編入していることがわかる。

つまり、須永さんが入隊した1942年4月の同時期に、14〜15歳の子どもたちが多く入隊していることを示していることになる。当時は、尋常小学校(その後は国民学校初等科、6年制)と高等小学校(国民学校高等科、2年制)を出て14歳で働くことは、珍しくなかったのだ。

なお、残されていたほかの名簿も含めると、西山さんの集計では1930年代生まれが84人確認されている。名簿は1945年のものであるため、少なくとも14〜15歳の子どもたちが84人、終戦の年に在籍していたことは明らかだ。

名前から女性とみられる人も混ざっているため全員が少年隊とは限らないが、うち82人は「傭人」であることから、多くが少年隊であった可能性は高いと言える。

少年隊の目的は?

名簿には、これまで少年隊に所属していたとして、部隊の実態を証言してきた人たちは複数いた。

こうした人々の名前が先出の「留守名簿」に含まれていたことから、西山さんは「証言の正当性は明らかになった」と指摘している。

少年隊に関する言及がある資料はほかにもある。2020年2月に西山さんらのグループによって国立公文書館から開示された「関東軍防疫給水部部隊概況」(厚生省が1950〜51年に作成)にも「青年隊及少年隊」の記載がある。

また、元隊員が残した資料のなかに「少年隊(少年見習技術員)」との記載もある。

こうした少年隊の目的はどこにあったのか。

元隊員へのヒアリングをもとに、西山さんは「細菌戦を担当する専門技術者ないしそのアシスタントとして養成されることだったとみられる」と指摘している。

しかし、結果として敗戦の混乱によってそうした目的は果たされず、また少年たちに補償や学歴、資格の証明がもたらされることはなかったという。

「細菌の生産」と記した公文書も

関東軍防疫給水部をめぐっては、政府(当時は小泉政権)は2003年、「関東軍防疫給水部等が細菌戦を行ったことを示す資料は、現時点まで確認されていない」(2003年10月10日)としている。

また、2012年にも政府(当時は民主党政権)は「活動の詳細については、やはり政府内部に資料は見当たらないというのが今の実態」と答弁(2012年6月15日)している。

しかし近年、その活動実態を記した公文書の「発掘」が進んでいる。

たとえば2020年2月までに西山さんらが見つけた「関東軍防疫給水部行動経過概況図」(厚生省、1950年)では、部隊の目的は「細菌の研究、生産、各部隊の防疫給水、血清、癌症、予防等凡ゆる研究」とされ、本部第一部が研究、第四部が生産に当たるなどの構成も記されていた。

さらに先出の「関東軍防疫給水部部隊概況」でも、部隊の大連支部が「細菌の研究及生産に住じていた」と明記されていた。また、ペストに感染させたノミの空中散布に関する、元部隊員の軍医による論文集が国立国会図書館関西館で2011年に見つかり、注目を集めた。

西山さんは「肝心の公文書がまだ公文書館や厚労省などに存在する可能性が明らかとなった。手掛かりは少なくなったとはいえまだ史実解明の可能性は残っている」と語る。今後も公文書開示などの研究、分析を進めていくという。


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