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政治に利用された「女性向け雑誌」 の歴史、そしてインターネット時代の今

講談社のファッション雑誌「ViVi」のサイト上で展開された自民党の広告キャンペーンをきっかけに、メディアと政治の関係が議論になっている。

講談社のファッション雑誌「ViVi」のサイト上で展開された自民党の広告キャンペーンをきっかけに、メディアと政治の関係が議論になっている。

歴史を振り返ると、政治はその時代に合わせてメディアを活用してきた。戦前、戦中期は新聞・ラジオだけでなく、女性向けの雑誌もその一つとして機能した。

女性向け雑誌が政治に翻弄された歴史をたどりつつ、インターネットへと広がった政治宣伝の現状をまとめてみた。

明治末期には150誌超が刊行

Picture Alliance / picture alliance via Getty Image

1920年代初頭の東京・銀座。

雑誌は、その時代の空気を反映する「社会のあわせ鏡」のようなものだ。

日本では明治末期から女性向け雑誌の文化が花開いていた。「戦下のレシピ」(斎藤美奈子著)によると、明治末期には150誌を超える女性向け雑誌が出版されていたという。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

最大の部数を誇った「主婦之友」(1917年創刊)を筆頭に、講談社の前身(大日本雄弁会講談社)が発行した「婦人倶楽部」(1920年創刊)、中央公論社の「婦人公論」(1916年創刊)など、明治〜大正にかけて数多くの雑誌が誕生。

若年層向けでは、東京の山の手や京阪神の女子学生をターゲットにした「少女の友」(実業之日本社、1908年創刊)、「右手に教科書、左手に少女倶楽部」というスローガンで知られた「少女倶楽部」(大日本雄弁会講談社、1923年創刊)などが生まれた。

付録をつけての販売競争も、この時代からすでに行われていた。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

女性に「良妻賢母」であることを求める風潮の中、誌面では結婚後の女性に向けた家事・育児の知識、料理のレシピなどが取り上げられた。

一方で、流行のファッションやメイク、ヘアスタイルの情報や、宝塚少女歌劇のグラビア、竹下夢二など人気画家の挿絵、川端康成の小説で人気を集めた雑誌もあった。

社会情勢が比較的安定していた時代、女性向けの雑誌は華やかな娯楽文化の一角を形成していた。

戦時中は戦争遂行に協力

Keystone / Getty Images

ところが、こうした文化も戦争をきっかけに変化していく。

満州事変(1931年)や盧溝橋事件(1937年)を経て日中戦争が始まると、マスメディアに対する規制が強まった。女性向け雑誌も、その例外ではなかった。

日中開戦翌年の1938年5月、内務省は「婦人雑誌ニ対スル取締方針」を発し、記事の検閲を開始。内務省の「雑誌浄化運動」が展開された。

戦時下で物資統制も強化され、雑誌もその煽りを受けた。1939年には商工省の命令で、雑誌用紙は従来の25%に減らされた。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

やがて翼賛体制のもと、女性向けの雑誌は15誌に整理・統合され、編集の自由も制限されることになった。

検閲が強化される中、山本有三は「主婦之友」で連載していた小説「路傍の石」を断筆。1940年8月号に掲載された読者への謝罪「ペンを折る」は反響を呼んだ。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

戦争が進むに連れて、誌面では世の中で求められる「女性像」のイメージが描かれ、戦意高揚や国威発揚、女性の国家への貢献など、戦争協力を訴えるものが主軸になっていく。

表紙に「この一戦、何がなんでもやりぬくぞ!」などのスローガンを掲載する雑誌もあった。代用食のレシピや燃料不足の解決方法といった生活情報のほか、軍将校の寄稿文、戦場のルポなども掲載された。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

太平洋戦争が末期に向かうころ、「主婦之友」(1944年12月号)は「これが敵だ!野獣民族アメリカ」と、アメリカへの敵意を煽る特集記事を掲載。表紙には「アメリカ兵をぶち殺せ!」という過激な言葉が踊った。

編集者の早川タダノリ氏は、戦時中の雑誌やパンフレットについての研究をまとめた著書「神国日本のトンデモ決戦生活」でこう指摘する。

「当時出版された雑誌やパンフレットなどを実際に目にしてみると、当時のジャーナリストや編集者たちの姿が浮かんできて、痛ましい思いにかられます。国家権力・情報局による厳しい言論統制に縛りつけられていたということはあるでしょう。しかし、彼ら自身もまた積極的に侵略戦争イデオロギーの先頭に立ち、大日本帝国の広報係としての役割を果たしていたのではなかったか」


「このような世論誘導的な“仕掛け”や時局迎合的な姿勢は、なにも当時に限ったことではなく、現在に置いても巨大メディア産業や広告代理店などによって繰り返されていると言わざるを得ません」


