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子どものインフルエンザワクチン、受けた方がいいの?【後編】

卵アレルギーの場合、集団接種、生ワクチン。どのように考えたらいいの? 子どものインフルエンザワクチンをどうするか、最新情報をもとに考える2回連載の後編です。

前回に引き続き、インフルエンザワクチンに関する話題です。

第2回目の今回は、卵アレルギーがある場合の考え方、過去行われていた集団接種の話題、鼻から使う生ワクチンなどのお話をしたいと思います。

卵アレルギーのある場合にインフルエンザワクチンは接種できないのでしょうか?

我が国で接種される不活化インフルエンザワクチンは卵から作られており、ごく微量の卵たんぱく(1mLあたり数ng)が含まれています。そのため、卵アレルギーのあるお子さんは接種に注意が必要とされています。

では、「卵アレルギーがあるならインフルエンザワクチンは打てません」が正しいでしょうか?

ざっくりした数字をあげてみます。卵1個を55gとし、そのうち12%程度がたんぱく量になります。そして、卵1個のたんぱく量6.6gを単位で換算してみましょう。すると、6.6g=6600mg=6600000μg=6600000000ngが、卵1個に含まれるたんぱく量です。

WHOで規定しているインフルエンザワクチンは0.5mLあたり50ng~1000ng以下で 、我が国で使用されるワクチンに含まれる卵の量より多いと考えられます。

それにもかかわらず米国小児科学会は、2017~2018年シーズンから、重症卵アレルギーがあっても、全ての子どもに対して、きちんと推奨されている予防措置を行っておけばインフルエンザワクチンを接種できると、推奨を改訂しました。

もちろん、ワクチンが絶対に安全という意味ではありません。

例えばインフルエンザワクチンは140万本に1回のアナフィラキシー(極めて強いアレルギー)を起こし得ます 。そのため、万が一の対応ができるようにした上で、ワクチンは接種しなければなりません。

あくまで、「卵アレルギーがあっても、(アナフィラキシーをやはり起こす可能性のある)他のお子さんと同様に接種して良い」としているということです。

ただし、我が国の推奨が変更されていない以上、今回の記事で「卵アレルギーのあるお子さんに対するインフルエンザワクチンに関して接種して良い」と申し上げることはできません

私が診療している患者さんでは、ごくわずかの卵加工品を食べることができていればインフルエンザワクチンを接種するようにしています。

余談ですが、以前バズフィードで「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」をご紹介しました。

その提言通りに対応されていれば、生後6ヶ月には卵を少なくとも微量で食べ始めていることになり、「卵アレルギーがあるから接種できない」というお子さんが減るのではと考えています。

今後の改訂も含め、期待したいと思っています。

集団接種の中止とその後

この記事を読んでいる方のなかには、子どもの頃、インフルエンザワクチンが集団接種されていたことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。

1960年代から学童の集団接種が行われていたのですが、1988年に任意接種になり、1994年に中止となりました。

集団接種の目的は集団免疫(集団全体の免疫をあげる)ことです。第1回に触れた「コクーン戦略」で申し上げたように、ある集団での予防接種率が上がると、周囲への伝染が少なくなり、全体としての感染率も減ってメリットがあるだろうという戦略です。

しかし、学童へのインフルエンザ集団接種は中止となりました。色々な考えがあることは承知していますが、集団接種を中止することで起こった結果は明らかになっています。

まず一つ目に、「学童」に対する集団接種中止後、「高齢者」の「超過死亡率」が明らかに上昇したことです。

「超過死亡率」というのは、インフルエンザが流行したためにさらに多く亡くなってしまった率、のことです。この場合、インフルエンザのみではなく、たとえばインフルエンザによって発症した肺炎で亡くなった方も含みます。

この集団接種が行われていた時期、高齢者に対してインフルエンザワクチンは実施されていませんでした。

それなのに、「学童の」集団接種中に「高齢者の」インフルエンザで亡くなる方が減り「学童の」集団接種が終了後、「高齢者の」インフルエンザで亡くなる方が増えたのです。

そして、同時期の米国と比較し、その超過死亡数の変化は明らかに異なる動きを示したことから、集団接種の有効性が証明されたのです。

この話題をお出しすると、「ちょうどこの時期に高齢者に対する栄養状態などが改善したからではないか」といった疑問を呈する方もいらっしゃいます。

しかし、インフルエンザの集団接種は、接種されていた学童ばかりか、当時集団接種の対象ではなかった「幼児の」超過死亡も減らしていたことが報告されています。

1972年以降、「学童期の」集団接種が中止されるまで、幼児(1~4歳)で亡くなる方のピークは春から夏でした。それが、1990年以降、冬季のピークがみられるようになり、すべてインフルエンザのうちA香港型が流行した年だったことが報告されています。

