10月31日に投票日を迎える衆議院議員選挙。
各党は軒並み、現金給付を実施するという公約を掲げている。
「日本の政策はバラマキ合戦になっている」と財務省事務次官が批判しているが、「財政健全化は必要ない」とする声も根強い。
何が真実なのか? BuzzFeed Newsは積極財政を推進する専門家、財政健全化の必要性を訴える専門家に取材した。
この記事では、財政健全化の必要性を説く法政大学教授・小黒一正さんの見解を紹介する。
本当に“バラマキ”か? ポイントは…
ーー与党も野党もほとんどの政党が給付金を支給する公約を打ち出しています。こうした現状をどのように受け止めていますか?
再分配政策の規模や範囲は価値観の問題もあり、最終的な決定事項は議会の多数を占める政権の決定事項ですから、今の各党が出している現金給付などが本当に不要か否かを評価することは難しいのが現実に思います。
ですが、こうした公約を見る際には注目すべき点があります。それは財源です。
一部の党では消費税の引き下げはあり得ないとしています。一方で、消費税は引き下げるべきだと主張している党もあります。
しっかりと公約を見ていくと、財源の多くを国債発行で賄うことを前提とする党や、消費税はあくまで一時的に減税するとしている党や給付金を配分した後に課税することで所得が高い人から徴収すると言っている党もあります。
このように表面上に誰にいくら配るのかだけではなく、どのような財源をもとにそれを実行しようとしているのか、どのような規模感で実行しようとしているのかを精査する必要があるでしょう。
ーー財源についてはどのように考えるべきなのでしょうか?
財政出動を行い、30兆円分の増税をしてその財源を賄えば良いという考え方も可能です。ですが、それはあまりにもナンセンスです。
経済が厳しい時に増税したら、さらに状況が悪化してしまう。そもそも、財政には3つの役割があるとされており、それは資源配分機能・再分配機能・マクロ経済安定化機能です。
財政理論上もリーマンショックや新型コロナ危機など経済がマクロ的に傷ついている時には、政府が経済をサポートする必要があるとされている。危機の際にまずは財政出動をすることは、財政の教科書に照らし合わせても矛盾はしないと思います。
ですから、そのような時には一度国債を発行して、時間をかけて、税によって徴収していく。「課税の平準化理論」に基づき対応が可能だと考えています。
もっとも、単年度で30兆円を賄おうとすれば、消費税で言えば10%以上も増税しないといけない。
でも、大雑把な計算ですが、10年間で返済するとなれば、年間3兆円が必要という計算となり、1%ちょっとの増税で回収可能です。このように考えれば、財源にも配慮しながら大規模な財政出動も問題なく実行可能です。
ーー財務省の矢野康治事務次官が文藝春秋に寄稿した記事が話題を読んでいます。小黒さんも過去には財務省に在籍していましたが、「日本の政策はバラマキ合戦になっている」という指摘については、どのように受け止めましたか?
日本の財政状況がかなり厳しいことは明白で、ああいった寄稿をしなければいけないほどに、日本財政の状況が深刻化しているということではないでしょうか。
インフレは本当に止められるのか?
ーーそもそも、今回のコロナに対応するためにはどのような経済対策が必要なのでしょうか?
日本の全産業の売り上げは年間1600〜1800兆円ほどであると言われています。毎月100兆円を超える規模となっています。
例えば、コロナによって全産業のうち3割程度にダメージが及んでいるとすると、毎月30兆円で、私は2020年の4月・5月頃の日本経済は、このような状況に近い深刻な状況であったと思っています。
これほどの経済を政府の財政で完全にサポートし続けることは不可能です。ある程度であればできますが、傷ついている経済そのものの規模がはるかに大きい。
ワクチン接種も進み、現在は日本経済も回復し始めていますが、この1年半、日本では諸外国と比べて検査数が少なく、病床数もなかなか拡充されていません。私は感染対策と社会経済活動を両立するため、もっと大規模に検査体制など(例:PCR検査の陰性証明やワクチン接種証明の活用)を拡充するべきだったと思いますが、そもそも、これまでの日本のコロナ対応が正しかったのかどうか。
そろそろ、経済対策とは別に総括する必要があると考えています。
ーーそうした中で今やるとするならば、やはり積極的な財政出動なのでしょうか? 財政赤字はインフレにならない限り問題ないとする「MMT(現代貨幣理論)」の考え方を支持する政治家もいます。
政府予算を組むことができなければ、最終的には財政ファイナンス*をするしかありません。これは、MMTを支持していない財政学者の間でも共通の認識です。
※財政ファイナンス:中央銀行が通貨を発行し、国債を引き受けることで財政赤字を直接穴埋めすること。財政法第5条では特例を除き禁止されている。
しかし、国債を取り巻く市場がどのように変化しているのかについては注視する必要があるでしょう。
日本における国債の市中発行額は2019年度が129.4兆円、2020年度は212.3兆円、2021年度は221.4兆円となっています。
注目すべきはその内訳です。
2019年度は短期国債が21.6兆円でしたが、2020年度には82.5兆円に、2021年には83.2兆円に膨れ上がっています。
通常は国債を発行する際、買ってもらうのであれば10年で返済する「長期国債」や5年で返済する「中期国債」で購入してもらいたいと考える。
でも、今はそのような条件では国債を買ってもらえません。
そのため政府が発行する国債は、1年以内に返済する必要がある「短期国債」に大きく偏っています。
2019年度までの短期国債は毎年20兆円~30兆円くらいの発行でしたが、2020年度は82.5兆円、2021年度は83.2兆円。
この数字が何を意味するのか。2020年度の82.5兆円を返済するために、2021年度も83.2兆円の短期国債を発行したということです。
この数字を見ても、まだキャパシティはあると思いますか?
