「ボヘミアン・ラプソディ」らがなぜ、まだアカデミー賞の本命であり続けるのか。

    1月に開催されたゴールデン・グローブ賞授賞式に続き、2月24日(現地時間)にはアカデミー賞授賞式が予定されている。授賞式が目前に迫り、何かと議論の的になっている2作品(と擁護にまったく値しないその制作者)が有力候補という筋でハリウッドの映画関係者の間では落ち着きそうである。

    Paul Drinkwater / NBCUniversal via Getty Images

    1月6日、ゴールデン・グローブ賞作品賞(ミュージカル・コメディ)を受け取る「グリーンブック」 監督・制作・共同脚本のピーター・ファレリーと出演者たち。

    アカデミー賞はその年の最高の映画を評価するものでは実のところあったことがなかった。多くの最高傑作が候補にも挙げられてこなかったことが、その証だ。ましてや論争に巻き込まれているならなおさら候補にも挙がらない。

    アカデミー賞の意味を理解する最高の方法がある。ハリウッドの映画業界がどのように自分たちを見ていて、どのように自分たちを見たいのかを年に1度確認するもの、と考えるといい。

    世界中のテレビ視聴者に向けて作られ、スポットライトを派手に使い、それぞれが仕事のチャンスを賭けた内輪の業界パーティである。

    アカデミー賞は時代を反映して変わり、現在の先が見えない時代においては、自賛する大々的なパーティはきまりが悪そうに縮小し、CM休憩に追いやられる賞があったり、主題歌賞のパフォーマンスを全5作品から2作品に絞ったかと思ったら、ノミネートされている5作品すべてに戻したりケヴィン・ハートの過去ツイートが問題視されるという大失態の後に司会辞退でホストがいなくなってしまったりという有様だ。

    興行収入面では記録的な年なのに、授賞式を縮小するという計画は、視聴者が見たいものは何なのかを、アカデミーが自信を持てていないことを示唆している。

    その一方で、実際のアカデミー賞のレース自体に対して、業界が切望しているのは、責任を持てという一般大衆からの圧力に対応する心配をしないで済んだ、#OscarsSoWhiteと#MeTooの前の時代に戻ることだ。Netflixが財力にものを言わせて、アルフォンソ・キュアロンの自叙伝の映画化である「ROMA ローマ」 を有力候補に押し上げたが、「ボヘミアン・ラプソディ」 と 「グリーンブック」が今シーズンの最有力候補となった。

    この2作品は、受賞と実世界での論争を交互に繰り返しながら、たゆまず有力候補への道を押し進んできたが、「ボヘミアン・ラプソディ」 の監督であるブライアン・シンガーの性的不品行を新たに非難する長編記事が米Atlantic誌の2019年3月号に発行されるに至った。

    記事には、法定強姦やパーティの景品のように回されるティーンの詳細が記載されているだけではなく、このことが作品や同監督にあまり影響を与えていないように見えることも、気に障る。

    この記事が最終的に発行されるという話は、2018年10月以降、ゴールデン・グローブ賞前から始まった今年の受賞シーズンに広まっていた。

    そんな中、Esquire誌に掲載予定の否定的な「濡れ衣とばかげた訴訟の蒸し返し、真実をまったく無視している」とシンガーが主張する記事に対して、シンガーは先手で弁明する投稿をInstagramにアップした。

    過去に起こされた性的不品行に対する申し立てには言及しなかった。シンガーの主張では、クイーンの伝記映画である「ボヘミアン・ラプソディ」のリリースを狙って、記事を売り出したのだろう、とのことだ。シンガーは、制作途中で解雇されているが、同作品の監督としてクレジット表記されている。

    つまり、記事の内容がなんであれ、自分自身のことではなく、作品を傷つけようとしているだけだというのだ。

    Alex Bailey / Twentieth Century Fox

    「ボヘミアン・ラプソディ」でフレディ・マーキュリー役を演じるラミ・マレック。

    記事が発表される時期と、最終的に掲載された媒体については間違っていたが、ひとつだけ正しかったことがあるようだ。

    世界規模で8億ドルを超える興行収入を生み、記録更新中の自分の名前がついた大ヒット作品にしがみつくという戦略、この作品がもたらす財政面での成功、作品を絶賛する声などが盾となっているようだ。

    アレックス・フレンチとマキシミリアン・ポッターによるAtlantic誌に掲載された記事には、告発者4名による話も含まれている。

    そのうちのひとりは、当時13歳だった。シンガーが監督し1998年に制作されたスティーヴン・キング原作の「ゴールデンボーイ」に使われた撮影用のセットのロッカールームで性的いたずらをされたと話している。

