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岸田首相が期待の「治療薬」で何が変わる? “感染力2倍”に備えた病床拡充に足りないものは? 最前線の医師に聞く

千葉大学医学部附属病院の谷口医師は「コロナが消えてなくなる、というシナリオは非現実的です」と取材に語った。

新型コロナの第5波も収束を迎え、社会では様々なことが「コロナ前」へと戻りつつある。

しかし、第6波の到来は確実視されており、今後もコロナと付き合う日々は続きそうだ。

ワクチンや治療薬の登場でコロナとの戦いが変わりつつある今、必要なのはどのような取り組みか。人々の行動制限はどの程度必要なのか。

コロナ治療にあたってきた千葉大学医学部附属病院感染制御部・感染症内科の谷口俊文医師に聞いた。

過去最大の感染爆発、現場は「綱渡り」

ーーこの夏、日本では過去最大の感染拡大を迎えました。第5波を改めて振り返り、どのような状況だったのか教えていただけませんか?

当時は宿泊療養のキャパシティがいっぱいになり、自宅療養の方々も増え続け、コロナ病床は満床が続いていました。

感染者数が多くなりすぎたため、自宅でかなり悪化した状態で搬送されてくるというケースも少なくなかった。入院をするのは重症の患者ばかり、という状況です。

コロナも基本的には早く治療すればするほど重症化しにくい。

当時は早めの治療も受けられず、どんどんと重症化していく。入院できたとしても、症状が悪化しているために、なかなか退院できないという悪循環に陥っていました。

これは非常に厳しい。

最も感染が拡大していた時期は重症患者のためのベッドがとにかく不足していました。なので、緊急対応としてイレギュラーな病床管理をしていたのも事実です。

人工呼吸器が外れた患者さんを、その日のうちに別の病棟へと移動させ、空いたベッドに次の重症患者を入れていく。

本来は万全を期すためにも、呼吸状態が落ち着くのを待ってからベッドの入れ替えを行います。しかし、その余裕も当時はありませんでした。

今振り返っても、綱渡りのマネジメントが続いていたなと思います。

ーーその後、第5波は急速に収束していきました。

現場でも感染者数の急減を実感していました。

あれから感染状況が落ち着き、今ではコロナの入院患者は4名まで減っています。

そのうち2名は8月や9月前半に入院し、入院が長期化している患者さんです。

「コロナが消えてなくなる」は非現実的

ーー現在、感染状況は非常に落ち着いています。しかし、第6波は避けられないのでしょうか?

来てほしくない、というのが正直なところです。ですが、現実的には第6波が来てもおかしくないと考えています。

第5波収束の要因は様々なものが挙げられていますが、やはり一番大きかったのはワクチン接種だと思います。8月、9月には「感染の起点」である若年層へのワクチン接種が進みました。

ですが、今もどこかで火種はくすぶっている。そして今後は、海外からの人流増加に伴う流入もあり得るでしょう。

コロナが消えてなくなる、というシナリオは非現実的です。

ワクチンは高い効果を発揮していますが、抗体価(抗体の量)が時間の経過とともに減少していくのも事実です。それに伴いブレークスルー感染も一定程度は起こるので、この冬には再び感染が拡大する可能性があります。

最も可能性が高いのは年末年始に人が動き、年明けぐらいから感染拡大するというシナリオではないでしょうか。

もちろん第6波が来ないのが最も望ましい。ですが、再び感染が拡大する可能性を想定して準備を進めなければいけません。

ーー次の波をできる限り小さなものにするために、どのようなことがポイントとなるのでしょうか?

感染拡大を最小限に抑える上では、ブースター接種(3回目のワクチン接種)をいかに円滑に進めるかが重要です。

3回目の接種について、日本では希望者が全員接種可能です。現時点でわかっていることとしては、3回目の接種を受けた方が抗体価が大きく上がる、つまり感染予防につながることは間違いありません。

特に高齢者や免疫不全の方など感染した場合の重症化リスクが高い方々に関しては、接種することが望ましいでしょう。

また、医療従事者など重症化リスクの高い人々と接する人々もブースター接種を受けることが望ましいと考えます。

ーーその他の、たとえば持病などがない若年層などについてはどう考えるべきでしょうか? やはり接種することが望ましいと言えますか?

