ソフトバンクグループは7月29日、新型コロナウイルスの唾液PCR検査のための新会社「新型コロナウイルス検査センター株式会社」の設立を発表した。
ソフトバンクグループ従業員を対象に唾液を用いたPCR検査を試験的に開始し、今後は福岡ソフトバンクホークスの選手に対しても検査を提供する。
検査を希望する自治体や法人などに対して、実費負担だけで唾液PCR検査を提供できる環境整備も進めていくとの方針を示している。
4月には楽天がPCR検査キットの販売を開始したが、専門家からの批判が殺到し、その後、販売を見合わせた。
当時指摘されたのは実際は陽性なのに「陰性」と出て安心した人が感染を拡大させたり、実際は陰性なのに「陽性」と出て医療機関を受診したりなど、医療機関の負担が増えることや偽陽性になった際に隔離されてしまうことへの懸念だ。
ソフトバンクグループは、こうした懸念をどのように受け止めているのか。具体的に、陽性者が出た場合の対応については、どのようなものを想定しているのだろうか。
ソフトバンクグループの見解は?
ソフトバンクグループはBuzzFeed Newsの取材に対し、このPCR検査は医療行為ではなく、研究目的のものであることを強調する。
医療行為であれば、「陽性」か「陰性」かを判定し、検査結果に基づき入院や軽症者の療養施設への移送といった対応を行う必要がある。しかし、研究目的であるため、出される結果はあくまで「陽性の疑い」かどうかだと主張する。
ソフトバンクグループは検査を受けた被験者に結果を通知し、「陽性の疑い」がある場合には居住地域の保健所へと指示を仰ぐ必要があるとの見解を示した。
唾液PCR検査を拡充することで、安心して出社することなどが可能になることを目指しているという。
しかし、たとえ検査をした時点では陰性であったとしても、その後感染するリスクは常に抱えている。また、実際には陽性である人が陰性と判定される偽陰性の問題もつきまとう。
この点については検査を高頻度で実施することで対応するとしているものの、具体的な頻度については検討中とした。
現在の検査件数については明言を避けたが、今後は1日1万件の検査件数を実現することを目標としている。目標値をいつまでに実現するのかという具体的な見通しは、現在はない。
希望する自治体や法人への唾液PCR検査の提供は今年の秋頃を目処に開始するための準備を進めているという。
こうした形でPCR検査が広がれば、保健所や医療機関のキャパシティを圧迫するのではないかという懸念は依然として残る。
しかし、この検査は無症状者に対して行うことを前提としているため、「陽性の疑い」となるケースは非常に少ないと予想し、保健所や医療機関への負荷にはつながりにくいというのが同社の見解だ。
今回の取り組みは国立国際医療研究センターと協力して行われるプロジェクトとなっているものの、具体的な連携内容については現在協議中であるとしている。
ソフトバンクグループの孫正義会長は6月9日、国立国際医療研究センターの大曲貴夫医師、杉浦亙医師と「抗体検査結果速報値等について」という対談を行う中で、経済活動を再開させる出口戦略として「ソフトバンクモデル」の構想を発表している。
同社が実施した4万4066件の抗体検査の陽性率が0.43%であったことを報告した上で、2種類の抗体検査と唾液PCR検査を提供し、全社員に自己検査を徹底することでさらなる二次感染を防ぐことを目指すとの方針を示している。
感染の疑いがある場合は迅速に病院でのPCR検査に誘導し、「適切な社会復帰」へとつなげるというモデルだ。
「保健所がやってほしいと思う検査をやってください」
この取り組みに対し、 疫学調査に詳しい名古屋市立大学公衆衛生学の鈴木貞夫教授は「保健所がやってほしいと思う検査をやってください、というのが私の希望です」と語る。
「現在の『研究目的』という唾液PCR検査の説明は、医療行為ではないということを別の言葉に言い換えただけ。様々な条件をクリアした上で、関係各所と連携し、必要な人に必要な検査を提供してほしいというのが私の考えです」