    #MeTooの動きが始まった初期であれば、このような告発は、映画の放映中止や、加害者側のキャリアを終わらせたかもしれない。

    だが、「ボヘミアン・ラプソディ」は、評論家の間ではそれほどでもないが、観客には絶賛され既に大成功を収めており、ゴールデン・グローブ賞の受賞作品であり、アカデミー賞の作品賞にもノミネートされており、現時点においては、アカデミー賞受賞への勢いがそがれる程度である。

    20世紀フォックスと主演のラミ・マレックによる戦略的なこじつけや、主催のアカデミーが明らかに大目に見る気が満々であるため、それさえも逃れそうだ。

    さらにもっと野放図で、確実にもっと気が滅入るのは、シンガーが無傷で逃げ切りそうな点である。「ボヘミアン・ラプソディ」のプロデューサーらは、シンガーが過去にも不正行為の申し立てを受けているにもかかわらず、監督に抜擢した。関係者はみな「そんな人は知らない」の一言を引っ張り出そうとしているが、シンガーは同作品で4,000万ドルもの収入を得ることになると報道されている。

    予定されている「レッド・ソニア」のリメイクを監督するのに、最高1,000万ドルの報酬で2018年9月にシンガーを監督として雇った映画プロデューサーのアヴィ・ラーナーは、「ボヘミアン・ラプソディ」の興行成績に言及しながら、この決定を擁護し、次のように話している。「アメリカでは有罪が証明されない限り、推定無罪だ」。

    これの発言に対して、一般大衆から怒りのフィードバックを受けたラーナーは、業界関係者からはまったくそのような反応は受けていないと付け加えている。シンガー自身や作品自体になんの影響ももたらせない場合、#MeTooの動きにとって大きな転換点、もしかすると終わり、以外のものと考えることが難しくなる。

    これとはまったく異なるが、「グリーンブック」を巡るいくつもの議論もまた、金銭的な利益になるか、自分たちの自己像を引き立てるものでない批評は見て見ぬふりをするという業界の意志を示した。

    監督のピーター・ファレリーが撮影用のセットで自身の男性器をチラ見せする過去の癖はさておき、#MeTooの範疇ではないものの、 この作品に関する議論は、この業界について、この業界内で継続して話されている別の問題について語っている。誰の話が映画化され、どのように語られ、誰によって語られるのかである。

    この作品は、人種差別の扱い選択して偏った、実話の再現、人種間の友情を扱ったコメディドラマという型に収まったものと反論が出ているにもかかわらず、いまだに作品賞の有力候補とされている。映画評論家であるウェスリー・モリスは、ニューヨーク・タイムス紙に次のように書いている

    「アメリカ特有の語り方を象徴している。人種間の友情という車輪に、雇用という油がささって、二人組のうちの黒人側とふれあいが増えるにしたがって、往々にして人種差別をする相方の人間らしさが際立つという語り方だ」。

    この作品の受賞に向けたキャンペーンは、失敗の連続で、さらに悪いことに、9月11日に「ツインタワーが崩落したときに、ジャージーシティにいるイスラム教徒が喝采していた」という映像を見たと主張する脚本担当のニック・ヴァレロンガの2015年のツイートまでも明るみに出る有様だ。

    だが、そのことを指摘したことは、作品のファンをさらに前のめりにさせ、身構えて反応するようにさせただけのようだ。これに負けず劣らずの有名な映画制作者であるホイット・スティルマンは、中傷する者は単に「お楽しみのために見事な映画の匂いを嗅いでいるクール・キッズ」と書いている。

    Universal Pictures

    「グリーンブック」のヴィゴ・モーテンセンとマハーシャラ・アリ。

    だが、この作品は、本当に見事な作品なのだろうか? 「ボヘミアン・ラプソディ」 と「グリーンブック」 を受賞シーズンのならず者とさせた論争、それに続く反抗により、なぜだかいともたやすく、この作品自体がさほどよいものではないことが見過ごされている。作品と制作者は別物、という考え方を業界が受け入れようとしているのに、実に奇妙なことは、すべてがこのようなお粗末な作品のためということである。

    「ボヘミアン・ラプソディ」 は、ジャド・アパトー(制作)とジェイク・カスダン(監督)による2007年に制作されたコメディ 「ウォーク・ハード ロックへの階段」に酷似しているため、音楽伝記ジャンルのパロディーだと知らずに、誰かが後者を真似してしまったのではないかと思わせる。

    1月27日、画像が声と合っていない「ボヘミアン・ラプソディ」 の会話シーンの一部がネット上で話題になった。作品の編集を担当したのはジョン・オットマンだが、作品がどうしようもないほど間違った方向へ行ってしまったため、手は尽くしたのだろう、と評者は推測している。

