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政府は200万人分を備蓄、首相の「鶴の一声」求める声も… アビガンめぐる議論に、研究現場や専門家は何を思うのか

新型コロナ治療への活用へ期待が集まる「アビガン」。臨床研究を行っていた藤田医科大学は統計的な有意差を得ることができなかったと発表し、研究を終えた。これまでの経緯を振り返り、研究責任者・専門家に話を聞いた。

新型コロナウイルスに効果を発揮する薬はあるのか。

日本では「アビガン」が大きな注目を集めた。

アビガンは富士フイルムが製造した新型インフルエンザ治療薬だ。日本国内では、2014年に製造販売の承認を得ている。

新型コロナ治療への活用へ期待が集まる中、臨床研究を行っていた藤田医科大学は統計的な有意差を得ることができなかったと発表し、研究を終えた。

新型コロナウイルスの感染が再び拡大し、治療薬への期待が強くなる中、臨床研究の専門家は「厳密にサイエンスだけに基づいて評価を」と警鐘を鳴らしている。

アビガンを取り巻く経緯を振り返る

新型コロナウイルスに関連してアビガンの名が初めて登場したのは、2月22日。

国内の医療機関1カ所でアビガンの投与をスタートしたと、加藤勝信厚生労働相が記者会見で発表したことがそのきっかけだ。

同日、加藤厚労相は自身が出演したテレビ番組で「効くということになれば、全国に展開をして治療に使っていきたい」とコメントし、前のめりな姿勢を示していた。

そんな中、2月25日には共同通信が「富士フ、インフル治療薬増産検討 政府が要請、新型肺炎患者に投与」と題した記事で、富士フイルムが政府の要請を受けて新型インフルエンザ治療薬「アビガン」の増産を検討していることを報道。

また、2月28日には時事通信が新型コロナウイルスの対策として追加投入される25億円の一部がアビガンの臨床研究を進める費用に充てられることを報じた。

安倍首相は3月1日、首相会見で初めてアビガンについて言及。翌日には藤田医科大学病院がアビガンの臨床研究を始めると発表した。

そんな中、3月17日、中国科学技術省が新型コロナウイルス感染患者の治療薬として、アビガンの有効性を臨床試験で確認したという発表を各社が報じ、効果への期待が高まることとなる。

28日には安倍首相が、「アビガンには海外の多くの国から関心が寄せられており、今後、希望する国々と協力しながら臨床研究を拡大するとともに、薬の増産をスタートします」とコメント。

「新型コロナウイルス感染症の治療薬として正式に承認するに当たって必要となる治験プロセスも開始する考えです」と語っている。

菅義偉官房長官も4月3日の記者会見でアビガンを希望する国へ無償供与することを検討しているとコメントした。

4月8日には安倍首相がアビガンの備蓄量を3倍の200万人分まで拡大する方針を示し、備蓄のための経費が2020年度補正予算案に盛り込まれた。

さらに安倍首相は5月4日の記者会見でもアビガンに言及、「有効性が確認されれば5月中の承認を目指したい」と述べていた。

同日、共同通信は安倍首相がアビガンの薬事承認を5月中に得られるよう厚生労働省に指示したことを自民党役員会で明らかにしたと報じている

アビガンを巡っては、日本医師会の横倉義武会長(当時)も、読売新聞の取材に対し、新型コロナウイルス感染症の治療薬として早期に承認されることが望ましいとの考えを示し、「早く政治で決めていただく必要がある」と語っている。

また京都大学の山中伸弥教授も5月6日、出演したネット番組で安倍首相に対し、「日本でアビガンはもう、安全性のデータはもう相当そろっていますし、効果のデータもかなりそろっています」とコメント。

「できたらレムデシビルと同時くらいになんとか首相の鶴の一声でやっていただけないかと本当に思います」と要望した。

4月以降はアビガンの効果を強調するような報道も増加した。

サンケイスポーツは4月21日、「クドカン、コロナ闘病談 「アビガン」飲んで快方!!」と題した記事を掲載。4月22日には、日刊スポーツが「コロナ感染の石田純一 アビガン処方され回復傾向に」という記事も掲載している。

国立国際医療研究センターの感染症専門医、忽那賢志医師は4月25日、Yahoo!個人に「アビガン 科学的根拠に基づいた議論を」と題した記事を投稿し、「もう少し科学的根拠が揃うまでは「新型コロナにアビガンが効いた」と思わせるような報道は控えていただきたいものです」と、こうした報道に釘を刺した。

厚労省はこの間、アビガンについて、どのような対応を行ったのだろうか。

毎日新聞は「新型コロナ・緊急事態:アビガンまだか 「患者に効果」医学界からも 治験未完了、副作用懸念も」と題した記事の中で、厚労省担当者の以下のようなコメントを紹介している。

