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「台風が来ると、また『千円札』を貼りなおして…」 4回当選した元国会議員に聞いた、選挙とおカネのリアルとは

どうして選挙にはおカネがかかるのか、どれくらいかかるのか。自民党、みんなの党、立憲民主党の3党に所属し、衆院選に4回当選した前議員に聞いてみました。

「どうして選挙にはおカネがかかるの?」「どれくらいかかるの?」

7月10日投開票の参議院選を前に、BuzzFeed Newsが選挙に関する質問を募集したところ、読者からこんな声が寄せられました。

どうして選挙にはおカネがかかるのでしょうか。どれくらいかかるのでしょうか。NGO職員から自民党の公募に応募して候補者となり、衆議院に4回当選した経験を持つ前衆院議員の山内康一さん(48)に、選挙とおカネのリアルを聞いてみました。

やまうちこういちさん

選挙の準備には自己資金が必要

ーー選挙にずばり、どれくらいかかりましたか?

公職選挙法で定められた選挙期間中(公示日から投開票日前日まで。参院選で17日間、衆院選は12日間)は、ビラやポスター、葉書などは公費で負担されるので、候補者の自己負担はほとんどなくなります。

しかし実際に当選するためには、選挙期間が始まる前から準備を進める必要があります。

2021年11月の衆院選(福岡3区)について言えば、僕の場合は投票日の1年前から計算すると、だいたい2000万円ぐらいはかかりました。

そのうち、政党助成金(政党活動に国が資金を出す制度)の分配など、党からの支出などを除くと、1000万円ぐらいの自己資金が必要でした。主に歳費(議員給与)等の蓄えなどから準備しました。


公職選挙法上、「この選挙には〇〇党のXXに投票をお願いします」と投票の依頼を働きかけることができるのは、選挙期間だけと定められている

選挙期間以外は、具体的な選挙名を出して投票の呼びかけをしたりすることは避けつつ政治活動を続け、支持を少しずつ広げていくのが一般的だ。

選挙期間中の活動には、おカネのかからない選挙と候補者間の平等の実現を目的に、公費負担制度がある。選挙カーのレンタル代やガソリン代 、選挙運動用の葉書、ビラ、ポスターなどは公費での負担となる。


ーーどんなことにおカネがかかるんですか?

衆議院だと、だいたい一つの選挙区に40万人ぐらいの有権者がいます。20万世帯ぐらいですね。

例えば、各世帯に自分の活動報告のチラシをポスティングすると、カラー印刷だと配達コストまで含め1回150〜160万円ぐらいかかります。何も悪いことをしなくても(苦笑)、チラシを2回配ったら、それだけで300万円になっちゃうんです。

ポスターは千円札を貼って回るようなもの

ーーポスティングって重要なんですか?

テレビにバンバン出て高い知名度がある人は、現役の政治家でも限られますよね。

そうでなければ、地道に街頭で演説したり、チラシをポスティングしたり、ポスターを貼ったりして、まず有権者に自分の存在を知ってもらう必要があります。

ポスターには、選挙期間中に公設掲示場に貼るものと、普段の活動の中で支持者のお宅の塀とかに貼らせて頂くものと、2種類あります。選挙期間中に掲示場に貼るものは公費負担です。

普段の活動でのポスターは自費です。街頭にある「〇月X日にどこそこで演説会。弁士:△△氏(だいたいは党首とか知名度の高い政治家)」とか書いてあるタイプのものですね。

注:公選法の運用上、選挙に触れず演説会や活動報告会の告知などの形を取れば、政治活動や政党活動の一環としてポスターを街頭に掲示できる。

ポスターの制作には1枚1000円ぐらいかかります。

要するに、千円札を貼って回るようなものなんですよ、ポスターって(苦笑)。台風とかでポスターがはがれると、また「千円札」を貼って回るという…。

それに、地元に事務所を構えて秘書や事務担当者を雇う必要もありますよね。車も必要です。私の場合は福岡の事務所での人件費と家賃、中古車3台とガソリン代等々で月120万円ぐらいは必要でした。

こうした経費を現役議員が政党助成金(分配額は党により異なる)や、国から出る議員歳費(法律上は月額129万4千円)、調査研究広報滞在費(月100万円。文書通信費とも呼ばれる)等だけで賄うのは、しんどいものがありますね。

