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「検査をもっとやれ」という日本へのメッセージではない。WHOの声明を伝える報道で不正確な情報が拡散

「検査、検査、検査」そんなWHOのテドロス事務局長の言葉が日本でも報じられている。だが、注釈に触れられていない形で発信されたこれらの情報には注意が必要だ。

世界各国で感染が拡大しつつある新型コロナウイルス。

そんな中、世界保健機関(WHO)事務局長の発言を巡り、日本内外の報道機関が配信した記事が、検査を巡る誤解を広げている。

フランスのAFP通信が3月17日に配信した「WHO『疑い患者全員の検査を』新型コロナで各国に要請」という記事と、テレ朝newsが配信した「WHOトップ『検査、検査、検査』連発し隔離徹底要求」といった記事だ。

触れられていない声明文での注釈

一連の記事は、3月16日に開かれたWHO(世界保健機関)のテドロス・アダノム・ゲブレイェスス事務局長による記者会見で述べた声明を伝えるものだ。

「WHOは各国に対し、『検査、検査、検査。疑いのある患者全員を検査するよう』勧告していると述べた」とAFPは報じた。

今回発表された声明文の全文を確認すると、2つの記事では触れられていない重要なポイントがある。

テドロス事務局長は会見で、確かに検査を行うよう呼びかけている。

ただし、WHOは声明文に「WHOは、感染が確認された人の接触者で、COVID-19の症状を示している場合においてのみ、検査を推奨しています」という注釈をつけている。

声明のうち、検査に関する部分は以下の通りだ(主要部分の翻訳は記事の末尾で紹介します)。

私たちは世界各国へシンプルなメッセージを伝えたい。検査、検査、検査です。全ての疑わしいケースで検査を行うべきです。

テストの結果、陽性と確認された場合は隔離を行い、発症の最大2日前までさかのぼって濃厚接触者を見つけ、彼らに対しても検査を行う必要があります。[注釈:WHOは感染が確認された人の接触者で、COVID-19の症状を示している場合においてのみ、検査を推奨しています]

これは、無症状の人にまで対象を広げ、検査を行うべきだという内容の声明ではない。

WHO事務局側が会見後、事務局長の発言内容を補強する形で注釈をつけた可能性もある。しかし、いずれの記事も、この注釈部分には触れていない。

強まる論争

日本では各国の検査数や検査体制と比較した上で、検査の対象をもっと広げるべきか、そうではないかという論争が続いている。

医療体制や制度、そして感染の状況は各国で異なるため、ある国でうまくいった例をそのまま日本に当てはめることが必ずしも正解とは限らない。

検査や医療体制の対応能力を見極めながら、必要な人が検査を受けられ、適切な治療につなげて、なるべく死者を出さない体制をいかに作るかが重要だ。

こうした状況の中、日本国内では声明文の内容が正確には伝わっていないこともあり、WHOの声明を受けて「とにかく検査を行うべきだ」という声が上がっている。

映画評論家の町山智浩さんはWHOのTwitterアカウントの投稿の一部を訳したコメントをつけてリツイート。

「大事なのは:検査、検査、検査、検査」という検査への呼びかけを訳したこのツイートは5000回近くリツイートされ、拡散している。

"We have a simple message for all countries: test test test. Test every suspected #COVID19 case. If they test positive, isolate them & find out who they have been in close contact with up to 2 days before they developed symptoms & test those people too"-@DrTedros #coronavirus

Twitter

しかし、WHOはTwitterでも「Test every suspected #COVID19 case(全ての新型コロナウイルス感染症が疑われるケースを検査しろ)」と呼びかけていることに注意が必要だ。

誤解は国会でも

このWHOの声明への誤解は、国会でも広がっている。

山井和則衆議院議員は17日の衆議院厚生労働委員会でWHOのメッセージを読み上げた上で、こう問いかけた。

「わかりますか、これ?『検査をしなさい、検査をしなさい、検査をしなさい。各国に伝えたいのは、とにかく検査だ。疑わしいケースは全て検査すべきだ。誰が検査しているのかを知らなければパンデミックを止めることはできない』これ私、日本に言われているんじゃないかと思うんです」

その上で、「テドロス事務局長の検査しなさい、検査しなさい、検査しなさい、というこの方針にね、今の日本の現状は反しているんじゃないかと思うんですけれど、加藤大臣いかがですか?」と質問した。

加藤勝信厚労相はまず、「テドロス事務局長から日本は非常に封じ込め、うまくやっている、こういう風に評されているんですよ」とWHOから日本への評価に触れた。

その上で、「これは日本向けに言っておられるというわけではなくて、広く世界向けに言っておられるんだろうという風に思います」と回答し、このメッセージが日本に対するものでないという認識を示した。