その点については、個人的には議論の余地があると思いますが基本的には接種したすることが望ましいでしょう。

自分自身の健康を守るという意味では、基本的には接種するに越したことはない。また集団免疫でワクチン接種をできない人や、接種しても効果が出にくい人を守るという意味においても、若年者におけるワクチン接種は重要だと考えられている。

ですが、mRNAワクチンは接種後、10代および20代の男性に頻度は低いのですが心筋炎が起きることも報告されています。

※編集部注:11月12日までに日本国内ではモデルナ社製のワクチンについて100万回接種あたり5件の心筋炎が報告されている

最終的にはこうしたリスクと接種によるベネフィット(利益)を比較して判断を下す必要があります。その際にはその時の感染状況を踏まえつつ、検討する必要があるでしょう。第5波のような感染拡大時には、若年者であってもコロナに感染することによる心筋炎やその他の後遺症などを考えると、接種したほうがベネフィットは明らかに大きくなる。

今後は第6波が来るのか、また第5波のような感染拡大が起きるのか不明点もありますが、諸外国の様子を見ている限りは、やはり来ることを想定して準備しておいたほうがよいと思いますので、ワクチン接種を進めておいたほうがよいと思います。

接種はあくまで任意ではありますが、「努力義務」であるということにも留意する必要があるでしょう。

首相も期待する「経口治療薬」で何が変わるのか

ーー「モルヌピラビル」はじめ、効果が期待できる経口治療薬がいくつか登場しています。日本の政治家も期待を募らせていますが、こうした治療薬が行き渡れば状況は変わるのでしょうか?

状況は間違いなく改善します。

この2年、医療現場の逼迫はコロナ患者が入院しなければいけない状況に陥ってしまうことによって生じました。そもそも重症化を防ぐことができれば、状況はかなり改善します。

たとえばちょっと風邪っぽいなと思って病院へ行ったら、新型コロナと診断された患者がいるとします。その方へのヒアリングなどを通じて重症化リスクが高いと判断された場合には、なるべく早い段階で経口の抗ウイルス薬を服用してもらう。

こうしたプロセスが組み込まれれば、あとはご自宅で療養していただくだけで重症化を防ぐことができます。

合わせて、この夏に現場に導入された中和抗体療法を地元のクリニックなどで早めに活用できる体制を整えることも重要です。

これまでは集中治療などが必要となるため、地域の基幹病院などが新型コロナ治療の大きな部分を担ってきました。しかし、今後はいかに重症化を防ぐかという目的のために、診療所やクリニックなど地元の小さな病院の役割が非常に重要となります。

そこで早めに診断し、早めに必要な治療を届けることができれば、重症化する人々を最小限に抑えることが可能になるはずです。

早めに診断し、早めに治療することが重症化を防ぐことは最新の研究結果でもわかっており、そのための体制作りが必要であることは間違いありません。

ーー今後はいかに重症化させないか、が重要となるとするならば、必要となる病床の性質も変化するのでしょうか?

基本的に軽症の患者や酸素投与などが必要のない患者は自宅で過ごしていただくことが望ましいと思います。

今までは感染症法の取り扱いの問題もあり、自宅療養や宿泊療養を活用しつつ、症状があまり重症でなくても病院へ入院していただくという方針で対応してきた地域も少なくありません。しかし、今後は酸素が必要な患者や集中治療が必要な患者は病院へ入院し、その他の患者は自宅療養を基本とするという流れになるでしょう。

これまでは自宅療養となっても、経口治療薬が存在しないために症状が悪化した場合には入院を待つしかありませんでした。しかし、経口治療薬が導入されれば、アクティブな治療が可能です。

同時にワクチン未接種の方などを中心に、一定の割合で重症患者が発生することは避けられません。そういった方々を受け入れるためにICUなど一定のリソースの確保も必要です。

ーー治療薬の登場で新型コロナがインフルエンザ相当になる、という声も耳にします。これはあり得るシナリオなのでしょうか?

インフルエンザと新型コロナウイルス感染症は重症度や致死率が異なりますので、「まったく同じ」にはならないでしょう。

ただし、診療所やクリニックの医師でも治療が可能になり、多くの人が3回目の接種を終えればインフルエンザに近づいていくとは思います。

しかし、ワクチンによって抗体を獲得しにくい方々やワクチン未接種者の一部は重症化し、死亡するといった状況は避けられません。よって、重症者や死者がゼロになることはないだろうと予想しています。

病床数拡充だけでは…

ーー岸田首相は感染力2倍のウイルスにも対応可能な病床を確保する、デジタル化によって確保されているのに活用されていない「幽霊病床」を見える化するとしています。この方針は現場の医師の目にどのようにうつるのでしょうか?

