パンデミックの背後で拡がる薬物問題 孤立とストレスが影響か

    「新型コロナウイルスの感染防止に必要なすべて、物理的な距離を取ること、店を閉めること、会合を制限することが、過剰摂取の危機を悪化させています」とある専門家は話す。

    新型コロナウイルスの大流行に見舞われるアメリカで、違法な薬物使用、致命的な過剰摂取が急増する見込みだと、公衆衛生の専門家らが報告した。薬物検査や保健部門のデータから、新たな警鐘を鳴らしている。

    Alex Edelman / Getty Images

    5月にメリーランドで、薬物の過剰摂取により心肺停止した患者

    過去10年間で薬物の過剰摂取により、全米で約50万人もの人が死亡している。その多くは合成オピオイド(麻薬性鎮痛薬)「フェンタニル」の乱用だ。2016年に死亡したミュージシャンのプリンスの死因も、フェンタニルの過剰摂取だったことが明らかになっている。

    新型コロナウイルスの大流行は、ヘロインコカインメタンフェタミン(覚せい剤)関連の物質使用障害(薬物依存、薬物中毒)を抱える全米の多くの人にとって、この差し迫った危機を悪化させているようだ。

    「過剰摂取の危機に対して私たちがとった応急処置が、この大流行によって剥ぎ取られているんです」とRTIインターナショナルで違法な薬物使用を研究している上席研究員のジョン・ジーベル氏は話す。

    「新型コロナの感染防止に必要なすべて、物理的な距離を取ること、店を閉めること、会合を制限することが、過剰摂取の危機を悪化させています」

    「私たちは実際には、2つの大流行に見舞われています」とジーベル氏は付けくわえる。新型コロナ罹患の波に、過剰摂取が隠れているのだ。

    2年前、致命的な過剰摂取の数はわずかに減少した。トランプ政権が全国的な公衆衛生上の緊急事態を宣言した過剰摂取の危機に、微かな希望の兆しが見えた。

    だが、米国疾病予防管理センター(CDC)による暫定値によると、昨年ふたたび増え始め、2019年には約7万1000人が死亡した模様だ。

    連邦政府が支援している過剰摂取検知マッピング・アプリ・プログラム(Overdose Detection Mapping Application Program)が、5月に警告した。同プログラムの速報では、6州における2020年の過剰摂取率は平均で20%増加していることが明らかになっている。

    BuzzFeed News

    アメリカでの薬物の過剰摂取による死亡者数。連邦政府の予備推計(12カ月の移動平均)では、2019年に米国の薬物過剰摂取による死亡者数が増加しており、今後も増加することが指摘されている。

    薬物の専門検査機関ミレニアムヘルスが、コロナ禍における違法な薬物使用の増加の兆しを示した。

    7月8日に発表した診療所からの50万回分の尿中薬物の検査報告によると、1月~5月にかけて全米で違法な薬物使用がフェンタニルでは32%、メタンフェタミンでは20%、コカインでは10%増加していることが明らかになった。

    3月13日に全米で新型コロナの感染拡大を受けて非常事態宣言が出されたあと、これらの数字は増加している。

    もっとも憂慮すべきは、ヘロインより30~50倍強力な合成麻酔薬であるフェンタニルだ。この薬物の使用が地理的に広がっており、多くの致命的な薬物の過剰摂取の原因となっている。

    これまでフェンタニルは圧倒的に東海岸で見つかっていたが、報告によると今ではアメリカの西半分にも拡大したことが示されている。メタンフェタミンの使用もまた、アパラチアからアメリカの両岸へと拡大したようだ。

    「フェンタニルは、ミシシッピ川を越えました」とミレニアムヘルスのエリック・ドーソン氏は話す。

    検査結果の総数は、注意して見る必要がある、と同氏は指摘する。このコロナ禍で診療所での検査に前向きで、実際に検査が可能な人々の数値だからだ。

    だがドーソン氏によると、多くの州で封鎖が解除され、薬物検査がより通常に近い状態に戻った6月のデータでも、増加が見られるという。

    コロナ禍における違法な薬物使用が増えているという最近の証拠を、これらの報告は裏づけている、と米国国立薬物乱用研究所(NIDA)のノラ・ヴォルコウ所長はBuzzFeed Newsに答えた。

    他の報告では、ストレスや孤独が、アルコール摂取の増加、抗鬱薬や抗不安薬の処方の増加を後押ししていることが示されている。抗鬱薬や抗不安薬の処方は、2月中旬~3月中旬までの間で34%増加している。

    その中でも、メタンフェタミン陽性の検査結果数が増加していることを憂慮すべきだ、とヴォルコウ氏は話す。メタンフェタミンは、いわゆる覚せい剤として乱用される代表的な薬物。だが、優れた治療策がない。