戦後はGHQが協力要請

Bettmann / Bettmann Archive

1945年8月15日。日本はポツダム宣言を受諾し、終戦を迎えた。だが、雑誌の受難の時代は続いた。

戦争が終わっても用紙不足はしばらく改善せず、日本を占領統治したGHQは民主化推進のために雑誌を利用し、世論の形成を図った。

戦時中に休刊になっていた「婦人公論」をGHQ勧告で復活。「主婦之友」や「婦人倶楽部」なども継続して刊行された。

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

各誌の表紙を見ると、クリスマスを描いたものやアルファベットが書き込まれたものなど、戦前とは一新されたイメージが描かれた。

戦争への反省から生まれた「暮しの手帖」

Kei Yoshikawa / BuzzFeed Japan

その一方で、女性向けの雑誌が戦争に協力した反省から、新たな生活雑誌が生まれた。1948年創刊の「暮しの手帖」だ。

中心となったのは、編集者の花森安治と大橋鎭子。花森は戦時中、大政翼賛会の宣伝部で軍部の戦争PRに関わっていた。そのことへの後悔が「暮しの手帖」の理念に大きく影響したと言われる。

「女の人をしあわせにする雑誌をつくりたい」と考えていた大橋が、花森に一緒に雑誌をつくらないかと相談。花森は「戦争をしない世の中にするための雑誌をつくること」を条件に、この誘いに応じた。

創刊20年の節目には、薄れつつあった戦争の記憶を若い世代に伝えることを目指し、一般の読者から戦争体験談を募集。1968年、特集「戦争中の暮しの記録」として刊行した。

2018年に創刊70周年を迎えた同誌は、新たに戦中・戦後の体験談や体験の聞き書きを募集。これを「戦中・戦後の暮らしの記録」という一冊にまとめた。

庶民の目線で、戦争で荒廃した人々の暮らしの復興を目指した雑誌。それが「暮しの手帖」だった。創刊以来、自社以外の広告は原則掲載せずに発行している。

洗練されてきた政治のネット戦略

翻って今、注目されるメディアがインターネット。首相官邸など政府機関も各政党も、ネットを舞台に広報戦略を展開。宣伝手法も洗練されつつある。

首相官邸が力を入れているのは、Instagramでの広報だ。

新元号「令和」発表の記者会見を生中継したり、安倍首相と「桜を見る会」の様子や、来日したトランプ大統領とゴルフをする安倍首相の様子をストーリー機能で伝えたりするなど、ビジュアルを中心に打ち出している。

各政党の動きを見ても、他の政党に先駆けてネットでの広報に力を入れてきたのは自民党だ。

ネット広報を担う「ネットメディア局」を立ち上げ、党本部から放送するネット番組「カフェスタ」などをニコニコ動画などと連携させて配信している。

ネット上での党公認ボランティア「自民党ネットサポーターズクラブ」も組織。規約では「夢と希望と誇りを持てる日本を目指すため、党勢拡大をはかり、日本再建を実現する」と謳う。

自民党 / Via jimin.jp

若年層かつ政治的には関心の薄いとみられる層へのアピールにも注力する。

党総裁である安倍晋三首相も、自身のTwitterアカウントで日々の動静のほか、芸能人との会食などをアピール。その度にネット上で話題となっている。

TOKIOの皆さんと再会しました。福島 復興のために頑張ってくださっています。話に花が咲き、本当に楽しいひとときを過ごすことができました!

先日、映画「こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話」に出演された、大泉洋さんと高畑充希さんのお二人と、御一緒させていただく機会を得ました。

令和初日から始まった「#自民党2019」プロジェクトも、「新しい政治の幕開けを宣言する企画」として、若年層への広報を企図したものだ。

人気ゲーム「ファイナルファンタジー」のキャラクターデザインを手がけた天野喜孝氏が描いた、侍をモチーフにした党幹部のイラストで話題を呼んだ。

「ViVi」のキャンペーンもその一環で、無党派層の10代〜20代女性への支持拡大を狙ったものとみられる。

政党がメディアに広告を出稿すること自体は違法ではない。過去にも、政党が雑誌に広告を打つことはあった。「ViVi」でのキャンペーンも、特定の選挙で特定候補への投票を呼びかける内容ではなかった。

ただ、7月に参院選を控える中、講談社側が自民党のPR企画について「政治的な背景や意図はまったくない」とコメントしたことには、疑問や批判の声が出た。政党の広告である以上、政治的な意図や効果が生じることは避けられないという見方からだ。

また、このキャンペーンでは抽選でTシャツが13人にプレゼントされるが、公職選挙法では選挙の有無に関わらず、政治家が選挙区内の人に金品を寄附することは特定の場合を除いて禁止されている。

シャツの費用の原資について、講談社はBuzzFeed Newsの取材に対し「回答を控える」と答えている。

みんなはどんな世の中にしたい?自分の想いを #自民党2019 #メッセージTシャツプレゼント のハッシュタグ2つをつけてツイートすると、メッセージTシャツがもらえるよ!ViVi公式Twitter(@vivi_magazine )からDMにて当選連絡をするのでフォローをお忘れなく♡ #PR 詳しくは↓ https://t.co/JDRsHelmZL

