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酒類の“取引停止”依頼は違憲?法的な問題は?コロナ禍でも説明責任を果たさない政府の「甘え」

政府の対応について、憲法学者の木村草太さんは「法的に問題がある可能性は大きい」と指摘します。政府の民主的なプロセスの無視は「必然」と語る理由とは。

東京都などで感染拡大が続く中、政府は7月8日、4度目の緊急事態宣言の発出を決めた。

政府は感染拡大を防ぐため、酒類提供の自粛を再び要請するとともに、酒類を販売する事業者には酒類提供を続ける飲食店との取引を停止するよう求めている。

なし崩し的に強い対策がとられていくが、一連の対応を、憲法学者はどう見るのか。

憲法学の専門家で東京都立大学教授の木村草太さんに話を聞いた。

「法的に問題がある可能性は大きい」

ーー政府は酒類を販売する事業者に対し、酒類提供の自粛要請に従わない店との取引を停止するよう求めています。8日には国税庁が事業者の団体宛に事務連絡を出しています。こうした対応を、法制度的にはどう見るべきでしょうか

国税庁の事務連絡については、9日午後の加藤勝信官房長官の会見で「可能な限り感染拡大防止に対する協力をお願いする趣旨」「あくまでもお願いということなので、してくれないからどうのこうのというものでは全くない」との説明がありました。

つまり、政府はこれは強制力を持った措置ではなく、違反する人に関する情報を集めるような性質の取り組みでもない。あくまで「お願い」であるので、法的な問題はない、憲法上の自由の制限にもならないという解釈をしているのだと思います。

国税庁から出された事務連絡のタイトルも「酒類の提供停止を伴う休業要請等に応じない飲食店との酒類の取引停止について(依頼)」となっており、これは要請ではないという立て付けとなっています。

では、要請ではなくお願いであれば法的に問題ないのか。

私はたとえ要請ではなくお願いであったとしても、今回の対応は法的に問題がある可能性は大きいと考えています。

ーーなぜでしょうか?

新型コロナ対策は新型インフルエンザ等対策特措法という法律に基づき、実施されています。

特措法のような国民の自由を制限する根拠になる法律は、「ここまでやっても良いが、これ以上のことはダメだ」と上限を定めるものだと解釈するのが自然です。

よって、通常は法律が定められている場合には、その法律において示されている措置が「上限」であると理解します。裏を返せば、法律に「できる」と書かれていないものである限りは、そのような対応は法律において許されていないと理解するのが妥当でしょう。

今回の酒類販売事業者に対する「お願い」は特措法など関連の法令の中では規定されていません。よって、これは法の趣旨に反しており、違法ではないかという疑いは十分にあると思います。

「違憲」であるとの指摘も上がるが…

ーー国税庁が「依頼」という形で、酒類販売事業者へ取引停止を「お願い」するということは、形式上は強制力を持ちませんが、実際には様々な圧力としてはたらくのではないでしょうか?

そうですね。この点に関しても、法的に問題があると考えることも可能だと思います。

先ほども説明した通り、法律において示されている措置が、その問題に対応する上で実行することのできる取り組みの「上限」です。

つまり、政府は「お願い」であることを強調し、形式上はそのようになっていたとしても、自由を制限していると考えられる場合があります。

強制力を伴っていなかったとしても、国家は様々な権力を持っており、相対的に国民は弱い立場にあります。

酒類の販売は許可制の事業になっているので、事業者が自分が「お願い」に違反したということを政府が知った場合に、免許の更新はできるのだろうか?と不安に思うことは誰もが想像できるのではないでしょうか。

もう少し言えば、国が度重なるお願いをしていたにも関わらず、それに従わなかったということになれば、それを免許停止などの処分理由にされる可能性があり、仮に裁判所に訴えても、司法が国の主張を認める可能性もあると予想するのは自然でしょう。

つまり、今回の取引停止の「お願い」は、事業者から見れば「お願い」だけでは済まない可能性があるということです。

ですから、たとえ直接の強制力を伴わない「お願い」や「要請」であったとしても、自由の制限にはなると考えるのが一般的だと思います。

ーーSNS上では、これは違憲ではないかとの声も上がっています。

そもそも法令違反である疑いがある場合には、法律違反や政令違反として処理をすれば良いので、基本的に憲法上の問題をあえて論じる必要はないでしょう。

憲法違反であるか、という問題は、この酒類販売事業者への取引停止が法令等で規定された場合に改めて生じるものです。

なお、酒類の提供自粛の要請に関しては、感染症の専門家が、毒性の強いウイルスのまん延を防ぐために必要かつ、適当な代替手段がない必要な措置と評価してきたものと理解しています。そのような科学的知見が正しいなら、要請の内容自体を違憲と評価するのは難しいでしょう。

その前提を置くと、販売事業者への取引停止依頼についても明確な法的な根拠が整備され、さらに強制力を伴わない「お願い」であるという水準で実施した場合には、違憲であるという判決を導き出すことは、なかなか難しいと思います。