「日本に対して『検査をもっとやれ』と言っているようではない」

このWHO事務局長の声明内容について、政府の専門家会議構成員の一人で、2009年の新型インフルエンザ発生時には国の対策を検討する委員会の副委員長も務めた川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんはこう釘を刺す。

「他のメディアから、『全数検査が必要と言っているようですが』とコメントを求められたのですが、テドロス事務局長は全部に検査しろとは言っていないようです」

その上で、注釈に書かれているように、必要な人に検査ができる体制をと呼びかけているように見えると答える。

「テドロス事務局長は、当たり前のことを言っていると思います。特に検査ができない国に向けてのメッセージであり、日本に対して『検査をもっとやれ』と言っているようではないです」

イデオロギーの対立になっている現状を批判

一方、これを読んだ神戸大学感染症内科教授の岩田健太郎さんは、「WHOの『test, test , test』を愚かな判断だとdisるグループと、『WHOも言ってるんだからどんどん検査しないと』というグループに二極化されてるように思います」と話し、科学的な議論を離れてイデオロギー論争となっていることを強く批判する。

「検査をもっとすべきかすべきでないか論争になっているこの問題は、不毛です。検査する・しない論争に日本対韓国論争が加わって完全にイデオロギー対立になっています」と疑問を投げかける。

岩田さんは、「抗菌薬を使うべきか、使わないべきか」という命題との共通点を感じているという。

「この場合も、『抗菌薬が必要な人に使い、不要な人に使わない』が適正使用です。であれば、検査も同様です。必要な人にして、不要な人にしない」

「日本の場合、みんなに検査をしない、はナンセンスです。しかし、『治癒証明』のための陰性確認の無駄な検査をしています。検査には本当は陽性なのに陰性と出る偽陰性もあり、あてにならないにも関わらずです。この場合の検査は不要です」

一方で、検査の目安としている基準を満たさないという理由で、検査を拒否するのも間違っていると指摘する。

「逆に、日本ではクラスター(感染集団)の萌芽があると医師が判断しても、『検査をする基準を満たさない』という理由で検査拒否しています。クラスターを見つけることが目的で、基準を満たすのは手段に過ぎないのに。これは検査しない弊害です」

「この問題はナンセンスな場外乱闘です。WHOの文脈の解釈も、それぞれが、自分のイデオロギーに寄せてるのがミエミエで、どちらの側も誠に情けない」


WHO事務局長の声明文(主要部分)

これまでにも言い続けてきたように、全ての国が包括的なアプローチを取るべきです。

しかしながら、感染を防ぎ、人々の命を守る上で最も効果的な方法は感染の連鎖を断ち切ること。そのためにも、検査と隔離を行うべきです。

目隠しされた状態では、火を消すことはできません。そして誰が感染しているのかわからなければ、このパンデミックを止めることはできないのです。

私たちは世界各国へシンプルなメッセージを伝えたい。検査、検査、検査です。全ての疑わしいケースで検査を行うべきです。

テストの結果、陽性と確認された場合は隔離を行い、発症の最大2日前までさかのぼって濃厚接触者を見つけ、彼らに対しても検査を行う必要があります。[注釈:WHOは感染が確認された人の接触者で、COVID-19の症状を示している場合においてのみ、検査を推奨しています]

日々、世界的な需要を満たすために検査が行われています。

WHOは120か国に約150万の検査キットを出荷しています。最も検査を必要としている人が検査に手に届くよう、企業と協力しています。

WHOは感染を予防し、適切な治療を行うために、症状が確認されたすべての患者(軽症の場合も含む)を医療施設で隔離することを推奨します。

しかし、多くの国の専用の医療機関では、軽症患者を治療できるキャパシティが足りていないことも認識しています。

この状況で、各国は高齢な患者と基礎疾患のある患者を優先すべきです。
いくつかの国ではスタジアムやジムを利用して軽症患者の治療を行い、病院では重症患者の治療を行うことでキャパシティを拡大しています。

軽症患者は自宅で隔離し、治療を行うという選択肢もあります。

自宅で治療を行うことは、同じ世帯で暮らす人のリスクを増大する可能性があります。そのため、介護者は安全にケアを行うためにもWHOのガイドラインに従う必要があります。

例えば、患者と介護者が同じ部屋にいる場合には、医療用マスクを着用するべきです。患者は他の人とは別の部屋で眠り、別のバスルームを使用する必要があります。

患者に割り当てる介護者は、1人。その場合、健康で基礎疾患のない人物が望ましい。患者やその周囲の環境に接した場合、それがいかなる形であっても介護者は手を洗うこと。

COVID-19の感染者は、症状を感じなくなってからも他の誰かに感染させる可能性があるため、こうした対策は症状が確認できなくなってから最低2週間は継続する必要があります。

この期間が終了するまで、訪問者を受け入れるべきではありません。