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福島が挑む“全”の壁〜日本人は、食の安全を科学的に守れるか

「科学的な安全」と「消費者の安心」ーー。何を重視すべきかが問われています。

福島県が、2012年度から始めた県産米の放射性物質に対する全量全袋検査をどうするか、18日に開かれる検討会で今後の方針を深めようとしています。

この “全”検査は、BSE(牛海綿状脳症)問題をはじめとして何度も繰り返されてきましたが、コストがかかるばかりで、実は科学的な「食の安全」には結びつかないことも多いのです。諸外国は“全”をやりません。なぜ、日本では“全”検査が廃れないのか。日本人の心に巣食う“全”の壁を考えてみました。

福島で行われている全量全袋検査の様子。毎年、莫大なコストがかかっている。
Waki Matsunaga

福島で行われている全量全袋検査の様子。毎年、莫大なコストがかかっている。

5年も続いている福島県産米の全量全袋検査

まずは、福島県産米の現況を説明しましょう。15年度、16年度は基準値超過はなく、17年度も現在のところ、960万袋以上を測定して基準値超過ゼロ。それどころか、99.99%以上が検出限界(25Bq/kg)未満です。科学的には、県産米は「安全」と言い切れます。

そもそも、福島県といっても、原発由来の放射性物質の降下量は地域によって大きく異なります。米どころ、会津は他県に比べても降下量が少なく、測定しても高い数値が出るはずがありません。浜通り、中通りにしても、地域によって降下量は大きく異なり、懸念のない地域も多かったのです。

なのに、なぜ全量全袋検査がはじまったのか? 2011年秋、暫定規制値(500Bq/kg)を超える米が見つかりました。しかし、ほんのわずか。消費者がそうした高い米を食べ続けて積算の放射線被ばく量が高くなる、という事態は考えにくく、食生活としての安全性はこの時点でも十分に守られていました。

が、地域による違いはまったく考慮されず、全国第3位の面積の広大な福島県が全部一緒くたで、「福島県米は危ない」と受け止められてしまったのです。

米の放射性セシウム全量全袋検査の流れ
福島県農林水産部資料

米の放射性セシウム全量全袋検査の流れ

99.99%以上が検出限界未満

その誤解を解こうと2012年にはじまったのが、全量全袋検査。玄米30kgをいれた袋をベルトコンベヤーに乗せて一つずつ測る装置が新たに開発されて実現しました。米は全部検査済みで、基準値を超過していないことを確認しているので、もれなく安全、安心だ、というわけです。

その後、放射性セシウムのうち「セシウム134」は、半減期(放射線を出し崩壊して半分の量になる時間)が2年なので、大きく減衰しました。さらに、農業現場では、カリウム肥料を多めに施用しイネのセシウム吸収を抑える方法が確立されました。

数値の高い米が出る主因が、収穫などに用いる機械・設備に放射性セシウムが付いていたとか、古い米が残っていたなど、接触により汚染度の高いものから米に汚染が移ってしまう「交差汚染(クロスコンタミネーション)」であることもわかってきて、注意されるようになりました。

今は、生産者が自信を持って、放射性セシウムをコントロールして生産しています。その結果が、99.99%以上が検出限界未満という状態です。

表1 福島県産米の検査状況 ※パーセンテージは、四捨五入により足して100%にならない場合がある
福島県農林水産部資料

表1 福島県産米の検査状況 ※パーセンテージは、四捨五入により足して100%にならない場合がある

検査結果の周知が進まない

科学的には安全。検査の結果は、ウェブサイトで公表されています。でも、周知が進みません。

福島県は昨年9月、首都圏と県内消費者を対象にインターネットを用いてアンケートを実施しました。

その結果、米の全量全袋検査の実施やその結果について「全く知らなかった」と答えた人が7割に上りました。検査結果等を示した上で、今後の検査について問うたところ、「段階的に縮小」が35%、「検査を継続すべき」32%、「あと数年は継続」23%などの結果でした。

