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殺到する電話、ワクチン予約システムのパンクは「予想されていた混乱」 なぜ問題を繰り返す?「早い者勝ち」の仕組みに課題

新型コロナウイルス感染症のワクチン予約をめぐっては、電話予約にアクセスが集中するケースやウェブ予約の仕組みがパンクするといったケースも。専門家は「『早い者勝ち』の仕組みは良くない」と指摘する。

新型コロナウイルスのワクチン接種が本格化しつつある中、予約をめぐり一部で混乱が生じている。

17日から受付を開始した大規模接種センターの予約システムは実在しない接種券番号などを入力しても予約できる状態であることが判明。また、電話予約にアクセスが集中するケースやウェブ予約の仕組みがパンクするといったケースも確認されている。

こうした現状に公衆衛生や経済学の専門家は何を思うのか。BuzzFeed Newsはそれぞれの専門家に話を聞いた。

「予想されていた混乱が生じている」2009年の反省はどこに?

・パンデミックへの対策は、できる限り感染のピークを遅らせることで時間を稼ぎ、その間にパンデミックワクチンを製造しできる限り多くの国民に接種することが本質

・しかしながら、2009 年の新型インフルエンザパンデミックにおいては、ワクチンの確保に難渋したうえ、限られたワクチンを国民に効率的に接種していくことが出来なかった

・そこで、新たな「新型インフルエンザ行動計画」においては、地方自治体が予約に基づいた住民接種を進めることで、ワクチンの効率的な分配を実現することとした

・それにも関わらず、地方自治体側では、住民が望む日時と場所とを効率的に予約し接種管理をする体制が整っておらず、パンデミックが生じた際に相当な混乱が予想される

これは2016年4月に作成された、「パンデミックワクチンの分配政策とメカニズムデザイン」と題した文書に記されている一節だ。

当時、国立保健医療科学院で特別上席主任研究官を務め、現在は北見工業大学教授・保健管理センター長を務めている奥村貴史さんが作成した。

接種対象の住民に対して、あらかじめ接種日時と場所を記載した葉書(接種券)を郵送し、住民間で自由に交換することを認める仕組みによって問題が解決可能と提案。

接種券の交換を効率的に実現するためにはマッチングシステムを準備することが望ましいとし、協力的な民間事業者らが仕組みを作ることによって機能すると総括した。

奥村さんは新型コロナワクチンの接種について、客観的なデータに基づいた冷静が議論が重要であると強調しつつ、「予想されていた混乱が生じている」と指摘する。

ワクチン接種の混乱は前回のパンデミック、2009年の新型インフルエンザの際にも発生していた。

自治体はそれぞれの地域で接種が必要となる人々の数を予想される需要として都道府県に共有し、各都道府県が国に報告。それぞれの需要をもとに、ワクチンが自治体へと配分された。

しかし、接種を進める中で問題が発生した。

接種は医療機関で実施されるが、ワクチンの在庫を調べる手段が整備されておらず、一部の医療機関に接種を希望する人が集中した。

在庫が余っている医療機関もあったが、どの医療機関にどれほどワクチンが余っているかが可視化されていないため、問い合わせは保健所へ。

保健所側はどれだけの量のワクチンをどこに配分したかは把握していたが、そのうちどのくらいのワクチンが余っているのかはわからないという事態が生じた。

新型インフルエンザワクチンは新型コロナワクチンと異なり、基本的には大きなサイズの瓶に入った形で供給された。

1瓶に大人18人分のワクチンが入っているが、1度針を刺して開封すると、その日のうちに使い切る必要がある。使い切ることができず、開封済みのワクチンが廃棄されるケースも相次いだ。

また、国産ワクチンの接種を望む声が根強く、多くの海外から輸入されたワクチンが使われることなく廃棄された。

こうした問題を踏まえ、導入されたのがワクチン接種の予約を自治体ごとに受け付け、自治体が用意した会場を中心に接種を進める仕組みだ。

12年の時を経て、再び混乱が

2009年の新型インフルエンザワクチンを取り巻く混乱への反省から「予約制」の仕組みが採用され、「実務的な検討と準備が進められていた」と奥村さんは語る。

「住民接種」を想定したシミュレーションが自治体の協力を得て実施され、医療従事者への接種を管理するための「特定接種管理システム」も整備された。

だが、コロナ禍で再び混乱が生じている。なぜか?

