長く学校現場でタブー視されてきた「性教育」。日本は世界標準に大きく遅れをとっているとされていますが、そんな状況が少しずつ変わりつつあります。
変化がゆるやかな学校現場を尻目に、SNSなどを通して子どもを持つ親のあいだで注目が高まり、家庭向けの一般書や、子ども向けの絵本などが急増。
テレビや雑誌でも特集を目にする機会がぐっと増え、“性教育ブーム”とも言える盛り上がりを見せています。
数年前までは「性教育関連本」といえば、年に数点かつ専門書がほとんどだったところ、2022年には、絵本やマンガを含む一般向け書籍が50冊以上刊行される一大ジャンルに(BuzzFeed調べ)。
複数のヒット作も生まれており、その1冊であるコミックエッセイ『おうち性教育はじめます』は、2020年3月に刊行されてからじわじわと版を重ね、現在までに23万部を超えるベストセラーとなっています。
インタビュー前編はこちら👉「ママとは話したくない!」急に冷たくなった思春期の娘。こんな状態で恥ずかしい「性の話」なんて無理なんですが…
「叩かれるんじゃないかと不安だった」
著者のフクチマミさんは、2人の娘を持つ母。
幼い子どもたちと接する中で「性についてどう伝えればいいんだろう」「大事なことなのに、伝えることに抵抗感がある」と悩んだことが企画の出発点だったと振り返ります。
「当時はまだまだ性教育に関する一般的な本は少なく、ニーズはあるのかまったくわからず……。私と同じように悩んでいる人はいるだろうとは思っていたのですが、こんなに支持されるとは予想もしていませんでした」
「それどころか、『子どもにこんなことを教えるな』なんて叩かれるんじゃないかと不安でした」
性教育について学び、考え、実践してきたことで、子どもとの関係だけでなく、自分自身の中でも大きな変化があったと話すフクチさん。
「大人こそ、学んでほしい」。待望の続編となる『おうち性教育はじめます 思春期と家族編』を送り出した今、その理由を聞きました。
「本当に売れるのかわからなかった」企画を通すにも苦労が
――この数年で、書店にも多くの性教育本が並ぶようになりました。“性教育ブーム”とも言えるこの状況をどう捉えていますか?
本当に全然違いますよね。たった数年でこんなに変わるんだと驚いています。
――「性教育のコミックエッセイを作りたい」という企画が立ち上がったのが2018年頃とうかがいました。
当時は性教育の本、特に幼児を対象にした一般書は少なくて、会議にかけても「必要な本ではあるけれど…本当に売れるのか」「ニーズはあるのか」となかなか判断が難しかったと編集さんに聞きました。
私の場合は、志を同じくする熱意ある編集さんに恵まれたこと、企画進行中の時期に他の性教育関連のヒット作が追い風となって、「じゃあ、やってみようか」とゴーサインが出た記憶があります。
本が出た当時も――といってもほんの3年前ですが――まだ専門書以外の性教育の本は少なかったので、書店の中でも「子育て本」のコーナーに置かれるか、「医療本」のコーナーに置かれるか、お店によってまちまちでしたね。
「いずれ本屋さんに性教育の本の棚ができるといいな、それくらい充実してほしいな」と夢見ていたので、日々増え続けている今のこの状況はすごくうれしいです。
――夢がかなっていますね!結果的には23万部という大ヒットになりましたがそれだけの反響を受けていかがでしたか?
「やっぱり、みんな知りたかったんだな」と思いました。私も子育てする中で困っていたし、みんな大きな声で言えないだけで、困っていたんだなって。
でも、作っていた時は全然自信はなかったです(笑)。これまでタブーとされてきたテーマでもありましたし、子育て中の友人たちに「今、性教育の本を作ってるんだ」と言うと戸惑った顔をされたりしたので……。
――この流れが“ブーム”で終わらず、定着していくといいですよね。
そうですよね。この本が読者の方に支持されたことで、その後性教育に関する本や企画が立てやすくなっていたら、それもとてもうれしいです。
一時的なブームではなくて、これからもマンガや文章、YouTubeなど、いろんな形で目に触れる環境になるといいなと思っています。それだけ出会う機会が増えるので。
というのは、読者の方から「性ってタイトルに入っているのが恥ずかしくて本屋さんで買えなかった」という声が結構あったんですよね。
強く残る「性=セックス」のイメージ
――意外な感想…。それはエロ本のイメージが強いんでしょうか?
