大々的に不正選挙ができるほど、アメリカは脆弱な国なのか? トランプ氏の危険な賭け

    米大統領選でトランプ氏が敗北を拒み、不正があったという主張を続けている。主要メディアはトランプ氏を強く批判。社会の分裂が深まっている。なぜ多くの人々がトランプ陣営を批判するのか。そこにはどんな危険性があるのか。各地で不正選挙の実態を見てきた記者が報告する。

    11月3日に投票されたアメリカ大統領選から約2週間。アメリカの主要メディアが民主党のジョー・バイデン氏の当選確実を伝え、日本を含む各国の首脳も、バイデン氏が勝ったと判断して電話会談を行っている。バイデン氏は次期政権の組閣にも着手した。

    一方でドナルド・トランプ氏(共和)は「選挙に不正があった」と主張し続けている。29日にはFOXニュースの電話インタビューで「6カ月後に私の考えが変わっているということはない」と語り、もし退任することになっても、不正に関する主張は崩さない考えを示した

    アメリカでは、メディアや政治学者、アナリストなどからのトランプ氏の言動に対する批判が収まらない。それは、なぜなのか。

    トランプ氏に強まる批判

    Twitter社も、トランプ氏の一連のツイートに、事実関係の確認を求める注意書きを付けている。民主主義国家アメリカの現職大統領のツイートにこんな注意書きが付くのは、異例中の異例と言えるだろう。

    根拠を示さないまま「不正があった」と繰り返して選挙プロセスへの不信感を煽るトランプ氏の態度が、アメリカの民主主義を支える仕組みの中核である大統領選挙への信頼を損なわせ、ひいては国際的な威信を傷つける危険性を多くの人々が感じているからだ。

    従来はトランプ氏に近かった保守系ニュース局FOXは、バイデン氏の当確を報じ、選挙結果についてはトランプ氏とは一定の距離を取っている。

    しかし、SNS上やトランプ氏を支持する小規模な極右系メディアを中心に、「大統領選で不正があった」という書き込みがシェアされ、強固なトランプ氏支持者を中心に、不正が実在したと固く信じる状態となっている。世論調査では、共和党支持者の7割が、選挙に何らかの不正があったと信じている。

    そして、こうした情報が日本にも翻訳されて伝わり、保守系インフルエンサーやまとめサイトなどを経由して、広く拡散している。

    内容を精査すれば、切り取りや誇張、歪曲などが含まれ、信用できる情報ではないと分かることがほとんどだ。

    それでも、菅義偉首相がバイデン次期大統領と電話会談を行ったと首相官邸の公式アカウントがツイートした際には、「不正選挙」「時期尚早」と主張する多数のレスが付いた。

    日本政府が各種の情報を精査したうえで行った外交上の判断に対し、根拠の乏しいまま異論が相次ぐという状態だ。

    先ほど、バイデン次期米国大統領と初めて電話会談を行い、同次期大統領及び女性初となるハリス次期副大統領の選出に祝意を伝えました。 #日米電話会談 #日米同盟 #自由で開かれたインド太平洋 @JoeBiden @KamalaHarris @sugawitter

    Twitter: @kantei / Via Twitter: @kantei

    首相官邸のツイート。多くの批判的なレスが付いている。

    なお、自らが主張する不正の証拠を、トランプ陣営は示すことができていない。

    産経新聞によると、トランプ陣営が次々と起こした訴訟のうち、すでに30件が棄却されている。

    開票の差し止めや一部票の排除などを求めるトランプ陣営の法廷闘争が結実する可能性は、現時点では極めて低く、トランプ氏本人も11月29日のFOXのインタビューで、「最高裁まで持ち込むのは難しい」と語った。

    不正選挙とはどういうものか

    かつて新聞社の海外特派員として中東やアフリカ、アジア各国で選挙を取材してきた私は、選挙で行われる数々の不正を現場で見てきた。

    その一例を挙げよう。2010年のエジプト議会選挙だ。

    当時のエジプトでは軍部が実権を握り、ムバラク氏ら歴代の大統領を全て軍人が占めてきた。一方、形の上では「議会制民主主義」の体裁を取り、議会には野党勢力もかろうじて存在していた。

