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「3度目の緊急事態宣言は避けるべき」経済学者が推計、医療と経済のダメージを最小限に抑える方法は?

感染症による損失と経済的な損失を共に最小限に抑えるために、日本はどのような策をとるべきか。東京大学准教授の仲田泰祐さん、特任講師の藤井大輔さんの推計が注目されている。

新型コロナウイルス感染症の感染拡大が始まってから1年が経つ。

感染対策と社会経済活動の両立の難しさを突きつけられている中、東京大学准教授の仲田泰祐さんと特任講師の藤井大輔さんが感染症対策と経済損失の関係を推計し、発表した。

データは今後も毎週火曜日に更新され、サイトにアップされる。

緊急事態宣言の延長が決まり、その出口戦略に注目が集まるが、感染症による損失と経済的な損失を共に最小限に抑えるために、どのような策をとるべきなのだろうか。

なぜ、このシミュレーションを?

「昨年にコロナ危機が始まって以降、様々な経済学者がコロナ危機が経済に与える影響やそれに対する政府の対応の効果の分析をし、様々な知見が溜まっています。そのような中、感染症対策と経済活動の両立に関する何かしらのシミュレーションのようなものは、具体的なものがほとんど提示されてきませんでした」

「そのため、我々は感染症対策と経済活動の両立に関して分析し、シミュレーションを提供できればという思いではじめました」

仲田さんは今回の研究が行われた背景をこのように説明する。

感染者数の増減や1人が何人に感染させるかを指し示す実効再生産数の値の変化など、前提となる情報は日々刻々と変化する。

そのため、シミュレーションの結果を1度出すだけではなく、毎週アップデートすることとしたという。

「我々自身、今回のシミュレーションから学ぶことも多かった」と話すのは藤井さんだ。

「緊急事態宣言の解除基準についても、しっかりと予測をして、どのようなシナリオがあり得るのかを分析しなければわかりません。そうした今回のシミュレーション結果から得られる知見を活かしてもらえればと考えています」

「また、このシミュレーションが提示されることで人々の間でイメージの共有ができるようになるのではないかと考えています。今、議論となっている経済と感染症対策の両立を考える上で、両者が実際はどの程度トレードオフの関係にあるのか、現在考えうる最善の策やその先に考えられるシナリオを共有することで、今後のプランも今よりは立てやすくなるのではないかと思います」

感染拡大だけでなく、人の流れと経済活動への影響をモデルに

まだ感染しておらず免疫のない人(susceptible)、現在感染している人(infected)、回復して免疫が生じた人(recovered)。

これらの値をもとに感染症の流行を推計するSIRモデルは、京都大学教授で理論疫学者の西浦博さんも用いており、多くの人の注目を集めた。

仲田さんらもこのモデルを使用しシミュレーションを行っているが、経済活動への影響を算出するため、人との接触と経済の関係をモデルに取り入れたという。

このモデルの違いについて、仲田さんは以下のように説明する。

「我々のモデルでは、感染率が人流指数(人がどのくらい外出活動しているのかという指標)とリンクしており、人流指標は経済活動が活発であるかどうかとリンクしています。人が交流することで生まれる感染は、人出が減少すれば減少します。経済活動を行うためには、ある程度人が外に出ていることが必要です」

「このように経済活動と感染症をつなげてモデルに入れると、経済活動をこのくらい制御したら、感染者数がこのくらいで推移するだろうという予測が可能になります。そこが、西浦さんのモデルとの大きな違いです」

最も重要なのは再度の緊急事態宣言発出の回避

仲田さんと藤井さんは今回のシミュレーションで、東京における緊急事態宣言解除の基準についても分析し、シナリオを提示している。

急速に感染者数を減らし、2月下旬のタイミングで1日あたりの感染者数が250人を下回った状態、もしくは緩やかに感染者数を減らし、3月中旬に1日あたりの感染者数が500人を下回った状態での宣言解除が望ましいシナリオだ。

なお、急速に感染者数を減らしたとしても、1日あたりの感染者数500人のような高い解除基準では、その後再び緊急事態宣言が必要となるとしている。

また、緩やかに感染者数を減らした場合、1日あたりの感染者数が250人を下回るような低い解除基準で宣言を解除すると経済的損失が大きい割にあまり命が救えないとの見通しも示している。

これらのシナリオは3月上旬からワクチン接種が始まり、5月末以降は1週間400万本の接種が行われることを前提として推計されている。今後、ワクチン接種の詳細な見通しが政府から示されれば、そのスケジュールをもとに再度計算を行い、ベストなものに更新していくとしている。

分析結果とシナリオをもとに、仲田さんはその理由を説明した。

「緊急事態宣言の解除基準を考えるときに一番重要なことは、将来再び緊急事態宣言を発出することを避けるようなタイミングまで延長すべきであるということです」

「感染症対策と経済活動はトレードオフの関係にあるので、経済活動のことを考えれば緊急事態宣言解除はできる限り早い方が良いのではないかと思われがちです。我々も、シミュレーションを行う前はそのように考えていました。ですが、詳しく見ていくと感染症対策と経済活動は短期的にはトレードオフの関係にありますが、長期的には必ずしもそうではないということが見えてきました」

