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ワクチン、若者の6割「接種したい」 なのに、なぜネガティブな声だけ強調?専門家は「逆効果」と批判

東京都の調査では、若者の6割がワクチン接種を希望しているという結果に。しかし、一部の報道に批判の声が上がっている。報道が抱える課題を考える。

『ワクチン、若年層の2割弱「接種しない」 都が調査結果』

朝日新聞が8月26日に報じたこのニュースに対し、一部で批判の声が上がっている。

大阪大学特任教授で新型コロナ対策の政府分科会メンバーでもある大竹文雄さんはTwittterで、「この見出しのつけ方が、若者のワクチン接種率に大きな影響を与える可能性について報道機関は真剣に考えるべきだと思います」と指摘した。

ワクチン接種を多くの人が望む中で、報道が抱える課題とは何か。

「接種しない」と答えた若者に焦点

問題が指摘されている朝日新聞の報道は、8月26日に東京都のモニタリング会議で発表された都民へのアンケート結果を伝えるものだ。

アンケート調査は東京iCDC(感染症対策センター)専門家ボードによるもので、都内在住の20~70代の男女1000人を対象に、2021年7月16日〜17日にかけて行われた。

《若年層では2割弱が「接種しない」と回答した。「おそらく接種しない」と「絶対に接種しない」を合わせた割合は、20代男女でそれぞれ19・0%、18・8%。30代男女は16・7%と19・1%。50代男性(12・1%)や40代女性(10・5%)など、40代以上の年代と比べてワクチンに否定的な傾向が見られた。

接種しない理由としては、20代男性の「感染しても重症化しないと思うから」や、30代女性の「副反応が心配」などが多かった。ほかに「感染しないと思う」「効果に疑問がある」「ワクチンは有害」といった回答もあった》

記事ではアンケート結果にこのように言及し、「接種しない」という意向を示す若者に焦点を当てている。

批判の声が上がっているのは、こうした報じ方についてだ。

アンケート結果を見てみると…

「あなたは、新型コロナワクチンの接種を受けようと思いますか。あてはまるものをひとつ選んでください」

このような質問に対し、20代、30代の人はどのように回答しているのか。

結果を参照すると、20代男性の60.8%、20代女性の66.4%、30代男性の73.4%、30代女性の64%が「接種した」あるいは「必ず接種する」「おそらく接種する」と回答。

一方、20代男性の19%、20代女性の18.8%、30代男性の16.7%、30代女性の19.1%が「おそらく接種しない」「絶対に接種しない」とした。

また、20代男性の20.3%、20代女性の15%、30代男性の10%、30代女性の16.9%が「わからない」とも回答している。

このように結果を精査すると、浮かび上がるのは多数派は接種済み、もしくは接種を希望しているという現実だ。

なお、「接種しない」と答えた人の割合は40代男性の15.3%、40代女性の10.5%、50代男性の12.1%、50代女性の8.7%と比較すると20代・30代ではより多く見られる。

東京iCDCも20代・30代では男女ともに、他年代と比べると「接種しない」「わからない」とする回答が多いとしながらも、「接種経験と接種意欲のある人々が60〜75%程度いる」とまとめている。

専門家「『接種しない』という人の比率を強調することは逆効果」

見出しのつけ方について問題提起した大阪大学の大竹文雄さんはBuzzFeed Newsの取材に対し、次のように語る。

「若者の2割弱が『接種しない』と回答したこと自体は事実です。しかし、一方で、『接種しない』とはっきり回答しなかった人は『わからない』という人を含めて8割強いますし、『接種する』と回答した人も6割強います。少しでも接種率を上げる必要があるという状況で、2割弱が接種を希望していないということを問題視する記事であるという趣旨については理解しています。しかし、接種率を上げるためには『接種しない』という人の比率を強調することは逆効果です」

「私たちの意思決定や行動は社会規範にかなり左右される。我々の研究でも、自分と同世代で接種を希望する人が多数であるということを知ると、接種を希望する人が増えるということがわかっています。一方で、『接種しない』と答えている人が2割もいると強調することは、自分も不安だから接種はやめておこうという意思決定を強化する方向に力がはたらく可能性があります」

