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東京の感染拡大、「もうすぐピークアウト」は本当?実効再生産数をもとに「断定するのは時期尚早」と専門家が語る理由

Twitter上で東京の感染拡大はピークを超えた、あるいはもうすぐピークを超えるとする言説が拡散されている。本当に東京の感染はピークアウトしたと捉えられるのか。京都大学准教授の古瀬祐気さんに聞いた。

「実効再生産数は16日連続の減少」
「東京の実効再生産数がもうすぐ1を切りそう」

Twitter上で東京の感染拡大はピークを超えた、あるいはもうすぐピークを超えるとする言説が拡散されている。

本当に東京の感染はピークアウトしたと捉えられるのか。BuzzFeed Newsは厚労省のクラスター対策班のメンバーで京都大学准教授の古瀬祐気さんに話を聞いた。

*取材は8月18日午前に実施。情報はその時点のものに基づく。

実効再生産数で未来を予測?→「現時点では難しい」

実効再生産数とは1人の人が何人の人に感染させているのかを推定する値。新型コロナウイルス感染症の感染状況を分析する上で重要な役割を果たす。

古瀬さんは「実効再生産数について誤解も少なくない」と語る。

誤解とは、どのようなものなのか。

「SNSなどを見ていると、『実効再生産数が1を切れば、感染者数は減っていく』といった意見もあれば、逆に『実効再生産数が1を切る前から実は感染者数は減っており、感染状況を判断する指標にはならない』といった意見もあります。この2つは一見対立しているように見えますが、実はどちらもある意味正しく、実効再生産数の実際の計算の仕方についての誤解が齟齬の原因になっています」

「実効再生産数が1のままであれば、1人の感染者から1人にしか感染しない。そのため感染者数は横ばいになる。そして、実効再生産数が1を切れば感染は収束へと向かっていく。この理解で、理論上は正しいです。しかし、注意しなければいけないのは現在の科学では実効再生産数を本当の意味でリアルタイムに観察することはできないということです」

実効再生産数はあくまで推定値だ。そして、その推定をより正確なものにするためには約2週間後に明らかになった感染者数の結果をもとにさかのぼって計算する必要がある。

日々報じられる1日の感染者数は報告日別のデータだ。しかし、実効再生産数を推定するためには報告日別ではなく感染日別のデータをもとに計算する必要がある。後から感染が判明し報告されるタイムラグなどもあるため、報告日別の感染者数では厳密な感染状況を判断することは難しい。

「今の実効再生産数はあくまで2週間前の時点でこれくらいの感染が起きていたということを評価するということが主な役割です。理論上はある時点での実効再生産数が1を切れば、その後の感染者は減る。しかし、どこでどれだけの感染が起きているのかをモニタリングすることは不可能なため、2週間後の感染者数が結果的に減ったことをもって、2週間前時点での実効再生産数が1を切ったということを算出しています。この時系列に関しての誤解が少なくないと感じています」

そのため未来の感染者数を予測するツールとして実効再生産数を使用することは「現時点では難しい」と古瀬さんは言う。

「実効再生産数を計算することで未来が予測できると誤解している方もいます。実際には現在から過去にさかのぼり計算しているため、未来の予測能力は持っていません」

100m走に例えると

古瀬さんは、実効再生産数と日々確認される感染者数の関係性について次のような例えを用いて説明する。

「100m走で誰が優勝するのか予測したいと考えたとき、私たちはスピードガンを使ってスタート地点から数メートル離れた地点での一人ひとりのスピードを計測し、時速をもとに誰が勝つかを考えることができます。この時の時速が実効再生産数で、誰が何秒でゴールしたのかという結果が感染者数に相当します」

しかし、現在の科学では、スピードガンに相当する技術は感染症疫学の世界にはない。そのため誰が何秒でゴールしたのかという結果からさかのぼり、一人ひとりのスピードを計算することになる。これが現在の実効再生産数の計算方法だ。

