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メディアリテラシーは役に立たない? 新型コロナについての情報に惑わされないため、必要なこと

パンデミックと同時に警戒が必要な「インフォデミック」。知識さえ与えれば大丈夫との認識では対応を誤るとメディア論を中心に、政治経済や社会問題などを論じてきた荻上チキさんは語る。

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、日本国内でも多くのデマや不正確な情報が拡散された。

WHOもパンデミックと同時に「インフォデミック」(情報の伝播)への警戒を呼びかけている。

新型コロナが人々の生活に大きな影響を与え、状況は刻一刻と変化する。そのような中で、正確な情報を見極め、適切な対応を取るにはどのようなことに気をつけるべきなのか。

BuzzFeed Japanは政府の新型コロナウイルス専門家会議のメンバーで、川崎市健康安全研究所所長の岡部信彦さんと評論家の荻上チキさんをゲストに招き、生配信番組で話を伺った。

知識さえ与えれば大丈夫との認識では対応を誤る

インフォデミックとはそもそも、どのようなものなのか。事実や根拠に基づかない不確かな情報を意味する流言、政治的な悪意などを込めて流布されるデマなどこれまでにも様々な情報を評価する言葉が生まれてきた。

メディア論を中心に、政治経済や社会問題などを論じてきた荻上さんは今回の新型コロナに関するインフォデミックという言葉は、「感染症関連の情報が間違って広まることによって、医療対応や衛生環境をも歪めさせてしまうこと」を表現する場合が多いと説明する。

これまでにも、SARSやエボラ出血熱などが流行した際には、人々が不安に駆られて広めた情報がいかに医療を妨げていたのかといったことが研究されてきた。

そうした論文ではインフォデミックの背景を単なる間違いと捉えていないと、荻上さんは説明する。

「インフォデミックの背景にあるのは、単なる間違いや誤解といったことだけでなく、もともと存在するその人たちなりの恐れの仕方やその人たちなりの生活様式です。こうした生活様式に対して、欠如モデル、つまり相手には知識がないから知識さえ与えてあげれば大丈夫だという形では対応を間違えてしまうという前提で書かれています」

欠如モデルではより不安を与えてしまうことも

既に新型コロナに関しては少なくない数の論文がインフォデミックに関して書かれている。

荻上さんは新型コロナ関連のツイート(日本語圏は含まれていない)のうち、92%は何らかの誤った情報を含んでいるが、わずか数%のファクトチェックや科学的根拠に基づいた情報の方が圧倒的にリツイートされているというバルセロナ自治大学のクリイスティーナ・プリドさんの論文を紹介。

また、インフォデミックの場合、単に誤った情報の数に注目するよりも、どれくらいの拡散力で伝播しているのかという「流言の実効再生産数を見た方が良い」という指摘も上がっていると語った。

「多くの人が(新型コロナに関して)それなりに書き込んでいますが、そのほとんどは実はそれほど広がっていないかもしれない。ファクトチェックをしたり、正しい情報を拡散をするという基本的なアクションは、インフォデミックに対応する意味では有効だということです」

ただ、注意すべき点もある。

「もともと人は政治的な党派性や政治信条も異なるので、単に『これが正解です』『あっちが間違いです』というだけでは、攻撃的な言動をむしろ加速させてしまいます。不安がゆえに誤った情報に飛びついてしまう人に対して、別の不安をむしろ与えてしまいかねません」

「自分と違う立場の人が自分たちを貶めるために情報を拡散しているのではないかという認識を、欠如モデルに基づいた情報伝達は与えてしまうところがあります。啓蒙すればいい、異なる立場の人の<洗脳>を解けばいい、ということではない。では、どうすればいいのか。一般的な議論では、信頼関係の構築、専門家による情報発信が重要であると締められることが多いです」

「インフォデミックに巻き込まれない」ということの難しさ

そうした中で、「公的機関や専門家が情報発信をしたときに、その情報発信の仕方がスタイルとして問題があるということがしばしばある」と荻上さんは言及。

その例として挙げられたのは、厚生労働省のTwitterアカウントが特定の番組を名指しし、マスクの配布状況についての報道が不正確であるとし、「厚生労働省では、感染症指定医療機関への医療用マスクの優先供給を行った」と発信したツイートだ。

厚労省の広報アカウントは「優先供給を行った」としていたが、実際には優先供給を開始した段階であったことが後日判明し、その表現に一部誤りがあったと指摘されている。

「権力に批判的な報道をしていたメディアに対して、犬笛を吹きながら是正しようとしていた公的機関の情報に間違いが含まれていたとなると、情報の分断が加速してしまう。『ほら見たか』『やっぱり間違いだったじゃないか』と。結果、公的発信の信頼性を下げることになります」

「なおかつ、公的機関が出す情報というのは、ファクトチェックというものには値しないものだと意識しなくてはなりません。あくまで公的機関、政府による広報です。やっていることは情報開示ではなく現段階での公的機関による言い分を発信しているもので、確定事実かはわからないのです」