「例えば、今、緊急事態宣言を解除すれば経済活動を促進することができますが、感染者数が徐々に増え、ワクチン接種の効果が出始める前に再度緊急事態宣言が必要となる可能性があります。そうなれば、再び経済的ダメージは大きくなることが予想されます」

つまり、一見すると早い段階での緊急事態宣言解除が経済活動のダメージを抑えるには望ましいように見えるが、中長期的な視点で見れば、その先でさらなるダメージを広げるリスクがある。

「逆に、今の状態では緊急事態宣言を解除せず、もう少し経済活動の抑制を続けるとします。そうすれば感染者を減少させることができ、解除した際の感染者数の増加は緩やかになります。そうなれば、再度の緊急事態宣言発出がなくとも、ワクチン接種の効果によって感染を収束させることが可能になることが予想されます」

「このまま緊急事態宣言の発出を続けることは、短期的には経済活動にとってマイナスなように見えますが、中長期的な視点から見れば必ずしもそうではない。このような結果から、緊急事態宣言をめぐっては感染症対策と経済活動は必ずしもトレードオフの関係にないと言えます。経済活動の面から考えても、再度の緊急事態宣言を避けるようなタイミングで解除することが大事であり、緊急事態宣言の延長は感染症対策の面からだけでなく経済活動の面からも正しいと言えるでしょう」

注目すべきは1日あたりの感染者数だけでなく…

仲田さん、藤井さんが算出したシミュレーションに基づくシナリオを考える上で重要なのは緊急事態宣言を解除する際の1日あたりの感染者数だけではないという。

藤井さんは以下のように語った。

「望ましいシナリオの1つに、緩やかに感染者数を減らし、3月中旬に1日あたりの感染者数が500人を下回った状態で宣言を解除するというシナリオが盛り込まれています。ここで重要なことは、3月中旬まで時間を稼ぐことができているということです」

「3月中旬に宣言を解除すれば、また感染者数は増えることが予想されます。ですが、ワクチンが効果を発揮しはじめるタイミングと重なり、再び緊急事態宣言を発出しなくとも収束が可能となるとの見立てです」

経済活動への影響を考える上で、忘れてはならないのが経済的な困窮による自殺者の増加だ。

仲田さんも「経済苦による自殺の増加は重要な問題」との認識を示しつつ、現段階の分析ではそうした自殺者の増加については盛り込まれていないとした。

だが、データは収集しているという。2020年よりも2021年の方が失業率が高くなると予測する専門家もいるため、「このくらいの失業率になれば、このくらい自殺者が増えてしまうのではないかということを示唆することは可能」としている。

「失業は長期失業と短期失業に分類することができ、今回のコロナ危機のような出来事では長期失業者が増えてしまうという懸念があります。その点を考慮すれば、さらなる自殺者増加という点はしっかりと考慮しなければならないと考えています」(仲田さん)

高い不確実性、望む活用のされ方は?

仲田さん、藤井さんは今回発表したシナリオについて不確実性が高いことを理由に宣言解除する際の東京における1日あたりの感染者数だけに着目するのではなく、選択肢を検討する中での参考としてほしいとしている。

「重要なのはこのシミュレーションは現在の感染減少ペースに基づき導き出されているものであるということです。しかしながら、現在の感染減少ペースがこの先続くかは不確実です。そうした不確実性を踏まえると、数字だけにこだわるというのは望ましくないと言えるでしょう。その上で、不確実性が高いからこそ、慎重な判断を行おうという方向へ議論が進む可能性はあるかもしれません」(仲田さん)

「再度の緊急事態宣言の発出は経済的なコストが高い割に感染者数や死亡者はそれほど抑えることができないと予測されています。それだけは避けた方が良い。こうした研究を行う上で、我々はどの選択肢が良いということは言いにくいのですが、再び緊急事態宣言を出すリスクがある選択はできる限り避けた方が良いのではないかと個人的には考えています」(藤井さん)

仲田さんは新型コロナによって多くの人が異なる形で影響を受けているからこそ、こうしたシミュレーションを提示することが重要だと強調する。

「モデルを用いて感染症と経済活動を同時に考えることで、自分とは異なる立場でいま大変な状況にいる人のことをイメージしやすくなるのではないでしょうか。新型コロナはとても多様な形で人々の生活に影響を与えています。医療の現場で働く人々にとっては大きな負担になっている面もあれば、仕事を失って食費や家賃をどうするか頭を悩ませている人もいる。色々な立場の人が色々な形で大変な状況にいる中で、コロナ危機をどう乗り越えていくのかを考えなければなりません」

「今、大変な状況にいる自分と、全く違った立場で大変な状況にいる誰かを客観的に捉えるための物差しが必要な時に、感染症と経済活動両方の見通しを同時に立てることができる予測は不可欠だと思っています。その物差しの1つとして、我々の分析を受け止めていただければと思います」

仲田さん、藤井さんはシミュレーションの結果を毎週更新し続ける。シミュレーションを見て疑問に思うことや、もっとこうした点について知りたいといったリクエストが寄せられれば今後も応え続けるという。


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