コロナ対応については、病床の数だけを見ていても判断できない側面があります。

患者の重症度によっても必要な看護師の数が変化します。ベッドは空いているけど、看護師の手が足りないためにこれ以上は受け入れできないといったこともありました。

「幽霊病床」を見える化したとしても、病床使用率が100%になることは絶対にありません。

どれくらいの重症度の患者がどれくらい発生しているのかによって、必要となるベッドの種類や数も変わります。第5波では人工呼吸器など集中治療を実施できる病床が明らかに不足していました。

しかし、現在は75%以上の方々がワクチンの2回目の接種を終えています。

この段階で、どこまでの病床を確保すべきかということについては丁寧な検討が必要です。

千葉大学病院では、これまで2つの病棟をコロナ専用病棟として使用していました。しかし、現在は患者が急激に減少したこともあり、他の病気の患者をより多く受け入れるためにもコロナ専用病棟を1つに減らしました。

今後の感染拡大状況にもよりますが、こうした事情もあるため、病床数の増減だけを見ていては必要な対策を講じることは難しい。

もちろん感染状況が悪化し、要請が届けば、改めて病床を拡充することは可能です。ですが、本当に必要なのはベッドの数の問題ではなく、その中身に関する議論です。

ただ単にベッドの数だけを増やすのでは現場の感覚とズレが生じてしまいます。

ーーもっとこうなれば現場は対応しやすい、といったアイディアは何かありますか?

そうですね…コロナ専用病院を新たに作り、コロナ対応をいくつかの病院に集約できれば理想的かもしれません。

重症化しつつある患者をまずはコロナ専用病院で受け入れて、必要な治療を提供する。その上で、さらに専門的な治療が必要になった場合には地域の大学病院へと搬送するといった仕組みです。

しかし、人の確保の問題からそう簡単には実現できません。

となると感染状況次第では手術の延期や通常診療の制限などでリソースを確保しつつ、千葉大学病院のような病院で受け入れる。もしくは普段はコロナ対応を行なっていない病院にも陰圧室をあらかじめ整備しておいて、必要な場合にはコロナ患者を受け入れるといった工夫が現実的かもしれません。

今まで、日本の病院のスタンダードは大部屋の病室でした。しかし、4人部屋に1人のコロナ患者を入れれば、他の3床はコロナ以外の患者には使えなくなってしまいます。こうして日本の病床の特徴が、コロナ病床拡充をより一層困難にした側面もあります。

このコロナ対応の課題を踏まえ、今後はなるべく個室化していく流れが望ましいと思います。

忘年会や帰省はどうする?

ーー感染状況が落ち着きを見せる中で、忘年会や帰省など年末の恒例行事が活発になることも予想されます。こうしたイベントについては、どのように考えるべきなのでしょうか?

白黒はっきりつけることは非常に難しい。本当に答えはない、と思います。

少しでも安全側へと舵を切るのであれば、やっぱり多くの人が集まり会食をする状況というのは感染拡大のリスクが高いと言わざるを得ません。

一方で、今の状況を踏まえると、感染状況は落ち着き、多くの人がすでにワクチン接種を終えています。ワクチンの効果が持続する中で、どこまで感染対策をすれば良いのか。これは非常に悩ましいポイントだと感じます。

おそらく今後も、新型コロナウイルスは完全にはなくならないでしょう。世界のワクチン接種状況などを踏まえれば、このウイルスとは引き続き付き合い続けなければいけないことは明らかです。

となると、私たちはコロナと一緒に暮らしていく中で、どのように会食をするのか、忘年会をするのかを考えていかなければいけない。

今はまだコロナがくすぶっているから、忘年会はやめよう、会食はやめようということが続けば社会生活が成り立たなくなってしまいます。

世界的に見ても、ここまで感染者が減少している国は珍しい。これは本当に素晴らしい成果です。

これだけワクチン接種が進んでも、多くの人がマスクを着用しています。これが現在の状況を生み出している、日本の強みです。

現状を踏まえれば、今は少しだけ対策を緩めてみても良いのではないかと個人的には思います。

その結果、再び感染拡大が起きてしまうかもしれない。その先に何が待ち受けているのかははっきりとはわかりません。ですが、その結果を踏まえて、「これくらいであれば大丈夫」「ここから先はダメだ」といった現実的な着地点を見出す必要があるのではないでしょうか。

このまま強い制限をかけ続けることは現実的ではありません。重要なのは再び感染拡大の傾向が明らかになったのであれば、早めに対策を講じるということです。

ーーマスク着用をはじめとする基本的な感染対策は、今後も続くのでしょうか?