ただし、法的な根拠の整備には、国会での丁寧な審議が必要です。政府は、そこで、販売事業者の納得を得るための説明を行う必要があります。

ここでは、政府が説明責任をどこまで果たせるかが問われます。最近は、「説明責任」というと、政府が意味不明でも「説明した空気」を作ればよい、説明責任を果たしたかどうかは大臣が自分で評価するもの、「十分果たした」と強弁すればそれで終わりという風潮があります。

しかし、説明責任はそれほど軽い物ではありません。権力を行使される側を尊重し、科学的根拠に基づいて、合理的判断ができる人が納得を得られるように説明する。説明責任を果たしたかどうかを評価するのも、自分ではなく、国民である。こうした基本を思い出すべきです。

酒類販売事業者への取引停止依頼となると、納得を得るには、相当なエビデンスと丁寧な説明が必要になるでしょう。

特措法施行令は、いくらでも措置内容を変更可能?

ーー飲食店における酒類の提供停止は、今年4月の3度目の緊急事態宣言発出時に、東京都や大阪府などで始まりました。その後、神奈川県などまん延防止等重点措置の対象地域でも同様の要請が出ました。これらの要請をどう捉えていますか?

一般論から言えば、感染症対策の目的での、自由の制限が合憲と評価されるには、いくつかの条件があります。

まず第一に、正当な目的を達成するために、必要な規制であることについて、十分な科学的根拠があることです。公権力の側が、人の生命や健康を守るために止むを得ない措置であることの根拠を示す必要がありますね。

第二に、法律上の根拠がある必要があります。国民の自由の制限には、国民の代表が法律の形で認めたという根拠が必要です。

なお、緊急事態宣言もしくはまん延防止等重点措置が出ている地域において要請可能な措置はどのようなものかは特措法において定められており、以下の通りです。

(1)緊急事態宣言の場合

法第四十五条第二項の政令で定める措置は、次のとおりとする。

一 従業員に対する新型インフルエンザ等にかかっているかどうかについての検査を受けることの勧奨

二 新型インフルエンザ等の感染の防止のための入場者の整理及び誘導

三 発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止

四 手指の消毒設備の設置

五 施設の消毒

六 マスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の入場者に対する周知

七 正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止

八 前各号に掲げるもののほか、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等の感染の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が定めて公示するもの

(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令12条)

(2)まん延防止等重点措置の場合

法第三十一条の六第一項の政令で定める措置は、次のとおりとする。

一 従業員に対する新型インフルエンザ等にかかっているかどうかについての検査を受けることの勧奨

二 当該者が事業を行う場所への入場(以下この条において単に「入場」という。)をする者についての新型インフルエンザ等の感染の防止のための整理及び誘導

三 発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止

四 手指の消毒設備の設置

五 当該者が事業を行う場所の消毒

六 入場をする者に対するマスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の周知

七 正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止

八 前各号に掲げるもののほか、法第三十一条の四第一項に規定する事態において、新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が定めて公示するもの

(新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令5条の5)

どのような措置をとることが可能か、という点に関しては、特措法が特措法施行令に委任し、特措法施行令は厚生労働省の告示に委任しています。

施行令12条および5条の5の8号に掲げられている通り、措置の内容自体は厚生労働大臣が定めて公示するものによって、いくらでも変更可能です。

ここにあるのは、そもそも事業を強く制限する措置を告示1本で決めてしまっていいのか?という問題点です。

本来は法律で条件を細かく詰めておくべきですが、それがなされていません。かなり柔軟な対応が可能な形となっており、酒類販売事業者への取引停止だけでなく、あらゆる措置が追加可能だと言えるでしょう。

極端に政府に委ねすぎだと思います。今回の対応に噴き出した批判を受けて、修正に関する議論を始めてもよいのではないでしょうか?

予防的な「緊急事態宣言」発出は要件と矛盾。

ーー緊急事態宣言そのものについても、「当該感染の拡大又はまん延により医療の提供に支障が生じている都道府県があると認められるとき」という要件が設けられていますが、最近では予防的な措置として発出されるケースが散見されます。これは条文と矛盾するのではないでしょうか?

その通りだと思います。

結局のところ、まん延防止等重点措置は十分に機能せず、そのために医療提供体制がすでに逼迫している状態で出すべき緊急事態宣言を、まん延防止のために出さざるを得ない状況になっています。

要件を満たしていない中で、無理やり緊急事態宣言を出すというのは非常にリスクが高いと思います。

要件を満たしていない状態で宣言を発出した場合、その宣言を根拠に出された命令は無効であると事業者側が主張するのは非常に簡単です。

政府の側は訴訟に耐えられない可能性があります。

この宣言発出の要件は政令で定められており、内閣だけで改めることが可能なものなので、改めた方が良いでしょう。

ーー緊急事態宣言の要件を改める、となった場合にはどのような形が想定されるのでしょうか?