必要な検査とはどのような検査か、それを見極める上で鈴木教授が改めて強調するのは検査を受ける段階で予想される陽性率である検査前確率(事前確率)の重要性だ。
クラスターなどが発生した場所にいた人や、感染者の濃厚接触者等が基本的には事前確率が高いと判断される。
現在では、感染が拡大する地域の繁華街において、キャバクラやホストクラブなど接待を伴う飲食店で働く人々などもこうしたカテゴリーに分類される。
新型コロナウイルス感染症の専門家分科会も7月6日、16日とPCR検査の対象を3つのカテゴリーに分け、行政検査は原則として有症状者と無症状かつ事前確率の高い人に対して行う方針を明示した。
ソフトバンクの唾液PCR検査は無症状者に提供されることを前提としている。だが、この点については「事前確率が低い人にやるのであれば、そもそもの考え方が間違っているので、賛成できない」と言う。
「基本的に今、足りていないのは検査前確率が高い人への検査です」
「例えば、名古屋市では現在、かなり検査体制が逼迫しています。たとえクラスターの中にいたとしても、症状が確認できなければ検査ができないような状況であるのは事実です。名古屋市保健所の職員と先日話をしたところ、彼らも検査体制の拡充を望んでいる。ソフトバンクのこうした取り組みは、様々な条件をしっかりとクリアしてもらった上で、必要としている人々に提供していただく分には社会的な意義があると思います」
「財力や影響力を駆使してやっていただきたいのは、無症状の方へ検査を行い、その収益を医療現場へ寄付するということではなく、自治体や保健所と話し合い、調整をしながら、現場で望まれている検査を拡充するための努力です」
「陽性疑い」に対応できない実態も…
ソフトバンクグループの孫正義会長は8月5日、自身のTwitterに「我社設立の唾液PCR検査で陽性反応者を発見。 ある保健所に確定検査依頼したら『発熱等の症状が出るまで病院によるPCR検査は不要』と断り。 感染拡大防止には積極検査と隔離が良策と思いますが...?」と投稿した。
この発信から見えるのは、ソフトバンクグループが保健所等と「陽性疑い」の結果が出た場合の対応について調整できていない実態だ。
鈴木さんは、「陽性の疑いがある人が出たらどうするのか、そのルートを予め作っておくことが重要です」と語る。
「大前提として、検査は『野良化』してはダメなんです。陽性であろうと、陰性であろうと、しっかりと保健所が結果を把握して、連絡が取れるようにしたり、必要であれば行動の制限をお願いすることが可能な状態にあることが重要です。合わせて、陽性率等を正確に把握するためにも分母と分子を正確に捉えなくてはいけない。これは、最低限のラインです」
「野良検査には明確に反対します。必要なのは論争ではなく、円滑に回すためのシステムの構築です。善意に基づきやるならば、社会的な意義があることをやっていただきたい。そうでないのなら、保健所に負担をかけるだけです」
大事なのは、「誰でも、いつでも、何度でも」可能な検査ではない
検査拡充に向けた動きはソフトバンクグループだけではない。
世田谷区は「誰でも、いつでも、何度でも」というキャッチフレーズを掲げ、検査件数を1桁増やすことを目標に置き、注目を集めている。
保坂展人区長は介護や保育、医療関係者など社会機能の維持に必要なエッセンシャルワーカーへの「社会的検査」を行う方針を示す。
注目を集めるキャッチフレーズに、鈴木教授は「検査数を10倍にすることで、誰でも、いつでも、何度でも検査することはできるのか?」と疑問を呈す。
世田谷区民は約90万人。住民全員が、まるでいつでも、何度でも検査が受けられる体制を目指すようなキャッチフレーズが一人歩きする危険性を危惧する。