どのように感染をするのかは、すでに明らかとなっています。新型コロナはマスクなしの状態での会話や歌を歌うといった行為によって感染する。

ワクチン接種が進んだ国であっても、イギリスのようにマスクの着用が徹底できていない場合に再び感染が拡大している傾向にあります。

コロナ対策の基本は4つです。

1つ目がマスク着用や手洗い、3密の回避など基本的感染対策。2つ目がワクチン接種。3つ目が治療。

そして、4つ目が曝露後予防です。仮に濃厚接触者などになったとしても重症リスクが高い場合には中和抗体療法を投与することで重症化を防ぐということが可能になりました。

※曝露:感染者と接触した際などにウイルスにさらされること

どれかが欠けてしまえば、感染が拡大する可能性があります。一つひとつは完璧ではない。しかし、それらを重ねて実施することで大きな効果を発揮する。

日本ではいまだに多くの方々にマスクを着用していただいていますが、これが感染の抑制につながっていると考えるのが妥当です。

マスク着用によって防ぐことができたのは新型コロナだけではありません。その他の呼吸器感染症もかなり防ぐことがわかりました。

マスクは花粉症対策や風邪対策などでもともと日本に馴染んでいた文化でもあります。

あくまで個人的な意見ですが、こうした点を踏まえると、コロナの「終息」まで今後も基本的にはマスクを着用していただく状態がしばらくは続くと思います。

ですが、今まで2年近くに渡って多くの人が我慢を続けてきたのも事実ですので、食事をしていない時はマスクをつけるといった感染対策を継続しながら、少しずつ人々の行動制限を緩和していくのが現実的ではないかと思います。

日本人の国民性等を踏まえると、今ならば少しずつ行動制限を緩和しても大丈夫ではないかなと。

僕は比較的楽観的に現状を捉えています。

コロナとの戦い、終わりはどこに?

ーー今後はワクチン未接種であるということが、持病を持っていることと同じように重症化リスクとなり得ます。まだ接種に不安を感じる方に対しては何を伝えたいですか?

ワクチンはうてるうちにうっておいた方が良い。これは間違いないです。

もしも、まだワクチン接種に躊躇いを感じるのであれば、なぜなのかを知りたい。

例えばmRNAワクチンへの懸念から接種を控えているのだとすれば、すでに日本政府が契約しているノババックス製の新型コロナワクチンを接種するという選択肢も存在するかもしれません。

このワクチンはmRNAワクチンとは仕組みが異なり、組み換えタンパクワクチンです。今後の状況を注視する必要がありますが、日本政府はこのワクチンの供給契約をすでに結んでいます。

ただし、一人の医師としてはこうしたワクチンの登場を待つよりも、すでに接種が可能となっているワクチンを接種していただきたいというのが正直なところです。

ーーワクチン接種率は75%を超えました。今も接種率は少しずつ伸び続けています。こうした現状についてはどのように受け止めていますか?

非常によかったです。「こびナビ」としても様々な活動を頑張ってきたので、ここまで接種率が伸びたことに安心しました。

接種率が伸びた背景には第5波の感染拡大があったのではないかと考えています。あれだけ多くの人々が感染し、入院できない人も溢れてしまうという状況は人々の接種意向を高めたのではないでしょうか。

今後は3回目の接種、そして子どもの接種へと議論が移っていくことになります。

ーーこうしてワクチンが多くの人に行き渡り、感染状況も低く抑えられている今、私たちは新型コロナを克服しつつあると考えて良いのでしょうか?

これは非常に難しい質問です。今後の状況は誰にも見えません。

ただし、新型コロナウイルスが今後も存在し続けていたとしても、このウイルスとの付き合い方は確実に変化しつつあると思います。

確かなことはコロナが存在しない状況を作り出すことは難しいということ、そして私たちはコロナと付き合い続けていく必要があるだろうということです。

ワクチンや治療薬も生まれ、コロナと戦いやすくなりました。

しかし、治療薬に関してはまだ改善の余地がある。

今後新たな薬が開発されていく中で、コロナを少しずつ克服していく、より戦いやすくなっていくはずです。ですが、まだしばらくは、この戦いが終わることはないでしょう。