「写真で関心を呼び起こしたい」「僕は写真に嫉妬する」紛争地を取材する作家とフォトグラファーが語り合った

    紛争地で取材を続ける作家いとうせいこうさんと、世界報道写真大賞を受賞した米国人フォトグラファーが、現場で苦しむ人々の姿を伝える意義を語り合った。

    各地で紛争が続き、移民・難民の問題が深刻化している。こうした現場の取材に「わざわざ日本から行く必要はない」という声が強まり、日本政府から旅券返納命令や、旅券の発給拒否を受ける記者が相次ぐ。

    そんな状況に異議を申し立て、「危険地帯」での取材を続けている作家がいる。いとうせいこうさんだ。

    医療NGO「国境なき医師団(MSF)」に密着するかたちで紛争が続く南スーダンなどに渡航。そのルポをYahoo!ニュース個人で連載し、単行本も出版している。

    トランプ政権の移民政策で分断が深まる米国社会では昨年、一枚の写真が多くの人々の心を揺さぶった。ゲッティ・イメージズ所属のシニア・フォトグラファー、ジョン・ムーアさんの作品だ。トランプ政権の移民政策の実態を描いた写真で、今年の「世界報道写真大賞」を受賞した。

    現実を鋭く切り取るムーアさんの写真は、BuzzFeed Newsでも記事として取り上げている。

    このほど、ムーアさんが来日し、いとうせいこうさんと東京都内で対談。困難な状況に置かれた人々の姿を取材する意義を語り合った。

    大賞写真はラストの2コマだった

    ムーア あの写真の現場には、米国の国境警備当局から立ち入り許可を得ました。許可を得るまで何週間もかかりました。

    トランプ大統領が国境管理の厳格化政策を始めたので、私はその現実を見たかったのです。

    あの写真は、この夜、何千枚か撮った写真の、最後から2番目のカットでした。国境警備隊員らが母親を調べていて、収容施設に送られてしまうというところでした。

    家族がセンターに送られたあと、弁護士を通じて何とかコンタクトを取ることができました。

    彼らがワシントン DC 近くに住んでいるので、2019年2月にフォローアップとしてお母さんとお嬢さんの写真を、許可を取って撮りに行きました。

    僕は写真に嫉妬する

    いとう ムーアさんは、写真を撮り始めてから、ジャーナリスティックなことに関心を持ったのでしょうか。それともジャーナリズムへの関心が先にあり、その手段として写真があったのでしょうか。

    ムーア 自分がフォトジャーナリズムに関心を持ったのは、16歳の時です。当時の高校の先生の指導もあり、自分は視覚的にストーリーを伝える力があるということに気づいたことが、きっかけかもしれません。

    いとう 僕は文章しか書けないので、写真の内容を文章で表せと言われたら本当に大変で、嫉妬を覚えるんですが(笑)、ムーアさんの場合、写真の世界に入っていくきっかけのようなものがあったんでしょうか。

    ムーア 若いジャーナリストによく、写真の向上法を聞かれますが、何年もかけて間違いをおかしながらも続けていくことが、一番大切だと思います。それより大事なのは、自分だけのスタイルをどういう風に作るかということだと思います。

    いとう 社会問題を自分の中で整理してから撮るんですか。それともとにかく撮ることの中から問題を構成していくのでしょうか。

    ムーア いい質問です。現場取材の前に、リサーチしています。

    次のステップとして、現場の地域社会の人たちと、どう共同作業ができるかかが重要だと思います。地元の人たちとオープンに接しながら、実態に即した記事を考えるのが最も重要です。地元の人々の協力は欠かせません。

    相手を尊重することは、とても大切です。すでに過酷な経験をしている人達をさらに刺激することは避けるべきです。 私は撮る前に状況を理解し、話しかけることを心がけています。相手が居心地のいい状態で写真を撮るようにしています。

    公の場所で時に先に写真を撮り、あとから許可を得ることもあります。とはいえ、全部の写真で口頭の許可を得ようとすれば、報道写真というものは成立しません。個人のプライバシーとのバランスの問題です。

