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旅行は本当に感染を拡大するのか? 批判殺到の「Go To トラベル」、あるホテル経営者の思い

都知事の「ロックダウン」発言、緊急事態宣言の発出で4月、5月、6月の予約は全てキャンセルに。「本当に旅行は重大なリスクなのでしょうか?地方に感染拡大を加速させるほどのリスクなのでしょうか?」と問いかけるホテル経営者がいる。

東京都を除外した上で7月22日に始まった「Go To トラベル」キャンペーン。

「ウィルスを持ち込んだら申し訳ない」
「今行っても歓迎されないかもしれない」
「行った先で感染するのが怖い」

旅行をしようにも、Withコロナ時代のリスクに、こんな声も出る。

これに「本当に旅行は重大なリスクなのでしょうか?地方に感染拡大を加速させるほどのリスクなのでしょうか?」と語る人がいる。

「ほとんどの宿が徹底した感染防止策をとっています。恐怖とストレスはより一層、日本を、そして世界を不安定にします。ストレスを溜め込むことなく旅に出た方が良いと思います」

雑誌『自遊人』の編集長で、『里山十帖』(新潟県南魚沼市)、『箱根本箱』(神奈川県足柄下郡箱根町)、『講 大津百町』(滋賀県大津市)、『松本十帖』(長野県松本市)の4つのホテルを経営・運営する岩佐十良さんだ。

緊急事態宣言発出以降も休業することなく、感染を防止するための試行錯誤を続けながら、営業を続けてきた。

旅行による感染リスクを危惧する声は根強い。

一方で岩佐さんが強調するのは、感染拡大防止の徹底と社会経済活動の両輪を回すため、リスクをどう低減して旅をすることが可能になるのかを考える必要性だ。

Go To、東京除外の経緯は

「Go To トラベル」キャンペーンは国内旅行を対象に宿泊、または日帰り旅行代金の50%(9月上旬までは35%)を支援する政策。

当初は7月22日から全国一斉でのスタートを予定していたが、直前で東京都が対象から外された。

・東京都における報告日別の感染者数が増加していること

・人口10万人あたりの感染者数が8.7人と他県と比べ「圧倒的に多い」こと

西村康稔・経済再生担当相は7月16日の記者会見で、この2点を理由に東京都を「Go To トラベル」キャンペーンの対象から外すことを決定したと発表している。

なお、新型コロナウイルス専門家分科会はこの日、「Go To トラベル」キャンペーンに関して、政府に以下の4つの提言を行った。

(1)「Go To トラベル」事業を、「新しい生活様式」に基づく旅のあり方を国民に周知する機会に。特に接触確認アプリの利用を強く推奨して頂きたい。

(2)東京と他の道府県間の移動を積極的に支援する事業は当面、延期すべき

(3)それ以外の「Go To トラベル」事業は実施しても差し支えない

(4)東京都での感染が落ち着けば、東京との行き来に関わる事業を実施しても差し支えない

ロックダウン発言、緊急事態宣言で3ヶ月分の予約が全てキャンセルに

このような中、「正直言って、目の前の現実だけを見れば地獄なんですよ」と岩佐さんは言う。

その口から明かされたのは、現在経営する4つのホテルが陥る窮状だ。

「松本含めですね、うちは全施設赤字ですから。里山十帖だけがやっと、このままいけばですよ、やっと8月、単月で黒字に戻る。あくまで単月で、です。作ってしまった赤字は莫大なので、その単月黒字を何年続けたら負債を返せるのか。4月、5月、6月でかなりの損失を出してしまっていますから」

新たに手がけた『松本十帖』は今年4月の開業を予定していた。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、オープンを3ヶ月強延期した。

「箱根や大津も大変な赤字です。開業を延期した松本の赤字も相当なものですし、かけたイニシャルコストの回収も大変です。そこに加えて、コロナ対策にかけた費用、従業員の雇用もあります」

『里山十帖』の場合、冬季シーズンの顧客の3割強が海外からの旅行客だ。海外からの旅行客は新型コロナウイルスの感染が世界に広がり始めた2月から3月にかけて全てキャンセルになったという。

しかし、キャンセルで空いた枠は日本国内の旅行客による予約が入ってきたため、当初はそれほど大きな影響を受けてはいなかったと岩佐さんは振り返る。

状況が一変したのは、小池百合子東京都知事による「ロックダウン」発言の直後だった。

「2月、3月とほぼ前年並みの売り上げでしたが、急激に落ち込んだのは3月末から。小池都知事がロックダウンという言葉を使い始めた瞬間から、キャンセルが始まり、緊急事態宣言の発出と共に予約は一斉にキャンセルとなりました」

「4月に何が起きたのか。4月、5月、6月とむこう3ヶ月の予約が全てキャンセルになりました。こんなこと、通常であればあり得ないですよ」

予約は全てキャンセル。それでも営業を続けた

相次ぐキャンセルで広がる赤字。しかし、開業を延期した『松本十帖』を除き、3つのホテルに関しては営業を続けることを決めた。

「他社さんの場合、予約が一斉になくなり休業されたホテルも少なくありませんでした。ですが、うちの場合は予約は無くなったのですが、営業を続けることを決意しました。休業は一切していません」