「世田谷区民が誰でも、いつでも、何度でも検査可能になるというならば、どう考えても、1日あたり数万件以上の検査が必要です。それは本当にできるんですか?という話です。単なるキャッチフレーズです、と言うのであれば、それはあまりに不誠実でしょう」
「本当に大事なことは、必要な人に必要な検査をすることであって、誰でも、いつでも、何度でも検査が受けられることではありません」
「とにかく検査を増やせ、ではなく、検査件数がたとえ大幅に増えなくとも、感染対策ができるシステムを作る必要があります。第1波の際は、それで成功したので、感染爆発が起こらずに済んだ。これまでの取り組みを踏まえず、ただ検査を増やせばいいという主張は肯定できません」
ニューヨーク州が検査を拡充したことにより、感染拡大を食い止めたという言説も存在するが、この主張に鈴木教授は懐疑的だ。
「そもそも、ニューヨークではこれまでに既に3万2000人以上の方が新型コロナウイルスで亡くなっています。さらに、検査数と陽性者数のグラフを見てみると、感染者が減り始めたタイミングよりも、(無料検査などで)検査を拡大したタイミングの方が遅い。このデータを見る限りでは、陽性者の減少は検査によるものではないと私は思います」
PCR検査の識別能力は100%ではなく、資源は有限
「検査前確率が低い人は基本的に感染している確率はかなり低い。そうした人々に検査をして出た陰性という結果が持つ意味とは何か?僕は、その陰性には意味はないと思っています」
事前確率が低い人に対してPCR検査を行い、陰性であることを1つの「証明書」として社会経済活動を回していくと主張する人々も一部にはいるが、「陰性証明という考え方そのものがナンセンス」とした上で、あえて、この考え方に潜む落とし穴を指摘する。
PCR検査の感度(陽性を正しく陽性と判断する割合)が70%と低いので、特異度(陰性を正しく陰性と判断する割合)がどれだけ高くても、偽陰性(陰性でない人を陰性と判定すること)の人に「陰性証明」を渡してしまうことを鈴木教授は危惧する。
偽陰性である感染者が、「陰性証明」を得た場合、感染が広がる恐れもある。
「PCR検査の識別能力は100%ではありません。そのため、現段階では感染者と非感染者を完全に分けることは不可能です。検査を行う中には感染者が混ざっているかもしれず、その人を見逃すことで陰性証明が出されないとも限りません」
「そうしたリスクを回避するために、検査を2回やればいいじゃないか、と主張される方もいます。ですが、検査を2回やると言うことは、全体として検査することのできる人の数は2分の1になるということです」
「このように説明しても、『検査キャパシティを増やせばよい』と主張されるかもしれませんが、それは全く別の議論であり、そのような主張は筋が違います。検査は有限である、その前提に立って、議論を進める必要があります」
感染拡大を防止する上では、積極的な検査と隔離を行うしかないという意見も存在するが、それは新型コロナウイルスが蔓延し、感染爆発が起きている状況においてのみ有効と鈴木教授は言う。
「すでにウイルスが蔓延し、感染爆発が起きている状況では、むしろ積極検査と隔離しかできることはない。そのような状態にならないよう、努力をしているのが現在の日本です。感染が拡大しているポイントと、そうではないポイントに分け、感染拡大を防ぐためにクラスター対策を行っています」
「クラスター対策以外でも、CT画像や味覚障害のような症状による識別や、それから発症後も持病がある人や高齢者以外は4日間は自宅で様子を見ていただくよう呼びかけたことは検査件数がなかなか拡充しない中で、第1波を抑え込むことにつながったと思います」
だからこそ、現段階で必要なことは、多数の患者が出た際に緊急度に従って優先順を決める「トリアージだ」。
「資源は無尽蔵ではなく、検査体制などは逼迫している地域もある中で、その資源をどのように配置するのかを議論すべきでしょう。『こういう人やこういう人たちは重症化の恐れがあるのでレスキューします』、というトリアージが必要です」