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マイクで辻立ちは「ちょっと恥ずかしすぎる」 北欧から見えた選挙文化の不思議

日本では衆議院選挙が終わったばかりですが、海外の選挙はどんな様子なのでしょうか? デンマークで初めて地方選挙で投票した井上陽子さんが日本とまったく違う選挙戦の様子をレポートします。

11月16日は、デンマークで4年に1度の地方選挙だった。

デンマークの、しかも地方選挙なんて日本の人は興味なかろうと思っていたのだが、先日、日本の映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』を見ていて気が変わった。高い志がありながらも芽が出ないある国会議員の17年間を追った作品で、家族総出の必死な選挙戦の様子が生々しく描かれている。

映画を見ながら思ったのは、これは日本独特のことなのか?ということだった。考えてみると、デンマークの選挙戦では、街宣カーも、駅前で響き渡る街頭演説も、ドブ板な握手作戦にもでくわしたことがない。デンマーク人の普段のクールなたたずまいから、そういう必死な姿を想像できない。でも私が知らないだけ?

というわけで、今回は私自身が投票できる初めての選挙経験ということもあり、少し取材してみることにした。

外国人にも投票権 高い投票率

デンマークの地方選挙は4年に1度行われ、98のコミューンと呼ばれる市レベルの自治体と、レギオンと呼ばれる5つの県レベルの自治体の2つの選挙の議員選挙が同時に行われる。各自治体の首長は、当選議員の中から選ばれる。

定住外国人に地方選挙権を認める動きが鈍い日本からみて、一番驚くのは、デンマークでは私のような外国人でも4年住んでいれば有権者になれる、ということかもしれない。

デンマークの地方選挙に投票できる外国人は、18歳以上で、

  • EU加盟国の国民
  • アイスランド、ノルウェー国民(両国はEU非加盟)
  • それ以外の地域から来ている外国人の場合、選挙日から換算して4年以上デンマークに在住していること


が条件。EU加盟国、アイスランド、ノルウェー出身の人は、在住期間の条件はない。

ただし、国政選挙の方は、デンマーク国籍がないと投票できない。これは、生活に根ざした課題を扱う地方行政と、外交や国防など国の根幹となる政策を扱う国政との違いということだろう。

デンマークでは投票率が高いことで知られていて、国政選挙の投票率は現憲法下の1953年以降、常に80%以上。直近の2019年の総選挙では84.6%だった。

地方選はどうかというと、国政選挙まで高くないにしろ、だいたい70%前後で推移している。ただ今回の選挙は、新型コロナウイルスの感染が拡大している影響もあり、投票率は67.2%と低めだった。

投票先選びで大事な「候補者テスト」

さて投票日、会場になっている小学校に行くと、白と黄色の2枚の投票用紙を渡された。市と県レベルの議員立候補者の名前が党ごとにずらっと並んでいるのだが、これがめちゃめちゃでかい。それ用に作られた机からもはみ出している。

候補者をざっと数えてみたら、市は270人超、県の候補者は300人以上!この巨大な用紙で選べるのは1人、もしくは政党1つ。選ぶのが大変。

ではデンマーク人は投票先をどうやって決めているのか。多くの人が参考にしていると言っていたのが、大手メディアがウェブサイトに掲載している「候補者テスト」(Kandidattest)だった。質問に答えていくと、自分の意見と最も合う候補者がでてくる”マッチングサイト”である。

25個程度の質問が用意されていて、「現市長はいい仕事をした」「自治体予算を削減して減税すべきだ」「自動車が市中心部に乗り入れできない日を作るべきだ」といった問いに「賛成」とか「強く反対」とか、当てはまるものを選んでいく。最後に自分が最も関心のある分野を選ぶと、自分の回答に最も近い回答を寄せた候補者が、マッチング率とともに表示されるテストである。

日本のメディアで仕事をしていた経験からすると、日本でこれを取り入れようとしたら、質問が恣意的だとか特定の候補者に有利だとか色々言われそうだな、というのが率直な感想。だけど、投票する立場になると、こういうテストでもなければ、300人近い候補者の中から一人を選ぶのはかなり難しい。

候補者との距離の近さ

もちろんこうしたテストだけではなくて、実際に候補者の声を聞くのも、投票先を決める重要な判断基準となる。

私が使っているシェアオフィスでは、投票日前週の金曜の夜に、主要5政党から候補者を招いて「Beer & Election(ビールと選挙)」というイベントを開催した。テーマは「自治体の起業家支援はどうあるべきか」。

それぞれが立場を短く表明した後で、モデレーターが質問を投げかけるのだが、これが、候補者も参加者の我々も、ビールを飲みながらの討論会。候補者が、スニーカーとかトレーナーという服装ということもあいまって、とてもカジュアルなのだ。一方的に主張を展開しても、質問に答えていないと厳しく突っ込まれるので、質問者と対等の立場に見える。

それに、日本で選挙取材をしてきた私にとっては、5人とも一人で会場に来ていたのが意外だった。日本の場合、こういう会にはたいてい、秘書とか陣営関係者が何人かサポート役で来るものだ。

参加者には外国人も多いので、イベントはデンマーク語ではなく英語だった。これも、外国人有権者を尊重しているなあと好印象。ちなみに、デンマーク人はたいてい英語が流暢で、デンマーク語が不得意な人がいると、全く問題なく英語に切り替えることが多い。

議論の後はパーティーに突入したので、デンマークの選挙戦では街宣車も辻立ちも見たことがない、日本の選挙とは違うと話していたら、一人が「やってるよ、僕はもう3週間、毎日道に立ってるよ」と言う。政権与党である社会民主党のヘンリック・アペル氏(50)だった。