こうした中で、よりリアルタイムに感染状況を掴むために実効再生産数以外の要素について検討が進められているという。それが人流や繁華街における夜間の滞留人口だ。

「例えば一人ひとりの筋肉量や足の長さなどを考慮した上でレースの結果を予測できないか、という考え方があります。これだけの筋肉量でこれだけの足の長さであれば、これくらいのスピードが出て、結果としてこれくらいのタイムでゴールするという未来の結果を予測できるかもしれません。感染状況の分析において、頻繁に専門家から言及がなされている人流や夜間の滞留人口がこれに相当します。筋肉の量や足の長さは、走る速さときっと強く関連するでしょう。でも、それだけでスピードが決まるわけではありません。このあたりに、公衆衛生的な対策の評価を人流という指標に依存する現状のあやうさがあります」

「専門家は感染状況を正確に把握するために様々な指標についてモニタリングし、検討を進めています。しかし、原因となる指標、結果をあらわす指標、そしてそれらの代替となる別の指標、それぞれが時系列で見ると入り乱れているために誤解が広がり、混乱してしまう人もいるかもしれません」

もうすぐピークアウト?専門家「断定するのは時期尚早」

8月11日の厚労省の専門家助言組織・アドバイザリーボードで報告された最新の実効再生産数は7月25日時点のもの。

この時点で全国の実効再生産数は1.39、首都圏は1.37、関西圏は1.37と推定されることが報告されている。

リアルタイム性を重視し、報告日別の感染者数をもとにした簡易的な計算方法で実効再生産数を表示するサイトもあるが、報告の遅れなどに注意して数字を見る必要がある。

その上で、現在、首都圏の実効再生産数が横ばい、もしくは下降傾向にあると断定することは「難しい」と古瀬さんは指摘する。

「最近の首都圏では検査が追いついていない可能性があるとの情報も届いています。また、検査をして陽性であることが判明しても報告書を上げる業務が追いついていないケースがある可能性も指摘されています。そのため、現在の数字をもとに横ばい、あるいは下降傾向であると考えるのは時期尚早です」

「また、連休の前後には検査を受ける人が増えることもわかっています。そのため、7月の4連休の後に報告された感染者数がある意味人為的に増加し、そのせいでその後の増加傾向が緩やかに見えてしまっている可能性もある。このようなバイアスを除いていくと、もしかすると現在も感染が拡大し続けているかもしれません。いずれにせよ、こうしたバイアスがあることを前提に注意深くデータを見る必要があります」

全国の感染状況についてはどうか。

お盆の人の移動の影響も今後出ることが予想される中、引き続き予断を許さない状況と分析する。

「おそらくお盆の人の動きも、コロナ前に比べたらかなり減っていたはずです。皆さんが頑張っていることは間違いない。でも、デルタ株によってかなり厳しい状況になっています。従来株であれば、現時点までの行動変容でも感染は下火になったかもしれません。ですが、今は感染力が以前よりも高く、制御することが難しい」

全国を見渡せば、いまだデルタ株への置き換わりが進んでいない地域もある。だが、こうした地域でも今後は置き換わりが進むことが予想される。

緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の対象地域は拡大され、期間の延長も決まった。

今後、どの程度感染拡大を食い止めることができるかは「一人ひとりの意識、行動にかかっている。自らの行動次第でこれから先の未来を変えることはできる」と古瀬さんはまとめた。

専門家たちの間ではどの段階で、感染対策を緩和することが可能になるのか今も議論が続いている。

調整を経て、いずれはワクチンの接種状況を踏まえたロードマップが提示される見通しだ。

解釈は自由、だからこそ…

コロナ禍で数理モデルが人々により身近な存在となった。私たちは数理モデルやデータとどのように向き合うことで、上手に付き合っていくことができるのだろうか。

「数字はある意味で、解釈が非常に自由です。どんな結果が出てこようが、自分の主義主張に無理やり合わせることも可能です。そのため同じ数字を見ていても、全く異なる主張をする人が現れます」

「だからこそ、結論ありき、主観ベースではなく、数字の変化を淡々と伝えてくれる情報源を探し、そうしたソースから情報を入手することは重要です。同時に誰か一人の専門家だけを過信することも危険です。常に複数の専門家の意見をクロスチェックすることが望ましいと思います」