「ワクチン接種に関する実務は公衆衛生学や社会医学の主たるトピックからは遠く、多くの研究者の関心からは外れていました。そのため、研究的な蓄積がほとんど存在していませんでした」

「そのような中で、厚労省の研究予算により研究が進められていましたが、問題解決につながる経済学をはじめとする学問分野からの研究者の参入が遅れてしまったことが今回の問題の背景にはあります」

奥村さんは、現在起きている混乱の本質は「システムや仕組みの問題ではない」と指摘する。

「パンデミックが起きた際のワクチン接種のための仕組みといった日常業務の中で使用することのないシステムは、維持し続ける費用対効果が低いというのが現実です」

「システムに関連する問題が起きると、その対策として多くのコストをかけて『特定の問題に特化した解決策』がトップダウンで導入されます。しかし、そうした特定の問題は一般性が低く、しばらくするとその解決策も無駄になってしまう。他方で別の新たな問題が発生する。このような事態を繰り返してしまうのは、問題を『システムの有無』と結びつけて考えてしまうからだと言えるでしょう」

重要なことは、耳目を集めた問題に対してトップダウンでシステムを急造することでなく、各政策分野において生じている情報技術に関わる問題や情報技術で解決しうる問題を分析、解析し、解決していく体制を常日頃より実現することだ。

技官として政府機関で働いた経験から、「様々な分野の専門家の意見や現場の意見をボトムアップの形で吸い上げながら、課題に取り組む体制作りが根本的には必要」と奥村さんは言う。

実際、経済学の知見にはワクチンの配分や接種予約を最適化するための知見も蓄積されている。しかし、高齢者接種の本格化までにこうした知見が活用されることはなかった。

「いつだって問題が実際に発生し、対応するのはボトム(現場)です。トップから見えている景色と現場から見えている景色が全く違うこともある。問題が起こってから、その問題に特化した解決策を予算化し、上から押し付ける限り、同じような問題はこれからも繰り返されるでしょう」

「『早い者勝ち』の仕組みは良くない」

経済学者の目に、現在のワクチン接種予約をめぐる混乱はどのように映るのか。

新型コロナ分科会のメンバーで大阪大学特任教授の大竹文雄さんは「現在の予約システムが良いシステムだとは、多くの経済学者は思っていない」と明かした。

「現在、多くの予約システムは『早い者勝ち』の仕組みです。早く予約しないと予約枠がなくなってしまうという心理がはたらくため、予約開始と同時に電話が殺到、ネットにもアクセスが集中し、つながりにくくなってしまっています」

「自治体に届くワクチンの供給量にも限りがある中で『早い者勝ち』の仕組みは良くない。このような状況がしばらく続くのであれば、抽選システムを取り入れることが望ましいです」

大竹さんが専門とする行動経済学の知見に基づくと、接種日時と場所をあらかじめ自治体が指定し、接種券を配布する方法も一つの選択肢だという。

配布された日程の都合が悪い場合にのみ、変更を希望する旨を自治体に伝えるというものだ。

この方法の場合、自ら希望して接種予約を入れる方法に比べると無断キャンセルが発生する可能性が高まる。だが、大竹さんは現在のようにワクチンの接種意欲が高い状態では、それほど大きな問題は生じないのではないかとした。

「ワクチンの接種予約システムに経済学の知見を生かすためには、実務のスケジュールにしっかり間に合うように調整しなくてはいけません。今回のように自治体ごとに事情や状況が異なる場合、政府が経済学者と一緒にモデルケースを作るといった方法があり得たかもしれません。しかし、まだそのような事例を作るためのノウハウが経済学者の側にも、自治体の側にも十分に蓄積されていませんでした」

「いずれにせよ、経済学の知見をしっかりと生かしてもらうためには社会への実装を考えながら協力していく必要がある。こうした中で東京大学のマーケットデザインセンターをはじめ、実社会に経済学の知見を生かすための取り組みも始まっています」

「問題を解決するために、複雑なシステムは必要とされていません」

今年1月、一人の研究者が東京大学マーケットデザインセンターの公式サイトに「COVID-19ワクチンの配布計画とマッチング・マーケットデザイン」と題したレポートを寄せた。

著者は東京大学マーケットデザインセンター 研究員でブリティッシュ・コロンビア大学助教の野田俊也さん。野田さんは4月にも「『マッチング理論』で考える、望ましいワクチン配布」と題した文章を「経済セミナー」に寄稿している。

「実は私自身は、ワクチン配布に関してマッチング理論を用いるという研究に新型コロナ以前から取り組んできました。実社会の問題に経済学の知見を活用するためには、現場の担当者がどのような課題を抱え、何を期待しているのかを知らなければなりません。自治体から具体的な相談が寄せられるのを期待して、発信を続けてきました」

