「これは闘い」コロナとウクライナ侵攻を巡る偽情報対策で国連が得た教訓とは

    安保理理事国ロシアが偽情報をばらまいた時、国連に何ができるのか。公的関与のソーシャルメディア創設の可能性は。国連事務次長に聞いた。

    Twitterを買収したイーロン・マスク氏に「警告文」を送った国連は、新型コロナ等を巡るSNS上での誤情報の拡散に警鐘を鳴らし、対策を続けてきた。

    では、ウクライナ侵攻を侵攻したロシアのように、強大な権限を持つ国連安全保障理事会の常任理事国が偽情報をばらまき始めた場合、国連に何ができるのか。

    国連のメリッサ・フレミング事務次長(グローバルコミュニケーション担当)にインタビューした。

    (前編)Twitterが現実世界にもたらす危険… 国連がイーロン・マスクに「警告」した理由とは

    ーー国連といえば安全保障や難民などの問題に取り組むイメージがあります。なぜ、新型コロナに関するファクトチェックとフェイクニュース対策といった、SNS上の偽情報の問題に取り組んでいるのでしょうか。

    国連の価値観と課題意識をきちんと伝えることができなければ、私たちが人々の信頼を得ることも変化を促すこともできないし、世界の人々がより良い方向に向けて行動を起こすこともできないからです。

    何をしようにも、まず組織が人々に信頼されなければ、良い成果を上げるのは難しいですよね。

    COVID-19(新型コロナ)のパンデミックで私たちは、人々が正しい情報を得て、自分たちの健康とコミュニティを守れるようにするプロジェクトを始めました。

    しかし、それとは正反対の偽情報を広く拡散する人々、「スーパースプレッダー」と呼ばれる人々がいたのです。

    陰謀論、効果のない偽の治療、「奇跡」をうたう治療法…。こうした「狂気の波」に直面する準備を、国連は十分できていなかったことに、その時に気づきました。

    こうした偽情報は、人格を持った人間が語りかけてくる、とても個人的で感情的なコミュニケーションのかたちを取ります。

    一方、国連の伝統的なコミュニケーションの手法は、事実に基づいた、ある意味でドライなものでした。

    事実というものは、ソーシャルメディア上にばらまかれる偽情報よりも、魅力的でないように見えることがあります。

    そこで私たちは、迅速かつ緊急に手を打つ必要があると考え、2020年5月に「ベリファイド(検証済み)」というキャンペーンをはじめたわけです。

    ーーコロナが問題となって約3年経ち、今や多くの人は流行の最悪の時期は過ぎたと思っていて、行動様式も変わりました。

    そうですね。当然、みなさん(コロナ対策や行動自粛に)疲れてますよね。ええ、本当に疲れました。

    しかし、このパンデミックは間違いなく終わっていません。

    COVID-19の脅威は、今もいたるところに存在します。私の家族も含めて多くの人が最近も感染しています。

    私の身近の人々は4回のワクチン接種を受けています。だから重症化して命を落としたり重い後遺症を残したりする可能性は極めて低くすみます。

    しかし、ワクチンを繰り返しうって予防効果を高めていない人、さらに悪いことにワクチン接種をまったく受けていない人は、重症化してしまう危険性が高いという問題があります。

    これは、とても単純な話です。それなのに、こうした事実はあまり表で語られません。

    もちろん、世界保健機関(WHO)を含む世界の専門家は、対策と、危険性やリスク、その他の要素のバランスをとる必要があるという点で意見が一致しています。

    例えば、子どもたちが学校に通えるようにすることや、健全な精神的・心理的成長を促すことは考慮すべき要素の一つでしょうし、経済を回すことも、そうですね。

    警戒を怠らず、人ごみの中ではマスクを着用し、感染に弱い立場の人のそばに行く前に自ら検査を受けるといったこと、そして、他の人にうつさないようにすることは、今でも推奨されています。そしてそれは、非常に良い対策であると思います。