    しかし2010年の選挙で、政権側は野党に対する締め付けを強めた。

    野党候補が立候補すると、警察の露骨な監視と尾行が付く。棒や凶器を持った平服の男たちが野党系の集会に襲いかかり、血まみれの野党支持者が逃げ惑う。しかし、警察に被害届を出しても、捜査はうやむやになる。権力の側がチンピラを雇って襲わせているというのが、当時のエジプトの「常識」だった。

    さらに選挙当日には、投票所の入り口で「お前の名前はここの有権者名簿にない」と、警察官が有権者の入場を拒否することが相次いだ。一部の投票所は「安全上の理由」などで閉鎖された。そうやって、野党に投票しそうな有権者を排除したのだ。

    こうしたことが重なり、改選前に88議席あった最大の野党会派はわずか1議席に激減。与党が議席の約9割を占めた。与党幹部でもあるエジプト国会議長は「民主主義の勝利」と胸を張ったが、開票結果すらも操作されたと、多くのエジプト人は考えた。

    当時のエジプトよりもさらに統制が厳しいシリアでは、与党バース党とその衛星政党が勝つことが、最初から分かっている。

    有力な野党はない。約50年にわたるアサド大統領親子の統治下で、強力な野党指導者となりそうな人物は、すでに何らか理由を付けて拘束されるか国外に逃れており、野党が育つ芽は長い間、摘まれている。

    国民の行動は情報機関に監視されており、投票はアサド政権への信任以外の意味を持たない。

    シリアでは内戦下の2014年、政権支配地域で大統領選が行われてアサド氏が圧勝した。2012年、16年、20年には議会選挙も行われ、与党が圧勝した。なお、戦乱を逃れた難民は選挙に参加できていない。

    最近、選挙不正疑惑が持ち上がったベラルーシでも、権力を握る現職の側が選挙結果を操作したのではないかという疑念が広がっている。

    権力がなければ不正はできない

    つまり、選挙結果に影響を与えるような組織的な不正とは、権力を握る側が行うことなのだ。

    権力者の側が、民主的な外見を装うために選挙を行い、裏で様々な締め付けや不正を通じて結果をゆがめる。そして「民主主義の勝利だ」と主張する。それが、地球のあちこちで起きている不正選挙の実態だ。

    不正行為を実行する行政機関や治安機関を抑えていない野党側に、できることではない。

    もしあり得るとすれば、外国勢力が防諜能力や国家基盤が弱い国の選挙に介入して政権を転覆したり、政権側の動揺を誘おうとしたりといった場合ぐらいだろう。

    アメリカはそんなに脆弱な体制なのか

    それでは、アメリカはそんなに脆弱な国家体制だろうか。

    アメリカ政府の複数の情報機関は以前から、大統領選でロシアなどによる情報かく乱や干渉が起きることを警戒し、監視を続けてきた。

    今回の選挙を巡っては11月12日、国土安全保障省サイバー・インフラ安全局(CISA)が、不正の存在を全面的に否定する声明を出した。

    これにトランプ氏は、「極めて不正確な発表を行った」としてCISAのクリス・クレブス局長を更迭。さらに「今回の選挙では外国勢力の干渉を許さなかった。それはトランプ政権の功績だ。不幸なことに極左民主党員などの方がもっと上手くやった」とツイートした。

    米国政府は外国勢力の干渉を防ぐことができても、自国民による不正は防げなかった、各地の選管などいくつもの行政機関が不正に荷担した、というのだろうか。

    平和な政権交代を可能にした1800年の「革命」


    自由で公正な選挙を行い、国民が広くその結果を受け入れることには、平和的な政権交代を可能にするという重要な意味がある。

    アメリカの歴史で、初めて他党派への政権交代が起きたのは、1800年の大統領選挙だった。

    アメリカでは、2代目大統領のアダムスまでは「フェデラリスト(連邦党)」と呼ばれる人々による政権だった。

    1800年大統領選挙では、3代目大統領として民主共和党(現在の民主党の源流)のトーマス・ジェファーソンが当選。初めて政権が平和的に交代した。

    それまでどの国でも、政権交代や政体の変更には、革命やクーデター、戦争といった流血がつきものだった。アメリカ合衆国自体も、イギリスからの独立戦争を闘って誕生した経緯がある。

    選挙を尊重することで暴力を不要のものとし、その後のアメリカ民主主義の基礎となった1800年大統領選を、アメリカでは「1800年の革命」と呼ぶ。

    ジェファーソンは就任演説で、こう語った(アメリカンセンター訳から要約)。

    どんな場合も多数派の意思が優先されるが、その意思が正当なものであるためには、理に適ったものでなければならない。そして少数派も同等の権利を持っており、公平な法律によってそれは守られなければならず、その侵害は弾圧であるという神聖な原則を、全員が心にとどめておくべきです。

