2月5日、新型コロナウイルスに関する報道機関・ジャーナリスト向けの勉強会がメディカルジャーナリズム勉強会とスローニュース株式会社の共催で開かれた。
新型コロナウイルスの現状をどう捉え、どう伝えていくべきなのか。
レクチャーを行ったのは神戸大学教授で感染症の専門家・岩田健太郎医師、聞き手を務めたのはメディカルジャーナリズム勉強会代表の市川衛さんだ。
この日、岩田医師はウイルスそのものの特徴ではなく、どれだけの医療にアクセスできるのかといった社会環境がそのウイルスの問題を左右することを強調した。
現状、手に入るデータから確実に言えることとはどのようなことか。
※岩田さんの発言は5日時点の情報に基づいています
日本の感染拡大予防策は概ね成功している

ーー日本の現状はどのように捉えていますか?
日本では国内での新型コロナウイルスの流行は起きていません。二次感染も限定的なものです。感染経路の遮断など、概ね上手くいっていると評価しています。
今は新型コロナウイルスがこの先、収束するのか流行するのかどうかの瀬戸際にあると言えるでしょう。
ーー新型コロナウイルスは危険なウイルスですか?
武漢での感染拡大は深刻な状況にあると言えます。
ですが、他の地域では感染者は見つかっているものの死亡者はほとんど出ていません。新型コロナウイルスの感染拡大はもっぱら武漢もしくは湖北省の大きな問題と言えるでしょう。
武漢のケースが示しているのは、新型コロナウイルスは患者数が増えるとまずいということです。
単発的な感染だけではそこまで恐れる必要はないと思います。
新型コロナウイルスを主語に語るのではなく、武漢の新型コロナウイルス、東京の新型コロナウイルスという単位で語ることが適切です。
ウイルス単体で問題が決まることはなく、そのウイルスがどのような状況を生むのかが本当の問題です。シチュエーションがウイルスによる課題を深刻化させるのです。

ーー「水際対策」に意味はないと、ブログで発信もされています。
基本的にこうした状況で水際対策を行うことに意味はありません。スクリーニングをかけることは悪いことではない。でも、スクリーニングを行うことで病原体を国内に持ち込まないという目標を設定するのは非常にナンセンスで、意味がありません。
政府チャーター機で武漢から邦人を帰国させ、その後検査を行うことやクルーザーで足止めするといった古典的な検疫は効果がありますし、実施する意味があると考えますがサーモグラフィーと検疫票の記入だけでは病原体を持ち込ませない保証にはなり得ません。

ーー今後の見通しはいかがでしょうか?
現在、多くの国では新型コロナウイルスの感染者数は減っています。このまま中国国外での感染者数がゼロになっていくことが最高のシナリオです。
最悪のシナリオは二次的流行が起き、止める手立てがなくなってしまうこと。
現状は武漢に渡航歴のある人、もしくは渡航歴のある人と接触している人という条件で検疫が可能な状態です。これがその外まで広がっていくと、もはや手がつけられなくなる。
例えば1つの都市で感染が拡大した時に、日本政府は都市の機能を封鎖する覚悟があるのか?飛行機や新幹線をすべて止めて、感染拡大を防ぐというのはなかなか難しい判断だと思われます。
そして想定しておくべきもう1つのリスクは、弱っている人や高齢者などバルネラブルな人々の死亡リスクでしょう。例え風邪でも、リスクのある人にとっては死亡リスクにつながります。
またアフリカなどで二次的流行が発生し、三次的に日本で流行する可能性もなくはない。
ーー最悪のシナリオに向けて、備えておくべきことは?
もしも最悪のシナリオになった場合、対応にはかなりの覚悟が求められると思います。
都市を封鎖することができるのか?誰が患者を診るのか?どれだけビジネスを継続するのか?
コンサートは?スポーツイベントは?オリンピックは?
一般論として、感染症対策というのはガードを上げるか/下げるか、そのバランスの問題です。外出禁止例を出せば、あっという間に感染者は減ります。でも、それではあまりに投げやりで別のリスクが大きくなる。
こうした中で100点満点の正解はありません。常にリスクと利益のバランスを考えなくてはいけない。日常生活を維持しながら、感染症のリスクを抑えるにはどうしたら良いのか。

絶対にやってはならないのはリスクの過大評価です。リスクを過大に評価しすぎると、やらなくてもいいことをやってしまう。実際、今もアジア人お断りといったリスクを過大評価することによる誤った対応が見受けられています。
感染症はもともと存在する差別感情を正当化する道具にされることもある。パニックと差別に相乗りしないことが重要です。
2009年の新型インフルエンザの流行がいつ収束したのか、覚えている人はいますか?覚えていなくても無理はありません。なぜなら、新型インフルエンザは収束することなく、現在も流行していますから。
みんな騒ぐのをやめただけです。当時は非常に大きな問題となりましたが、現在は新型インフルエンザと一緒に生きている。感染の拡大をする中で新型コロナウイルスの流行も日常になるというシナリオもあり得なくはありません。
武漢でなぜここまで感染拡大が続くのか

