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新型コロナの空気感染、「日常生活において常に起こると考えるのは誤り」 不安を煽る情報が拡散

今回のWHOへの意見書で言及されたのは換気の悪い空間に感染者がいて、彼らの排出したウイルスを近くにいる他の人が吸い込んでしまうことによって感染が広がること」のリスクだ。こうしたリスクへの対策は、日本では以前から進められている。

7月7日、各社は新型コロナウイルスの「空気感染」の可能性を大きく報じた。世界の科学者239人が作成し、WHO(世界保健機構)へと提出した意見書の内容をもとにした報道だ。

コロナ空気感染の可能性、世界の科学者239人が警鐘 https://t.co/43245g6vG0 世界の科学者239人が新型コロナウイルスに関する共同意見書を発表し、WHOなどの当局に対し、ウイルスが2mをはるかに超える距離で空気感染する可能性があることを認識し、それに応じて感染防止策を見直すよう訴えた。

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AFP通信が7月7日午前7時45分に記事を配信したツイートは7月9日現在、1.3万回以上リツイートされている。この記事はYahoo!ニュース上のトピックスにも選ばれており、ヤフー上でもこの情報は拡散された。

この意見書の中で、科学者は「ウイルスが2mをはるかに超える距離で空気感染する可能性があることを認識」したと説明し、「それに応じて感染防止策を見直すよう訴えた」。

2mをはるかに超える距離でウイルスが空気中を漂い、感染する。これが今回提示された「空気感染」のリスクだ。

麻疹や結核は空気感染する。こうした疾患と同様に、感染者と同じ部屋にいるだけで感染するといったことは起こりうるのだろうか?

今回の意見書で提示されたリスクは「目新しいものではない」とした上で、「3密回避と換気の重要性を訴えることが趣旨」と、聖路加国際大学QIセンター感染管理室マネジャーで感染症対策の専門家・坂本史衣さんは考える。

センセーショナルな形で報道されたこの意見書について、どのように解釈すべきなのか。坂本さんに話を聞いた。

意見書を読むと書かれていたのは…

新型コロナウイルスは主に飛沫によって感染するとされている。接触感染も起こり得るが、頻度としては飛沫より低い可能性が指摘されている。

そのため、これまでWHOは手指の消毒やソーシャルディスタンスを保つこと、ソーシャルディスタンスを保つことが難しい環境でのマスクの着用を新型コロナウイルス対策として呼びかけてきた。

そんな中で、今回の科学者による意見書は「水分が少なくなった微細な飛沫(マイクロドロップレッツ)にウイルスが付着したものが一定時間、空気中に漂い、それを吸い込んでしまうリスクがある」ことを指摘したものだと坂本さんは言う。

今回の意見書では、そうした問題点の指摘に合わせて対策の強化が求められている。

「今まで病院では気管挿管などの際に空気中に微細な飛沫が一時的に漂うことによる感染リスクが指摘されていました。そうした微細な飛沫を吸い込むことで、感染する恐れがある。ですが、今回の意見書ではそうした状況が一般社会でも起こりうると注意喚起しています」

意見書には、その具体的な事例が添えられている。それが、中国のレストランで感染拡大が起きた際の事例だ。

そのレストランではある感染者から、同じレストラン内の隣接するテーブルで飲食をしていた他の2組の家族へと感染が拡大したことが確認されている。彼らの間に直接接触した形跡はなかった。

そこで浮上したのが微細な飛沫が空気中を漂ったことによる感染の可能性だ。当時、冬であったこともあり、そのレストランは換気が行き届いていなかった。

「ウイルスを持っている人は息を吐いたり、会話したりする際に、ある程度のウイルスを外に出します。彼らが一番懸念しているのは、換気の悪い空間に感染者がいて、彼らの排出したウイルスを近くにいる他の人が吸い込んでしまうことによって感染が広がること。それって、つまり3密の環境におけるリスクそのものですよね」

密閉・密集・密接した場、「3密」の環境における感染リスクについては、日本国内で幾度となく警鐘が鳴らされてきた。今回の意見書は、こうした環境における感染リスクに警戒を呼びかける内容だ。

「この意見書の中に、すごく目新しい何かがあるわけではありません。屋外の空気が危ないとか、ショッピングモールの空気を吸っちゃいけないとか、そういうヒステリックな反応をする必要はありません」

「むしろ、私たちが前から知っている3密回避をしっかりとやっていくことが求められています」

なぜ、今になってWHOへ提言?

今回、なぜこの意見書がWHOに提出されたのか。背景にあるのは、世界各国ではまだ「3密」の概念への理解が薄いという違いだ。

「一方、日本では屋形船やライブハウスで起きたクラスター等を解析する中で、密集・密接・密閉の環境が良くないということがわかっていた」。そのため「3密という言葉が子供にまで広く知れ渡り、対策が取られてきた」と坂本さんは分析する。

しかし、WHOやアメリカの感染症対策の司令塔を担うCDC(疾病予防センター)などでは、「ここ1ヶ月くらいで、3密に類する考え方が『3Cs』という表現で、少しずつ広まり始めている」。だが、まだ、感染対策のガイドラインにはそうした観点は明確には盛り込まれていないという。

「WHOの感染症対策の担当者も今回の意見書を真剣に受け止め、数日以内に何かしらの発表を行うとしてます。あくまで推測ですが、おそらく『空気感染のリスクは完全には除外できない』、つまり飛沫が空気を漂うことによる感染は環境によってはありうるとした上で、引き続き飛沫感染に注意すべきというスタンスを変えることはないのではと思います」