たしかに国会で議決すれば、最後は日銀が購入してくれます。誰も国債を引き受けてくれない、という状況は起こりません。でも、その先に一体何が起きるのか?
専門家はその点を危惧しています。
財政ファイナンスは最終手段です。国債を日銀に引き受けてもらうことで財政赤字を補填したとなれば、国際的にもこの情報は広がり、急激な円安や株安に繋がる可能性があるでしょう。
MMTを支持する人たちは、こうした時にインフレが顕在化したとしても「止められる」と主張しています。そのため財政赤字そのものは問題ない、と。
ですが、これほど酷い状態でインフレになり、そうしたインフレを抑制するために突然何かの予算をカットするということが現実的に可能でしょうか。
例えば、インフレを抑えるために、突然この給付金をカットします、生活保護の予算も絞ります…などといったことは民主主義政治の社会においては基本的にはできません。
つまり、現実社会で「インフレを止めるために財政をコントロールする」ということは簡単ではないということです。
誰かの「負担増」を避けては通れない
ーーとなると、財政健全化に向けた努力が必要なのでしょうか?
どうせ財政破綻なんて起きないだろう、と考えてしまう気持ちもわかります。
ですが、このままいけば日本の財政の持続可能性はかなり低いと言わざるを得ません。この国はかなり深刻なステージに達しています。
仮に財政破綻が起きた場合、一番悲惨な思いをするのは中間層やその下に位置する方々です。
私が知る限り、高所得者層は財政破綻のリスクについては前々から聞いており、すでに資産をグローバルに分配している方々もいます。そのため日本が財政破綻したとしてもダメージは限定的でしょう。
財政破綻による影響にも、大きな偏りが出るということには注意が必要です。
ーーそのような最悪のシナリオを回避するためには、やはり増税が必要ですか?
消費税で少しずつ返していくのか、資産課税で返すのか、所得税や法人税の引き上げという形で返すのか、国債を持っている人にだけしわ寄せがいく形で返すのかなど、という細かい方法論の違いはあります。
ですが、結局はゼロサムゲームです。誰かが得をする一方で、必ず誰かが損をする。
では、どのような人々の負担を増やすのか、という議論を避けては通れません。
もっとも、国債も全部を返す必要はありませんが、GDP比で見た債務残高などを参照しながら、財政が安定化する程度のレベルまで減らしていく必要があります。
「全員バラ色」はあり得ない
ーー小黒さんは現在の高齢者と将来世代との間で大きな格差が生まれているとも指摘しています。
60歳以上の世代と20歳未満を含む将来世代との間には1億2000万円超もの格差が存在します。
これは世代ごとに受益(治安や国防、医療や介護といった公共サービスで得られる利益)と負担(公共サービスを受けるために必要な税金や保険料など)を、それぞれ計算することで導き出すことができる「世代会計」の数字です。
60歳以上世代の人々は生涯を通じて約4000万円ほど受益超過で、20歳未満を含む将来世代の人々は生涯を通じて約8300万円ほど支払い超過です。
財政の役割のひとつは先述の通り、再分配機能です。しかし、この世代間格差が示すとおり、今はこの再分配機能が十分に機能していません。
こうした世代間の格差とは別に、日本の再分配機能は基本的に中間層に対してのバラマキが主となっているという問題もあります。
ーーでは、どうすれば良いのでしょうか?
必要なのは、財政・社会保障の改革です。
世代会計はこの格差を是正するための議論を行う上で有効なツールです。一時期は日本政府もこの世代会計を発表していましたが、今はストップしてしまいました。
日本においても独立財政機関を設置し、長期の財政の見通しをしっかりと専門家に委ね、政治判断に歪められない形で公表する。そして、世代会計を毎年発表することで、世代間の格差をどのように減らしていくのか議論の土台を提供することができます。
世代間の格差を完全に均等化する必要はありませんが、現在の格差は異常であり、その是正方法について、こうしたデータをもとに議論することが必要です。
また、独立財政機関は選挙の際にも役立ちます。
今回の衆院選でも各党から様々な経済対策が打ち出されています。しかし、どの政策が長期的に見た時に望ましいのか、その分野について詳しくなければ判断を下すことは非常に難しい状況です。
参考になるのがオランダの事例です。
オランダでは選挙のたびに独立財政機関が各政党の政策が財政にどのようなインパクトを与えるのかを分析し、その結果を発表しています。
日本にはこのような仕組みがなく、各党の経済政策を見極めることは容易ではありません。しかし、本来は専門家による分析を見た上で有権者が投票できるようにするべきでしょう。
また、私たちは再分配について議論をする際、誰かが損をすることを避けては通れないということを理解しなければいけません。
政治は誰に負担をお願いするのか、誰に再分配するのか、その詳細をクリアにした上で議論を投げかけるべきです。
膨張し続ける社会保障費を減らすためには、年金の支給開始年齢を引き上げるのか、給付水準をどこまで引き下げるのか、医療保険や介護保険の自己負担率をどこまで引き上げるのかといった議論が必要になります。
MMTは「全員が得をする」「全員バラ色だ」というメッセージを発信している。でも、そんなことは普通に考えればあり得ません。
一時的にであれば、可能かもしれない。でも、いつかは限界に到達します。現在が日銀の大規模緩和で長期金利を抑圧して、財政規律が働ない状況になっていますが、これが未来永劫、継続できるとは限らない。
財政規律が効いた形で再分配をするということは、本来はゼロサムゲームにならざるを得ません。借金をある程度のレベルに抑えながら再分配をするとなると、どこからお金を引っ張ってくるのかをめぐって対立が生まれます。
しかし、今の日本は国債を発行し続けることで、そうした負担の多くを将来世代へ先送りしているのです。