そう、「性」という漢字だけでどうしてもセックスを、ポルノを連想してしまう、みたいなことなんでしょうね。
字面として見慣れると大丈夫になっていくものですし、そもそも別にエロ本じゃないし(笑)、暮らしの中で「性教育」という言葉が自然に目に入ることで心理的な抵抗感や忌避感が少しずつ下がっていったらいいなと思います。
――家庭向けの書籍も少なかったことも含め、性教育が日本でこれまで根付かなかった理由はなんだと思いますか?
これは共著者の村瀬幸浩先生とも何度もお話していることですが、どうしても「性教育=生殖とセックスの話」として捉えられているのが大きいと思います。
今の「性という漢字が恥ずかしい」という話にもつながります。私自身も最初はそうでした。
海外の流れを見ていると、1980年代に世界的にHIV感染症(エイズ)が流行した時期に「性教育は、健康を守るための知識である」という考え方で積み上げられていったんですよね。
村瀬先生は、性教育を「いのち・からだ・健康」の学問と言っていますが、まさにその通りで、健康の問題であり、自分と他者の人権の問題なんですよね。
ただセックスの話じゃないんだよ、よりよく生きるための基礎作りなんだよ、というあたりがもう少し伝わればいいなと思っています。
80歳になっても人は変われる
――村瀬先生は御年80歳なんですよね。書籍だけ拝読していると、いい意味でそんなにお年だと思わず、聞いたときに驚きました。
本当に感性がみずみずしいというか、「今っぽい」んですよね。それはやっぱり、新しいものを学んで、知識や常識を日々更新しているからなんだと思います。
村瀬先生の姿を見ていると「年を取ったら人は変われない」なんて言葉は絶対言えないなって思いますね。
――自分が80歳になった時そうあれるかというと……。
本当に!人生の先輩として、尊敬する点ばかりです。
しかも、村瀬先生は最初からこうだったわけではないと話しているんですよね。夫婦ですれ違い、関係に亀裂が入ったこともあったけど、性教育を学ぶなかで相手のことをちゃんと知ることができた、自分も変わっていった、と。
先生の考え方に触れていると、心がポカポカするんです。学んでいった先に私もこういう人になれる可能性があると思うと希望を感じますし「村瀬先生みたいな人が増えたら世界は平和になるよな」って(笑)
「性教育を真面目に学ぶほど、過去の自分に落ち込む」
――お話していて、印象的だった言葉やエピソードはありますか。
「人は最初から完璧ではないし失敗もする、大切なのは間違いを繰り返さないよう努力すること」。「行為は否定しても、人格は否定しない」。
いろいろあるのですが、あとがきでも触れたこの2つは、特に大事な言葉になりました。
多分私だけではないと思うのですが、性教育を真面目に学んでいけばいくほど、過去の自分の言葉や行動に落ち込むことがたくさんあるんですよ。
――わかります、「なんであの時ああ言っちゃったんだろう?」とか…。
誰だって思い当たる節はありますよね。子どもに対して、恋人や友人に対して……あの時のあれは明らかに間違いだったな、失敗だったな、って恥ずかしくなることがどんどん思い出されて。
そういう時、「あの時の自分は間違っていた」と認めたくない、否定したくないがために、無理やり正当化して自分を納得させるとか、素直に謝れないことも少なくないと思うんです。
――「仕方がなかった」「そういうつもりじゃなかった」と。
カッとなって攻撃的に言い返してしまったり、過去の自分を責めそうになったりするけど、「過去の行為を反省して、これからは繰り返さないよう変わっていけばいいんだ」と肩の力が抜けて楽になったんですよね、私は。
過去は変えられないけど未来は変えていける。これからに生かしていくことはできるんですから。
――性教育は「正解」がないし、世の中の常識もアップデートされ続けますもんね。
今の世の中の速い変化に「疲れるな」「ついていけないよ」と感じる方もいるかもしれませんが、自分が変わることを恐れない、常に学び続ける――って、性教育に限らず人生においてとても大切なことですよね。
――『思春期と家族編』には、まさに「大人も変わろう」というメッセージが込められているのがすごくいいなと思いました。
いつ学び始めても遅くないし、「自分は古い人間だからわからない」なんてことはない。
この流れをブームで終わらせないためにも、身近な誰かと自分を大切にするためにも、「性教育」の考え方は大人こそ知ってほしいと思います。
インタビュー前編👉「ママとは話したくない!」急に冷たくなった思春期の娘。こんな状態で恥ずかしい「性の話」なんて無理なんですが…