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「飲食店の制限だけでは1ヶ月で感染者は減らない」 8割おじさんが厚労省“非公開”のシミュレーションを公開

7日にも正式決定する緊急事態宣言。政府は飲食店などの制限に限定する考えを示していますが、それに待ったをかけるのが「8割おじさん」こと、理論疫学者の西浦博さんです。西浦さん作成のシミュレーションを元に単独インタビューしました。

新型コロナウイルスの感染拡大が首都圏で止まらず、7日にも1都3県を対象に正式決定すると見られている緊急事態宣言。

政府は飲食店の営業時間短縮などに限定して進めようとしているが、その方針では効果が期待できないと心配しているのが、理論疫学を専門とする「8割おじさん」こと京都大学大学院教授、西浦博さんだ。

現状、どの程度の制限をかけたら、感染者はどうなるのか。西浦さんが出したシミュレーションを元に、BuzzFeed Japan Medicalは日本で打つべき対策について単独インタビューで尋ねた。

※インタビューは1月5日午前Zoomで行い、その時点での情報に基づいている。

緊急事態宣言は何を目的にするのか?

ーー菅首相が緊急事態宣言を検討することを表明し、7日にも正式決定すると報じられています。飲食店の時短営業などに限定するとのことですが、このタイミングで、この限定的な宣言発令についてどのように受け止められていますか?

緊急事態宣言を打つ時に、

  1. どこをゴールにして
  2. どういう内容を
  3. どれぐらいの期間

打つかということが重要になるんです。

「どういう内容を」というのは、世界でも「これをやれば完璧だ」ということは科学的に細かにわかっているわけではありません。もちろん、大まかな対策内容の区別による評価は行われています。

例えば、飲食店を中心に伝播(感染)が起こっているだろうということは想像できているのですが、観察情報の限界があります。

全ての感染が数として把握できているわけではありませんから、飲食店対策に加えて交通機関停止の前倒しの要素が加わったらリスクはこれぐらいになる、という評価はできているわけではない。

これぐらい時間が経ってもなかなかその全貌を把握するのは難しいのです。

これまで感染リスクの「急所」として専門家が指摘してきた飲食店の制限のみでいいのかということに関心が持たれているのだと思います。まずその前に、緊急事態宣言がどういう目的で発令されるかを理解していただかなくてはいけません。

厳しい対策を打たなければ、実効再生産数は十分に下がらない

ーー先生が今回出した最新のシミュレーションを見ながらご説明いただけますか?

緊急事態宣言では、どこまで強い政策を打つかによって、1人当たりが生み出す二次感染者数である「実効再生産数」を下げるかということが重要です。この値が1を切らないと感染者は減っていきません。

緊急事態宣言で何をするかが、結果に直結します。それをどれぐらいの期間続けて、最後のゴールをどこに据えるかが非常に重要です。この3つの要素で考えていかなければいけません。

12月半ばの東京都の実効再生産数を見ると、平均して「1.1」で推移しています。これはこれまで色々な流行対策をした結果の数値です。飲食店の時短も午後8時にする前に、まず午後10時までにしていますね。また流行状況のニュースを見て、人の流れも少しは減ったわけです。その結果としての「1.1」です。

つまり、何も手を打たずに流行している場合と比較すると、相当増加のスピードは抑えられているはずで、ゆっくり増えているのです。ただし残念ながら増えるのが止まらない。対策が不十分で下げ切れないので、今回、強い対策で下げなければいけないわけです。

どこまで下げるのかをわかりやすく示そうと試みたのがこのグラフになります。

縦軸は実効再生産数です。横軸は、流行対策の下で実効再生産数が相対的に何倍になるかを示しています。

現状の対策のままで変わらない場合を白の矢印で指しています。それが1.1です。青、黄、赤の矢印は、対策の強さによって実効再生産数がどれぐらい下がるのかをみなさんにビジュアルで見ていただくために示したものです。

青は限られた場での接触減が効いた場合です。

一方、赤はもっとも強い対策が打たれた場合を想定しています。緊急事態宣言下で飲食店以外でも屋内接触が避けられた場合に相当します。

狭く密度の高い屋内で伝播が起こりやすいことはわかっているので、飲食の場以外で言えばスポーツジムや発声の起こる場や締め切った会議室など、屋内の場で家族以外のメンバーと一定時間以上過ごすような機会を積極的に削減した場合が赤です。

第1波の緊急事態宣言中の実効再生産数は0.54〜0.57ぐらいでした。

このグラフでは0.65倍ということで赤の矢印は指していますが、1.1に0.65をかけると実効再生産数は0.7ぐらいになります。0.5台が今回の緊急事態宣言で達成できるかと言えば厳しいと考えています。ですので、これぐらいの値を想定しています。

ーーなぜ今回は達成が難しいのですか?