「接種しない」と回答している人の間にもグラデーションが存在する。何が何でも接種しないという意思を固めている人も存在するが、「多くはそれほど強い拒否反応を持っているわけではない」と大竹さんは言う。

また、「わからない」と答え、接種について決めかねている人も2割弱いる。

こうした態度を決めかねている人々の意思決定に、「若年層の2割弱は接種しない回答した」という情報は大きな影響を与えかねない。

「接種をしたくないと考えている人々が一定数存在する、という指摘をしたい、という問題意識についてはよくわかります。ですが、一般の人に伝える際にはその表現が人々の社会規範にどのような影響を与えるのかまで考える必要があるのではないでしょうか」

単純な意見の並列が広げる誤解

朝日新聞は、20代男性の「感染しても重症化しないと思うから」、30代女性の「副反応が心配」といった声と並列で「感染しないと思う」「効果に疑問がある」「ワクチンは有害」といった声を紹介している。

しかし、「感染しないと思う」と答えたのは全体の4.1%、「ワクチンは有害だから」と答えたのは全体の7.4%に止まっている。

大竹さんは「記事を中立の立場で書くということは大事なことかもしれないが、接種を希望する多数派の意見と接種を望まない少数派の声を単純に並べて書くことは否定的な声を過大に強調してしまう可能性がある」と指摘。

あくまで、多数派は接種を希望していることを数字と共にしっかりと伝える必要があるとした。

「接種をしたくないと考える少数派の気持ちを汲み取りたい、寄り添いたいといった気持ちもよくわかります。ですが、今回のアンケート結果では、多数派の若者は、副反応があったとしても、自分が感染しないため、他の誰かに感染させないために接種を希望していることを強調すべきだと思います」

気持ちに寄り添うつもりが、「多数派の人の気持ちを踏みにじる」

今回の報道と同様に、大竹さんは休業の要請に応じずに営業を続ける店舗の声ばかりを報じることや、お盆休みに帰省をする人々の声を多く報じることの課題も指摘する。

「全体で見れば、休業要請に応じていただいている店舗が多数派です。また、新型コロナの感染拡大で多くの人は帰省や旅行を我慢している。しかし、営業している店舗の声や移動をする人々など一部の声ばかりを報じることは、みんなも要請に応じていないから、自分も守らなくても問題ないといった方向へと後押ししてしまいます」

「休業要請や自粛要請に応じていただいている方たちよりも、応じていない方たちへ取材することの方が簡単です。ですが、簡単だからと言って、そちら側の声ばかりを伝えてしまうことは人々の意思決定にマイナスの影響を与えます」

政府分科会が人流の5割減少を提言し、政府も外出の機会を減らすよう呼びかける中で、人流が36%減少したことがわかっている。

たしかに人流の5割削減という目標値には到達していない。しかし、要請をするだけで、目標の7割まで達成できたということも事実だ。

大竹さんは、「人流の5割削減は達成できていない、という伝え方ではなく、目標の7割まで達成できたと伝えることでさらに多くの人から協力を得られるはずだ」と強調する。

「情報が与える効果は皆さんが思っている以上に大きなものです。何かひとつの情報が意思決定を大きく変えてしまうこともある。少数派の思いに寄り添いたいと思って書いた記事が、もしかすると多数派の人の気持ちを踏みにじることになるかもしれません。メディアは報じ方が社会規範へと与える影響を十分に考慮していただきたいです」

BuzzFeed Newsは朝日新聞社に対し、今回の報道に対する批判への見解を問い合わせた。回答は以下の通りだ。

「今回の記事は、都の調査結果で、20代、30代の若年層が、他の世代と比べてワクチン接種に消極的な回答が多かったことを伝えるとともに、若い世代にもワクチン接種について理解を深めてもらうにはどうすればよいかを問いかける趣旨でした」

「末尾の専門家のコメントを含めて記事全体を読んでいただけば、 ご理解いただけるのではないかと考えています。記事や見出しに対するご意見については真摯に受け止め、今後の報道に生かして参ります」