「歴史に残らないセックスワーカー」 戦争中に重要な役割を担った女性たち

    第一次世界大戦中、前線に駐屯していた兵士のうち「過半数とまではいかないが、かなりの数」の者が買春していた。だが、彼らを癒した戦時のセックスワーカーたちの存在は、ほぼ忘れられている。

    第一次世界大戦中、多くの兵士の生活において大事な勤めを果たしたものの、現在はほぼ忘れ去られている女性たちがいた。

    彼女たちが働いていた売春宿には、フランス北部の前線で任務にあたっていた兵士たちが、足しげく通っていた。しかし、セックスワーカーが果たした役割についての記述は、歴史書からほとんど消えている。

    今回、第一次世界大戦終結100年を記念して、ロンドンのアートホール「Roundhouse」が制作したアートプロジェクト「Cause and Effect(原因と結果)」では、詩人のホリー・マクニッシュが制作した映像の中で、そんな彼女たちの存在が取り上げられた。

    マクニッシュが、ロンドン大学バーベック・カレッジの歴史学者クレア・メイクピースと協力して制作したのは、前線で買春をしていた男性たちについて詳しく語った作品「War’s Whores(戦争の娼婦たち)」だ。

    メイクピースの調査によれば、1916年にフランスやベルギーに駐屯していた、英国および英国海外自治領の部隊から入院した兵士たちのうち、5人に1人は性感染症を患っていたという。

    1917年にアメリカが参戦すると、フランス各地の拠点港に駐屯するアメリカ人兵士の性感染症感染率は、1000人中190人以上と急増した。これは、すでにフランスに駐屯していた兵士たちが、新たな同盟国の仲間を売春宿に誘ったからだという。

    当時フランスには、「maisons tolérées」(黙認された館)と呼ばれた合法の売春宿ネットワークがあり、北部のさまざまな街に売春宿が点在していた。そこで働くのはプロのセックスワーカーで、彼女たちは定期的に健康診断を受けていた。

    メイクピースの推計では、第一次世界大戦中、合法の売春宿でプロとして——あるいは、アマチュアの売春婦として——現金や贈り物と引き換えに、通りやホテル、カフェ、バーなどで商売をしていたセックスワーカーの数は数千人にものぼるという。

    メイクピースはBuzzFeed Newsに対して、「これが第一次世界大戦のひとつの側面であるということは、ほとんどの人の頭には浮かびません。でも、売春はかなり広まっていたのです」と語った。

    「英国人兵士たちのうち『過半数とまではいかないが、かなりの数』の人たちが、婚外性交渉を持っていたと思われます」

    イギリス軍は、海外駐屯中の兵士たちによる売春宿利用を認めていた。

    同盟国の機嫌を損ねたくないと考えたイギリス軍の最高司令部は、売春宿を戦争中ほぼずっと「前線区域内」に置いておくべきだと主張した。

    高官たちも売春宿を訪れていたが、そこには区別があった。高官が訪れるのは青いランプを灯した宿で、それ以外の男たちは赤いランプを灯した宿でサービスを受けていた。

    アメリカ軍では、それとは別のアプローチが取られていた。アメリカ外征軍は、兵士用の売春宿を前線区域外に置き、セックスワーカーと接触を持ってから3時間以内に消毒を義務付けていたのだ。この手順を無視して、後に性感染症を発症した場合は、義務を怠ったとして裁かれることもあった。

    だが、アメリカ兵たちの処置にあたっていたフランス人医師たちは、「処罰もあり、厳しい命令も下っていたにもかかわらず」アメリカ軍は梅毒や淋病に感染されていた、と主張する。

    メイクピースは、国によって兵士に異なるルールが課せられていた理由について、「フランスとアメリカでは、男らしさの考え方が違っていました」と説明する。

    「フランスでは、男らしさといえば、生殖能力があり、性的に活発であることでした。勇敢であることと、性的能力に優れていることが結びつけて考えられていたのです」

    「アメリカには、貞操を守ることは、すなわち男らしくないことである、という考えはありませんでした。性器を使いすぎると精力を消耗してしまうのではないかと考えられていたのです」