12月の東京の主要な繁華街の人の流れを見ると、ほぼ減っていません。今は第1波の時と比べ、接触が起きているリスクの高い場に声が届きにくくなっています。要請ベースでの制限という限界もあるでしょうから、インセンティブ(動機付け)が上乗せされないと効きにくいと思っています。

きつい政策を打っても、0.65倍ぐらいにしか抑えられないというリアリズムを前提として加味したのが私のシミュレーションです。

厳しい対策を打てば打つほど下がる

ーー今回の流行で集団感染が起きている病院や介護施設は人との接触を減らせませんよね。閉めるわけにはいかないです。赤色はどこまでの接触削減を想定しているのですか?

緊急事態宣言の原則は、エッセンシャルワーカー(生活維持に欠かせない職業)は動きますよということなんです。病院や高齢者サービスで必要不可欠な部分は割けません。一方、家族との接触などは相当みなさん我慢されています。

そういうもの以外の割ける接触を割くというのが赤に相当する厳しい対策です。例えばフィットネスクラブでの利用者同士の距離を開けたり、利用を分散させたり、対面で寄り合うミーティングはたとえ飲食をしなくてもオンラインでやったりなどです。

赤と青の間の黄色は根拠はありませんが、これぐらい達成できたらこうなるということを検討するために中間値くらいを示しています。0.8ぐらいです。

当たり前ですが、厳しい対策を打てば打つほど実効再生産数は下がります。一方で、社会経済的なインパクトは強くなります。

第1波の時に行なっていた余分な対策は改善されると思います。制限しなくてもよかった接触ですね。

ーー例えばどういう接触ですか?

同調圧力が日本でありましたが、人の目を気にして必要のない制限をしていたところがあります。例えば屋外で公園ですれ違うことさえ後ずさりして避けていた人がいます。1人で勤務しているのにルールにしたがって休んだ人もそうです。

そういう無駄な努力は省いた上で何をしていくか。感染症学に加えて公衆衛生学や経済学のそれぞれの専門家の先生方が参加しながら、分科会を中心に相当頭をひねって話し合っています。

私は、それぞれの強度の対策が仮に効果をあげた時に、ここから先の未来がどのような見通しなのかを示します。また、今皆さんが緊急事態宣言に期待する効果のレベルと予想にはギャップがあるので、それを伝えながらどうすべきか考えて頂きたいのです。

政府が示している限定的な制限の効果は薄い

ーー青で示している限定的な政策は、政府が現状で示している飲食店の営業時間短縮などに制限を限定した場合に近いということですか?

菅首相が年頭会見で言って、報道で漏れ伝わっている範囲だけ、つまり、あくまでも飲食業に限定することにこだわるなら青に近いです。だけど、漏れ聞こえる内容が最終決定ではないと思います。今、専門家内でも官邸周辺でも、詳細を議論して詰めているところです。

飲食の場面のみに制限を限り、他のところは何もしないなら、仮に減ったとしても青ぐらいしか減らない、というのが上の図が示していることです。つまり、実効再生産数は1程度までしか減らず、感染者は減りません。

一方、4日夜に東京都知事は「外出自粛をお願いする」という話をしました。それは限定的な介入よりも相当に広範囲な介入ですね。

緊急事態宣言で何をするかについては、為政者たちの間でもまだ考えにギャップがあります。必ずしも菅首相が少ししゃべった飲食のみという話だけを元に、今後、青の状況が起こるとは言えません。

ただ、飲食のみだったらそれぐらいの薄い効果になるリスクが十分にあるということです。

ーー下がることは下がるけど、感染者は減らないレベルだということですね。

実効再生産数が下がることと、流行が抑えられることは違うのですね。

ーー1を切らないと減らないですからね。

現状の0.95倍になったとしても、実効再生産数は1を上回りますので、感染者が上向きの調子は変わりません。しかし、0.9倍だったらほぼ横ばいです。今の多めの感染者がそのまま続くということです。なかなか厳しいという科学的事実から目をそらさずに計画を立てなければいけません。

宣言の期間は1ヶ月で十分か?

ーー報道各社の報道では、緊急事態宣言の期間は1ヶ月を想定しているようです。これについてはどう考えますか?