    ですから、市民同胞の皆さん、心と精神を1つにして団結しましょう。

    私たちは人類がかくも長い間悲しみ、苦しんできた宗教的不寛容を、この国土から追放しましたが、独裁的で邪悪で、ひどい流血の迫害をもたらしかねない政治的不寛容を黙認するなら、我々はまだ何も得ていないのだ、ということを想起しましょう。

    あらゆる意見の相違は、そのまま原則の相違ということにはなりません。我々は同じ原則の仲間を、違う名前で呼んできただけなのです。

    我々はみな共和主義者であり、みな連邦主義者です。

    「選挙では激しく主張をぶつけ合って争う。しかし結果が出れば、それを受け入れて再び国民の融和を目指す。寛容さと自由を尊重し、選挙に勝っても専横的な行動を取らない」という、選挙と民主政治の原則が、ここで語られている。

    世界で続く、政権交代を巡る流血

    日本では2009年総選挙で民主党政権が発足し、2012年総選挙で自民党が政権を奪還した。

    いずれの政権交代でも、国民の血は一滴も流れていない。日本には選挙制度に対する国民の一定の信頼があり、開票の結果を「民意」として受け入れる土壌があるからだ。欧州などでも同じように選挙で民意が示され、政権が変わる。

    では、こうした伝統がない国では、何が起きるか。

    先述したエジプトでの2010年議会選では、権力側の干渉と不正により与党が圧勝することで、はびこる不平等や不公正に反感を募らせていた民意が、議会政治の中で完全に行き場を失った。

    封じ込められた民意は翌2011年1月25日、巨大な反政府デモのかたちをとって噴き出した。いわゆる「アラブの春」だ。

    若者らが社会の不公正などの是正を訴えて始まったデモは、雪だるま式に参加者を増やし、やがて参加者らの要求は「ムバラク退陣」に集約していった。

    エジプト社会は完全にマヒし、内外の圧力が強まる中、ムバラク氏は2月11日に退陣した。

    この間に、デモ隊と治安部隊との衝突などで、800人を超える人々が亡くなった。自由で公正な選挙制度さえあれば、いずれも失われずに済んだはずの命だ。

    ムバラク政権の崩壊後、エジプトでは史上初めて自由選挙が導入された。2012年の大統領選の結果、イスラム勢力・ムスリム同胞団を中心とする新政権が発足。エジプトで初めて、軍人ではない政治家が大統領となった。

    しかし翌2013年、エジプト軍と官僚機構などが一体となってクーデターを起こし、権力を奪い返した。この際、再び1000人を超える人命が失われた。

    シリアでは戦争に

    エジプトなどで広がった民主化要求デモの波は、2011年3月にシリアにも到達。改革や民主化を求めるデモが始まった。しかし、アサド政権はデモに軍を動員し、実弾を発砲して弾圧した。

    こうした状況を見かねた政権軍の一部の将兵が離反し、武装してデモの「警備」を始めた。さらに関係各国も政権側、反政権側の双方に武器や資金を供与して介入したことなどから、シリアは内戦に転落していった。

    膨大な難民の発生で世界を揺るがし、市民の犠牲が続くシリア内戦の終結の道筋は、いまだ見えない。

    天安門事件と香港の民主化弾圧も同根

    中東だけではない。自由な選挙制度のない中国では1989年、民主化を求める若者らを人民解放軍が弾圧した「天安門事件」が起きた。

    香港でも、北京政府とその息のかかった為政者に都合の良い方向での選挙制度の変更が行われ、民主化要求運動に対する弾圧が続く。

    そして周庭氏らリーダー格の若者らは11月、収監された。

    自由で公正な選挙の実施と、選挙制度への信頼と結果の尊重がなければ、待っているのは、抑圧と暴力である。

    これは、現在進行形の世界的な課題なのだ。

    しかし、世界の民主主義の旗手を自認してきたアメリカの現職大統領が、その訴訟が次々と「証拠なし」などとして棄却されているにもかかわらず根拠の乏しい発言を続け、こうした民主政治の基盤を、自ら揺るがしている。

    これが、トランプ陣営に対して批判が強まる根本的な理由だ。

    続く