• covid19jp badge

新型コロナ「路上生活の方が感染リスク少ない」 生活困窮を支える制度に大きな穴

「住まいを失わないようにするための支援と住まいを失ってしまった人への支援が必要だ」と支援者は語る。だが、国の制度には大きな穴が開いている。

新型コロナウイルスの感染が拡大する中、経済的なダメージも日に日に深刻となっている。

すでにトヨタやマツダなど大手自動車メーカーは一部の工場を休止することを発表しており、非正規雇用の労働者への余波が懸念される。また一部の企業では「内定取り消し」も行われている。

経済不安が広がる中、「住まいを失わないようにするための支援と住まいを失ってしまった人への支援が必要だ」と語るのは一般社団法人つくろい東京ファンドの稲葉剛さんだ。稲葉さんは1990年代から路上生活者の支援を行っている。

アメリカでは成人の労働者の18%が既に解雇や労働時間の短縮を経験しているという調査結果も発表された。日本で何がこれから起こり得るのか。現状認識と今後の見通しを聞いた。

見えはじめた、生活困窮の兆候

新型コロナウイルスによる経済的なダメージが取り沙汰されているが、「リーマンショックの時のように、仕事と住まいを一気に失って路上に人がドッと出てきている状況までにはまだなっていない」と稲葉さんは現状を説明する。

一方、都内で炊き出しを行う団体へのヒアリングの中で見えてきたのは、普段顔を見ない若い人たちが炊き出しを受け取るために列に並びはじめているということだ。

「特に日払いや週払いの仕事をしていた人たちの仕事が減り、普段はネットカフェなどで寝泊りをしている比較的若い人たちが路上生活をはじめるという現象も確認されています」

生活困窮の可視化には「タイムラグがある」

音楽関係、演劇関係や飲食関係などで働く人々や自営業、フリーランスの人たちは特に経済的なダメージを受けている。

稲葉さんは「個人差はあるが…」と前置きした上で、「一定の資産を持っている方、持ち家を持っていらっしゃる方もいるので、すぐにホームレスになるという状況にある人ばかりではない」と言及。だが、すでに収入が激減しているといった声を耳にしているという。

ここで注意しなくてはならないのは、生活の困窮が可視化されるまでには「タイムラグがある」という点だ。

2008年にリーマンショックが起きた際は、製造業を中心に派遣社員の雇い止めが相次いだ。そんな中で、会社の寮で暮らしていた人たちは仕事と住まいを同時に失い、路上生活を送ることを余儀なくされた。「年越し派遣村」など、2008年の混乱を記憶している人も少なくないだろう。

だが、路上生活者の支援を行う現場ではリーマンショックの半年後〜1年後にかけても多くの相談が寄せられていたと稲葉さんは明かす。

「あの時に仕事を失って、とりあえず別の仕事で食いつないできた。でも、その仕事を失って…といったケースや、仕事を失って実家に戻ったが親の生活も苦しくなって生活保護にというケースなど段階的に時間をかけて困窮された方が相談窓口に多くいらっしゃいました」

「生活困窮の段階には必ずタイムラグが発生します。今回の新型コロナの影響ですでに家賃を滞納しているという人も出ていますが、人によっては数ヶ月経過してから大きな影響が出てくる可能性があると思っています」

制度に開いた大きな穴

住まいを失わないために、活用することができるのが生活困窮者自立支援法に基づく「住居確保給付金」制度だ。

この制度を使うことで離職者はハローワークに通い再就職支援を受けることと引き換えに原則3ヶ月、最大でも9ヶ月の間、民間賃貸住宅の家賃補助を受けることが可能となる。

リーマンショック後の2009年に導入されたこの制度は「非常に良い制度」と稲葉さんは評価する一方で、想定されている対象の幅の狭さを問題視する。

「現在、ネットカフェで生活している人たちは仕事はしているけど収入が不安定という方が多い。彼らは離職者でない場合がほとんどです。そうすると、ネットカフェで生活するような人の多くはこの制度を使うことはできません」

「また、今回の新型コロナウイルスによる影響が特に大きいと見られるフリーランスや自営業の人たちもそもそも雇用されていないので、この制度の対象にはならない」

稲葉さんは「この制度は昭和の日本的な正社員中心モデルを前提として作られていると言わざるを得ない」と苦言を呈す。

「これまで、政府は多様な働き方を呼びかけ、雇用に縛られない働き方を拡大してきました。そうした方針とこの制度は大きく矛盾しています。現状ではこの制度はフリーランスや自営業の人々のセーフティーネットになることはできていません」

家賃滞納でも追い出さないで

「一度安定した住まいを失ってしまうと、再就職しようとしても家がないというのが非常に大きなネックになります。また健康状態も不安定な生活を送ることで悪化してしまう場合があります」

稲葉さんが特に懸念しているのが、現在賃貸住宅に暮らしている人の生活だ。

「リーマンショック後、追い出し屋問題という問題が明るみとなりました。アパートの家賃を滞納した人を大家や不動産業者が強制的に追い出すということが当時、社会問題となり、路上生活者が増える一因となったのです」

賃貸住宅の入居者は借地借家法で居住権が保証されており、本来は大家や不動産業者が物理的に追い出すことは法律に違反している。立ち退きを要求するためには、法的な手続きを経る必要がある。