「アカデミア(学問)の世界で決着がついていることと一般の患者に投与することは違う。予想しない副作用などを、一例も出さないことが大切で、今はエビデンスを徐々に重ねていく段階だ」

厚労省は承認へ向けて慎重な姿勢を見せる一方で、5月12日には「新型コロナウイルス感染症に対する医薬品等の承認審査上の取扱いについて」という通知を発出。

この通知の中で厚労省は、新型コロナウイルス感染症の治療薬候補の早期実用化に向け、審査手続きを早める具体策を提示している。

合わせて、「厚生労働科学研究費補助金等の公的な研究事業により実施される研究の成果で、医薬品等の一定の有効性及び安全性が確認されている場合、臨床試験等の試験成績に関する資料を提出しない合理的理由に該当する可能性がある」との方針を示した。

こうした中で5月20日、藤田医科大学が発表した中間解析の結果は軽症患者では約9割で症状改善が認められたが、重症患者の改善率は比較的低いというもの。

安全性に大きな問題は見当たらないとし、研究の続行を発表した。

朝日新聞はこの会見は「中間解析の結果、有効性を示せなかったとする一部報道に反論するために開かれた」と報道。「(中間解析は)薬剤の効果を判定するものではない。違う形で報道されている」との大学側のコメントを紹介している。

藤田医科大学「統計的有意差には達しませんでした」

強い期待がある中で、藤田医科大学は7月10日にアビガンの臨床研究に関する最終報告を公表した。

結果は「通常投与群では遅延投与群に比べ6日までにウイルスの消失や解熱に至りやすい傾向が見られたものの、統計的有意差には達しませんでした」というものだ。

この研究結果はどのように理解することが適切なのだろうか。

臨床研究を担当した藤田医科大学の土井洋平教授はBuzzFeed Newsの取材に対し以下のように語る。

「無症状・軽症の感染者の方で、ファビピラビル(アビガン)の内服を研究参加の後すぐに始めたグループでは、6日目に内服を始めたグループに比べ、 鼻咽頭のPCR検査結果が早く陰性化する傾向が見られました」

「また研究参加者の半分くらいの方が発熱していましたが、解熱までの期間もすぐに内服を始めたグループの方が6日目に内服を始めたグループに比べ1日ほど短い結果でした。前者(PCR検査の陰性化)の差は統計学的有意差には達しませんでしたが、後者(解熱までの時間)の差は、統計学的な手法にもよるのですが、有意差が見られる、またはこれに近い結果となりました」

統計的有意差がない、ということが現時点での結論だ。

厳密には「治療効果がない」と断定することは、現段階では難しい。

「対象となったような患者さん(特に軽症の方)である程度の治療効果(少し早く熱が下がる)が出ている可能性があります」と土井教授は言う。

最終報告を発表する際、土井教授は記者会見の場で「200人程度が参加すれば有意差が得られたかもしれない」と語ったことが報じられている。

この点については、製造元である富士フイルムの企業治験や海外での臨床研究で「有用な知見が蓄積されることを期待している」とした。

高まる期待の声、個別事例の過剰な報道…

国内では、アビガンの早期承認を求める声が高まった。こうした動きに、臨床研究の責任者としてどのような思いを抱いていたのだろうか。

「今回の新型コロナウイルス感染症は、軽症の患者さんが多い中、一部の、特に高齢の患者さんが重症化して命を落とされることがあるという二面性を持っています。軽症でも場合によっては辛い症状が出ることはあるのですが、おそらく医療従事者が一番問題と感じていて社会的にも重要なのは、重症化や死亡をどうやったら減らすことができるかであり、その助けになる治療法が求められています」

「しかしそのような臨床研究を行うことはとても難しいので、軽症や中等症の患者さんを対象とした臨床研究などの結果からある程度効果を推測し、慎重に考えていく必要があります。新型コロナウイルスに感染したら全ての方がアビガンを内服するというものではありませんし、実際の医療現場もそのようにはなっていません」

著名人がアビガンを使用したことで回復したという報道も相次いだ。

こうした報道について、土井教授は「新型コロナウイルス感染症のように自然に回復することが多い感染症では、治療薬を使ったことと回復したことの因果関係は、こういった個別の事例からは分かりません」と指摘する。

「臨床研究の枠組みで、服薬するグループと服薬しないグループ(あるいは偽薬を服薬するグループ)に分かれていただくことで、初めて自然の回復以上の効果が見られているかどうかを検証することができます」

土井教授は取材に対し、「 新型コロナウイルス感染症の治療薬の臨床研究は一般に想像される以上に大変な作業です」と明かす。

「医療機関に新型コロナウイルス感染症の患者さんが多く入院してくると、それだけで呼吸器内科、感染症内科などの医師は大忙しになるわけです。そこでさらに患者さんに臨床研究に入ってもらうとなると、患者さんへの説明、薬剤の手配、追加の検査、情報の入力、様々な書類仕事などで、通常の診療の3倍ほど手間が掛かります」