それについては以下のグラフを見てください。

宣言期間のスタートが仮に1月8日だとして、目標とするのを東京都がステージ2相当、つまり、1日の新規感染者の報告数が2桁になるのをゴールとします。

このグラフは実効再生産数がどのぐらい減るか、先ほどのグラフで言えば青相当(0.95、0.90)、黄色相当(0.80)、赤相当(0.65倍)の対策を打った場合、どれぐらい目標までの期間がかかりそうかシミュレーションしたものです。

政府が現時点で示しているような限定的な制限で、0.95倍なら新規感染者数は今後も緩やかな上昇をしますし、0.9倍ならほぼ横ばいでしかない。

中間的な対策をうって0.8倍まで引き下げても、年度内には100人未満になりません。

広範囲に厳しい対策を打って0.65倍になると、2月25日くらいにやっと100人未満になります。

ーーかなり時間がかかりそうですし、強めの対策を打たないといつまでも成果が出ないというシミュレーションなのですね。

宣言期間自体はどんな対策を打っても第1波の時よりも長くならざるを得ません。1か月で済ますにはロックダウンのように外出を禁止するような接触減をしないといけませんが、それは日本ではできないのです。最速でも2ヶ月はかかる、というのが結論ですね。

急所だけを狙う政策だと、仮に実効再生産数が1未満に下がっても1に近い値になるので、長く対策を続けることが必要になります。仮にずっと続けるならば、年度が開けても、宣言が終わらないことを覚悟しなければならないかもしれません。

データに基づいたオープンな議論が必要

ーー前回の緊急事態宣言でも、西浦先生がシミュレーションを出さなければ、政府は緊急事態宣言で何を目標として、何をやればどのぐらいの成果が見込めるか見通しは持っていなかったわけですね。

その通りです。日本の緊急事態宣言は特措法に基づく要請ベースのもので、目標数値もありませんでした。そこにシミュレーション(数値計算)を初めて示したのが、第1波でした。「1か月を超えてずっと続くような宣言は厳しい」と考えて、1ヶ月で終えるにはどうしたらいいか考えて示したのです。

今回も、政府がデータに基づいた政策決定をしない状況はあまり変わっていません。何を目標として、どんな手を打つのかは、専門家が考えて火中の栗を拾う。そんな構図は全く改善されていません。今後の政策決定の課題であり続けていると思います。

政府に関わる専門家の中では、未来の動向を理詰めで示せるのはおそらく僕しかいない。

それがたとえ厳しい見通しでも、例えば、前回、政府がこだわった「人の接触7割削減」では2ヶ月かかりますという意見は、こうやって数値計算を出さないと伝わりません。政治家が経済に目がくらんで日和った政策を打って失敗してからだと遅いのです。

声が届く間に、専門家が明確に伝える、というのが僕の大事な役割だと思っています。全く得をしませんが......。

ーーこのシミュレーションは、厚労省のアドバイザリーボードに出すのですよね。

明日(6日)招集なのですが、厚労省にまず出して検討してもらったのですが、「非公開資料として扱います」ということでした。

緊急事態宣言に関しては、アドバイザリーボードのリスク評価の範疇ではなく、特措法を施行するための諮問委員会がありますし、本来なら、その前に分科会がアドバイスをして具体的な政策について提言するという位置付けもあるということです。

リスク評価に関わるような計算だけでも諮問する会議にアドバイザリーボードがコメントすべきではなかろうというのが厚労省の説明でした。分科会の先生方には年末年始にも提示して議論はしています。政府にこのシミュレーションが提示されるかはわかりません。

ーー先生しかこういうデータを示せる専門家がいないのに、国民に共有するのに厚労省が消極的なのは意味がわかりません。国民の協力が必要なのに。

緊急事態宣言はそもそも厚労省主体ではないということなので、厚労省が公表の責任を負うよりは、僕が勝手に公表する位置付けにしたい、またはするしかないのだと思います。

僕はオープンに議論していくべきだと考えていますので、こうやって取材していただいたり、自分で本を出したりして裏で行われた議論を透明化しようとしています。

おっしゃる通り、痛みを伴う接触減は、今回必要になります。国民も経済界も合意をした上でやるしかない。そうであれば、理詰めの部分のプロセスも透明化することが必要だと思います。

(続く)

【西浦博(にしうら・ひろし)】京都大学大学院医学研究科教授

2002年、宮崎医科大学医学部卒業。ロンドン大学、チュービンゲン大学、ユトレヒト大学博士研究員、香港大学助理教授、東京大学准教授、北海道大学教授などを経て、2020年8月から現職。

専門は、理論疫学。厚生労働省新型コロナウイルスクラスター対策班で流行データ分析に取り組み、現在も新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードなどでデータ分析をしている。

趣味はジョギング。主な関心事はダイエット。