緊急事態宣言の要件自体を、現在のまん延防止等重点措置の発出要件である「医療提供の支障のおそれ」程度にまで変更することは検討すべきでしょう。

また、特措法自体の改正も考えるべきです。

私はこれまでも「まん延防止等重点措置」について、これが医療崩壊を防ぐための瀬戸際で出されるものであることが、誰にでもわかる名称にしたほうが良いと伝えてきました。

「医療崩壊寸前措置」あるいは「医療崩壊切迫事態」など、国民にメッセージが届きやすい名称である必要があるのではないでしょうか?

まん延防止等重点措置という名称は、まだ感染症がまん延していないといったイメージを与えてしまいますが、現実には重点措置が発出されるタイミングでは、すでにウイルスはまん延しています。

この名称は誤ったイメージを広げてしまうため、非常に良くないと思います。

「説明責任を果たさない」政治の甘えがコロナ禍で表面化

ーー特措法5条において、「国民の自由と権利に制限が加えられるときであっても、その制限は当該新型インフルエンザ等対策を実施するため必要最小限のものでなければならない」と定められています。酒類の提供自粛、あるいは販売事業者への取引停止の依頼は「必要最小限」と言えるのでしょうか?

これは感染症対策の専門家の判断になろうかと思います。

感染症の専門家がエビデンスを伴いながら、このウイルスの毒性が対策が必要なほど強いものであること、酒類提供禁止などが、よりマイルドな手段が想定できないほどに必要性が高いものであること、などを示すことができれば、この要件自体は満たしていると言えるでしょう。

むしろ、今回の問題は政府側が民主的な手続きを経ることなく、措置の内容を変更できてしまうことにあると考えています。

そのような正当なプロセスを経ていないために、要請を受ける側からすると民主的正統性が不足しているように見えてしまう。それはその通りだと思います。

ーーとるべき正当なプロセスとはどのようなものでしょうか?

政府は一貫して民主的正統性を確保を軽視していると感じます。

とるべき手続きとしては酒類の提供者や販売者に説明するという意味でも、国会で科学的根拠とともに酒類の提供禁止が感染対策のためには必要であるということを説明し、可能であれば法律を変えて、実行するというものです。

国会で説明する中では、当然エビデンスの不足やミスなどを指摘する声もあるでしょう。そうした議論を経て、民主的正統性を確保するべきです。

ですから、国会の会期が延長されず、臨時国会も開かれていないことは問題だと思います。

五輪に関しても言えることではありますが、政府の説明しない、説明を嫌うという傾向が悪い形で出てきていると思います。

背景には、安倍政権、菅政権ともに、安保法制、森友学園や加計学園の問題、そして日本学術会議の任命拒否問題などで、専門知の尊重や説明責任を果たさないまま、甘やかされてきたという問題があると考えています。

安保法制、森友学園や加計学園、そして日本学術会議の問題と、当時議論が巻き起こる中で「この問題は自分には関係ない」といった感覚から特に何も言わなかった人々も少なくありません。

しかし、これらの問題と今回の問題は地続きであると考えるべきでしょう。なぜならば、説明責任の不足がある分野で生じた場合、それは他の分野に対しても波及し得るものだからです。

説明責任を果たさないということは、その決定が合理的であるかどうかを検証することができないということです。

一連の新型コロナに関連する問題については、国民の自由や人権など権利の保障という問題以前に、専門知や民主的プロセスを軽視し続けてきたという問題であると考えています。

民主的なプロセスの無視は「必然」

ーー当初は西村康稔・新型コロナ担当相から酒類を販売する事業者だけでなく、金融機関にも要請に応じるよう依頼するといった趣旨の発言がありました。その後、この発言は撤回されましたが、こうした発言が飛び出すこと自体、どのように受け止めていますか?

憲法上の法の支配や民主主義のための規定や、憲法における自由権を軽視しても、国民はついてくると政府はこれまでの経験から学習しています。

そのような経験に基づく発言だったのだと思います。

憲法上、非常にセンシティブな営業規制につながりかねない要請を、政府は非常に軽い気持ちで出せてしまうということの現れだと思います。

悪気はおそらくないのでしょう。だからこそ、簡単に発言を撤回しました。

しかし、それくらい軽い気持ちであのような発言をしていたということです。

ーー安倍政権、菅政権で起きた各種の問題と今回の問題は地続きだと考えると、私たちはこれを機に何を意識すべきなのでしょうか?

これは、「安倍晋三さんや菅義偉さんといった人々が悪い人だから、こうなっている」という話ではありません。

権力を与えられた人間をきちんと監視せず、甘やかせば、権力者は専門家の言うことを軽視し、民主的なプロセスを無視するということはある意味必然です。

誰が首相であっても、こうなり得る。だから、権力の監視は必要で、甘やかしてはならないのだと、市民の意識を変える必要があるのだと思います。

立法というものには面倒なプロセスが必要です。「面倒だからいらない」「効率化のためにプロセスを飛ばしてしまおう」といったことが許される話ではないということを理解してほしいと思います。

今回の酒類販売事業者への取引停止の依頼に関する問題を、コロナだけの問題と捉えないでほしいです。その上で、民主的手続きというものを理解するためのきっかけにすべきだと思います。