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開業医になって驚いた! 子どもの風邪に抗菌薬を処方する医師と歓迎する保護者

効果がないどころか、害がある処方を放置してはいけません。

開業医になって13年目を迎えます。大学病院に勤務していた時とあまりに違う医療の世界を経験し、勝手の違いに戸惑って未だにこの仕事になれません。

その中で最も驚いたことは、子どもの風邪に抗菌剤を処方する医師がたくさんいるということ、そしてそれを歓迎する保護者もたくさんいるということです。

おそらく国民の半数くらいの人はきちんと知っていると思いますが、風邪に抗菌薬は無効です。いや、有害です。本稿では、小児科の外来では、抗菌薬は99%不要である理由を書いてみたいと思います。

感染症とその治療に神経を使った大学病院時代

開業する前、私は千葉大学医学部附属病院の小児外科で勤務していました。子どものお腹の中にかたまりを作る固形がんが私の専門でした。

小児固形がんも小児白血病と同じように、長期に、そして大量の抗がん剤治療をおこなわないと子どもを助けることはできません。抗がん剤の副作用はたくさんありますが、最も恐ろしいのは血液の大元である骨髄細胞が破壊されて、白血球が減少し感染症を起こすことです。

子どもに抗がん剤を投与するにあたっては、感染症に対する治療がきちんとできなければなりません。私はそうした治療を20年近くおこなってきました。

抗がん剤を投与して10日から14日くらいが経過すると、子どもの白血球の数は、正常の100分の1くらいにまで低下します。ほぼ全員の子どもが高熱を出す状態になります。免疫能が低下して感染症を起こしているのです。

「どこに」「何の」細菌がいるのか、突き止める

ウイルスが犯人であることもありますが、原因はほとんどの場合、細菌です。私たちが最初にやる仕事は、「どこに」「何という」細菌が増殖しているのかを探すことです。そこで培養検査というものをおこないます。

一番怪しいのは「血液」です。それから「便」「尿」「鼻咽頭」「皮膚」。そうした場所から検体を採取して検査部に回します。検査部は、検体を培地(細菌が増える栄養素を含んだ足場)に植えます。そして細菌が増えてくるのを待つのです。

細菌が増殖してきたら、それが「何という」種類の細菌かを決定します。そしてその後、最も重要な「感受性」のチェックをおこなうのです。

抗菌薬にはいろいろな種類があります。一部を書きますと以下のようになります。

  • ペニシリン系
  • セフェム系
  • カルバペネム系
  • アミノグリコシド系
  • マクロライド系
  • ニューキノロン系


たとえば、培養検査で「血液」の中から「緑膿菌」が検出されたとします。そうするとこれは「敗血症」と呼ばれる状態ですから治さないと子どもは死に至ります。検査部では、その「緑膿菌」に対して、どの抗菌薬が効くか、つまり「感受性」を調べてくれるのです。

私たちは、検査部からの報告を受け取り、原因菌に対して「感受性」のある抗菌薬を投与します。これによって子どもは感染症を脱することができるのです。

「鍵」と「鍵穴」のような細菌と抗菌薬の関係

つまり以上のことをまとめると、抗菌薬を使用するということは、「どこに」「何という」細菌がいるから、それに対して「感受性」のある抗菌薬を使うという流れになります。ある意味でとてもシンプルです。

ちょっとオーバーに言えば、細菌と抗菌薬の関係は、鍵と鍵穴のようなものです(ちょっと医学知識がある人なら、鍵と鍵穴のたとえは免疫の仕組みを説明するために本来使われることを知っているでしょう)。

抗菌薬は大きく2つに分類すると、「天然抗菌薬」と「合成抗菌薬」になります。天然抗菌薬は別名、抗生物質と呼ばれます。この方がみなさんの耳に馴染んでいるかもしれません。

抗生物質というくらいですから、生き物を殺す薬です。細菌はそれ自体完成した生き物で、栄養を与えれば1つの細胞が2つに分裂し増えていきます。抗生物質はそれを抑え、死滅させるのです。

一方、ウイルスは生き物ではありません。遺伝子とタンパク質のかたまりです。栄養を与えても増殖することはありません。人の身体に感染し、人間の細胞の中の器官を利用して自己複製をするのです。私の恩師の先生は、ウイルスを「生物と無生物の間」であると表現しました。当然、抗生物質(抗菌薬)は効きません。

私は大学で勤務していた時、医師であると同時に教師でした。医学生や看護学生に医学を教えるのです。小児外科学を教える中で、感染症の話もずいぶんとしました。もちろん、ウイルスに抗菌薬は無効であることは、常識として伝えました。

