生活困窮者を支援する一般社団法人つくろい東京ファンド、生活保護問題対策全国会議は2月8日、厚生労働省に生活保護の「扶養照会」に関する運用見直しを要望した。
支援団体はあわせて35806筆のオンライン署名を手渡し、生活保護申請を阻む壁をなくすことを求めている。
3分の1が「家族に知られるのが嫌」
今回の要望の背景には、つくろい東京ファンドが2020年12月31日から2021年1月3日にかけて生活困窮者向け相談会に足を運んだ人々に対して行ったアンケート調査の結果がある。
アンケート調査では、回答者165人のうち生活保護を利用していない128人の34.4%が「家族に知られるのが嫌」と回答。また、生活保護を利用した経験のある59人の54.2%が生活保護受給を家族に知られることに「抵抗感があった」と答えている。
このように「扶養照会」が多くの人に生活保護申請をためらわせている。
「扶養照会」とは、生活保護を希望する人が窓口に申請にきた際、行政が支援する前に親族が支援することができないかを確認するための手続きだ。生活保護受給にあたっては、自治体が戸籍を調べ、親族を探し、連絡を取るといった手段が取られている。
「DVにより逃げているのでやめてほしいと伝えましたが…」
なお、DVなど家族へ連絡がいくことによって実害が生じる場合や家族と20年以上音信不通な場合、親族が70歳以上の場合などは扶養照会がなくとも生活保護申請はできる旨を厚労省は各自治体に通知している。
しかし、この通知の内容は必ずしも守られているとは言えない状況だ。
身体障害者で難病患者の未婚シングルマザーです。30歳から生活保護を受給しています。私は父親の身体的・経済的・精神的 DV で15歳の時に母とシェルターに逃げ父親とは縁を切り、その後母子の暮らしが始まりました。母は数年後に他界し、それからは 1人で生きてきました。こどものパパとは妊娠判明前に別れていたので、1人で産み育てることにしましたが、仕事がなくなり出産費用も用意できなくなり、生活保護を申請しました。
申請時父親に扶養照会すると言われ、DVにより逃げているのでやめてほしいと伝えましたが、規則なので扶養照会しなければ申請は受けられないと言われ、仕方なく了承しました。
福祉事務所からの扶養照会により、父親に居場所がバレてしまい家に何度も押しかけられました。こどもの出産育児一時金を父親の口座振込に変更され奪われたり、保護費を奪われたり、家の中の家電等も奪われました。
今は転居し安心して暮らせていますが、あの時の恐怖は忘れられません。DV加害者への扶養照会は禁止にしてもらいたいと願います。
オンライン署名と合わせて、扶養照会に関する体験談を募ったところ、このような声も支援団体のもとに届いた。
炊き出しなどに並ぶ人の中には「生活保護だけは受けたくない」と話す人も少なくない。
申請の心理的なハードルは高く、食費や家賃を払うことができない状況にあっても、生活保護利用をためらう実態がある。
そのため、支援団体は今回、
(1)生活保護の扶養照会を実施するのは、「申請者が事前に承諾し、かつ、明らかに扶養義務の履行が期待できる場合に限る」旨の通知
(2)生活保護の捕捉率を上げるため、生活保護の利用を阻害している要因や制度利用に伴う心理的な負担を調べる調査実施
の2点を要望した。
「生活保護だけは受けたくない、他に制度はありませんか?」
つくろい東京ファンドの代表を務める稲葉剛さんは、支援の現場で活動する中で「生活保護に関して忌避感を示される人が多い」と語る。
「仕事がなく、所持金が数百円か数十円の方に『利用できる制度は事実上、生活保護しかない』と伝えても、残念ながら『生活保護だけは受けたくない。ほかに制度はありませんか?』と言われることがあります」
扶養照会は法律で定められた義務ではない。厚労省から各自治体への通知をもとに運用されている仕組みだ。
生活保護申請者は扶養請求権を持ち、その権利を行使することで、扶養義務者となる親族に扶養の義務が発生する。
生活保護申請を前に、扶養を請求するかどうかは原則として申請者の自由だという。
所持金6円、それでも…
つくろい東京ファンドで生活困窮者の支援にあたる小林美穂子さんは「厚労省の通知通りの運用をしていない自治体がほとんど」であると明かした。
「扶養照会をしてほしくないと伝えても、『扶養照会をします、税金なので』と言われることもあります。なかなか(扶養照会を)止めると明言してくれない。『私ひとりでは判断できない』『会議で決める』と言われ、(生活保護の)申請者はその間ハラハラしながら過ごす」
「扶養照会をするなら、生活保護を申請を取り下げて逃げるという人もいる中で、『扶養照会をするかどうかは私たちが決めます』と(自治体職員に)言われてしまうことは、その人たちの生死に関わります」
小林さんは相談者の一人にこう言われたという。
「家族に頼れるなら、最初から行ってますよね。頼れないから福祉事務所に行っているんじゃないですか」
自治体の元ケースワーカーで生活保護問題対策全国会議の事務局次長を務める田川英信さんも、年末年始に炊き出しの現場で出会った人とのエピソードを紹介した。
「6円しか財布にない、携帯も止まって仕事も見つけられない状況なのに『生活保護は嫌だ』と言われました。生活保護が権利になっていない状況はまずいと思います」
「所持金が100円や500円でも『生活保護は嫌だ。イメージが悪い、扶養照会がある』『生活保護以外を利用したい』と言う。この状況は変えていかなくてはいけません」