参院選はもっと大変

参議院選挙は、選挙区が全県に広がるので、さらに大変です。

僕がいた福岡県の場合、衆院小選挙区が11あるので、全県にポスティングすると、単純計算で先ほどの額の11倍ということになりますよね。

ーー政治資金集めの方法としては、パーティーがよく知られています。

僕は政治資金パーティー(政治家が「〇〇君を励ます会」といった名目でパーティーを開き、支持者にパーティー券を売って収入を得る手法)をやったことがなくて、それほどお金を集めていなかったので、支出を減らして、ちまちまやっていました。パーティーやるにも、今度はチケットを売って回る人手が必要になり、おカネはかかりますから。

おカネというのは、かけないようにすることもできるけど、他方でかけようと思ったら、いくらでもかけられてしまうんです。ポスティングだってカラーのものを年12回配れば、効果はそれなりに出ますから。

衆議院では、中選挙区制度(1選挙区から数人が当選する制度。1993年までの仕組み)から小選挙区制(1選挙区から1人だけ当選する仕組み)になりました。

福岡の場合、中選挙区制度当時、選挙区は4つでした。今は11の小選挙区になっています。選挙区が細かく分割され一つ当たりの有権者数が減り、例えばポスティング代も、それだけ減りました。

億単位が必要とも言われていた中選挙区時代ほど、おカネがかからなくなりました。昔と比べれば良くなったとはいえ、それでもまだかかります。

「人生をなげうたないと選挙はできない」

ーー多額の自己資金を準備できる人は、そんなに多くないですね。

2005年に自民党の公募に応募した時、面接で「どれくらい(おカネを)準備できる?」と尋ねられました。

僕は大学を出てJICAやNGOで働いていた頃、イギリスに留学したくて貯金してたんです。運良く留学には奨学金が出て貯金を手つかずで残せたので、500万円ほど用意し、親にも借りました。

JICAとNGOでの仕事で政治の役割の重要性を感じて公募に手を上げたのですが、当時31歳で独身だったから、できたんですよ。あの時すでに家族がいたら、難しかったでしょうね。

選挙に勝って政治活動をするためには、人生の全てをなげうつ必要があるんです。

今の制度で有利なのは世襲・資格持ち・金持ち

ーー人生を全てなげうつ、ですか…。

選挙に落ちたら何の保障もありません。失業保険もありません。

普通に考えたら、企業で働くサラリーマンとか、とてもじゃないけど出られないですよね。

公務員もその行政経験は非常に貴重で国政に活かせると思うのですが、兼業禁止規定があるので、辞めないと無理です。フランスとかだと休職して立候補できる制度があるんですが。

閣僚名簿を見たら、だいたい半分以上は世襲議員でしょう。

世襲の人たちは、おカネも支持者もスポンサーも親から引き継ぎ、選挙基盤が安定していて、知名度も同じファミリーネームを引き継ぐことができるわけで、有利なんです。おカネと落選の心配がないから、政策の勉強に集中できるという面があります。

選挙に出られるのは、世襲議員のような特殊な家庭環境にある人か、弁護士や医師、企業経営者といった、政治活動に投じる資金がある人か。

つまり「生まれ」か、国家資格か、資金が必要という、すごくハードルの高い仕組みになっているんです。

だから、候補者はインサイダーが多くなります。世襲か、県議・市議あがりか、議員秘書、または(野党の場合)労働組合幹部とか、政治に関係の深い人たちです。

政治をかたちづくるのは選挙制度

選挙制度が政治と政治家のあり方を規定する部分は、非常に大きいと思います。

おカネのかかる選挙制度であれば、政治家も当選に必要な額のおカネを用意する必要があります。しかも日本の場合、候補者の資金の面倒を政党が全て見てくれるとは限らない。

僕もある時期からは、国会議員になりたいという相談を受けても、勧めることはなくなりました。こんなに大変だよって伝えます。こんなに大変、こんなに報われない。でもやりがいはあるから、やりたければ応援するけど、簡単じゃないよって。

イギリス下院(日本の衆議院)の選挙は、おカネがかかりません。

人口はおよそ日本の半分なのに、議員定数は日本より多いんです(日本は小選挙区289人、比例代表176人の計465人。英下院は小選挙区650人)。

小選挙区制ですが、英国の選挙区の有権者数は10万人弱ぐらいです。それくらいならば、候補者と配偶者だけであいさつして回ることもできます。日本の県会議員選挙と同じくらいの規模ですからね。

日本だと戸別訪問(あいさつ回り)は禁じられていますが、これは世界的に見ても変な規制ですね。戦前におカネを配って回る候補者がいたから禁止になったようですが、英米では、候補者やボランティアが地域の人々と直接語り合う機会であり、民主主義の基本の一つと受け止められています。

保守党、労働党を中心に政党組織がしっかりしていて、選挙費用は党が面倒を見ます。候補者選考委員会も選挙区単位でやっているので、議員になってもポンコツだと思われれば党内で淘汰する仕組みもできています。

「議員は無駄だから減らせ」論は?