※7月10日未明に公開されたWHOの公式見解によると、マスク着用やソーシャル・ディスタンシングを行わずに三密空間に長時間滞在した場合に、ウイルスを含むエアロゾル(意見書で使われたマイクロドロップレッツを指す)が空気中を短距離浮遊することで感染が起こる可能性は否定できないが、主要な感染経路は飛沫であり、接触感染も起こり得るとしています。

起こるかどうかはシチュエーション次第

空気感染のリスクがあるのかどうかは、「シチュエーションにより変化する」と坂本さんは言う。

「非常に小さな飛沫は、たとえマスクをしていても吸い込む可能性はある。ただ、非常に小さな飛沫にのっているウイルスを吸い込む可能性は飛沫の中のウイルス濃度、発生源からの距離、環境の温度、湿度、換気回数、気流の速度や向きなどの環境要因、人口密度など多岐にわたる条件の組み合わせによっていくらでも変化します」

「実験的な環境や特定の三密空間において空気感染の可能性がうかがえるデータや現象が観察されたからといって、日常生活において空気感染が常に起こると考えるのは誤りです」

報道によって、「空気感染」という表現が一人歩きした。不安を抱く人も少なくないのではないだろうか。

だが、WHOへの意見書でまとめられた「空気感染」は「普通の人が聞いてイメージする空気感染とは異なるもの」だという。

「今回言われている『空気感染』は、あくまで飛沫感染と対比する中での『空気感染』です。この対比で捉えなければ、少し大げさに捉えてしまいます」

「飛沫感染は、重たい水分を含んだ飛沫が、たまたま近くにいた人の顔に直接かかるというイメージです。それに対して、空気感染は飛沫や埃を吸い込むことによる感染です。この空気中を漂う飛沫や埃によって感染するかどうかは、先ほど述べたような多くの条件に左右されます」

「例えば、換気の悪い、閉じられた空間で、感染性の高い人が大きな声で喋り続けていて、そこに大勢の人が集まっていたとしたら飛沫感染や接触感染だけでなく、空気中にウイルスを含む細かな飛沫が漂い続けることで何人もの人に感染が広がるということが起こりうるということです。起こるかどうかは条件によります」

「一つ言えるのは、日常生活において空気感染にさらされる機会は多くないということでしょう」

「空気感染」は嘘ではない。でも…

WHOへの意見書でそのリスクが語られた「空気感染」について、正しく理解するには飛沫感染、空気感染、エアロゾルといった言葉を理解することが必要になるという。

坂本さんはによると、専門機関が発行する感染対策ガイドラインでは通常、「1mから2mほどの距離まで届く比較的大きな飛沫が粘膜に直接接触することによる感染」を飛沫感染、「空気中を漂う小さなサイズの飛沫(エアロゾルや飛沫核とも呼ばれる)や埃を吸入することによる感染」を空気感染と定義している。

その上で、どのような対策が必要となるのか。「飛沫、エアロゾル、飛沫核といった粒子の定義や、飛沫が飛散する距離などは専門家の間の中でも意見が分かれ、固まりきらない部分がある」ため、「新聞の1つの記事では収まらないくらいの説明がなければ、一般の人には正確には伝わらないのでは」と言う。

そのような中で、感染症の専門家として今回の各社の報道をどのように見ていたのだろうか。

「空気感染と書いて嘘ではないんですよ。嘘ではないんです。でも、言葉を投げつけるのは良くない」

「受け手がどのように理解をするのか、おそらくわかった上で書いているとは思います。空気感染と書けば、『え!』と、みんな驚きますよね。それだけを見れば、誰もが怖くなりますよ。そうした思惑が透けて見えますよね」

「センセーショナルなタイトルをつけて注意を引く。よくあるやり方であることは、理解しています。でも、もう一歩、誠実な対応を求めるとすれば、せめてサブタイトルに『でも、3密を避ければ大丈夫』といった情報を入れていただきたいと感じます」

むしろ飛沫感染に警戒を

「一般社会に生きている人が、『感染性のあるウイルスが空気中に充満する環境』に遭遇する可能性はあまり高くありません。可能性だけで考えれば、意図的にそういった場所へと行かなければ、遭遇しづらいと思います」

3密回避を行うことで、新型コロナの”空気感染”のリスクは基本的には回避することが可能だ。坂本さんは、「日本は、3密の回避については、かなり実施できている」と評価した上で、空気感染よりも大きな目の前のリスクに対策を講じるべきだと訴える。

「現在増えてきているのは飲み会へ行き、そうした場で感染したというケースです。空気感染のリスクはゼロではないにしろ、日常生活を送る上では非常に低い。むしろ、飲食店などでマスクを外して、近い距離で飛沫を浴びることによる飛沫感染のリスクをどう防ぐかをしっかり考えるべきです」

「現在の日本の状況を踏まえると、飲食店をどう上手く利用して、楽しむのかということを考えた方が良いと思います」

「感染者がほとんど発生していない地域で飲み会をしないということに意義があるかどうかはわかりません。ですが、今現在、感染が広がっている東京で飲み会を開き、どんちゃん騒ぎをすることが良いのかと言われると正直、『不安です』と言わざるを得ません。今は、流行地域での従来型の飲み会は我慢した方が安全だと思います」