「え、そうなんですか?」

「そうだよ、月曜日の朝に見にきてよ」

そう言われて、取材に行くことになった。

マイクで辻立ちは「ちょっと恥ずかしすぎる」

月曜日午前8時。約束の場所は、ラッシュアワーに自転車通勤者で溢れる交差点である。到着した時、アペル氏はクールにタバコ休憩中であった。日本では候補者がタバコ吸ってるのもあんまり見たことないな、と思ったけど、特に隠す様子もない。

「いま休憩中。もう20分やってるんだけどね。じゃ再開するか」

と言って何を始めるかと思ったら、朝食用のパンに政策パンフレットを入れた紙袋を持って、自転車通勤者の波に向かって配り始めた。

配る間の会話といえば、

「パン、どうぞ」

「ありがとう」

程度。「え、これ配るだけですか?」と聞いたら、そうだという。うーん、これは辻立ちとは言わないと思うんだけど。

そこで改めて、日本では駅前なんかでマイクを持って「ご通行中のみなさん!○×でございます!」と叫びながら一票を呼びかけるんだと説明したら。

「我々、北欧人だから。それはちょっと恥ずかしすぎる

と言われた…。

アペル氏にとっては、パンを配るのでも「かなり心理的ハードルが高い」のだそうだ。「でも、主張を聞いてもらうのが一番大事だから、討論会には極力参加するようにしてるよ」。

この日用意したパンは200袋。市議選への出馬は今回で4回目だが、毎回、これをやっているのだそうだ。選挙ポスターを立てかけたリヤカーにパンの袋を大量に乗せ、一人で黙々と配る。「現職議員でも応援はないんですか?」と聞いたら、「友達が一人、パンの用意を手伝ってくれるけど、それだけだね」。

先日のビール討論会の時には、ある質問者に「市長に連絡しとくから、私のところにメールを送っておいて」と発言していたので、党内でも力のある人なのかなと思っていたけど、それでもそんなものか。

投票日の前日だったので、パン配布の後は色々と予定が詰まっているかと思いきや、「今日は9時から3時までは会社に行って…」と説明し始めたので、思わず「え?会社?」と聞き直した。

「だって議員はフルタイムじゃないから。コペンハーゲンの議員は55人いるけど、フルタイムなんてわずかだよ」。知らなかった…。調べてみると、コペンハーゲン市の場合、55人の議員中、フルタイムの議員は市長を含めて7人のみ。多くの議員が別に仕事を持っていることも、政治家と市民の近さに関係しているのかもしれない。

この日は午後3時まで仕事をした後、今度はスーパーの前に立って、帰宅する人たちにビラ配りだそうだ。討論会の出席のほかは、選挙活動の中心はソーシャルメディアでの発信だそうで、見た感じ、ほとんどの政治家がFacebookのアカウントを持っている。

ちなみに、パンを配るのって日本で言うところの公選法違反なんじゃ…とドキドキしたのだが、これも調べてみると、パンやバラの花、ケーキやチョコレートなどを政策パンフレットと一緒に配るのはデンマークではごく一般的で、OKだった。ほっ。

政治家はいかに信頼してもらうのか?

今回はデンマーク人に選挙について聞く取材だったので、比較のため、私が日本の選挙の様子を説明することも多かったのだが、先日の衆院選の投票率が55.9%だったと話すと、決まってとても驚かれた。

なぜそんなに低いのかと尋ねられて、国会が一院制で選挙が比例代表制のデンマークは死票が少なくて一票の力を感じやすいけど、日本はそうではない、とか、いちおう説明は試みるのだけど、結局は「自分の一票で政治が変わると思えない人が多いから、かな」という悲しい説明になってしまった。

逆に日本人には、なぜデンマークでは常に8割を超える投票率なのかと聞かれることが多いが、所変われば常識が変わるというか。

そんな風に両国の選挙の比較をしていたら、ある人が「この資料が面白いよ」と1枚の紙を見せてくれた。信頼を得るためのプロセスが、文化圏によってどう異なるかを説明した資料で、引用元は仏ビジネススクール「INSEAD」のエリン・メイヤー教授が考案した「カルチャー・マップ」。

デンマークは政治や社会全般への信頼度が高いことで知られていて、この国の幸福度の高さを説明する際にも、理由のトップに挙げられる。ではその信頼をいかに得るかというと、この表によれば、デンマークは「タスク重視」の国にあたる。

一方の日本は、「タスク重視」の反対にある「人間関係重視」の文化圏に入っている。例えば、取引先の開拓のために飲み会が設定されたりするのも、「まずは人間関係づくり」というプロセスをたどるから。これを選挙に当てはめてみると、政策を直球でソーシャルメディアなどで発信するのは「タスク重視」型には効くかもしれないが、人間関係重視型なら「どうせ口だけでしょ」と思われるかもしれない。

日本の場合、もともと政治家への信頼度が低いうえ、信頼構築の手法が人間関係重視だとすると、選挙戦は候補者本人や家族、支援者が懸命に「この人は信頼できる人です」と説得して回ることになる。自転車で旗をはためかせながら選挙区を走る、毎日駅前に立って誠実な人柄を示す、という選挙スタイルになるのは、まずは自分が信頼に足る人間であると証明するため、というわけだ。

信頼を得るためのプロセスが違うために、選挙スタイルが違う。この地方選挙を取材をするまで、そんなこと考えたこともなかったが、言い得ているのかもしれない。

【井上 陽子(いのうえ・ようこ)】

デンマーク在住の文筆家、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、米国からコペンハーゲンに移住。デンマーク人の夫と子供2人の4人暮らし。

noteでも発信している。Twitterは @yokoinoue2019