カエルのゆるキャラが差別主義者の象徴に…? 苦悩する作者と暴走するミーム

    カエルのキャラクター「ペペ」を主題に、ネットに翻弄されるアーティストの葛藤と過激化するネット社会を描いたドキュメンタリー作品『フィールズ・グッド・マン』。監督とプロデューサーは、「ネットと現実の境目があいまいになっている」と警鐘を鳴らす。

    マット・フューリー作のコミック「ボーイズ・クラブ」の主人公、ペペ。このカエルを目にしたことがあるだろうか。

    「ボーイズ・クラブ」は、大学卒業後の4人組のゆるい日常を描いたコミック作品だ。音楽や絵など、自分の作品をシェアできるSNS「Myspace(マイスペース)」に掲載していた。

    2007年、作中でペペが、ある一言を発する。「Feels good man(気持ちいいぜ)」

    「feels good man(気持ちいいぜ)」

    このセリフが、「海外版2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」とも称されるネット掲示板「4chan」を中心に「インターネットミーム」として流行した。

    過激化するネットミーム

    インターネットミームとは、ネットで流行し、繰り返し模倣され、時には改変が加えられながら拡散される画像や映像、言い回しなどのことを指す。

    動物行動学者のリチャード・ドーキンス氏が1976年、著書「利己的な遺伝子」で提唱した「ミーム」の概念が元になっている。ミームとは人から人へ模倣されて伝達する情報の単位を指しており、ドーキンス氏は文化が進化・伝播・拡張していく過程に模倣行為があるとした。

    ネットミームは大半、ネタとして大喜利のように使われて拡散されることが多い。SNSで同じ画像を何度も見つけたら、それはネットミームだ。違うコメントが添えられていたり、画像が加工されたりしていることも多い。

    2007年に「feels good man」が流行った当初、ペペもファンアートのような二次創作やネタ画像として使われることが多かった。しかし、ミームの内容は過激化していく。

    いつしか4chanを「ミームとして改変されたペペ」が席巻し、ペペは4ちゃんねらーたちの化身のような存在になった。

    ぺぺのイメージは、作者の意図を離れて、どんどん一人歩きしていった。

    やがては白人至上主義者やオルタナ右翼の団体が、ペペを勝手にシンボルとして扱うようになったのだ。

    さらに大きな転機となったのは、2016年のアメリカ大統領選挙だった。

    共和党から出馬したドナルド・トランプ氏は、4ちゃんねらーを味方につけた。自身を模したぺぺの画像をリツイートし、自らを「ペペの化身」と称したのだ。それはつまり、4ちゃんねらーの化身・代表的存在だと述べているのと同じだった。

    ペペのミームの存在は、トランプ元大統領の当選に一役買ったと言って、さしつかえないだろう。

    ユダヤ人差別と闘うことを主目的とする米国の人権団体ADL(名誉毀損防止同盟)は2016年、カエルのペペをヘイトシンボルに認定した。「オリジナルは人種差別的なキャラクターではない」と補足されてはいるものの、作者であるマット・フューリー氏の名前も掲載されている。

    カエルのペペを取り返す。ネット社会に翻弄されるアーティストのドキュメンタリー

    3月12日から公開されるドキュメンタリー作品「フィールズ・グッド・マン」は、ペペが本来持っていた「チルでハッピーなイメージ」を奪還すべく奔走する作者フューリー氏の姿を映している。

    同時に、4ちゃんねらーや専門家らへのインタンビューを通して、ペペが人気を経て、ミームが暴走し、ヘイトシンボルに認定されるまでの背景事情も分析した。そこでは、SNSやネット掲示板の危険な一面が描き出されている。

    BuzzFeed Japanは、ドキュメンタリーを制作したアニメーターのアーサー・ジョーンズ監督と、プロデューサーのジョルジオ・アンジェリーニ氏に話を聞いた。

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    東京のユーロスペース、新宿シネマカリテなどで3月12日から公開される。

    ジョーンズ氏は、フューリー氏の友人だ。知り合う前から、ジョーンズ氏は「ボーイズ・クラブ」の大ファンだったという。

    しかし、2015年から過激化したペペのミームが急増。ジョーンズ氏は、フューリー氏が精神的に疲弊していく様子がみてとれたという。

    「そこで、アニメでも絵本でも、何か一緒に作ろうと提案した」

    だがどこに話を持ちかけても、プロジェクトの参加者や協賛企業は見つからなかったという。

    「ペペに関するネガティブな印象が、マット自身の印象になっていた。マット自身がネオナチだ、オルタナ右翼だと思う人が多かった」

    「そのイメージを払拭するために、ドキュメンタリーを制作することにした」とジョーンズ氏は振り返る。

    匿名の不特定多数を相手に、ひとりのアーティストは無力に近い

    2016年にペペがヘイトシンボルに認定され、映画の制作を始めたのが2017年。その間、フューリー氏は膨張し続ける「ペペ現象」を手放しで眺めていたわけではなかった。

