新型コロナワクチン接種を後押しするためには、どのようなメッセージが必要となるのか。
大阪大学特任教授の大竹文雄さんは、東北学院大学准教授の佐々木周作さん、国立感染症研究所の齋藤智也さんと共に研究を発表した。
高齢者に向けた接種の呼びかけとして、どのようなメッセージが望ましいのか。行動変容を促す上での鍵になる要素とは?
大竹さんに話を聞いた。
行動経済学の知見を現場に
「新型コロナウイルス感染症に関しては、高齢者の重症化率が高く、重症者が増えると医療提供体制が逼迫することが大きな問題となっています。そのため、高齢者のワクチン接種率を高めることは重要なポイントです」
「ワクチン接種希望率はこれまでのインフルエンザワクチンなどと比べれば非常に高いものとなっていますが、中には副反応などを心配し、接種について迷っている方もいます。適切な情報提供をすることで、ワクチン接種率が上がる余地があるのであれば、ナッジをはじめ行動経済学の知見を活用したメッセージを開発する価値はあると考えました」
大竹さんは、このように今回の調査の背景を説明する。
ナッジとは「ひじで優しく押す」という意味。行動経済学において、行動変容を促すための方法として注目を集めている。
大竹さんらは日本全国に住む高齢層(65〜74歳)と若年層(25〜34歳)を対象にインターネットで2回の調査を実施。
ワクチン接種を後押しする複数のメッセージを作成した上で、それぞれの効果を検証した。
最も効果的なメッセージは?
1回目の調査で検証したのは、以下の2つのメッセージだった。
1つめは、ワクチンを接種することで自分を新型コロナウイルスを発症することや重症化することから守ることができると伝える「利己的なメッセージ」。
2つめは、ワクチンを接種することで病床数の逼迫を改善し、人の命を救うことにつながると伝える「利他的なメッセージ」だ。
しかし、調査の結果、いずれも高齢層および若年層の接種意向には大きな影響を与えないことが判明。これを受け、2回目の調査ではメッセージを変更した。
「1回目の調査では、周囲の人たちのワクチン接種の状況が、一人ひとりの接種の意向に大きく影響していることがわかりました。そのため、2回目の調査では、この事実をもとにしたメッセージを作って検証しました」
(1)あなたと同じ年代の10人中X人が、このワクチンを接種すると回答しています。(高齢層の場合は10人中7〜8人、若年層の場合には10人中6〜7人)
(2)ワクチンを接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることがわかっています。あなたのワクチン接種が、周りの人のワクチン接種を後押しします。
(3)ワクチン接種した人が増えると、ワクチン接種を希望する人も増えることがわかっています。あなたがワクチンを接種しないと、周りの人のワクチン接種が進まない可能性があります。
比較・検証したのは、この3種類のメッセージだ。調査の結果、高齢層のワクチン接種の意向を後押しするためには(2)のメッセージが最も有効であることがわかった。
大竹さんらは、(1)のメッセージには、もともと接種を希望している人の接種意欲を高める効果があるので、ワクチン接種の予約画面や予約者へのリマインドメールなどに記載することを、(2)のメッセージには、もともと接種を希望してなかった人の接種意欲を高める効果があるので、ワクチン接種に関する情報を掲載するホームページやポスターなどに掲載することを提案している。
また、(3)のメッセージは高齢層のワクチン接種を一定程度後押しするが、一部の人にネガティブな印象を与えるという副作用も見えた。
こうした結果を踏まえ、基本的には(2)のようなメッセージを発信することを大竹さんは推奨する。
一方、若年層の接種意向を後押しするメッセージについては、今回の調査では見つからなかった。
鍵になるのは、自分の行動が誰かのためになる「実感」
同じ利他的なメッセージであっても、病床の逼迫が改善されることを伝えるメッセージでは効果がなく、周囲のワクチン接種を後押しできるというメッセージには効果が確認された。
なぜ、このような違いが生まれたのだろうか?
大竹さんは「あなたの行動が直接、他の人の行動を後押しするというメッセージの方が、他の人の健康リスクを減らすというメッセージよりも、自分の行動が他人に与える影響について不確実性が低いため効果的なのではないか」「ワクチン接種にはメリットがあり、そのメリットを他の人にも与えることができるというメッセージが行動変容につながりやすいのではないか」と指摘する。
「感染するかどうか、その結果として発症し、重症化するかどうかについては個人の行動にも依存します。そのため、本当に自分のワクチン接種が他の誰かの発症や重症化を防ぐことにつながるのかといった点について実感を持ちにくいのかもしれません」
こうした傾向は災害時の避難促進メッセージでも確認されていると、大竹さんは言う。
大竹さんは以前、災害時にどのようなメッセージを発信することが避難を促進することにつながるのかを研究した。
避難をした人々へのインタビュー調査から見えてきたのは、避難をした理由として「みんなが逃げていたから」と回答した人が多いという実態だった。
こうしたことを踏まえ作成された「あなたが避難することで、他の人の避難を促進し、人の命を救うことができる」というメッセージは、避難を促す上で効果を発揮することがわかっている。
明確なメリット提示も選択肢に
高齢者へのワクチン接種の次は一般の人々への接種だ。
高齢者の場合は自らの重症化予防へと直結しやすい側面もあるため、比較的ワクチン接種に前向きだ。しかし、若年層になるほどワクチン接種に消極的な傾向にある。
そのため、引き続き調査を進め、若年層のワクチン接種を後押しするためのメッセージを検討することが重要となる。
「接種率が上がらなければ感染を収めることはできません。医療提供体制の逼迫を防ぐ上では高齢者の接種が鍵となりますが、クラスターの発生を抑えるためには若い人々にもワクチンを接種してもらう必要があります」
アメリカなどではワクチン接種者にドーナツを提供するといった取り組みや、抽選で宝くじが当たるといった取り組みが実際に始まっている。
大竹さんは接種希望率が比較的低い世代のワクチン接種を後押しするためには、効果的なメッセージ発信と合わせて、こうしたメリットを提示することも一つの選択肢であると説明した。
高齢者そして若年層とそれぞれの世代で、ワクチン接種を促進するために効果を発揮する方法は異なる。
大竹さんは「今回の調査は、いつまでに分析を終えれば現場で活用してもらうことができるのか。ワクチン接種の実施に詳しい共同研究者の国立感染症研究所の齋藤先生とも議論して、タイミングを逆算して研究を開始した」と明かす。
関係者と連携し、現場で求められている知見を提供した形だ。
「いつまでに送付物の印刷を終えなければいけないのかなど、現場の実務的なスケジュールを無視してしまうと、結果としてそこで得られた知見が現場に生かされない。若い人たちに向けたメッセージについても、実際に自治体が取り組みを始まるまでには、研究を通じて何らかの知見を生み出したいと考えています」