1990年代の幼児の超過死亡は800人と推定されています。

さらに2011年、ワクチン接種率と学級閉鎖日数を調査した検討が報告されています。ワクチンの接種率が低下すると欠席や学級閉鎖が増え、接種率があがると欠席や学級閉鎖が減るという、集団接種の効果が報告されています。

しかしながら、現在の状況から今後集団接種が再開されることはないだろうと私は考えていますが、全体のインフルエンザワクチンの接種率があがれば、日本全体での効果は現れるのではと思っています。

インフルエンザ生ワクチンはどうですか?

この原稿を書いている2018年11月現在、日本で承認されているインフルエンザワクチンは不活化ワクチンという注射のワクチンのみです。

一部の医療機関で鼻から使用する生ワクチン(商品名フルミスト)が海外から輸入されて使用されていますが、現時点では未承認のため、残念ながら、接種後に何か問題が起きた場合の補償は限られていることに注意しなければなりません。

以前インフルエンザ生ワクチンは、効果が不十分ではないかという報告があり、米国小児科学会は2017-2018年シーズンまでは強く推奨はしていませんでした

しかし最近、有効性があるという報告もなされるようになり2018-2019年シーズン(今シーズン)からはオプションの予防接種として推奨を変更したようです。

私は自分の患者さんに生ワクチンを接種したことはありませんが、評価が定まってくれば我が国への正式な導入を期待したいと考えています。

インフルエンザ薬があれば、ワクチンはいらないですか?

インフルエンザ薬であるオセルタミビル(商品名タミフル)は、発熱期間を17.6時間短くするものの、中耳炎以外の合併症のリスクを減らさないことが報告されています。

また、インフルエンザ薬を早期に使用すると、インフルエンザに対する抗体が十分に作られない可能性も問題点として指摘できます。すなわち、同じシーズンに同じウイルスに繰り返し罹ってしまうかもしれません。

また、今シーズンから認可された、1回飲むだけで治療が完結するバロキサビルマルボキシル(商品名ゾフルーザ)が注目されています。

しかし、この原稿を書いている2018年11月23日現在、12歳未満の小児に対して有効性を確認した臨床研究は、論文としては報告されていません。

また、ゾフルーザは、症状が改善する速度に関してはタミフルと差がないという結果になっていますし、1回飲むと、ゾフルーザに対して性質の変わったインフルエンザ(ゾフルーザの効果が落ちている)の頻度が高くなる(成人9.7%、小児23.3%)ことも心配されます。

今シーズンにおいては、日本小児科学会も子どものインフルエンザ治療における位置付けを見送りました。もちろん、1回内服で治療が完結すること、タミフルに比較して嘔気の副作用が少ないとされているため、今後、主役に躍り出る可能性もあります。

さいごに

さて、インフルエンザワクチンに関して、外来で聞かれるご質問、イチ小児科医である私が疑問に思って最近アップデートした事柄を共有させていただきました。

「医者はインフルエンザワクチンで儲けようとしている」といった論調を見かけることがあります。

しかし私は勤務医ですので、いくらインフルエンザワクチンを接種しても全く自分自身の収入は増えませんし、痛い処置もできればしたくありません。

しかし、今回お話しした報告を確認するほどに、インフルエンザワクチンは、目の前のお子さん達にメリットが大きくデメリットのほうがより少ないのではと感じます。

そのため、インフルエンザワクチンに関するご質問に対する説明はできる限り行いますし、卵アレルギーがあっても積極的にワクチンを接種しようと努めています。

もしかすると、効果への疑問や卵アレルギーがあって躊躇されている方もいらっしゃるかもしれません。この記事が皆さんの参考になり、最終的にお子さんのよりよい健康に結びけば良いなと思っています。

子どものインフルエンザワクチン、受けた方がいいの?【前編】

【堀向健太(ほりむかい・けんた)】東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教

1998年、鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から現職。

日本小児科学会専門医。日本アレルギー学会専門医・指導医。

2014年、米国アレルギー臨床免疫学会雑誌に、世界初の保湿剤によるアトピー性皮膚炎発症予防に関する介入研究を発表。

2016年、ブログ「小児アレルギー科医の備忘録」を開設し出典の明らかな医学情報の発信を続けている。