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医療が目指すのは延命だけ? 「子どもとの時間を奪われるなら治療なんて受けません」(前編)

幼い子どもを抱え、ある日突然、すい臓がんと診断されたタムラさん。「治ることはない」と突き放されて、民間療法をやろうとしますが.......。医療は何を目指すべきか、患者と医師の対話はどうあるべきか。新刊『がんを抱えて、自分らしく生きたい』から、印象深いエピソードをご紹介します。

かつて、「診断されれば死」というイメージが強かった「がん」。

しかし、近年では、治療の進歩によって完治することも増え、また全身に転移した状態でも10年や20年、がんと共存することも可能となってきています。

「がんを抱えて、自分らしく生きる」ということを、患者さんそれぞれが考える必要が出てきていますし、また「がんがあってもなくても、関係なく生きられる社会」を作っていくことがひとりひとりに求められているといえます。

その一方で、いまだ抗がん治療や医療制度に合わせて生きることが当然とされるような場面が多いことも事実です。

がんを抱えて、自分らしく生きるために、医療とどのように付き合っていけばいいのか、タムラさんの事例を通じて考えてみましょう。

※5月28日に『がんを抱えて、自分らしく生きたい』(PHP研究所)を出版しました。「がんを抱えて自分らしく生きるためには、医師に頼るべきではない」の一文から始まる本書から、特にお伝えしたいエピソードをご紹介します。

幼い子どもを抱え、治らないすい臓がんと診断

タムラさんはあるとき、自分の尿の色がかなり濃くなってきていることに気づきました。出産してから2年。ほとんど病院に行けていなかったタムラさんは、

「膀胱炎にでもなったのかしら」

と思い、かかりつけ医に診てもらうことにしました。その医師は、タムラさんの尿検査の結果と、皮膚の状態をじーっと見て、

「黄疸が出ていますよ」

と告げたのです。

そして、紹介された大学病院での精密検査で、膵臓がんの診断。担当した医師は、いきなりのがん告知で固まっているタムラさんに対し、畳みかけるように話をつづけました。

「まあ、転移もあるんでね......。手術は残念ながらできないですな。すぐに入院して抗がん剤をやりましょう。抗がん剤をしても治すことは難しいので、まあ数か月延命できるだけですけどね。来週入院で、4週間」

「そんなに入院はできません。息子をそんなに長く預けられるところがないんです」

タムラさんは、腕の中で眠る息子の顔を見ながら言いました。

「でも、うちでは4週間は入院してもらうことになっているんです」

医師は、「困りましたね」という表情で深く椅子に座り直しました。タムラさんは下を向いてしばらく考えこんでいましたが、意を決してこう告げました。

「私のがんは治らない、と先生はおっしゃいましたよね。抗がん剤は単なる延命にすぎないと。それなら、貴重な時間を、体力を、入院生活と抗がん剤で使ってしまうよりも、私はこの子と一緒に過ごす時間を大切にしたいと思います。抗がん剤治療は受けません」

すると医師は、ちょっと口元を引きつらせ、電子カルテに向き合い、キーボードをたたきながら言いました。

「そうですか。では、緩和ケアを選択するってことですね。もう、うちの病院にはかかれませんけどいいですね。うちでは緩和ケアは受けられませんのでね。近くの、緩和ケアがある病院をご紹介します」

「民間療法でがんを治すことにしたんです」

そんなにあっさりしているものなのか、とタムラさんは驚きました。もっと引き留めるとか、別の提案とかがないものなのか…...とがっかりしましたが、仕方なく紹介状を受け取って、病院前のタクシーに乗りこみました。

私、これからどうなってしまうんだろう。それよりも、この子をどうしていけばいいんだろう......。

息子のあどけない寝顔を見て、涙が止まらなくなってしまったタムラさんに、タクシーの運転手さんがぼそぼそと一生懸命話し続けてくれました。耳には入らなかったし、静かにしてほしいなとも思いましたが、さっきの医師の態度を思い出したとき、運転手さんの心遣いは温かくも感じられました。

そうして2週間後、当院の緩和ケア外来に紹介になったタムラさん。

初診を担当した緩和ケア医は、ひととおり話を聞いたところで、こう促しました。

「ちょっと待ってください。あなたはまだ若い。がんだってそんなに進行していない。もう少し考えてみてもいいのではないでしょうか。私たちの科には、抗がん剤治療にも緩和ケアにも詳しい医師がいます。一度、その医師の話を聞いてみませんか?」

そして、抗がん剤治療を専門とする腫瘍内科医でもある私を外来に呼んだのでした。

私が外来に行くと、息子さんを抱き硬い表情で椅子に座るタムラさんがそこにいました。

「初めまして。腫瘍内科の西と申します。緩和ケアの先生に呼んでいただいて伺ったのですけど、少しお話を聞かせて頂けますか?そもそも、私たちの病院にはどういう経緯でご紹介頂いたのでしょう」