    新興国で続く情報戦

    ーー新型コロナに続き、ウクライナがソーシャルネットワークの主戦場となりました。対策に取り組む中で、これまでにどんな教訓を得たのでしょうか。

    すべての戦争は、「ナラティブ(物語)の闘い」でもあります。だから、ウクライナでの戦争が情報の戦争でもあることは、明らかです。

    それは、ウクライナという実際の戦場だけでなく、世界中のさまざまな国で、それぞれの側から見た「物語」を展開して支持を勝ち取ろうとする戦争です。

    新興国の国々のネット上では今、あの戦争の起源や、その結果起きている食糧危機の理由について違う考え方をさせようとする、偽りの「物語」が大量に注ぎ込まれています。

    そうやって、現実に起きている残虐行為や戦争犯罪から目をそらし、歪曲させようとしています。

    これは大きな問題です。だからこそ、本当に正確なジャーナリズムのために、世界各国の記者がウクライナに赴き、事実を伝え、報じることがより重要になると思います。

    「誰が侵略したのかは、明らか」

    ただし、誰がウクライナを侵略したのかは、非常にはっきりしています。

    ウクライナに侵攻したのは、ロシアです。

    その結果、恐ろしい戦争が起こり、何百万人もの難民が発生し、大変な苦しみが生まれ、エネルギーインフラが破壊され、世界中で食糧危機が発生しています。

    これが事実であり、事実こそが語られる必要があるのです。

    ーーこの問題では、偽情報を発信しているのが、ロシア政府、またはその関連組織であることが明らかになりつつあります。こうした国が安全保障理事会の常任理事国として拒否権を持っている時、国連に何ができるのでしょうか。

    国連にできることは、よりよいコミュニケーションを行い、もっと効果的に人々に事実を伝えることです。

    私たちには事実に基づいた情報があります。ニュースサービスという事実を伝えることができるチャンネルを持っています。

    コミュニケーションをさらに有効なものにしていけば、頼れる情報源として、国連をより多くの人々が信頼してくれるようになりますし、国連が関与を深める問題で偽情報の影響力を落とすことができます。

    ご存じの通り、私たちはどこかの政府を呼び出して、偽情報を作ったり流したりするのを止めさせることはできません。

    しかし、私たちは事実の情報源となることができます。これは非常に重要な責務だと思っています。

    私たちは同時に、メディア・リテラシーの普及にも取り組んでいます。ますます重要になる分野ですね。世界の人々が偽情報を見抜き、理解する能力を自ら身につける必要があるからです。

    例えば、私たちは「wikiHow」と提携し、オンラインで学べる二つのコースを作りました。1つは誤報、もう1つは偽情報に関するコースです。

    #新型コロナウイルス の今、デマは命にかかわります。 でも、私たちにできることはあります。 あなたがオンライン上で何かに反応しようとしたら、デマを広めないため #シェアする前に考えよう #PledgeToPause

    Twitter: @UNIC_Tokyo

    国連広報センターのツイート

    また、刺激的な情報を検証せずシェアしてしまうことに対し、「pause/ちょっと待って」というキャンペーンも始めました。多くの怪しい言説や偽情報が出回る中、驚いてシェアする前に、ちょっと立ち止まってほしいのです。

    Twitterもその後、リツイート前に立ち止まって考えるよう求めるポップアップを出すようになりました。これは、今後もぜひ続けて頂きたいです。

    「TikTokを検索すると2割は誤情報」

    ーー偽情報の拡散源がTwitterからTikTok、YouTubeなどの短編動画に移行しつつあると指摘されています。こうした動画はあとで検証するのが非常に難しく、拡散もしやすい特徴があります。その対策は考えているのでしょうか?

    私たちも関心を深めています。

    最近、(誤情報などの問題に取り組んでいる)NewsGuardの調査を読んだのですが、次のようなことが書かれていました。

    TikTokで、ウクライナやCOVID-19、気候変動といった主要なニューストピックを検索したところ、出てくるコンテンツの20%は誤った情報だったというのです。投稿の5件に1件は誤っているということです。

    いまや多くの若者がTikTokからニュースを得ていて、他の情報源を持っていません。 つまり、若者たちは動画を見ている時間のうち20%、怪しい言説や誤情報にさらされている、ということです。

    この写真は、動画は、いつどこで撮影されたのか。こうしたことをファクトチェックするのは、確かに難しいです。私たちは非常に懸念しています。

    健全な情報環境づくりは「闘争」

    プラットフォームに対して、私たちが懸念している気候変動対策やヘイトスピーチ、暴力の扇動といった問題を伝え、プラットフォーム側がさらに基準を高め、信頼できる情報源がアルゴリズムによってきちんと評価されるような環境を作るよう、引き続きお願いしていくつもりです。

    例えばFacebookでは、国連は「市民組織(Civil Institution)」と呼ばれるカテゴリに分類されています。それにより、私たちの発信するコンテンツは、個人発信のものに比べてランクを下げられています。とはいえ、私たちより有利な立場に立つ個人が陰謀論者の可能性だってあるわけで、要するに何かおかしいわけです(苦笑)。

    ですから、私たちはFacebookに、私たちのランクを下げないでください、少なくとも他の人たちと同じスタートラインに立たせてください、と言い続けています。

    これは闘いなんです。私たちがよりクリーンで持続可能な地球を目指しているのと同様に、闘争なんです。

    より信頼できる、事実に基づいた情報環境をつくるために、私たちは努力する必要があります。

    それは、民主主義のために、そして人類全体のために必要な努力だと思っています。