県のヒアリングによれば、消費者の心情を踏まえ、「検査した方が無難」「検査を止めて、消費者から文句が来たら対応できない」等、検査を求める流通業者が少なくないそうです。県がJA等生産関係者、消費者等を集めて設置した「米の全量全袋検査の今後の方向性に係る検討会」でも、継続を求める声があるとのことです。

莫大なコストがかかっている

県だって検査は続けたい、それで消費者が安心するのなら……。でも、そう簡単には行かない事情が山積です。まずは莫大な経費。ベルトコンベヤー式装置は1台2000万円。約200台導入しました。この装置を用いた検査は、人件費その他で毎年60億円程度かかります。

2016年は約52億円を東京電力に損害賠償請求して支払ってもらい、残りの約7億円が補助金、つまり国費でした。東電も国の支援を受けているのですから、結局は私たちから集められた税金が、検査に使われているのと同じことです。

表2 米の全量全袋検査に要している金額
福島県農林水産部資料

表2 米の全量全袋検査に要している金額

放射性セシウムが99.99%以上の米から検出されない、というこんな検査を、安心のために毎年60億円もかけて行う意味があるのか? 

検査装置もだいぶくたびれてきており、更新時期は数年後、と言われています。検査を続けるとは、装置を更新するということに他なりません。その意味はあるのか? そもそも、その費用はだれが負担すべき? 東電、つまりは国、私たちなのか?

風評被害がこわい

農家にとっては、米を検査場へ運ぶのが負担になっています。農家の高齢化が進む中で、重労働なのです。「全量全袋検査」を守るため、自分の家で食べる「飯米」も検査場へ運び、持ち帰ります。「どうせ出ないし自分で食べるのに、検査はもういいよ」。そんな声が聞こえてきます。

一方で、全量全袋検査をやめ、収穫した米の一部を調べるサンプリング検査等に移行したら、放射性セシウムフリーの米を作る農家の努力など知らない消費者が、「検査していないから危ないかも」と勘違いするかもしれません。

県水田畑作課の大波恒昭課長は「風評被害を懸念する声は、県内で依然として強い。一方、まだ検査は続けなければならないほど危険なのか? と誤解される、という意見もある」と言います。福島県産米の関係者は悩み、消費者の動向をひたすら心配しています。

“全”検査を求める国民性

福島県は心配しすぎだ。そんなに金がかかるなら、毅然として検査をやめればいい……という“正論”もあります。しかし、県が不安になる状況はよく理解できます。なぜなら、日本の消費者はたびたび、“全”検査を求め、科学的には意味がないのに安心してきた歴史があるからです。

BSE(牛海綿状脳症)の騒ぎを覚えていますか? 狂牛病と呼ばれ、英国で牛が発症し、人にも感染し治療法がない、と大変に恐れられました。日本では、2001年に初めて感染した牛が見つかり、これまでに計36頭の感染牛が見つかっています。人への感染は、英国で感染したとみられる1人を除き、ありません。

BSEの対策は、

  1. 牛の脳や脊髄などの組織を家畜のえさに混ぜないこと
  2. 感染源がたまる部位(特定部位)を除去し食卓に乗せないこと
  3. 検査で食肉提供ルートから感染牛を排除すること


という三つが中心です。

諸外国では、前二つが重視されています。ところが、日本では3番目の検査が安全・安心の象徴になりました。

日本では、と畜場に持ち込まれた牛をすべて検査する「全頭検査」が2001年に始まりました。厚労省は当初、30ヶ月齢以上の牛を検査しようとしていました。実は、若齢牛では、感染していても検出できないのです。だから、若い牛を検査してもムダ。ところが、政治家や消費者団体が厚労省の姿勢を徹底的に非難し、全頭検査がはじまりました。

感染牛が18万頭以上見つかった英国ですら行っていなかった、科学的には無意味な全頭検査で、日本人は安心したのです。

全頭検査が21ヶ月齢以上の検査へと変更されたのは2005年。しかし、その後も若齢牛に対する自治体の自主検査が続きました。厚労省と農水省が科学的に妥当だとされる30ヶ月齢超の検査へと踏み切り、全頭検査の見直しを求める通知を自治体へ出したのは、2013年です。