    少なくとも、合成オピオイドには、メタドンやブプレノルフィンを投与するといった選択肢がある。物質使用障害から回復するための投薬支援治療プログラム(MAT)で使用される、刺激の少ない合成オピオイドだ。

    In 72 hours we have had 15 overdose fatalities in Franklin County. Please check on your loved ones who use, carry naloxone and for resources on treatment go to: https://t.co/h465BlsNKJ

    オハイオ州フランクリン郡検死官の公式ツイッター
    「フランクリン郡では、この72時間で15名が薬物の過剰摂取により亡くなりました。身近な人が、ナロキソンを使用したり、所持したりしている場合は、安否を確認してください」

    新型コロナによる様々な悲劇に加え、この大流行により過剰摂取の危機が目立たなくなっている。「感染を恐れて、救急治療を避けているのです」とヴォルコウ氏は話す。

    そのため、過剰摂取した人が亡くなる確率が増え、生き延びたとしても過剰摂取を繰り返す可能性が高い。病院に行けば得られる治療や回復の選択肢を提供されないからだ。

    致命的な過剰摂取は、特定するのに検査が必要となり、新型コロナの検査態勢を整えようと保健医療制度は奮闘しているため、これらの検査に遅れが出ている。

    ヴォルコウ氏によると、それでもなお、2019年の過剰摂取による死者数を「2020年は追い越す」可能性が高いという。

    その理由のひとつとして、新型コロナの感染者数の増加を抑えるのに必要な「ソーシャル・ディスタンシング(物理的な距離)」の確保は、薬物使用者にとって不利に作用するそうだ。

    「中毒は、コミュニティーの逆なのです。ソーシャル・ディスタンシングは、孤独をニューノーマル(新たな常態)にしています」

    例えば、薬物使用における「ハームリダクション(被害の低減)」の基本教義のひとつに、「ひとりで使用しない」というものがある。ひとりのときに過剰摂取すると、そのままひとりで死んでしまう危険があるからだ。

    「そして今、私たちの多くは、ひとりなのです」

    結局のところ、合成オピオイドに依存している人たちは、コロナ禍であろうとなかろうと、つらい禁断症状を防ぐために、定期的な薬の投与が必要になる、とジーベル氏は話す。

    「違法薬物を摂取しないと具合が悪くなるのであれば、摂取してしまうのです」

    Millennium Health / Via documentcloud.org

    1月~5月にかけて、薬物検査の陽性率が増加している。

    過剰摂取率を増加させているもうひとつの要因として、薬物のサプライチェーンにおける変化が考えられる。

    アメリカの路上で売られているフェンタニルやメタンフェタミンの多くは、メキシコから車やトラックで密輸入される。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために国境が閉鎖されている今、アメリカの路上への薬の供給はかなり不安定になり、フェンタニルを密輸する麻薬組織への依存につながっている。

    フェンタニルは、同量のヘロインよりも強力で、持ち運びも容易だ。フェンタニルを摂取する際、ミリグラム単位の誤差があると死に至る可能性があり、濃度の揺れはとても危険だ。

    業務用のメタンフェタミンも密輸しやすい。米国国土安全保障省の税関・国境取締局(CBP)によると、2020年度の集計まで3か月あるものの、すでに今年度のメタンフェタミンの押収量は10万ポンド(約4万5千キロ)を超えている。これは史上初のペースだと、当局は発表した。

    この大流行は、依存者の人たちが治療に向かうのも困難にしている。

    治療センターでは、感染拡大への不安から新患が減少している。多くの治療プログラムで要となっている集団療法による話し合いは、物理的な距離を保つために制限されている。

    この危機で唯一の希望の兆しは、投薬支援治療プログラム(MAT)用の薬の処方の緩和に動く州が増えていることだ、とヴォルコウ氏は話す。

    これにより、禁断症状を防ぐ、刺激の少ない合成麻酔薬ブプレノルフィンを、遠隔医療で処方できたり、診療所外の場所から患者にメタドンを届けたりできる。

    これらの自然実験は、米国国立薬物乱用研究所(NIDA)からの緊急助成金のもとで、命を救い、中毒の治療を促す。さらに件数を増やすことで、どのやり方が一番効果的か見極めるのにも有効だと同氏は話す。

    だが、その前に事態が悪化する可能性の方が高い。州の経済支援策が8月に終了してしまうからだ。

    「人々が職を失い、住む場所を追われるにつれ、ホームレスの数が増加するでしょう」とヴォルコウ氏は話す。家を失った人は、新型コロナウイルスと過剰摂取の両方の影響を受けやすい、と同氏は強調する。

    この記事は英語から翻訳・編集しました。 翻訳:五十川勇気 / 編集:BuzzFeed Japan

    ※薬物乱用の相談窓口は、厚生労働省のホームページから確認できます。地域によって異なります。