すると、タムラさんはぽつぽつと、診断に至るまでの経緯や、前の病院での説明などを話してくれました。次第に、前の医者に対する怒りが湧いてきたのか、語気が荒くなり「おかしいと思いませんか?」「子どもを育てたことないから言えるんでしょうかね!」など文句を言い始めました。

「夫は朝から夜までずっと働いています。両親は遠方で、短期間なら頼ることができても、1か月間の入院なんて無理です。それに、この子と過ごす時間を奪われるなら、治療なんて受けたくないんです! 私は、近くのクリニックでやっている民間療法でがんを治すことにしたんです。夫とそう決めたんです!」

タムラさんは、興奮で体を震わせながらそう言ったのでした。

子どもと過ごす時間を延ばすために 抗がん剤治療を提案

私は30分ほどじっと黙ってひたすらに話を聞いていましたが、少し沈黙を置いたうえで答えました。

「なるほど、よくわかりました。お子さんと過ごす時間が、あなたの心の支えなのですね」

「そうです」

「だったら、その時間を延ばすために、抗がん剤治療をしませんか? どうしてもその民間療法を受けたいというなら、それはそれであなたの生き方ですが、どちらがお子さんと長く過ごせる確率が高いかという話です。入院をしない方法で、抗がん剤をすることは可能です。あなたの心の支えを守るために、お手伝いをさせてはもらえませんか?」

タムラさんは驚きました。

この医師は何を言っているのだ、私は抗がん剤はしないと言って、緩和ケアを受けるために来たのだ、なのにどうしてまた抗がん剤を勧められるのだ…....。

そう言いたそうな顔をしていました。

「本当に、入院せずに抗がん剤ができるんですか? 副作用で、母親としての役割を果たせないということもなく?」

「入院しなくてもできますよ。副作用によって、時間も、体力も奪わないように、薬の調整をすることもできる。何より、あなたの大切なものを支えるためには、いま抗がん剤が必要だと私は思うのです」

タムラさんとの最初の面談は2時間におよびました。硬い表情を崩さず、いつの間にか眠ってしまった息子を膝の上に抱えながら話し続けていたタムラさんでしたが、しばらくの沈黙のあと、こう答えました。

「いまここで決めなくてもいいですか。少し時間をください。夫とも考えてみます」

そして、診察室から出ていきました。かたわらで話を聞いていた看護師が、

「タムラさん、抗がん剤治療を受けてくれますかね」と言い、

「私、もう少しタムラさんの話を伺ってきます」

と診察室から飛び出していきました。

「私の大切にしているものを支える」という先生を信じる

次の外来がやってきました。タムラさんはこう、私に言ったのです。

「先生の言っていたことを信じます。先生は、『私の大切にしているものを支えるために』治療をしませんかと言ってくださいました。私もそうしたいと思います。抗がん剤治療を受けて、母親として子どもと少しでも長く一緒にいたいです」

 前回の面談とは全く違う、晴れやかな顔ででした。

「そうですね。医療に、人生を合わせる必要はありません。あなたの人生のため、あなたが大切にしたいもののために、医療がお手伝いをしていきます」

医療は何のためにあるのか QOLと生きる時間のかけ合わせを最大化する

医療とは何のためにあるのでしょうか。

病気を治したり、命を延ばしたりすることはもちろん大切なことですが、そのために医療が患者さんの人生を縛ったり、制限したりして、結果的に不幸を招くようでは本末転倒といえないでしょうか。

医療は、患者さんの人生が幸せになるためにあります。病気を治療して寿命を延ばすことはそのための一手段でしかなく、寿命が延びなくても生活の質を高めるための医療の使い方というのもあるのです。

財政破綻し医療崩壊の危機に瀕した夕張市で、夕張市立診療所の院長を務められていた森田洋之先生が、その講演の中で「医療の目的はその人が生きる時間とその間のQOL(Quality of Life:生活の質)をかけ合わせた値を最大化することだよ」ということをおっしゃっていました。

つまり、多少の延命ができたとしても、それによってQOLを著しく低下させる可能性のある医療行為については、結果的にその時間×QOLの値を比較して「行わない」という選択肢も考えましょうということです(図)。

Aという治療より、Bという治療では延命効果が低いというデータがあっても、副作用の出方とその患者さんの価値観を考慮して、Bの方がQOLの総量が高くなるということもあります。

また、QOLはプラスだけではなく「生きていてもつらいことばかりしかない」というマイナスのQOLもあります。

この図を考えると、命を延ばすことはもちろんQOL×時間の値を増やす可能性がありますので、選択肢として考え得るものですが、それが全てではないということもわかるかと思います。

厳しい伝え方をすれば患者は非標準的な治療へ行くことを止めるか

また、タムラさんは緩和ケア科に受診したときに、医療保険で認められていない民間療法でがんを治す、ということを希望されていました。このような訴えはがん治療の現場ではとても多くみられるものです。