厚労省はこの際、「科学的な見地から安全との判断が出されているにもかかわらず、公費により全頭検査を継続することは、検査をしていない牛肉は危険であるという誤ったメッセージにつながるおそれがある」と説明しています。

表3 現在、各国が行っているBSE検査 日本の検査が、今も他国に比べて非常に手厚いことがわかる。飼料規制等が功を奏し、感染牛は世界で1992年に3万7316頭見つかったのをピークに漸減し、2004年には3桁、2009年には2桁となり、2016年は1頭しか見つからなかった。日本では、意味のない検査が続いている
厚生労働省資料

表3 現在、各国が行っているBSE検査 日本の検査が、今も他国に比べて非常に手厚いことがわかる。飼料規制等が功を奏し、感染牛は世界で1992年に3万7316頭見つかったのをピークに漸減し、2004年には3桁、2009年には2桁となり、2016年は1頭しか見つからなかった。日本では、意味のない検査が続いている

震災後も、全品検査で安心


さらに、原発事故後の中国、EU等の輸入制限を挙げ、「科学的に輸入再開を求めて行くうえで、日本もBSE対策に関して科学的に対応することが重要」と強調し、全頭検査廃止への理解を求めたのです。

「全てを検査して安全」というイメージは、その後も多くの食品問題でついて回ります。東日本大震災後の食品をめぐる風評被害の問題を調査し続けている東京大学大学院情報学環・総合防災情報研究センターの関谷直也・特任准教授によれば、 “全”をアピールして早期に業績を回復した業者や産地が目立ったそうです。

牛肉は、各自治体が放射性セシウムの全頭検査に踏み切りました。ある県では、養豚農家の全棟を対象に、1頭ずつ検査をはじめました。

そういえば、私も思い出します。「ガイガーカウンターを食品にあてて測定し、全品検査をはじめました」という小売店がありました。そんな検査では、食品内部の放射性物質は検出できません。しかし、消費者には受けたのです。

「全数検査には、科学的に意味がある場合とない場合があります。ただ、全部測定する、というのが日本人のメンタリティには合っている。多くの中から一部を選んで検査する、というサンプリングを、ごまかし、と受け止める文化がある。全の検査は、消費者の安心にはつながります」と関谷准教授は指摘します。

「統計的には、福島県産米の今後の全量全袋検査には、意味がないでしょう。しかし、これまで検査を実施してきたこともその結果も多くの人が知らない、という状況で検査の見直しをするのは、マーケティングの観点からは早すぎるのではないか」と関谷准教授は心配しています。

国際標準はシステム管理なのに…

食品を長く取材していると、日本人はとにかく検査が好き、しかも全部の検査が好きだ、と実感します。全数検査は膨大なコストを要します。しかも、検査で調べようとした項目しか、確認できません。

世界の潮流は、検査頼みではありません。生産段階で危害を生みそうなポイントをあらかじめ洗い出し、効果的な対策を講じるシステムの管理が中心で、それがうまく行っていることを統計学にのっとったサンプリング調査で確認します。

ところが、この考え方を日本人は受け入れられないのです。典型的なのが輸入食品。日本には年間約230万件の食品輸入が届け出られます。当然、すべての検査などできるはずがなく、検査の割合は1割弱。統計学に則ってサンプリングされ行われています。厚労省や輸入商社等は今、生産国での適切な管理指導に力をいれています。

でも、市民団体や週刊誌等の定番の批判は「1割も検査していない。危ない輸入食品に脅かされる」です。

科学的な安全vs.消費者の安心

福島県産米の話に戻れば、放射性セシウムについては生産段階での管理が徹底しているからこそ、非検出が99.99%以上に上っています。ほかの残留農薬やカビ毒等については、GAPという生産工程管理法を導入することにより、より高い安全性に結びつけようとしています。