    性感染症に感染する可能性のあるセックスワーカーのところへ、わざわざ通常より高い料金を払って訪ねる兵士もいた。

    梅毒や淋病に感染すると、治療のために30日間入院する必要があり、多くの兵士たちが、入院は戦うよりも魅力的な選択肢だと考えたのだ。

    梅毒には水銀の注射を使った治療が施されたが、これには数年後に悪化してしまうような進行を防ぐ効果はほとんどなかった。

    歴史学者によれば、淋病感染を隠しおおせた前線のアメリカ兵たちは、金を取って、尿道から出る膿、あるいは分泌物をマッチ棒につけて、感染を望む他の兵士の尿道に移していたという。

    大規模な戦闘の前には売春宿の需要が増加した。客の多くは童貞だった。

    マクニッシュがBuzzFeed Newsに語ったところによると、もっとも心が痛んだのは、自分が明日死ぬだろうと思った多くの兵士たちが、セックスワーカーのもとを訪れたがったという事実を知った時だという。

    「大規模な戦闘の前に売春宿を訪れようとした兵士たちの多さに、衝撃を受けました」と彼女は言う。

    「私たちが思うより、はるかに深刻な思いだったのでしょう。明日死ぬ可能性が高いとなって、死ぬまでに誰かが自分に優しく触れてくれることはもうないのだ、と考えたのです。恐ろしくてしかたなかったはずです」

    「兵士の80%が命を落とすだろうと予想されていた、ある大規模な攻撃の前には、ひとつの売春宿に300人もの兵士が列を作ったそうです」

    彼らの多くが童貞で、死ぬ前にセックスを経験したいと思っていたという。

    「それだけ多くの兵士たちが童貞だったとは思ってもみませんでした」とマクニッシュは言う。

    「童貞についてはあまり話題にしないのに、女性が処女かどうか、女性の純潔なんかにはこだわるんですよね。女性経験のなかった男性たちは、セックスがどんなものなのか知らずには死ねないと思ったのです」

    戦時中のセックスワーカーたちは、その存在自体が「恥だとされて、歴史から消されてきた」。

    マクニッシュによれば、売春をしていた女性の多くは、暮らしに困って「そういう状況に陥ってしまった」可能性が高いという。

    しかし、彼女たちの事情はほとんど記録に残っておらず、売春宿の歴史は男性の声を通じて伝えられてきた。

    「私が読んだ記録も、そのほとんどが、男性や兵士、売春宿の経理担当者などの立場から語られたものでした。というのも、女性はほとんど読み書きができなかったからです」と彼女は言う。

    だが、こうして戦時中のセックスワーカーたちの姿を強く印象づけることが、今日の性産業について会話するきっかけなってほしいと彼女は考えている。

    「第一次世界対戦以降、女性の権利は進歩してきましたが、セックスワーカーの権利はそれほど変わっていません」と彼女は言う。

    「戦争に関する議論は多くても、彼女たちの存在は埋もれてしまっています。今回の作品は、そこに光を当てたいと思って制作したものです。戦争で女性が果たしてきた、なかなか話題にできない役割について、美化するのではなく、ただそこに光を当てたいのです」

    「暴力について語るのはいいのに、セックスについて話すのはいけないというのは、おかしいと思います。(中略)若者の学びを妨げているのは大人です。それは誰のためにもなっていません。売春という仕事は、単に忘れられたのではなく、恥ずべきものとして歴史から消されてきたのです」

    「彼女たちの声を代弁する人がいないというのも、理由のひとつです」メイクピースはそう付け加えた。

    「歴史学者たちが調べる史料の中には、彼女たちの痕跡はありません。戦争中に売春した経験を回想録にまとめている人は誰もいません。その理由はたくさんあります」

    女性たちの多くは読み書きができなかったと思われるうえ、売春していることを人に知ってもらいたいと思うような女性もまずいなかったはずだ。

    だが、兵士たちやフランス政府の話からは、売春が蔓延していたことが伺える。

    メイクピースは、戦争中のセックスワーカーたちの存在と、世間に広く受け入れられていた英雄としての兵士たちのイメージとの間にギャップがあったせいで、彼女達の記録が残されていないのではと考える。

    時には「女性たちがかなり手酷く扱われていた」こともあったし、売春宿を訪れていた兵士たちの中には、故郷に妻を残してきている者たちもいた。それで、セックスワーカーたちの存在が、ますます認めがたいものになっているのだと言う。

    「彼女たちの歴史は、今も残る第一次世界大戦での兵士たちの美談にとって、都合の悪いものなのです」とメイクピースは言う。

    「男たちは、勇敢に、国を守るために戦った。そうしたイメージには、彼らがしていたことは似つかわしくないということです」

    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:半井明里/ガリレオ、編集:BuzzFeed Japan