2022年のソーシャルメディア界最大の話題は、イーロン・マスク氏によるTwitter買収だった。
SNSは独裁政権に市民が対抗するツールとなる一方、新型コロナ禍やロシアによるウクライナ侵略では、偽情報が拡散する場ともなってきた。
マスク氏率いる世界規模のSNSの行く末を、言論の自由とヘイトスピーチの観点などから注視している組織がある。国際連合だ。マスク氏に対してTwitterのコンテンツモデレーションのあり方などを巡り、公開書簡を出した。
なぜか。国連はキュレーションをどう考えるのか。
BuzzFeed Newsはメリッサ・フレミング事務次長(グローバル・コミュニケーション担当)にインタビューした。
マスク氏への書簡は「警告」だった
ーーイーロン・マスク氏は10月下旬にTwitterの買収手続きを終え、人員削減などの経営改革に乗り出しました。間もなく、国連のフォルカー・トゥルク人権高等弁務官が、マスク氏に対する公開書簡を出しました。なぜでしょうか。
なぜなら、(マスク氏が)「言論の自由」という言葉を、全ての言論がその範囲に入るわけではないことを考慮しないかたちで述べたり使ったりすることに対し、トゥルク人権高等弁務官が懸念を抱いたからです。
ネット上の言論には、現実の世界で害を及ぼすものが実際に存在します。
ネット上だけの書き込みだけで人を傷つけることがあります。それがオフラインに伝播した場合、人々をさらに深刻に傷つける可能性があります。
トゥルク氏の公開書簡は、イーロン・マスク氏とTwitterが、コンテンツモデレーションを緩めたり、あるいは全くなくしたりしてしまう可能性を、国連として極めて深く懸念している、という警告でした。
11月5日付の公開書簡で、トゥルク人権高等弁務官は、マスク氏がTwitterの人権担当チーム全員と、倫理AIチームのほとんどを解雇したことを「良いスタートとは言えない」と指摘したうえで、人権の観点から以下の6点を求めた。
1)世界中の言論の自由を保護すること。こうした権利を侵害するような政府からの要求には透明性を持って対処すること。
2)「言論の自由」とはフリーパスではない。COVID-19(新型コロナ)で起きたように、偽情報の拡散は現実世界に害をもたらす。 Twitterには他者の権利を侵害するコンテンツを拡散させない責任がある。
3)Twitterで差別、敵意、暴力を扇動するヘイトスピーチを認めない。ソーシャルメディアでのヘイトの拡散は恐ろしい結果をもたらす。コンテンツモデレーションポリシーでヘイトを引き続き禁止する必要がある。
4)透明性の維持。ソーシャルメディアが私たちの社会に与える影響をよりよく理解するには研究が不可欠であり、 オープンなアプリケーション・プログラミング・インターフェイス (API)を介してTwitterのデータへのアクセスを維持すること。
5)プライバシーの保護。言論の自由には、プライバシーの効果的な保護が必要だ。過度なユーザー追跡とデータ収集を控え、ユーザーのデータを求める政府からの不当な要求に可能な限り抵抗することが重要だ。
6)言語とコンテクスト(文脈)に関する専門知識を重視すること。権利を尊重し、安全なプラットフォームを維持するというTwitterの責任は、英語のコンテンツだけでなく、世界中で等しく適用されるべきだ。
「だれも電話に出なくなった」
ーー国連が「極めて深く憂慮」ですか。
そうです。極めて深く、です。
マスク氏によるTwitter買収後、反ユダヤ主義、人種差別、女性差別、また、気候変動を否定するような言説の台頭が見られるようになりました。
これまでは、グテーレス事務総長を含む国連スタッフの「なりすましアカウント」を見つけたとき、私たちが電話して協議する相手がTwitterにいました。ヘイトスピーチや暴力の扇動を見つけたときも同様です。反応は非常にポジティブで、Twitterと良い関係を築くことができていました。
しかし最近は、電話してもほぼ繋がらないようになりましたね。
Twitter社のキュレーションチームは全員が解雇され、今では(AI等による)トレンドページがキュレーションの中心になりました。
ある時、気候変動に関する情報を探していると、トレンドのトップに「気候詐欺(climate scam)=気候変動は実在しないという意味」というハッシュタグが表示されているのを見つけました。
Twitterのコンテンツを研究している人々によると、トレンドに上がるのは、「気候詐欺」に関するツイートに、強いバイラル性がある場合に限られるそうです。Twitter上のトレンドは、(世界的に気候変動が深刻になりつつある)現実とは必ずしも関係ありません。
「気候変動否定論に再び勢い」
そして、私が以前キュレーションチームに聞いたところによると、彼らはこうした状況を見ると、「これはトレンドに入れるべきではない」と判断したりしていました。あるいは、文章を加えてコンテクスト(文脈)を説明し、おそらくは事実関係の確認もしていました。
それが今はなくなっています。ユーザーは「おや、この『気候詐欺』っていうトレンドは何だろう」と思い、ハッシュタグにアクセスして気候変動を否定する様々な疑わしい言説を見ることになるのです。
こうして、気候変動否定論が戻ってきています。私たちの地球が今、本当に危機にあることを考えると、非常に心配です。人々が科学を信頼し、科学に基づいて行動することこそが必要なのですが。
マスク氏からの反応はなし
ーーマスク氏やTwitter社から、公開書簡への反応はありましたか?