公明党は7月の参院選を前に、機関紙「公明新聞」がサイト上で企画を展開。ポケモン図鑑を彷彿とさせるようなレイアウトで、ゲームキャラのようにデフォルメされた候補者を紹介するページを公開した。


一方、野党は

野党を見てみよう。まず、Twitterに力を入れているのが立憲民主党だ。

2017年の衆院選。旧民進党から分裂し、結党直後だった立憲民主党はTwitterでの発信に注力。

街頭演説の様子を写真や動画、書き起こしで伝え、有権者にも参加協力を求めるような運用は、結党間もない政党を野党第1党へと躍進させた背景の一つだった。

【10月21日 #東京大作戦FINAL 】 ついに東京最後の街宣!政治の主役は国民一人ひとりです。私たちは皆さんと一緒に本気で政治を変えたいと思っています。変えましょう。17時15分に新宿駅南口バスタ前で会いましょう。私には #あなたの力が必要です

現在は、国会の委員会質疑の予定や所属議員の質疑を発信する専門のアカウントも創設。公式サイトでは、参院選を前に候補者のロングインタビューを掲載している。

本日6/12(水)「衆議院」委員会の質疑日程①です。 9:00~内閣委員会 企業主導型補遺育等の集中的一般質疑     阿部知子議員@abe_tomoko     早稲田夕季議員@waseda_yuki     岡本あき子議員@a_okamotooffice インターネット中継 https://t.co/zV4Nx1UgSZ

国民民主党は、玉木雄一郎代表が「YouTuber」となって、街ゆく人の意見を聞いたり、政治を解説する動画や所属国会議員との対談を投稿するなどしている。

YouTubeでこの動画を見る

youtube.com

日本維新の会、大阪維新の会もネットでの配信を強化。所属議員の国会質疑の広報や、Twitterのライブ機能「Periscope」などを利用し、記者会見の配信などに取り組んでいる。

\拡散希望/ 【 #公募 に関するお知らせ】 迫る #参院選 及び #衆院選 に向けての候補者公募を継続中‼︎ 次の時代を創造できる維新スピリッツを持った志士のご応募をお待ちしております‼︎ ◆第25回参議院議員通常選挙 https://t.co/uNR6507VUM ◆衆議院選挙区支部長 https://t.co/yRNdav0a2Z

日本共産党は動画アプリ「TikTok」を利用。志位和夫委員長がピアノを弾く姿や、職員がダンスリレーをする姿、機関紙「赤旗」の発行を紹介するコンテンツを出している。

社民党のTwitterアカウントは、所属する国会議員や候補者、地方組織、政治姿勢が近い有識者や団体のツイートのリツイートは運用の中心としている。6月中(6月1日〜6月13日現在)は92回の投稿があるが、そのうち党オフィシャルアカウントがツイートしたものは6回にとどまる。

社民党はこの間、ロスジェネ世代(安倍政権は「人生再設計世代」と呼ぶ?)への支援拡充を提案してきました。ロスジェネ世代支援策の柱は、公営住宅の拡充など「持ち家政策」からの転換です。ようやく政権も「やってる感」を演出するようですが、人手不足解消のための方策にならぬよう注視が必要です。

各政党の広報戦略を眺めてみると、無党派層への支持拡大を狙って試行錯誤する党があれば、固定の支持層への広報に集中する党もあるということがわかる。

こうした「メディア」を通して見えてくる政治のイメージを、有権者がどう見極めるか、試される時代が続きそうだ。

<参考文献>

  • 山本明「十五年戦争末期の雑誌(四) 一九四四・四五年の『主婦の友』」  同志社大学人文学会「評論・社会科学」(1986年3月25日29号)
  • 今田絵里香「近代家族と「少女」の国民化 一少女雑誌『少女の友 分析から一』」 日本教育社会学会「教育社会学研究第68集」(2001年5月15日)
  • 今田絵里香「少女雑誌にみる近代少女像の変遷」北海道大学大学院「教育学研究科紀要第83号」(2000年12月)
  • 石田あゆう「『若い女性』雑誌に見る戦時と戦後 ―『新女苑』を中心として」 『マス・コミュニケーション研究』76(2010年1月)
  • 武内治子「第二次世界大戦期における『主婦之友』と『少女倶楽部』の女性像——消えた「女性研究者」を中心に——」 『第68回美学会全国大会 若手研究者フォーラム発表報告集』
  • 早川タダノリ「神国日本のトンデモ決戦生活―広告チラシや雑誌は戦争にどれだけ奉仕したか」合同出版
  • 斎藤美奈子「戦下のレシピ 太平洋戦争下の食を知る」岩波現代文庫


Contact Kei Yoshikawa at kei.yoshikawa@buzzfeed.com.

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