だが、2008年当時、鍵穴にカバーをかける、部屋の中の荷物を勝手に処分するといった形で部屋がロックアウトされてしまう事例が後を絶たなかったという。

背景には連帯保証人を立てられない場合に借主が契約する家賃保証会社の存在があると稲葉さんは指摘する。

大家と借主という関係性であれば、家賃の支払いを猶予してもらうといった交渉も可能だが、家賃保証会社を使用している場合、こうした対応は難しい。

「2000年頃から、特に都市部では家賃保証会社と契約する形での賃貸住宅への入居が増えています。もしも借主が家賃を滞納した場合、その費用は家賃保証会社が立て替えを行います」

「家賃滞納はこうした保証会社にとっては損失であり、損失を減らすためには入居者を追い出すことにつながりかねません」

【拡散希望】当ネットワークは「すべての家主、不動産業者、家賃保証会社への緊急アピール」を発表。コロナ危機の影響で家賃滞納が急増しかねない状況を踏まえ、大家さんたちに、立ち退き要求は行わず、共に政府に公的支援を求めることを訴えます。 https://t.co/GQsiYQ1B2c #家賃の取立ては政府へ

リーマンショックが起きた際の教訓から、稲葉さんは3月28日、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」という団体から緊急アピールと題してメッセージを発信した。

「今月末の家賃が支払えないという人が一定数出てくることが予想されます。不動産業者の方達にそうした人たちを追い出さないで欲しいとお伝えしています」

「追い出すのでなく、一緒に政府に対して現金給付など公的支援の拡充を求めてほしい。一緒に家賃滞納問題を解決できればと考えています」

4月中に10部屋確保を目標に

「緊急の住まいを失わないために色々なはたらきかけをしつつ、住まいを失ってしまった人に住宅支援を行っていきたい」と稲葉さんは語る。

つくろい東京ファンドでは、都内の空き家や空室を借り上げ、緊急用のシェルターや支援住宅として住まいを失った人に居場所を提供してきた。

これまで25部屋を確保していたが、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに貧困が拡大することを見越して、現在空室の確保を進めているという。

現在までに3部屋、新たに契約することができた。「4月中には10部屋ほど確保できるのでは」というのが稲葉さんの展望だ。

だが、こうした活動では支出がかさむ一方で収入の見通しは立ちづらいのが現状だ。敷金・礼金などの初期費用や家賃、生活用品や家具、布団などを準備する費用はすべてつくろい東京ファンドが負担している。

より多くの空室を確保するためにも、つくろい東京ファンドでは現在、寄付金を募っている

生活保護の民間施設が感染源となるリスク

生活保護をはじめとする行政の支援プログラムの中にも無料低額宿泊所など最低限の住居を保障する仕組みも存在する。なのになぜ、ここまで住宅支援を行う必要があるのだろうか?

ホームレス状態でも生活保護は申請できるが、原則として路上生活をしながら保護費を受け取ることは認められていないため、生活保護を申請したその日から、行政が紹介する施設に入所する場合が多い。

公的な施設も存在するが、現在はキャパシティが足りないため、民間の施設を行政が紹介するケースが少なくない。そうした民間の施設は「ピンからキリまで」あり、「劣悪な環境の施設も多数含まれている」と稲葉さんは言う。

中には未だにワンフロアにずらっと二段ベッドが並べられ、20人が同じ部屋で生活しているような施設も存在する。そうした施設ではシラミやダニの発生など日常的に衛生問題が発生している。

新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐ上で、ソーシャルディスタンスを保つことは非常に重要だ。だが、こうした民間の施設では感染拡大を防止することが難しい一面がある。

ある医師は稲葉さんに「路上生活の方が感染リスクが少ない」と漏らしたという。

「こうした路上生活者の入居する民間の施設が感染源になるリスクがある。実際に夜回りをして出会った路上生活者の中にも、生活保護は受けたいが10人部屋の施設には入りたくないから受けられないと語る人は非常に多くいます」

2008年から現在まで、東京都内の路上生活者は減少の一途をたどっている。そんな中で、現在も路上に取り残されている人たちは「従来の相部屋中心の施設の行政支援のレールにうまく乗れない人たち」だ。

今回の感染リスクの問題で、そうした人々はますます公的支援を受けることを拒む傾向が強くなっている。

「彼らの中には路上と施設を行ったり来たりしている人も少なくない。そうした人は知的障害や精神疾患を持っている割合も高い。集団生活ではいじめられたり、お金をたかられたり。そういう人たちにこそ特に個室の環境が必要だと考えて、ハウジングファーストということで準備を進めてきました」

ロックダウン?広がる不安

小池百合子東京都知事は、このまま感染拡大が続いた場合、強制定期な外出禁止や生活必需品以外の店舗閉鎖などを伴うロックダウンを実施する可能性を示唆している。

この発言をうけ、ホームレス支援団体でも困惑が広がっている。

「ロックダウンが起きたら、炊き出しをどうするかという検討が続いてます。炊き出しそのものは路上生活者のためにも続けなくてはいけない。では、ボランティアの人たちを守るためにはどうすればいいのか?」

稲葉さんは「炊き出しを行うホームレス支援団体も難しい選択を迫られている」とつぶやく。

路上で生活する人々はどう生き延びればいいのか。公的支援なしに、この局面を乗り切ることは非常に難しい。

「ロックダウンに踏み切る前に、欧米の大都市が実施しているようにホテルの部屋を行政が借り上げて路上生活者に提供すべきです」と稲葉さんは言う。

政府からも東京都からも具体的な経済支援策は提示されないまま、時間だけが経過している。