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Updated on 2019年5月6日. Posted on 2018年11月27日

「ラストエンペラー」から消された“幻のシーン”とは

映画界の巨匠、ベルナルド・ベルトルッチ監督が死去。77歳だった。

AFP=時事

ベルナルド・ベルトルッチ監督(1981年)

映画「ラストエンペラー」「ラストタンゴ・イン・パリ」「1900年」などで知られるベルナルド・ベルトルッチ監督が11月26日、ローマ市内で死去した。77歳だった。

ベルトルッチ監督は中国・清朝最後の皇帝溥儀(ふぎ)を描いた「ラストエンペラー」(1987年)でアカデミー賞9部門を受賞。世界的な巨匠として名を馳せた。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed

映画「ラストエンペラー」DVD

辛亥革命による清朝滅亡、日中戦争、中華人民共和国の成立と文化大革命――。

「一番興味を持ったのは、溥儀が一生に経験した変身(メタモルフォーゼ)というものです」「龍(皇帝)から一市民へ」(*1)

イタリアの巨匠は自らこう語ったように、波乱に満ちた溥儀の生涯を壮大なスケールでスクリーンに投影した。

中国政府の協力下、皇帝の住まいだった旧紫禁城でも撮影したことも話題になった。

当時の中国は、毛沢東の死後に復権した鄧小平の下で「改革開放」に乗り出していた。

かつて文化大革命の嵐が吹き荒れた中国で、外国人監督の映画撮影が許されたことは、世界に大きな驚きを与えた。

ベルトルッチ監督も、「私がメタモルフォーゼの物語を描くことができるのは、中国がメタモルフォーゼの過程にあるからこそなのです」(*1)と述べている。

そんな「ラストエンペラー」には、カットされた“幻のシーン”があるという。

昭和天皇を演じた日本人青年がいた。米俳優、ジョン・ローンふんする「溥儀(ふぎ)」が、東京駅頭で握手する軍服姿の「昭和天皇」として登場する。

だが、日本で公開されたフィルムの中からは、このシーンはカットされ、天皇の姿は消えた。

(毎日新聞1989年8月1日朝刊)

映画から消された、溥儀と昭和天皇の「握手」

Wikimedia

溥儀は生涯に2度、日本を公式訪問している。初訪日は1935年4月。満州国皇帝となっていた溥儀は、戦艦比叡で横浜港に上陸。汽車で東京へ向かった。

お召し列車は東京駅3番ホームに到着。出迎えたのは昭和天皇だった。軍服姿の二人は握手を交わす。異例の歓迎ぶりだった。

ベルトルッチ監督は、そんな史実を映画で再現しようとした。

歴史的にも大きな意味を持つシーンだった。当時の日本は、満州国を傀儡として操っていると国際社会から批判されていた。

そんな中、日本は溥儀を“盟邦の君主”として歓待。満州国は日本の操り人形ではなく、「対等」だと世界にアピールするために、軍部が演出したものだった。

Wikimedia

溥儀(左)と昭和天皇


溥儀自身も、国民と軍に絶大な権威を持った昭和天皇の姿が眩しく映ったようだ。さらに、自身の権威を強化するため昭和天皇の威光を利用できると考えた。

溥儀は自伝にこう記している。

「日本皇室のこのもてなしによって私はますます熱にうかされ、皇帝になってからは空気さえ変ったように感じた。私の頭には一つの論理が出現した。天皇と私とは平等だ、天皇の日本における地位は、私の満州国における地位と同じだ、日本人は私にたいして、天皇にたいするのと同じようにすべきだ」(*2)

1935年5月、満州国に戻った溥儀は国民に向けて詔書を発した。そこにはこんな一文があった。

「朕 日本天皇陛下と誠心一体のごとし」

Kei Yoshikawa / BuzzFeed

「ベルナルド・ベルトルッチ頌」(芳賀書店)

日本側の思惑と溥儀の思惑が交差した「握手」のシーン。実際に撮影もされたのに、なぜカットされたのか。

その背景について、公開翌年に毎日新聞が報じている。

1986年3月のことだった。配給会社「松竹富士」の世良田進二常務はハリウッドへ飛んだ。

ロサンゼルスのサンセット大通りにあるホテル。ここで世良田常務は、ベルトルッチ監督とプロデューサーのジェレミー・トーマス氏と対面した。

日本版の公開に際しての打ち合わせだった。そこで、こんなやり取りがあったという。

映画の台本を読み進める世良田常務の目が、ある個所でクギ付けになった。溥儀と昭和天皇が握手するシーンだった。

常務が英語で言った。

「(昭和)天皇が映像として劇映画の中に出てくるのはあんまり感心しない。そういうケースは日本ではそうそうないしね」。

常務は、昭和一ケタ生まれ。空襲で東京の実家が全焼。疎開体験もある。昭和天皇は父親と同世代で敬愛に近い気持ちがあるという。

常務はやや間を置いて、こう続けた。「ことさら、そのシーンにこだわらなくても……。映画の完成度や芸術性から言っても、あまり重要性はないんじゃないか」。

二人は黙って耳を傾けていた。

(毎日新聞1989年8月1日朝刊)

かつては「天皇」を演じることは不敬だという声もあったが、いまでは太平洋戦争を扱った作品に度々登場している。

「日本のいちばん長い日」では、終戦の「聖断」を下した君主として、「終戦のエンペラー」では戦後の行く末を案じながらマッカーサーと面会した姿が描かれた。「太陽」では、イッセー尾形が一人の“人間”として演じた。

一方、「ラストエンペラー」でカットされた溥儀と握手を交わす昭和天皇の姿は、日本人のタブーに触れると考えられたのだろうか。

幻となった「東京駅での握手」のシーンには謎も多い。昭和天皇を誰が演じたのか、よくわかっていないのだ。

欧米版のキャスト欄には「EMPEROR HIROHITO ZHANG LINGMU」とある。「チャン・リンムー」とは一体何者なのか。

毎日新聞の取材に対し、プロデューサーのトーマス氏はこう語っている。

ヒロヒト役を演じた『チャン』というのは間違いなく日本人青年だ。あのシーンは中国で撮影したが、たまたま旅行中の日本人青年を選んで、出てもらった。だれかって? ウーン。今となっては彼の消息は突き止めようもないな。

(毎日新聞1989年8月1日朝刊)

同じく、溥儀を演じたジョン・ローン氏も「天皇役は日本人だった。名前は忘れた。でも、律義な好青年だった」と答えている。

皇室を描くタブーを忖度したのか。そして、昭和天皇を演じたのは誰だったのか。謎はいまも残る。

昭和が終わり、間もなく平成も終わろうとしている。巨匠ベルトルッチが遺した「ラストエンペラー」は公開から30年が経った今も、妖しい輝きを放っている。

(*1)「ベルナルド・ベルトルッチ頌」(芳賀書店)より
(*2)愛新覚羅溥儀「わが半生〈下〉」(筑摩書房)より

Contact Kei Yoshikawa at kei.yoshikawa@buzzfeed.com.

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