ーーなぜ武漢や湖北省では死亡者が出ているのでしょうか?
湖北省以外では国内、国外を含めてほとんど死亡者は出ていません。その理由は武漢に実際に行ってみないと正確にはわかりませんが、感染者のバックグラウンドにあるのではないかと考えています。
現状、医療資源も限られていますので重症者であってもどれだけの治療を受けることができているのかは不明です。
あくまで推測ですが、武漢から国外に出る人の多くは健康で旅行できる人たちだと考えられます。こうした人々が感染したとしても、それほどリスクは高くない。
ですが、湖北省に住む人や武漢に住む人たちの中には弱っている人や入院している人もいます。そういったバックグラウンドを持つ人々が新型コロナウイルスに感染すると重症化するリスクは高くなります。
よって武漢での死亡者数が増えているのだと考えています。
ーー中国国内の新型コロナウイルス感染の拡大は、今後どうなると予想していますか?
個人的な意見ですが、私はここまでの中国政府の新型コロナウイルス対策は概ね上手くいったと捉えています。
各論で上手くいっていない部分は確かにありますが、新しい感染症が拡大する中で100点満点の対応をすることは到底不可能です。
今回の中国政府の対応は、民主主義国家ではできないひとつの街を遮断するという力技で行われました。この街を遮断するという方法が効果的だったことは、その後、海外での感染者数が減ってきていることを見れば明らかです。
感染源が外に出るのを防ぐことで、感染の拡大は防いだ。その一方で現場での治療に苦戦している。それが現在の中国国内の状況と言えるでしょう。
感染を防ぐため、できること

ーー感染を防ぐため、一般の人にはどのような対策ができるのでしょうか?
まず、新型コロナウイルスに感染することを予防するという目的では、マスクを着用することには全く意味がありません。むしろ、マスクが枯渇しつつある現状ではするべきではないと言えます。
マスクが潤沢にあるときは、着用しても良いかもしれません。でも、現在のような状態では、正当な理由がない場合には使うべきではないと思います。
アルコール消毒はやってもいいと思いますが、なぜそれが有効なのかという原則は理解しておいた方が良いかもしれません。
アルコール消毒はウイルスを殺すことは確かです。新型コロナウイルスもアルコールで殺すことができる。でも、徹底的に感染を防ぐのであれば、何かに触るたびにアルコール消毒をする必要があります。医療現場では、実際に何かに触るたびアルコールで消毒を行います。

ですが、それを家庭でも徹底することができるのかは疑問です。もしもやるならば、ハンディタイプの消毒液を常に携帯して、相当神経質に消毒を行う必要がある。やるのならば徹底的に、でも徹底的にやるというのは簡単なことではありません。
よって原理的にはアルコール消毒には効果があるのですが、実質的に効果を発揮していない可能性は高いのではないでしょうか。
それでもアルコール消毒を呼びかけることに意味はあると思います。例え5%の人でも、徹底的にアルコール消毒をする人がいれば、それは感染を予防することにつながります。
アルコール消毒や手洗い・うがい以外では、基本的に睡眠をとり、栄養の高い食事をとって健康な状態を保つことが先決です。
「『新型肺炎』日本の対策は大間違い」は大間違い

ーー「『新型肺炎』日本の対策は大間違い」は大間違い、とブログで発信されています。その理由を教えてください。
新型コロナウイルスの検査の方針は一般的な臨床現場での検査の方針と全く同じです。毛ほどの違いもありません。特別な戦略が存在するわけではなく、普段の戦略に基づき対応を行なっています。
基本的に検査というものは間違うことがあるんです。大事なことはまず、その人が病気なのかどうかを判断した上で、さらにそれが新型コロナウイルスによるものなのか、他の病気なのかという順番で診断を行うことです。
その患者は新型コロナウイルスに感染した可能性がどれだけ高いか、それをもとに検査を行うべきでしょう。厚労省の診断基準だけで検査実施の有無を判断するのは間違いです。
「安心のための検査を」という声もありますが、検査をしても安心はできるものではない。検査をして陰性だったが、ウイルスに感染していたということは起こり得るものです。インフルエンザの検査でも4割程度は見逃してしまうと言われています。
検査の結果、陽性が出るか陰性が出るかというのは1つのファクターに過ぎません。それでは何の安心にもなりません。
新型コロナウイルスに感染した疑いがある人は厚労省の基準をクリアしていなかったとしても、検査をすべきでしょう。これは他のどのような疾病に関しても同じことです。この原則からブレてはいけません。
現在、病院にはかなりの数の検査をしてほしいという問い合わせが寄せられています。
実リスクを見たときに、日本では一人の死亡者も出ていないことは事実です。重症者もいない。患者も数十人です。それにも関わらず、メディアは危険性を伝えすぎだと感じる節はあります。
一方で、毎年3000人の方が亡くなっている子宮頸がんについては、有効な手立てがあるにも関わらずほったらかしです。
新型コロナウイルスの報道に力を入れる一方で、恒常化したリスクには無関心というのはあまりにバランスが悪すぎると思います。
日本にも疾病予防の専門機関を

※以下の質問はBuzzFeed Newsによるもの。
ーー専門家からは日本にCDC(疾病予防管理センター)をおくべきという指摘も上がっていますが、どのようにお考えでしょうか?
今のところ、厚労省や日本政府の対応は上手くいっています。しかしながら、日本にも専門性、継続性、独立性の面からCDCはあるべきだと考えます。
厚労省の職員は専門家ではありません。もちろん知識はありますが、それだけでは無理がある。表面上の情報からだけでなく、バックグラウンドを理解して、洞察しなければ場当たり的な対応になってしまいます。
CDCがあれば、専門家集団は意思決定を行うことができます。
厚労省が決定し、その決定に従うという現状を続けていくとダイナミックな対話や進歩が生まれることはありません。
現状では、感染症の拡大予防に関してこれを達成すれば成功という定義もない状態です。これは目標を設定して取り組んでいるとは言えません。
アメリカやヨーロッパ、中国と大抵の国にCDCは設置されています。ないほうがおかしい、非常識であるということは認識してほしいです。
UPDATE
一部情報を修正させていただきました。