開業医の間で蔓延している「風邪に対する抗菌薬」という非常識

ところが開業医になってみると、外来小児科の世界では日常的に風邪に対して抗菌薬が使われていることを知り、びっくり仰天しました。

日本の医療はフリーアクセスと言って、患者家族は自由にどこの医療機関でも受診できます。ある医院で風邪の治療を受けたのになかなか治らないと言って、私のクリニックを受診するケースは日常的によくあります。お薬手帳を見せてもらうと、それまでのそのお子さんの人生が抗菌薬投与の連続だったりします。

抗菌薬投与が必要な細菌感染症など人生に数える程しかないはずです。特に小児期はそうです。私には21歳と16歳の子どもがいますが、この子たちは抗菌薬を内服したことは一度もありません。

あなたのお子さんが、「発熱」「鼻水」「のどの痛み」「咳」、あるいはこれらの組み合わせで医療機関を受診したとします。

医師が肺の音を聴いて、雑音を聴取しなければ診断はもう決まっています。それは風邪です。正式な医学名称は「急性上気道炎」です。アメリカでは「鼻・副鼻腔炎」と言います。

そして「急性上気道炎」の原因はほぼ100%、ウイルスです。ウイルスは人間の免疫によって排除されますから、風邪は自然に治ります。薬も必要ありません。ましてや抗菌薬を投与することは間違った医療です。

風邪を治すために最も重要なのは風邪薬ではなく、栄養と休養です。ムリをして疲れをため込むと体力が落ちて、ウイルスは下気道にまで広がって気管支炎や肺炎になることがあります。

なぜ抗菌薬が処方されたのか その理由は?

私は保護者の方にどういう理由で抗菌薬が処方されたのか、聞いてみることがよくあります。

一番多いのは、「特に説明はなかった」です。その次が、「発熱があるから / 発熱が続いているから」です。さらに続くのが「鼻水の色が汚いから」です。

説明がないのは話にならないとして、熱があるという理由で抗菌薬を使うのはナンセンスです。人はウイルスに感染すると、自分で発熱します。病気が熱を出させるのではなく、子ども自身が発熱し自分の免疫力を高めるのです。発熱は防御反応と言ってもいいでしょう。解熱剤も本来使う必要はありません。

鼻水の色が汚いのは風邪では当たり前のことです。人の鼻の奥には常在菌が住み着いています。ウイルスによって鼻の粘膜が荒れてしまうと免疫細胞が活躍します。この時、免疫細胞は、ウイルスに感染した細胞や常在菌をまとめて破壊します。その死骸がドロリとした黄緑色の液体です。

汚い鼻水が出ると、「これは風邪から副鼻腔炎になった」と診断する医師がいますが、これも正しくありません。アメリカでは風邪のことを「鼻・副鼻腔炎」と言うように、子どもが風邪を引けばほとんどのケースで炎症は副鼻腔に波及しています。仮に副鼻腔のX線CTかMRIを撮影してみれば、どの子にも炎症が映るでしょう。

抗菌薬が本当に必要な場合は?

では、「発熱」「鼻水」「のどの痛み」「咳」のお子さんには100%抗菌薬は不要と断言していいのでしょうか?

わずかながら例外があります。

1つは「溶連菌感染症」です。ただし、溶連菌感染症は「鼻水」「咳」はほとんどありません。「のどの痛み」と「発熱」が主症状です。口の中を観察すると上あごの粘膜がザラザラしており粘膜下に出血があり、燃えるように赤くなっています。通常、拭い液で検査をしますが、検査をするまでもなく視診だけ診断が付きます。

もう一つは、風邪の症状に加えて耳を痛がるケース、「中耳炎」です。鼓膜を観察すると、赤く炎症を起こし、手前に向かって鼓膜が盛り上がっていたりします。鼓膜の向こう側に膿が貯まっているのを透かし見ることができる場合もあります。

風邪をひくと鼻の粘膜に炎症が起きます。鼻の奥には、3種類の常在菌が住んでいます(肺炎球菌とインフルエンザ桿菌とモラクセラ=カタラリス)。炎症が起きると常在菌が増殖し耳管を伝わって中耳に移動して炎症を起こします。これが中耳炎です。

さらに、渇いた咳がいつまでも続く「マイコプラズマ肺炎」という病気もあります。X線を撮影すると、肺が広い範囲で白い影になっています。専門用語で間質性肺炎と言います。血液検査によってマイコプラズマに対する抗体が上昇していることで診断が確定します。

溶連菌感染症も中耳炎もマイコプラズマ肺炎も、「どこに」「何という」病原体が存在しているかがはっきりとしています。本来は「感受性」の検査をすべきですが、溶連菌感染症と中耳炎の起因菌にはペニシリン系の抗生物質が効きくことが分かっています。