その時に、患者さんに対して強い言葉をもって、民間療法へ行くことを否定したり、その後の診療を拒否したりするような医療者も散見されます。

では、厳しい伝え方をすれば患者は非標準的な治療へ行くことを中止するのでしょうか。

この疑問については、薬物依存症のコミュニケーションについての研究から示唆を得ることができます。

薬物依存に対しては従来、「ダメ、ゼッタイ」といった厳しい言葉を用いた広告や、社会的な制裁が加えられることが当然とされてきました。しかし、最近では、そのような厳しい言葉を用いたコミュニケーションが、依存症を改善させるためには無意味であるばかりか逆効果であることが知られてきました。

例えば、薬物乱用防止の広告が正論を説き、心を揺さぶる内容であるほど、薬物乱用リスクの低い青少年はその広告の効果を低く評価し、薬物乱用リスクの高い青少年は内容とは関係なく全ての広告を低く評価します(1)。

そしてこれは、内容について耳に入っていないわけではなく、むしろそれらの広告に強い関心を払って、今までの自らの状況と比較検討した結果、自分のこころを守ろうとする防衛機制が働き、それらの広告に対する反発心を抱いたということが予測されています(2)。

つまり、薬物への依存やその重要性が強ければ強いほど、自分にとって不都合な情報を否定することで批判をかわそうとするということなのです(3)。結果的に、薬物依存をやめさせようとすればするほど、当人のこころは頑なになり、薬物依存から逃れられなくなるという構図があるのです。

このことを非標準的な民間療法について当てはめて考えてみましょう。

タムラさんは前の医師から「入院しないならできる治療はない」と追い詰められ、子どもを抱えて心理的逃げ場がない状況です。

その状況において、唯一の「逃げ道」である民間療法を選択することに対し厳しく接したとしても、心理的防衛がはたらいて、より強く民間療法を求めてしまうことになる可能性が高いのです。

医療者と患者との対話のかたち

医療者と患者さんとの間には、対話が不足しています。

複雑化し、時間がない医療現場で、十分な対話を行うことが難しいのは確かですが、キモとなる部分でしっかりと対話をして、お互いの価値観や目指すゴールのすり合わせをしておくほうがよいと私は考えています。

それを怠れば、後にむしろ医療面接の時間が延びたり、何度も面談を設ける必要が出てきたりして、長い目で見た時には時間的なロスが大きくなると考えているからです。

「がんになって、自分らしく生きたい」と願うなら、患者であるあなた自身が、「何を大切にして生きたいのか」、そしてそれをふまえて「QOLの積分値をどうすれば最大化できるのか」を医療者との対話の中で見つけ出していくことが重要です。

そして、非標準的な民間療法も、あなたの人生の中でどういった意味をもつのかを私たち医療者と一緒に考えましょう。

非標準治療を提供しているクリニックの存在は確かに大きな問題ですが、その存在だけが患者を非標準治療に向かわせているわけではありません。私たち、標準治療を提供する側の不適切なコミュニケーションもその一因であることは、医療者側も心に留めておくべきだと思います。

患者さんが、生きる力を保ちながら、自分の人生を歩んでいけるよう、私たちとも対話をしましょう。

そして、あなたが望む人生のかたちのために、医療がお手伝いをさせてください。あなたの生き方を私たちに教えてください。私たちはあなたの傍らで、あなたの背中を押せる存在として在り続けられればと思います。


今回出版した『がんを抱えて、自分らしく生きたい』(PHP研究所)では、非標準治療への対応だけではなく、安楽死問題や希望とは何か、緩和ケアやがんとの共存などについて、患者さんの言葉と物語を中心に語っています。がんという病気を抱えた時、どのように医療を利用して、生きる力を奪われずに歩んでいけるか。よろしければご一読ください。

【参考文献】

1) René Weber. A Multilevel Analysis of Antimarijuana Public Service Announcement Effectiveness. Communication Monographs. 80: 302-330, 2013.

2)René Weber. Neural Predictors of Message Effectiveness during Counterarguing in Antidrug Campaigns. Communication Monographs. 82; 4-30, 2015.

3) Sekar Raju, et al. The Role of Arousal in Commitment: An Explanation for the Number of Counterarguments. Journal of Consumer Research. 33: 173-178, 2006.

【西智弘(にし・ともひろ)】 川崎市立井田病院かわさき総合ケアセンター腫瘍内科医

2005年北海道大学卒。家庭医療を中心に初期研修後、緩和ケア・腫瘍内科の専門研修を受ける。2012年から現職。現在は抗がん剤治療を中心に、緩和ケアチームや在宅診療にも関わる。一方で「暮らしの保健室」を運営する会社を起業し、院外に活動の場を広げている。日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医。著書に『緩和ケアの壁にぶつかったら読む本』(中外医学社)、『「残された時間」を告げるとき』(青海社)がある。