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さくらももこさんはヘビースモーカーだから乳がんで亡くなった? 日本禁煙学会の発表文に患者から批判

確かに喫煙は乳がんのリスクを高める可能性が高いですが、個人が乳がんになった原因は誰にもわかりません

国民的な作品「ちびまる子ちゃん」で知られる漫画家、さくらももこさんが乳がんのため亡くなった。

その知らせが流れた直後の8月30日、さくらさんが乳がんになったこととヘビースモーカーであったことを結びつけるかのような発表文が日本禁煙学会から公表され、患者団体から批判の声が上がっている。

乳がん経験者で、がん患者の就労を支援する一般社団法人CSRプロジェクト代表理事の桜井なおみさんは「人の死に便乗した啓発活動は共感を生まない」と不快感を示した。

卵巣がん体験者の会スマイリー代表の片木美穂さんは、「特定の個人、亡くなられた方を名指しすることは、その方を傷つけ、また家族や、ご友人、働いていた仲間など、その方に関わる全ての悲しんでいる方に対して配慮が欠けているのではないか」として、学会に向けて文章を見直すよう求める要望文を出した。

生前の発言を引用し、「タバコと乳がんの関連をまったくご存じなかった」

問題とされているのは、日本禁煙学会理事長の作田学氏の名前で8月30日に同学会のウェブサイトに公開された、「『タバコと乳がんについての最新知見』を掲載致しました」という文書。

喫煙すると閉経前に乳がんを罹患するリスクが3.9倍、受動喫煙で2.6倍に増えるとする調査報告などを掲載した「タバコと乳がんについての最新知見」というパンフレットへのリンクを掲載した後に、さくらさんのことに触れている。

私たちの大好きであったちびまる子ちゃん、その生みの親のさくらももこさんが乳がんで53歳の若さでなくなりました。

と始まり、

さくらさんはヘビースモーカーであったことが知られています。

「私は大の愛煙家だ。朝起きてまずタバコを吸い、昼間から夕方まで仕事をしている間もずっと吸い、夜眠る直前までタバコを吸うーー。」と、本人も言っています。

そして、こうも言っています。「タバコは私に健康の大切さを考えさせ、吸うからにはまず健康を確保しろということに気づかせてくれた。」

と本人の生前言ったとされる言葉を引用しながら、ヘビースモーカーだったことを強調。

その上で、

これはタバコと乳がんとの関連をまったくご存じなかったとしか思えません。

と指摘し、

今後は、このような悲劇がおこらないように、このパンフレットを公開いたします。

と結んでいる。

「たばこが原因と断定はできないし、個人攻撃は不快」

これを読んだ患者団体からは、反発の声が上がった。

乳がん経験者で、全国がん患者団体連合会理事として受動喫煙対策にも関わってきた桜井なおみさんは、こう話す。

「たばこと乳がんとの関連を示す証拠は積み上がってきているし、禁煙や受動喫煙対策を推奨することは重要ですが、個人の死に便乗して啓発することではありません。たばこを吸っていたから乳がんで死んだのだと言わんばかりの死者に鞭打つような言葉は、亡くなった人に対する敬意がなく嫌な気持ちになる。逆効果」

「確かにたばこも乳がんになった一因かもしれませんが、がんは遺伝や環境など様々な要因が絡み、たばこという生活習慣が100%ではない。わからないのに断定口調で書き、リテラシーが低かったから悲劇の犠牲者になったのだと個人攻撃をし、患者に責任を押し付けるような啓発の仕方では、せっかくのいい取り組みが届かない」と話す。

卵巣がんの経験があるスマイリー代表の片木美穂さんも、「明らかではないのに、たばこで乳がんになったように断定すると、故人はおろか、今乳がんと向き合っている人までたばこが原因の自己責任のように言われ、偏見に晒されるかもしれません」と指摘した。

その上で、「西城秀樹さんが亡くなった時も、禁煙啓発に熱心な医師がたばこが原因のように言っていましたが、本人がいつまでたばこを吸っていたかもわからず、色々な条件が複合して起きたかもしれず、断定は非常に不愉快でした」

「今回の件も、科学的根拠を持って正しいことを主張しているようで、反論もできない故人を叩いているようにしか見えません。それではいくら正しいことを言っても伝わりません」と批判する。

「たばこを吸うと乳がんのリスクが高まると注意喚起したかっただけ」

こうした批判に対し、日本禁煙学会で広報担当を務める総務委員長の宮崎恭一さんは、BuzzFeed Japan Medicalの取材に、「さくらさんがたばこだけで乳がんになったとは断定していない。可能性があるということを言っている」と反論。

「有名な方が病気になると、その病気に対する一般の関心が高まりますので、この機会に伝えたかった。たばこさえ吸っていなければ、乳がんで亡くなられなかった可能性もある。趣旨はただ一つ、たばこを吸っていると乳がんのリスクが高くなると予防医学的な注意喚起をしたかっただけです」

学術的に見ると、「関連はほぼ明らかだが、個人の病気の原因として同定するのは困難」 

たばことがんの関連について詳しい、国立がん研究センターがん統計・総合解析研究部長の片野田耕太さんはまず、乳がんと喫煙の関係についてこうまとめる。

「米国公衆衛生総監報告書、日本のたばこ白書のいずれもレベル2(科学的証拠は、因果関係を示唆しているが十分ではない)です。まだ因果関係は確立したものではありませんが、たばことの関連は数多く報告されており、メカニズムについてもほぼ明らかな状況です」

ただし、個人の病気の原因として喫煙を特定するのは難しいという。

「乳がんを含めて慢性疾患は多くの要因が絡み、複雑なプロセスで起こる病気です。疫学的な因果関係が認められた要因であったとしても個人の病気の原因として同定することは困難です」

その上で、「実際に病気を経験されている方やそのご家族の気持ちを考えると、個人の死因と結びつけるのは行き過ぎの感がありますが、医療者たちはたばこと因果関係がある病気で多くの人が自分や家族の人生を狂わせてきた姿を目にしており、それを伝えたかったのだと思います」と両者の立場に理解を示した。

追記

日本禁煙学会は本記事掲載直後の午前11時過ぎに、さくらももこさんについて触れた発表文を削除した。広報担当を務める総務委員長の宮崎恭一さんは、「スマイリーさんの要望文を受けて、理事会で検討しました。患者が自分を責めることにつながるという患者団体のご意見が理解できましたので、パンフレットだけ掲載することにしました」とコメントしている。