「ファクトチェックであれば、<肯定的に評価されているけど実はこんな問題がある><多くの人が批判しているこの点は、実際にその通りだった>というものも含まれるでしょう。でも、公的アカウントは特に、<この指摘は当たりません>というものばかり選んで発信する。バイアスが大きい、極めて政治的な振る舞いだということを加味しなくてはなりません」

省庁のアカウントは通常、自分たちが抱えている課題についての広報は行うことがない。そうした中で、政治的に振る舞う専門家アカウントが情報の断絶を生んでしまうこともありうると荻上さんは指摘する。

「だから、<インフォデミックに巻き込まれないために>という議題設定は結構難しいものなんです。インフォデミックに応答した段階で巻き込まれることになるし、自分はあくまでファクトチェックをするだけだとしている人も、極めて政治的だということも往々にしてある」

「むしろ、時にはインフォデミックに巻き込まれながらも、政治性や科学性をメタに認知し合いながらコミュニケーションするか、専門知を発信して時間軸を利用して是正していくか。不断の努力が必要になってくるのだと思います」

必要なのはコミュニケーションの専門家

こうした状況を2009年の新型インフルエンザの流行時には専門家として対策にあたり、またスポークスパーソン的な役割も務め、今回の新型コロナウイルス感染症の専門家会議でもメンバーを務める岡部信彦さんはどのように見ているのか。

2009年と比較をすると「今の方がいろいろな道具があるので発信しやすくなっている」側面があると指摘する。

「私たちはリスクコミュニケーションを習ったこともありませんし、心理学や社会学に関しても音痴です。専門分野の発信はできるけれども、それが本当にわかりやすいものなのか、他の人に理解してもらうことのできるものなのか自信がありません。厚労省が発信するような説明については、医学的に正しいものであることと同時に、コミュニケーションを専任とする人が絶対に必要だと思います」

「今の状況ですと、厚生労働省や国立感染症研究所などにコミュニケーションを得意とする分野の人がいない。それをやっている時間もないし人もいないということが実情です。しかし、そのようなトレーニングを受けた人による発信でないと、伝わりにくいと思います」

本来、こうした専門家と市民の橋渡しの役割はメディアにこそ求められる。感染症の専門家として岡部さんは以下のポイントをメディアに対してお願いしたいという。

「新しい感染症であるからこそ、いろいろなアイディアが出てくると思うんです。そうした仮説が出てこないと新しい事実と手段が捕まらない。でも、これは仮説だ、これは推論だと、科学的に妥当であるとされたものと切り分けておく必要があります。そうでないと、新しいものは全て真実に、過去のものは全てダメとなりかねないので。わからないものはわからないで当然良いと思うんですけれども、そこを切り分けて伝えていただきたいです。メディアの方の勉強も大切です」

メディアリテラシーは役に立たない?

インフォデミックが起きている中で、「メディアリテラシーはあまり役に立たない」と荻上さんは指摘する。

このような議論では、常にその重要性が強調されるメディアリテラシーだが、役に立たないとはどのような意味なのだろうか。

「メディアリテラシーというのは、メディアの嘘を暴くための便利な道具ではありません。メディアというのは何か、いかなる癖があるのかを思考するための技術であって、メディアの嘘というものはメディアリテラシーでは暴けません。メディアの特質に詳しい人であっても、例えば歴史については無知だったり、医療に関しては無知だったりすれば、医療関係のデマや歴史関係のデマに騙されてしまう。メディアリテラシーは、分野横断を可能にする万能知性ではないのです」

「〇〇リテラシー」と名付けられたものは「万能ではないどころか極めて限定的な機能しか果たせない」と荻上さんは言う。

また情報を伝えるメディアの論理を考えてみると、そこには事実を伝える以外にも視聴者数を獲得する、PVを獲得するといった「別のゲームの論法が絡んでくる」。

そのような状況では、医学的に見たときに適切な情報だけを出すことができない場合も起こり得る。だが、それはメリットにもなり得るのではないかと荻上さんは語った。

「医学コミュニケーションだけの正解を出すことはできないが、そこに対してリスクコミュニケーションの観点から意見をぶつけながら、マス・コミュニケーションを提示するといったことは可能なはずです。医学者はより厳密に情報を伝えたいと思い、編集者はよりわかりやすく情報を伝えたいと思う。その中でネゴシエーションを重ねながら具体的にアウトプットを行っていく。PV重視というのは、多くの人にわかりやすくしようとするインセンティブをもたらすので、決して悪いことばかりではないんです」

「そうした良質な折衷というか、良質なコミュニケーションを重ねながら、今起きている状況を俯瞰するための情報共有をする。インフォデミックに向き会うため必要なのは、結局はそうした不断の努力を継続することなんです」

BuzzFeed News Live本編はこちらから

【⚡️配信中】緊急事態からコロナと暮らす日常へ 私たちの生活はどうなる <出演者> 政府専門家会議メンバー 岡部信彦さん(川崎市健康安全研究所 所長) 評論家 荻上チキさん(@torakare) BuzzFeed Japan Medical 岩永直子(@nonbeepanda) https://t.co/yIFG6x7lw9