避難指示等が解除されて作付再開する地域については別途、管理計画をたてて生産し、検査等も行うことになっています。

科学的には妥当な取り組みでしょう。この考え方が国際標準です。なのに、それら以外のなんの懸念もない地域で今後も、全量全袋検査が必要なのか? 18日に開かれる「米の全量全袋検査の今後の方向性に係る検討会」第3回会合で、さらに方向性が話し合われます。

全検査は必要ないという「科学的な安全」と「消費者の安心」の対立構造。消費者は今後も、“全”を追い求めるのでしょうか。悩み続ける県担当者や関係者等の話を聞くにつけ、変わるべきは消費者なのでは、という思いが募ります。

全部検査している、という外形ではなく、農家の努力を見てほしい。検査のコストは、国民全員のお金の問題です。福島の再生は、福島県民ではない私たち自身の課題でもあります。


追記

福島県主催の「米の全量全袋検査の今後の方向性に係る検討会」が18日開かれ、全量全袋検査を数年続け、検査結果に問題がない場合に、野菜や牛乳等で行われている「モニタリング検査」へと移行するという方向性がまとまりました。すべてを検査するのではなく、流通する米の一部をサンプリングして調べ確認するやり方です。

移行時期は2年後や3年後という意見が出ており、県が国等と協議して決めます。

これまで、すべての米を検査していましたが、来年度からは、農家が自分の家で食べる「自家消費米」については希望制とすることを県が提案し、了承されました。これは農家の高齢化等による負担を軽減するためです。友人や親戚にあげる通称「縁故米」は生産者のあずかり知らぬところで流通に上がる可能性があるので、検査対象とします。

さらに、避難解除区域等で、営農再開したところは別途、作付け再開が進み検査データが蓄積されるまで全量全袋検査を実施し、応援してゆきます。会議で意見を述べた有識者から「営農再開地域でも、除染をし、カリ散布をしており生産対策をしっかりやっていくので大きな心配はない」との意見が出ました。

全県的には、モニタリング検査移行後も、食や環境、労働者の安全を守るガイドライン、GAP(農業生産工程管理)等で高度な生産管理を維持し、さらにレベルアップしてゆくとのことです。同時に、消費者、流通関係者等への詳しい説明、コミュニケーションにも努めます。

私も、会合に有識者として招かれ意見を述べました。私はこれまで福島の農業関係者に対して「検査しているから安全、とは言わないで。皆さんの科学的根拠に基づく生産管理、努力があるからこそ安全であり、検査データはその結果に過ぎません。胸を張って、私たち、すごいでしょ」と言ってください、と伝え続けて来ました。今回の会合でも、同じ内容を述べ、すでに安全は確保されており次のステップへと進むべきだと考えること、作付け再開地域ではしっかりと生産管理し検査も行い、生産者が安心して米作りをし、みんなで応援して行く雰囲気づくりを目指してほしいことなど、発言しました。

配布された資料、県の素案は、下記ですでに公開されています。これを元に議論が行われましたので、一部変更されて決定されることになります。

「米の全量全袋検査の今後の方向性に係る検討会(第3回)」の開催内容について(https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/36035b/zenryouzenhukurokensa-oshirase.html)

【参考文献】

ふくしまの恵み安全対策協議会・玄米平成29年産放射性物質検査情報

福島県水田畑作課

福島県・「米の全量全袋検査の今後の方向性に係る検討会(第2回)」の開催内容について

厚労省・牛海綿状脳症(BSE)について


FOOCOM.NETなぜ、放射性セシウムは米から検出されないのか?〜福島県課長にインタビュー (前編)


FOOCOM.NET全量全袋検査に年間60億円を費やす意味は〜福島県課長にインタビュー(後編)


FOOCOM.NET米の全量全袋検査について、福島県がジャーナリストらと意見交換

【松永和紀(まつなが・わき)】 科学ジャーナリスト

京都大学大学院農学研究科修士課程修了(農芸化学専攻)。毎日新聞社に記者として10年間勤めたのち独立。食品の安全性や生産技術、環境影響等を主な専門領域として、執筆や講演活動などを続けている。「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」(光文社新書)で科学ジャーナリスト賞2008を受賞。新刊は「効かない健康食品 危ない天然・自然」(同)