    だが、この明らかに取り散らかしたこの作品が、アカデミー賞の編集賞候補、しかもオットマンにとっては初の候補作品、というのは、どういうことなのか。同じことが、義歯をつけてフレディ・マーキュリーを演じ、絶賛されているマレックにも言える。

    作品の中で、 フレディ・マーキュリーは浄化、徳化されている。シンガーの件があったが、辛抱強く続けたことで、マレックは賞賛された。あたかもシンガーの関与は、偶然の出来事で、制作側がどうしてもと推したわけではないかのようにだ。

    「グリーンブック」は、監督であるピーター・ファレリーと撮影チームの手で、もっと上手くまとめられているが、これもまた様にならないお決まりのもので、「マイ・ビッグ・ファット・ウェディング」のように広く人種問題を掘り下げるというよりも、謳っているほど人種問題を取り扱っていない。

    ヴィゴ・モーテンセンが演じるトニーは、映画の始めに、黒人の労働者が使ったグラスを投げ捨てるのだが、著名なピアニストであるドナルド・シャーリー (マハーシャラ・アリ)に会うところまでくると、その嫌悪感は都合がよいことに、おかしなふたりによるコメディへと包括されてしまう。

    あたかも人種差別の克服は、自分よりもきれい好きだったり、散らかし屋だったりする人と一緒に旅行するのに慣れるくらい簡単なことであるかのように。アリはシャーリーに孤独感が漂う威厳を込め、モーテンセンは、ホールのピザを半分に折って食べる。ふたりとも極めて勇敢だが、それ以上ではなく、痛々しいほど限られた視点で歴史的事実に時折触れようとする古くさいロード・トリップ映画だ。

    Kevin Winter / Getty Images

    1月6日、第76回ゴールデン・グローブ賞 映画部門 男優賞(ドラマ)を受賞するラミ・マレック。クイーンのブライアン・メイ、ロジャー・テイラーと共に。

    2018年の賞に関する話題が、「ブラックパンサー」を巡る心配事で幕を上げたことは皮肉だ。「ブラックパンサー」は、文化現象になるほどの大当たりで、作品賞にノミネートされたが、アカデミーが考える受賞作品からはかけ離れていた。

    そのため、手短に、浅はかにも、「人気映画」部門という新しいカテゴリーを作り、恐らくマーベルの大成功作品が簡単に受賞できるように作られた。作品賞にノミネートされている作品を見回してみると、スーパーヒーロー映画が賞に値するかを心配するのに多大なる労力を浪費したようだが、もっと議論されるべきなのは、アカデミーがなぜこれほどまでに、何が尊敬に値し、何が重要かという古くさい考え方の恩義を受けているかである。

    弱い立場に置かれた人たちの痛みを語る話に、定期的に戻ってくるようだが、その立場に置かれた人たちが実際に声を上げるときは、それがいわゆる虐待者に対するものであれ、有名なイスラム教徒の役者が出演する映画関係者による反イスラム感情に対するものであれ、そんなコメントには耳を貸さない。

    米Atlantic誌がシンガーの話を発行したのは、 シンガーの予測に反して、「ボヘミアン・ラプソディ」のリリースの時期ではなかったが、5部門でアカデミー賞にノミネートされたときだった。

    だが、シンガーは、この記事は、同作品の受賞を邪魔する試みといまだに主張している。「『ボヘミアン・ラプソディ』が受賞歴のある成功を収めた今、この同性愛を嫌悪する中傷記事は、映画の成功に便乗しようと都合よく発行の時期を合わせてきたとしても、まったく驚かない」と話している。

    シンガーによる驚く発言はこれだけではないが、この発言には驚かされるケビン・スペイシーを彷彿させる性的志向と虐待を合わせたような発言である。だが、皮肉にも、シンガーは、現在の状況における何かに気づいている、とも考えられる。映画業界の大部分で普通の生活に戻りたい、という欲求が高まってきている、という動きだ。一般大衆が言っていることは実質のない憤慨、煽り、アヴィ・ラーナーの言葉を借りると「意図があるフェイクニュース」として撥ねつける動きだ。

    「グリーンブック」と「ボヘミアン・ラプソディ」は、ハリウッドが重要とこれまで好んで持ち上げてきた類いの映画だ。自分たちが経験したものが映画化され、それを見てその人たちがどう言おうとだ。2018年のアカデミー・シーズンは、格別に見苦しい状態であるが、分かりやすいものでもある。業界がどのくらい変化に配慮する意志があるのか、その限界を明らかにしているからである。



    この記事は英語から翻訳・編集しました。翻訳:五十川勇気 / 編集:BuzzFeed Japan