    写真で関心を呼び覚ましたい

    いとう あなたの写真からはアーティスティックなものも伝わってくる。ジャーナリスティックなものを撮ろうとする画角とそれは少し違うかもしれない。そのバランスはどう取っていますか。

    ムーア 私は「写真家」よりも「フォトジャーナリスト」であると思っています。というのは、写真を通して、現場で起きていることに関心を持ってほしいと思っているからです。

    人々は毎日、何千枚もの写真を目にしています。スマホでは秒間で何枚もスワイプできます。いかに重要なテーマの写真であっても、視覚的に関心や興味を持ってもらわないと、すぐに次の写真に飛ばされてしまいます。

    自分としては、人の好奇心を生み出してくれるような写真を撮ろうと思っています。特に芸術的なものであったり、感情的、情緒的なものがあると、人はそこで止まっても見てくれるかもしれない。キャプションを読んでくれるかもしれない。

    そうすると、その次の段階として写真を、ストーリーのコンテクストの中で見てくれるかもしれない。それが自分の挑戦であり、喜びでもあると思ってます。

    海外に関心を示さない日本の若者

    いとう いま日本の若い人たちが、なかなか国外のことに好奇心を持たなくなっていることが大変な問題だと思っています。

    自分も作家としてどう問題意識を持ってもらうかを考えながら書くことが多いのですが、あなたの写真は問題意識をノックする力を持っていると思います。

    ムーア ありがとうございます。多くの人が、国境で泣いている女の子の写真を見てくださったと思います。あの写真は、10年以上も米国の国境周辺で続けてきた、膨大な取材作業の結果です。それまでに培ったコネクション等がなければ、あの現場に行くことすらできなかったと思います。

    いとう あの「泣き叫ぶ少女」の写真が果たした役割をどう考えていますか。

    ムーア トランプ大統領の移民政策に対する世論を、多少は変えたと思います。

    世論の分断をどう考えるか

    「泣き叫ぶ少女」の写真は、ニューヨークタイムズワシントンポストなど、米国の大手メディアでは高く評価された。一方、大統領報道官はメディアを批判するツイートをし、ソーシャルメディアでも「分断」が生まれている。

    ムーア 感情的な刺激を与える写真は、いつも議論の対象になると思います。特に政治的に二極化した社会の中ではそれは仕方がない。必ず起こり得ることだと思います。

    今は写真がソーシャルメディアを通してものすごく早く拡散しますから、リリースした瞬間に批判が出ることも予測して準備しています。だから、正確さを心がけて、キャプション(写真説明)を書きました。

    「プロのジャーナリストが現場に行くべきだ」

    日本では近年、紛争地などの現場に日本人の記者が行く必要は無い、という意見が強まっている。地元の人が出す情報をSNS等で集め、「日本政府に迷惑をかけるべきではない」という声もある。

    ムーア その意見には反対します。

    こういう取材は、ジャーナリストがきちんとした調査のうえで行うのが、一番です。地元のジャーナリストが取材してもいいですし、外部の記者との協業でも良いでしょう。

    外部から来るジャーナリストには地元の細かい情勢が分からないし、地元のジャーナリストには国際的な大局が見通せないこともある。協業が一番良いと思います。

    「日本の若者は、興味を失わさせられている」

    いとう さっき、若い人たちが日本以外への興味を失っていると言ったのですが、それは正しく言えば、興味を「失わされている」と考えるべきだと、思っています。

    彼らは国外のことを考えないようにすることで、国内で支配されやすくされている、と思います。

    これは日本だけの問題ではありません。

    ムーアさんがずっと見ている移民の問題とも関わっていて、いま人類史に載るんじゃないかというほどの移民の移動が世界中で起きている。

    これは、外に出て行こうとする力と、内側で支配しようとする力のコンフリクトがあふれ出ているという状態です。

    ムーアさんがこういう写真を撮ることで、ナショナリズムで国内で問題を抑えようとする、外のことを考えまいとする世界の潮流に対して、人々の心にノックしていると思います。

    小説家とジャーナリストの視点

    ムーア いとうさんに質問してもいいですか。

    各地のMSFの現場を取材するなかで、アクセスしにくいところ、文化的に違うところにも、彼ら(MSFスタッフ)は行っていると思います。我々ジャーナリストがそこから学ぶべきことはあると思いますか。