営業していても、宿泊客がいない日も少なくなかった。それでも、営業を続けた理由を以下のように岩佐さんは説明する。

「宿泊施設は社会インフラの1つです。自主的に休業することはもちろん問題ありませんが、予約が入っている場合やお客様から泊まりたいというご要望があった場合、原則として旅館は断ることができません。これは旅館業法でも定められています。泊まりたいお客様がいたら、必ず泊めなければいけないのが宿屋です。そのようなことを踏まえ、休むのはあり得ないというのが、うちの考え方です」

「施設を開け続けるということは、お客様がほとんどいないのに従業員だけは出勤しているということ。当然ながら、赤字は莫大です。そしてコロナ禍と真剣に向き合わなければなりません」

営業を続けるための試行錯誤、その中身

コロナ禍で営業継続を決断するということは、新型コロナウイルス対策を徹底するということを意味する。

「営業継続を決めたタイミング、4月初旬の段階で未知のウイルスに対してどう対抗するのか、何をしたら、自分たちは最低限のリスクの中で営業し続けることができるのかということを徹底的に考え始めました」

これまではレストランでのみ提供していた食事も、客室で提供することも可能な仕組みを整備した。チェックイン・チェックアウトも希望があればロビーではなく客室で対応する。一時は露天風呂のない客室を全て閉じた。

さらに一番の感染防止対策は清掃だとして、日々の清掃業務を全面的に見直した。もちろん社員の検温の実施、健康状態のチェックなども営業を続けていただけに対応は早かった。

試行錯誤を繰り返し、現在は客室での食事や客室でのチェックイン・チェックアウトを希望する場合にはそれぞれ対応が可能だ。

『里山十帖』の場合、レストランで食事をする場合にも、同じ時間帯に席につくのは、原則として3組まで。広々とした空間で、互いに距離をとりながら食事することができる環境を整備した。

仮に社内で感染者が出たとしても、地域に広げないため、重症者を出さないための工夫も重ねている。

「4月、5月は、高齢者のいる世帯、基礎疾患がある人がいる世帯のパートさんは全休で自宅待機をお願いしました。6月からは感染対策をさらに徹底した上で、勤務を再開してもらっていますが、現在も、出勤してるのは1人暮らしのスタッフ、もしくは同居している人が若い世帯のスタッフが中心です」

「非常に強い感染力ですから、感染をゼロにするということは非常に難しい。でも、感染したとしても最悪な事態を招くリスクを低減することを考え、体制を整えました」

旅行は不要不急か?感染を拡大するのか?

様々な感染拡大防止策を講じて、営業を続けるホテル。その上で、岩佐さんは「旅行は感染を広げる行為なのか?」と問題提起する。

「確かに、リスクだけを見れば、ゼロではない。皆さんおっしゃるように、他県から訪れた人がコンビニに寄るかもしれないし、トイレも行くでしょう。SAにも立ち寄るかもしれません。だから、リスクはゼロではない」

「ただ、感染症に対するリスクをゼロにするということは、そもそも、不可能だと思っています。リスクをゼロにすることができない中で、家を出て、車で移動し、ホテルに宿泊し、温泉に入って、部屋で寝て、帰るという行為がそんなに危険なものなのか。リスクは限りなく低いのではないでしょうか?それよりも大きなリスクが都市にはあるように思えてなりません」

「旅行がリスクなら、エレベーターやロビーのような空間もリスクですし、電車もリスク、会社だってリスクです。リスクはいたるところに存在しています。それを考えれば、旅行は相当リスクが少ない活動だと思うんです」

旅行は不要不急な活動ではない、それが岩佐さんの考えだ。

「もともと現代人の旅はストレス社会でどう生きていくか、という中で重要な要素の1つだった」と岩佐さんは言う。

新型コロナウイルスの影響でこれまで通りの飲み会を開催すること等は難しい。ストレスが溜まりやすい中、「安全なガス抜きをする方法の1つとして旅を活用すべき」と考える。

「そもそも、社会において不要不急なものって何ですか?不急ならまだしも、不要って何だ?と。本来、自由経済、資本主義経済の社会において不要な活動はないはずです。あなたにとっては不要でも、他の誰かにとっては必要なものかもしれませんよね」

「不要不急という言葉に関して、最も問題だと思うのは、それが個々人の価値判断でしかないということです。社会としてこれは不要不急、これは不要不急ではないとは言えない。旅行や飲食が不要不急だと言うならば、それは経済の営みそのものが不要不急だということになるのではないでしょうか」

「旅行や飲食が不要不急となるのなら、買い物も不要不急だし、それこそ仕事も不要不急となりますよ。では、人間の生死に直結しないもの以外は不要不急なのか?この洋服はいりませんよね、この鞄はいりませんよね、この家電製品はいりませんよね、と。全て不要不急になってしまいますよ」

本来必要なのは、業種や業態を「不要不急」と断じるのではなく、どのような行為や環境が問題なのかを検証し、対策を講じることだ。

しかし、政治や行政は新型コロナの感染拡大に際しては、「夜の街」から感染が拡大していると伝え、「不要不急な外出」の自粛を求める。

「旅館業や旅行、飲食業に、夜の街にしたって、どこに気をつけようと真剣に考えなくてはいけないのに、不要不急だとバッサリ切ってしまう。これは、本来、やってはいけないことです」

取材に対し岩佐さんは、このように語った。

「Go To トラベル」世論がどうであれ、やるべきだった?