ーー日本では「国会議員が多すぎてカネの無駄だから減らせ」という議論があります。

議員を減らすほど、つまり議員1人あたりの有権者数が多くなればなるほど、有権者の声を国会に反映しにくくなります。僕は、日本の衆院小選挙区の有権者数40万人よりも、英下院の10万人の方が、有権者の声が政治に反映されていると思いますね。

多様性も失われます。例えば、臓器移植の問題を一生懸命やっている議員や、家族に障害者がいる人、DV問題に理解ある人は今の国会で、ある程度います。しかし、議員定数が減ればこういう人たちも減ります。いざ議論が必要になった時、国会に人材がいないということになります。

それに、議員定数が減って小選挙区の有権者数が例えば70万人になれば、今よりもっと選挙におカネがかかることになります。

OECD加盟国のうち、日本は人口比で国会議員の定数が2番目に少ない国です。

いちばん少ないのはアメリカですが、アメリカは連邦制で、各州に上下院の議会があり、州の憲法や軍隊、裁判所もあり、まさに「ステート(国家)」といえる力があるため、単純に比較できません。

OECDのうち連邦制じゃない国では、日本はすでに、人口比で議員がいちばん少ない国になっているんです。だから、議員の歳費を減らすのはいいとしても、議員数を減らすのは、危ないと思います。

どうすれば普通の人が政治に参加できる?

ーー世襲や金持ちではない「普通の人」が、大金を用意して人生をなげうたなくても政治に参加できるようにするには、どうすれば良いと思いますか

例えば普段は銀行で働いているけれど、土日だけ選挙運動すれば大丈夫というような制度が良いと思っています。(小選挙区制度だと)イギリスはそうですね。原則として選挙費用は政党が持ちます。

私は、連邦制国家でもあるドイツ連邦議会(定数598)の、比例代表を中心とする制度が、一番いいと思っています。

そして費用は候補者ではなく政党が持ち、個人の持ち出しは禁止することです。


ドイツ連邦議会選は、有権者が小選挙区(定数299)と比例代表で計2票を投じる制度だが、小選挙区が中心の日本とはやり方が異なる。

まず、小選挙区での当選者は全員が議員となる。次に連邦全体での政党得票率で各党への議席配分が決まる。例えばある党が25%を得票したとして、その党の小選挙区当選者が議席の25%に満たない場合は、政党の比例区候補者リストから当選者が決まるのが基本となる。


ニュージーランドも昔は単純小選挙区だったんですが、ある時からドイツと似た制度に変えました。

その結果、ニュージーランドは良くなったと思います。アーダーン首相のような人が活躍できる素地は、選挙制度でつくられたんでしょうね。ドイツのメルケル前首相やニュージーランドのアーダーン首相を生んだ制度ですからね。

ーー確かにアーダーンさんが政治資金パーティーを開いたり献金を必死に集めたりしているイメージはないですね。

その必要はないでしょう。党組織がしっかりしていますし、ニュージーランドは国民の政治参加意識の高さも非常に興味深いですね。

やはり望ましいのは、個人の持ち出しを許さないような制度ですね。

ーー

【山内康一さん】

福岡県出身、48歳。大卒後、国際協力機構(JICA)に就職。NGOピースウインズジャパンに転職し、アフガンやインドネシアなどで勤務して難民支援などの仕事に携わった。

31歳だった2005年に自民党の候補者公募に応募し、衆院選(神奈川9区)で初当選。その後、自民党を離党。みんなの党を経て立憲民主党に所属した。

これまで衆院に通算4回当選したが、2021年11月の衆院選(福岡3区)で落選。現在は政界を離れて政策シンクタンクの立ち上げを目指し活動している。


7月10日に投開票日を迎える参議院議員選挙。

なんで選挙カーってあんなにうるさいの? ネット投票まだ? 投票方法から選挙の仕組み、選挙運動の謎までーー。

BuzzFeed NewsのLINE公式アカウントやInstagramに読者のみなさんから寄せられた「#選挙のなんでなん?」を、記者が取材しました。

【訂正】  山内さんの当選回数を「4回」に改めました。