ありません。私は「国連がTwitterで必要とされる理由」という記事をMediumで書きました。私たちは今起きていることを是認してはいないし、「言論の自由」とは、好き勝手に何でも言っていいということを意味するものではない、という内容です。
アメリカでは、白人至上主義者として知られる人物のアカウントが復活しました。ナチスのような信念を持っている人です。Twitterが国連の価値観に反する場となりつつあるのです。
しかし一方で、私たちのTwitterのフォロワーは、国連本部のアカウントだけで1600万人、グテーレス事務総長は200万人、その他にも国連機関の長のアカウントが多数あります。難民高等弁務官事務所(UNHCR)も数百万のフォロワーがいます。
私たちのフォロワーは、事実や情報、インスピレーションを求めて、今も私たちに注目しています。そして私たちは、フォロワーのみなさんに情報提供を続けていきます。
コンテンツモデレーションと言論の自由は
ーーTwitterがかつて行っていたコンテンツモデレーションやキュレーションに対しては、「言論の自由への介入」といった批判的な声があります。
イーロン・マスク氏も、言論の自由に関しては、Twitterに以前からあるポリシーを維持する、と発言しています。
それは、言論の自由とは、「(無制限に言いたいことを広く)届ける自由」ではない、ということです。
このポリシーについては、私も以前、Twitterの「信頼と安全協議会」の人々から聞いていました(CNNによると、マスク氏は買収後、この協議会を解散させた)。
ソーシャルメディアのプラットフォームは、無料で使える非常に強力な発信ツールです。
SNSの登場以前は、何か言いたければ、パンフレットやポスターを印刷したり新聞を発行したりするために、多額のおカネを払わなければなりませんでしたから。
一方、私たちは言論の自由において、どんな種類の言論も容認されるべきだという立場を取りません。
他人を傷つけるような言説が実在するからです。そして、そうした言説の多くは違法ですが、違法ではないものの、文脈によっては極めて有害となる言説もあるのです。
(編注:国際人権規約は、表現の自由の行使には特別な義務と責任が伴い、他者の権利や信用、公衆の健康などを損ねる言論には制限をかけ得る、と規定している)
新たな公的SNS規格を作る可能性は?
ーーTwitterの共同創業者だったジャック・ドーシー氏は2022年8月、「最大の問題と後悔はTwitterを企業にしたことだ。プロトコルであるべきだった」とツイートしています。
Twitterというサービスを企業が独占的に運営するのではなく、コミュニケーション用のオープンな標準規格のようなものにすべきだった、という意味の発言です。
例えば国連機関で、コミュニケーションのための新たな標準規格を研究・開発するというやり方もあると思います。
私たちは、よりヒューマンなソーシャルメディアを創るために、何が可能かを常に考えています。
もちろん、プラットフォーム側にも以前から提言していますし、これからも続けます。提言しているのは、より透明性が高く、より人間的なモデレーションを行い、ヘイトスピーチや誤報・偽情報を減らすといった内容です。
怒らせたり人の感情を刺激するような投稿が最も高いエンゲージメントを獲得し、その結果より多くの収入が得られるというビジネスモデルを変えない限り、そのような変化はすぐに訪れないかもしれませんし、もしかすると来ないかもしれません。
しかし、そうですね。おカネを稼ぐため人々のデータを収集することに依存しない、新しい種類のプラットフォームをつくることは可能かもしれません。マストドンのような、代替案の実験はいくつかあります。
一方で、ソーシャルメディアのアカウントから生まれたものには、良いものがたくさんあります。
人々を繋ぐ力、強権的な社会で疎外された弱い立場の人が発言する力、人々が組織化してプロテストする力などです。これらはソーシャルメディアアカウントの重要な機能で、利点です。
しかし、時には危険性が利点を上回ることもあります。
(フレミング氏が新型コロナやウクライナ侵攻を巡る偽情報の問題などについて語る後編に続きます。)