    いとう 僕の場合は小説家なのでジャーナリストとは少し違う立場です。でも、あえてジャーナリスティックな領域に踏み込んでいます。

    いとうさんはBuzzFeed Newsの取材に「日本にはもともと、開高健さんをはじめ、作家が現場に行く伝統があったが、いまは文学界からのこういうアプローチが減っている。ジャーナリストでなくても、情勢の専門家でもなくても、そこに生きる人々のことを素人の作家だからこそ、伝えられることがある」と語っている。

    「報じるな、という力への抵抗」

    いとう どういうことかというと、今この国では、ジャーナリストが「国外をジャーナルするな」と言われています。

    なので、僕はそれをジャーナリストではない立場から、いわば知らないふりをして作家として現場に行って、彼らの苦境を書くことで、一つの抵抗をしているわけです。

    それを見ても分かるように、都合の悪いことを隠そうとする人々は、常に世界中にいます、

    一方でそのことでたくさんの人たちが苦しんでいる状況は変わらない。

    だから、「外人」であること、部外者であることは、凄く大事だと思っています。部外者であるから書ける、知らないふりして聞ける、ずかずか入っていける部分があると思うので、ものを知りすぎて「インサイダー」にならないことを、作家として、大事にしています。

    2015年2月、シリアを取材しようとした写真家に日本政府が旅券返納命令を出し、行かせない事件が起きた。その名目は「国民の保護」だった。2019年2月にはイエメンに行こうとしたジャーナリストも旅券返納命令を受け、取材できなくなった。

    シリアでの武装勢力による拘束から解放されて帰国したジャーナリスト安田純平さんは、家族と旅行をしようとしたものの、外務省に旅券の再発給を拒否された。

    ムーア すさまじいですね。何らかの監視が行われているのではと感じます。

    米国では国外からの脅威に関しては国内テロよりは成功している部分もあるかもしれません。というのは何週間かおきに銃乱射による大量殺人事件が起きますが、それをやっているのは米国民です。

    国家間の軋みとヒューマニズム

    「危険地帯」に業務で渡航することへの日本国内の拒否感やバッシングは、紛争地を取材する報道関係者だけではない。国境なき医師団・日本でも2014年、エボラ出血熱の治療でアフリカに向かった医療スタッフに対し、帰国後に「危ないところに行くな」といったバッシングがあったという。

    ムーア 米国でもエボラ発生地に向かった医師に対して、バッシングがありました。それは無知から来るものだと私は思っています。

    いとう 南スーダンを現地取材して、分かったことがあります。

    現地では国連のPKO部隊がベース(基地)をつくっていて、その隣にヒューマニタリアン(人道援助)のベースもありました。

    それまで僕は、世界は国家だけで成り立っていると思っていました。そして各国家でナショナリズムが高まり、世界中で問題が起きている。

    しかし、ヒューマニタリアンという第3の勢力がある。

    彼らがいることで、非常に混乱した地域で国家同士がぶつからないようになっている。日本の人は、こういうことをあまり知らないんじゃないかと思うんですね。

    移民の問題は、まず国家と国家の問題です。そこにNPO、NGOが、国家ではない立場から関与しているという点で非常に大きな敬意を抱いているし、希望にもなっていると思います。

    2人が苦境にある人々の取材を続けるわけは

    ムーア 世界で起きている様々な問題をみんなで見ることは、非常に重要だと思います。裏庭で起きていることも、他の土地で起きていることも、人類に何が起きているかを知ることが必要だと思います。

    いとう 僕は、不正義で苦しむ人をみちゃったら、もうどうしようもない。僕には書くことしかできないので、書いている。

    しかも、人がそれをより理解できるように、ユーモアを持って書くように心がけています。現場で見る時はとてもユーモアを持っては見ることはできないのですが、書く時は、ユーモアを持って人に伝わるように書くのが大事だなと思っています。


    この取材は、2人の対談を企画した国境なき医師団とともに行った。
    記事の執筆と編集は、国境なき医師団とBuzzFeed Newsがそれぞれ独立して行い、公開している。