マイコプラズマ肺炎にはマクロライド系、あるいはニューキノロン系抗菌薬が有効であることが分かっています。鍵と鍵穴の関係ですね。

不要な抗菌薬は子どもの体に有害

不要な抗菌薬を使うことはムダであるだけでなく、子どもの身体に害があります。

一つは抗菌薬が効かなくなる「薬剤耐性菌」を生み出すことです。

抗菌薬をしょっちゅう飲んでいる子の鼻の奥には、通常のペニシリン系抗生物質では死なない菌が住み着いている可能性があります。こういう子が中耳炎になると、抗菌薬の「感受性」をきちんと調べないと中耳炎を治しきれないことになります。菌と抗菌薬の、いわゆるイタチごっこになる訳ですね。

抗菌薬には、少ない種類の菌にだけ効果のある薬(狭範囲)と、多くの種類の細菌を殺せる薬(広範囲)があります。

前者の代表がペニシリン系抗菌薬で、後者の代表はカルバペネム系抗菌薬とニューキノロン系抗菌薬と言ってもいいかもしれません。

そもそも風邪には抗菌薬は無効なのですが、医師によっては広範囲に効く抗菌薬を風邪に使用する人がいます。多数の細菌に効果のある抗菌薬を使えば、それだけ数多くの薬剤耐性菌を生み出す結果につながりかねませんので、より問題が大きいと言えます。

もっとワールドワイドに見ると、世界保健機関(WHO)はこのままでは2050年には全世界で毎年1000万人が薬剤耐性菌で命を落とすと警告しています。現在のがんで亡くなる人よりも多い計算ですね。

もう一つの害は、下痢になることです。人の腸の中には約1000種類、約100兆個の細菌が住み着いています。常在菌です。常在菌が存在することで、口から有害な菌が入って来ても、それが感染しないようにはねのけることができます。また腸内細菌は人の免疫力に密接に関与しています。

みなさんは、食物アレルギーが「食べる」ことによって防げることをご存じかもしれません。赤ちゃんが離乳食を始める時、腸に入ってくる卵や乳製品は異物として認識されます。

ところが赤ちゃんの月齢が比較的低いと、腸内細菌との共同作業によって免疫反応が起きません。これを専門用語で「免疫寛容」と言います。「免疫寛容」は赤ちゃんの月齢が低い程、成立しやすいという性質があります。

したがって、離乳食の開始を遅らせることや、抗菌薬を多量に内服して正常腸内細菌数が少なくなっている状態は、食物アレルギーを起こすことにつながります。

さらにその後、喘息などのアレルギー疾患を次々と発症する可能性があります。2歳未満のお子さんでは、将来のアレルギー疾患を抑えるためにも、抗菌薬の使用は慎重な上にも慎重になる必要があります。

「肺炎予防のため」に抗菌薬は間違っている

ではなぜ医者は風邪に抗菌薬を出すのでしょうか? 私には理由が分かりません。可能性としては、次のようなことが考えられます。

  1. 風邪に抗菌薬が効くという間違った知識を持っている
  2. のちに肺炎と診断された時の言い訳になる
  3. とりあえず保護者が納得する


こんなところでしょうか。1と2は、医学的にまったくの間違いです。

「風邪に対して肺炎に進行しないように予防的に抗菌薬を投与する」という説明を聞いた経験のある読者もいるかもしれません。

一見もっともらしい説明ですが、実はこの考え方は数多くの医学データによって「正しくない」と否定されています。抗菌薬を飲んでも人の体内の細菌はゼロにはなりません。抗菌薬に対して強い菌、毒性の強い菌だけが生き残り、それらが細菌性肺炎の原因になるのです。

3については微妙な問題があります。先日の本サイトの朽木記者の記事によれば、医師の6割以上が患者から希望があれば抗菌薬を処方するという調査結果があるそうです。

私も年に1回くらい抗菌薬を出して欲しいと頼まれることがあります。もちろん断っていますが、それは子どもにとって最善に医療とは何かを真剣に考えているからです。

「どこに」「何という」細菌がいるから「この抗菌薬」を使うという説明がなければ、風邪に対して抗菌薬の使用はあってはならないことです。

あなたには本当に信頼できる主治医はいますか? いるのであれば、抗菌薬が処方された時には必ずその理由を確認してください。そうすれば医者の方も安易な抗菌薬の処方は無くなっていくでしょう。

【松永正訓(まつなが・ただし)】松永クリニック小児科・小児外科院長

1961年、東京都生まれ。1987年、千葉大学医学部を卒業し、小児外科医となる。日本小児外科学会・会長特別表彰(1991年)など受賞歴多数。2006年より、「松永クリニック小児科・小児外科」院長

『運命の子 トリソミー 短命という定めの男の子を授かった家族の物語』にて2013年、第20回小学館ノンフィクション大賞を受賞。著書に『呼吸器の子』(現代書館)、『発達障害に生まれて 自閉症児と母の17年』(中央公論新社)など。