野田さんはこのように、これまで発信を続けてきた背景を語る。

「電話予約が非効率であるということは、我々もかなり早い段階から気づいていました。電話予約をなるべく使わない方向でネット予約システムを作るべきだと考えています」

電話予約が抱える問題は次の2点だ。

(1)電話予約の場合、基本的には先着順で予約を確保することになること。この場合、予約受け付けの開始と同時にアクセスが集中しやすい。

(2)特に個別接種を実施する個々のクリニックが電話予約を受け付ける場合、予約が取れるまで色々なクリニックに電話をかける必要が生じ、電話の件数が増えてしまうこと

野田さんは、例えば次のような仕組みを使えばこの問題は可能だと言う。

・予約システムはウェブを中心とし、電話予約は補助的に使う。

・適度な頻度で締め切りを設け、締め切りまでに届いた予約申し込みはすべて平等に扱う。

例)〇月〇日12時で予約を締め切り、その時点でそこまでに来た予約をすべて一括で処理

・予約申し込みの時点では、接種希望者がどの枠なら選べるかわからないので、希望する日時・場所は第一希望だけではなく複数入力する。

・予約申し込みをしたタイミングの代わりに、抽選や年齢順などで予約の割り振りを決める。

・予約が確定した段階で、メール等で連絡する。

このやり方は非常にシンプルなものだ。

「現在起きているワクチン予約の問題を解決するために、そこまで複雑なシステムは必要とされていません。また、先着順でなければ締め切りまでに希望を伝えればいいので、どこかのタイミングにアクセスが集中するといったこともありません」

「このやり方では、締め切りまでに希望を伝えればいいので、受付が始まった瞬間に予約が殺到するということは起きません。他にも色々やり方は考えられますが、ともかく現在起きているワクチン予約の問題を解決するために、そこまで複雑なシステムは必要とされていません」

ウェブ予約を使うメリットを伝え、混雑緩和

特に高齢者を対象としたワクチン接種の予約をめぐっては、ウェブ予約ができないケースも考えられる。

だが、野田さんはウェブ予約を電話予約と併用しながら、現在の問題を解決することは「可能」と話す。

「できる限り多くの方にウェブ予約をお願いし、どうしてもウェブ予約ができない方には電話予約を提供するという形が望ましい。電話予約では予約がとれるのに、ウェブ予約では予約がとれないという状況が絶対にないことを保証することでこのような取り組みが可能となります」

電話予約の場合は、電話口でオペレーターが代わりにウェブ予約をするといった方法がこれらに当てはまる。

利用者にとってはオペレーターを介さず、自分で日時を選んで予約をした方がよりスピーディーなため、ウェブ予約を使うことのメリットとなる仕組みだ。

「先着順をやめる場合にはもう少し工夫が必要になりますが、現状、先着順で予約をとっている自治体の多くは、実際にこのような方法で電話予約を処理しています。この方式をとっている自治体は、わざわざ電話をかけるメリットがないことを積極的に伝えることで、現在のような電話予約の混雑を緩和することができます」

一般接種にもマッチングの問題が…

コロナ以前からパンデミックにおけるワクチンの配分について研究を進め、1月以降は様々な発信を続けてきたが、高齢者接種に間に合うことはなかった。

野田さん自身、新型コロナウイルスの感染拡大は予期していなかった。パンデミック以前は、ワクチン配分のためにマッチング理論を用いるという研究が大きな注目を集めることはなかったと明かす。

経済学の理論を活用することで、どのような問題を解決できるのか。昨年設立されたばかりの東京大学マーケットデザインセンターや東京大学エコノミックコンサルティング株式会社で発信を続けたが、十分に届いたとは言いがたい。

また、実際に自治体関係者と協議をする中で、予約システムを作るIT企業との連携なしに解決できる課題ではないという現実も浮かび上がる。

「理想論を言ってしまえば、政府がすべての自治体が利用可能な共通のシステムを開発した方がよかったと思います。現在、様々なシステムが並行して動いていますが分散させず、一元的に管理できる方法が本来は望ましいのは間違いありません」

現在、東京大学マーケットデザインセンターや東京大学エコノミックコンサルティング株式会社では複数の自治体の相談に対応しているという。

高齢者接種が終われば、次は一般の人々への接種が始まる。これ以上の混乱を生まないためにも、知見の活用が急がれる。

「現役世代の場合、高齢者に比べ予定が埋まっている人が多く、予約に関する希望が細かくなる。そのため、マッチングの問題がより重要になる可能性が高いと考えています。接種率を上げるためには、この問題の解決が不可欠です」