7月21日、岩佐さんはFacebookに「withコロナの時代、とは何か?」と題した文章を投稿した。

「Go To トラベル」キャンペーンに批判的な報道が相次ぐことが「全く理解できません」と断言する。

一体、なぜなのか。

「だって、おかしくないですか?これまでは皆、withコロナでいこうと言っていた。ウイルスの封じ込めではなく、コロナと共に暮らしながら社会経済を回すと言っていたのに、やっぱりウイルスは撲滅しないといけないのでしょうか。これから世界各国との人の行き来も再開されていく中で、どのような対策が正解なのかはまだ誰にもわかりません。でも、私たちはwithコロナでいくと決めた。ならば、withコロナでやりましょうよ、と言うことです」

岩佐さんは「感染が拡大し、デリケートな気持ちになるのもわかります」「キャンペーン自体に様々な意見があることは理解している」と前置きしつつ、「ゼロリスクはない中で、リスクをどこまで低減してくべきかを考えるべきだ」と訴える。

企業の経営者の立場から考えた時、「借金は間違った使い方をした時点でアウト」だ。

「Go To トラベル」キャンペーンの総予算は1兆7000億円。これらは主に国債でまかなわれている。

「今回のキャンペーンは、わかりやすく言えば借金をして行うことが決まった政策です。手持ち現金であれば間違った使い方をしても、基本的に会社は生き延びますが、莫大な借金の使い道を間違えれば、アウトです。借金は戦略を持ってしなければいけません」

「戦略を立てて、コロナの終息後の実施では経済がもたないから、前倒しをしてまでやると決めた。ならば、世論がどうであれ、やるべきだと私は思います」

岩佐さんは6月19日以降、週1回程度、病院に通うため東京を訪れている。地方と東京を行き来し、実感するのは「Go To トラベル」キャンペーンで人はそれほど動いていないという現実だ。「地方よりも東京の方が、よっぽど人が出歩いている」と漏らす。

「どこにいても感染防止を徹底することに変わりはないはずです。まず必要なのは人の行動の制限ではなく、どのようなことに気をつけるべきか、その啓発です」

合わせて、メディアにも苦言を呈す。

「全てとは言いませんが、多くの広告収入によって成り立つメディアの報道姿勢は読者や視聴者が求めているものを報じるというものです。つまり、感情移入されるような番組を作る。これは平常時であれば問題ない。ただし、今回のような未知のウイルスによる感染症が起きた場合、読者や視聴者が感じているのは恐怖です。その恐怖を取り上げ、取材し、報道することには問題があったのではないかと感じます」

「本来であれば、メディアはその恐怖を抱く対象が何なのかを調べて、報道すべきです。そして、それは恐怖を抱くべき対象か否かも検証すべきでしょう。しかし、民放をはじめメディアは、コロナは怖いという気持ちに寄り添った。読者や視聴者に寄り添うことは重要ですが、その結果として、読者や視聴者は余計に怖くなってしまったのではないでしょうか」

赤字は続く、それでも…

今、旅行をしようか悩む人にどのような言葉をかけるのか。

岩佐さんは「旅をする場所によってはリスクがあるかもしれない」とした上で、「旅そのものの危険性は低い」と繰り返す。

「多くの旅館さん、ホテルさんは相当感染リスクを気にして、営業しています。9割5分の旅館やホテルは、そこまでやるのか?というくらい、感染拡大防止の対策をやっている。なので、基本的に宿泊先での感染リスクは相当低いと考えています」

「日々の生活の中で、感染防止策を徹底した上で、ストレスを溜め込むことなく旅に出た方が良いと思います」

「希望的観測で言えば、(旅行の需要が)100%もとに戻ってほしい」と望む。しかし、「それはない」。

「そのような希望的観測に基づき期待をすることはできませんから、どうやって感染リスクを低減しながら、徐々に徐々に戻していくのかを考えなくてはいけません」

「松本もオープンし、経営状況としては当面の間、赤字が続くと思います。『赤字をどうするの?』と言われても、『もうしょうがない』としか現段階では言えません。今はもう無理だから、これから頑張って、将来お金を返していくしかない」

「ただ、この状況でもしっかりと努力をすれば、withコロナの時代の経営方法を見出し、自分たちのノウハウをステージアップさせることができるはずです。この危機を乗り越えた先では、コロナ以外の色々なことにも勝てるんじゃないかと思います。今はそれしかできることはありません」