「しかも、その過程で二次感染を起こしてはいけないという緊張も途切れることがありません。このような状態では、どんなにやる気のある医師でも患者さん数名に参加してもらうのが限界で、複数の臨床試験を手掛けることは更に困難です」

今後、効果的な治療薬等を開発するためには、どのような取り組みが必要になるのだろうか。

「より大規模な臨床研究を迅速に、かつ継続的に進めていくためには、研究をサポートする臨床試験コーディネーターの拡充、各種手続きを早く進め負担を軽減するための規制緩和、患者として臨床研究に参加することの意義の呼びかけなど、改善できることがいろいろあると思います」

「厳密にサイエンスだけに基づいて評価を」

臨床研究に詳しいがん治療の専門家、日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授・勝俣範之医師はアビガンの早期承認を求める風潮に「効果がない治療薬が投与される可能性や副作用がある可能性、薬害が起きるリスクを考え、拙速な議論は行うべきではない」と語る。

藤田医科大学の最終報告については、以下のように指摘する。

「最終報告によると、アビガンによって有効な結果は得られなかったということですが、この研究は患者数は少なく、プラセーボも使っていない、症状改善や死亡率を評価したのでもない、すなわち、この研究結果のみだと、無効かどうかの確証にも至らないということになります。臨床研究に参加する患者数を増やし、症状改善効果を見れば、良い結果が得られる可能性は残されています」

「しかし、その可能性を検証するには、もっとしっかりと研究をしなければわかりません。現時点で、承認できるようなレベルにはないことは確かです」

世界中でも、現在、新型コロナウイルスの治療薬開発に向けた臨床試験や治験が進められている。

アメリカでは、同時に20以上の治験が政府主導で進められている中で、その多くは研究や臨床試験の信頼度の目安とされているエビデンスレベルが高いものだという。

「エビデンスレベルは、どれだけ効果があるのかを実証するため、デザイン別に分類したものです。最もエビデンスレベルが高いとされている臨床試験の形態は、実薬を投与しないプラセーボコントロール群を置いた、ランダム化比較試験です」

「新型コロナウイルスの感染拡大は有事であり、現在の状況が危機的状況であるということは理解できます。ですが、それはしっかりとしたエビデンスレベルに基づいた試験を経て薬の承認を行わない理由にはなりません」

日本には、かつては有効性や安全性が不確かであった薬剤が承認され、薬害につながったという悲しい歴史がある。そうしたことへの反省から、政治や製薬会社から距離を置き、独立性を保つ組織として「PMDA(独立行政法人医薬品医療機器総合機構)」が2004年に設立されている。

「薬の承認については、政治的な力がはたらかないよう、製薬会社の意向が入らないよう、アメリカのFDAをモデルにPMDAという外郭団体が設立されました。これは、利益相反なしに厳密にサイエンスだけに基づいて評価をするための取り組みです」

「新型コロナを理由に、そうしたこれまでの流れをひっくり返すのですか?ということが気がかりです」

著名人がアビガンで回復?報道に苦言

著名人がアビガンを使用して回復したという報道が相次いだ。

勝俣医師はこの状況に苦言を呈す。

「あれはあくまで個人の体験談ですよね。体験談のエビデンスレベルは5、最も低いところに位置します。その1人の体験談をもとに、因果関係を証明することはできるのでしょうか?もしかしたら、アビガンで回復したのかもしれない。でも、アビガンを使わなくても回復したかもしれません」

「そもそも新型コロナウイルスは8割の人が自然経過で回復するとされている病気です。アビガンを使用した人、使用しなかった人でしっかりと臨床試験や治験を行わなくては、有効性はわかりません」

「医療情報を発信するメディアは、正しい情報を発信すべきです。間違った情報は患者さんの命を脅かしますし、薬害にもつながります」

勝俣医師は最も重要なことは臨床試験や治験を国が後押しすることだと強調する。

「国は、効果がわかっていない薬を承認しろなどと言うのではなく、臨床試験や治験を進めるべきです。日本はこの臨床試験や治験に力を入れてこなかった。日本では、臨床試験や治験に関するインフラの整備が相当遅れています」

「薬剤開発は、製薬企業だけに任せてはいけません。やはり、製薬企業が行う治験には、自分のところの薬剤を売ろうとするバイアスがかかります。製薬企業から独立した中立の組織が中心となり、薬剤開発を行う必要があると思います。薬の効果は、正しく厳しく評価する臨床試験、治験という手順を踏まなければ検証できません」

「臨床試験や治験に参加する人が増えるよう協力を求め、少しでも早く終えられるようにサポートする、それこそがファーストプライオリティです」