    しかし、声明を出したり抗議活動をしたりするには、限界があった。大多数の匿名相手に、たったひとりのアーティストは無力に近かった。

    アンジェリーニ氏は、「アメリカで著作権を守るのにはお金がかかる」と説明する。

    「マットは個人で活動しているアーティストなので、自分で自分を守るのは難しい立場だった」

    「ニコロデオンやディズニーなどの大手企業がバックアップしているわけではないからね。最終的に、(ミーム悪用のニュースが全国的に広がるような)極限の状態になって、大手弁護士事務所が無償で弁護を申し出るまで、(ミームの拡大を)止める術がなかった」

    「内容が過激化しやすい」ネット掲示板の特徴

    ペペ現象の発端であり、その後も拠点となり続けるのは4chanだ。

    「制作にあたりいろいろなウェブサイトを見てきたが、それぞれ違った『成功システム』がある。その違いによって、社会への影響も違う」とアンジェリーニ氏。

    「4chanは、リプライ数が多いほうが自分の投稿が上に表示される。だから、より過激な発言をしたほうが、人気が出るような仕組みになっている」

    ペペのミームが過激化した背景には、一部のネット住民が抱く劣等感や怒りがあると映画では分析されている。彼ら・彼女らはいわゆる「リア充」を「ノーミー(一般人)」とよび、攻撃の対象にした。

    それに伴い、ペペのミームの内容も人種差別的、性差別的になっていく。

    「2ちゃんねるでも4chanでも言えるのは、自分探しをしている男性たちが引き寄せられることが多いという点。例えば孤独を抱えいる人、自分をアウトサイダー、はみ出しものだと思っている人たち」とジョーンズ氏は語る。

    作中で4ちゃんねらーのひとりは、ネット掲示板を「集団セラピーみたいなもの」だと説明している。同じ孤独や劣等感を抱える人々が集まり、「自分はひとりじゃない」「ここに仲間がいる」と思える場所だ。

    陰謀論者や過激派の極右団体は、そういった人々を取り込もうと狙っているという。

    一方でアンジェリーニ氏は、4chanは普通のコミュニティーでもあると付け加えた。

    「編み物について共有したり、育児の相談をしたり、トランスジェンダーの子どもの背中を押したり。これらをトピックにしているグループもある」

    「4chanは普通のコミュニティーでもあるが、たまたま反社会的なところがクローズアップされることがある。プラットフォームによって、それぞれ良いところも悪いところもある」

    ワシントンで起きた議事堂襲撃事件は「映画のエピローグ」

    今は、良い意味でも悪い意味でも「ネット社会と現実社会の線引きがあいまいになっている」とふたりは見ている。

    その顕著な例として記憶に新しいのが、今年1月に起きたトランプ支持者らによる連邦議会議事堂襲撃事件だ。

    2020年に行われた大統領選挙で不正があったと訴える人々が押し入り、議事堂を一時占拠した。

    この事件について、「驚きはしたが予想はしていた」とふたりは口をそろえる。

    アンジェーニ氏にとって、事件は「4chanがそのまま現実になった出来事」だったという。

    「議事堂に集まった人々は、現実とかけ離れたところにいた。あれは映画のエピローグ、続きのような出来事だと感じた」

    ジョーンズ氏は「アメリカ人として恥ずかしい」と率直な思いを述べた。

    「あの騒動が『アメリカ的』だと、世界中にイメージを広めてしまった。選挙が不正だなんて思っていないアメリカ人もたくさんいると知ってほしい」

    日本人へのメッセージ「ミームに気をつけろ!」

    議事堂襲撃事件は、もはや単なる「大海の先の出来事」ではない。Qアノンなどの陰謀論は、日本でも広がりつつある

    日本とアメリカの共通点として、ジョーンズ氏は「両国ともバブルを経験している」と挙げた。

    「みんなで一生懸命働き、たくさん報酬をもらう。その直後に経済が崩壊して、現実を受け入れられずに幻想を抱いている人がいる。そういう時代を経てきた」

    ジョーンズ氏によると、現代の若者たちは「自分たちの文化や社会の意味を探り続けている状態」にいるという。

    「社会全体で、彼らが抱えている問題を考えるべきだ。その解決策は、ナショナリズムや大衆文化ではない」

    アンジェリーニ氏は、次のように日本人の観客に伝えたいと語る。

    「年上の層の観客には、インターネットの時代の基本的な構造を、映画を通して知ってもらいたい」

    「バーチャルの世界と現実世界は、どこかのポイントで線引きされないといけない。ミームに気をつけて! そのラインを壊すものだから」

    「ネットと現実が混同する事態を説明するのに、ペペはとても適切なキャラクターだと思っている。寓話的にとらえてもらえたら嬉しい」