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こんな方法は、もはや世界でも日本くらい…!? 「ガラパゴス」な日本の手書き投票、あなたは知ってた?

候補者名を手で投票用紙に書く、「自書式」の日本の選挙。実は世界では珍しい形式でした。世界の主流は「記号式」。日本の「ガラパゴス」な選挙について、立命館大学の小松浩教授に話を聞きました。

選挙に行ったら、候補者名を手で書いて投票するーー。

日本では「普通」だと感じるこの投票方法ですが、名前を手書きする「自書式」の投票は、実は世界では珍しいって、知ってましたか?

なんで日本では今も自書式なの?今後、変わる可能性って?

海外や日本の選挙制度に詳しい、立命館大学の小松浩教授に話を聞きました。

ーー候補者の名前を手書きする「自書式」は世界では珍しいと聞きましたが、本当なんでしょうか?日本では自書式が当たり前なので、少し意外です。

そうですね。私の知る限りでは、自書式を続けているのは、ほぼ日本ぐらいだと言っていいんじゃないかなと思います。

日本では、選挙に行って候補者の氏名や政党名を手書きで書きます。

なので、選挙と言えば自分で「書く」のが当たり前だという先入観があって、どこの国もそうだろうと思っている人が多いですね。

私もメディアから選挙関連の別のテーマでの取材を受けた時などに、「自書式を採用しているのは日本くらいだ」というと、いつも「そうなんですか?!」というような反応をされます。

皆さん意外に思われますが、多くの国では「記号式」が採用されていて、投票用紙に候補者名や政党名が印刷されてあり、投票する時は候補者名の横にバツ印などをつけます。

自書式というのは、極めて特殊なんですよね。

ーー日本で今でも、自書式を採用している理由や背景は、どのようなものが考えられますか?

一つ目は、記号式で投票用紙に政党名や候補者名を印刷する時の「順序」です。

これが投票に影響するという主張が、日本ではかなり有力なんです。

一番上になってる人が当選しやすく、だんだん下になれば、当選しにくくなり、公平じゃないという主張があります。

私の専門はイギリスの選挙制度で、イギリスは記号式投票制ですが、並び順で不利になるというようなことは聞いたことがありません。

一番最初に印刷されている候補者名に、有権者が丸を付けるという考えは、ずいぶん有権者をバカにした考えだなと思います。

二つ目に、「有権者に名前書いてもらってナンボなんだ」という政治家の考えがあると言われています。

名前を書いてもらうということにこだわり、マルをつけられるのでは重みを感じないという考え方も、政治家の中には比較的よくあるようです。

三つ目は、自書式は現職や既成政党に有利だという考え方です。

名前が知れてる人ほど書きやすく、新人候補や新党は書きにくいということで、現職の国会議員たちからすると、自分たちに有利な制度だというように考えてるという側面もあります。

自書式の採用には、世界的に「制限選挙」の歴史背景があります。

アメリカではかつて、有権者登録時に「読み書きテスト」を行い、読み書きができない人には選挙権を与えないという制度がありました。これは、黒人を排除する役割を果たしていました。

読み書きができない人や一定の教育を受けていない人は、選挙権を持つのに値しないという考えがあったんです。

日本でも(明治時代から大正時代にかけて)、納税要件という条件がありました。

お金がないイコール教育を受けていない、読み書きができないということで、教育の要件、財産の要件はパラレルだったわけです。

その時代から、日本は投票の方法を変えていません。

ーーそうだったんですね。やはり自書式では、色々な理由で字を書くことにハードルを感じる有権者もいると思いますが、自書式のメリット・デメリットを教えてください。

自書式は、ほぼデメリットしかないと考えています。

票の判別、識別には作業時間がかかります。

基本的には可能な限り有権者の意思を尊重し、できるだけ無効票にしないよう、「多分これはこの人に入れた票なんだろう」と、有効票にするために判別をします。

しかし、やはり微妙なものも出てきますし、裁判になったケースもあります。

日本はずっと自書式でやってますから、疑問票の処理についても、非常に細かな判定基準が発達しています。

だから私は、日本の選挙制度は「ガラパゴス」的だと言っています。

疑問票の処理は大変な作業で、日曜日の夜などに開票するのですが、有効か無効かと判断するには時間もかかります。

夜8時に投票を締め切って、選挙管理委員会や市町村の職員が、投票日に即日やります。日曜日の夜で、休日・深夜手当などの人件費もかなりかかっています。

そして、自書式というのは障害者にも、やさしくない投票方法です。記号式なら丸は自分でつけられるけど、候補者名を全部自分で書くのは難しいという人もいらっしゃいます。

手や腕に障害がある方などは、自書式では代理投票してもらう形になります。でもこれだと投票の秘密性が守られません。

自書式は難しくても、記号式やタッチパネルでの投票はできる方もいます。

障害者団体などからも、自書式の問題性は、よく指摘されています。

また、自書式との関連性は分かりませんが、選挙カーで街をまわり、名前だけを連呼するという日本独特の選挙運動もありますね。

ーー1994年に一度、日本でも国政選挙で記号式導入を認めるという法改正があったんですよね。でも翌年には元に戻してしまったという流れがあるといいます。

はい。1994年の政治改革の中で、記号式を導入することになりました。

しかし、さっきお話したように、現職の政治家からすると、何か自書式に非常に愛着があるのか、投票用紙の氏名の順番などの問題で記号式には抵抗があったようです。

自民党中心に反対の声があがり、1回も記号式を国政選挙で実施することなく、法改正で廃止されました。

ーー法改正で一度変えたものを1年後にまた変えるというのは、結構大変なイメージがあるんですけれども……。どうなんでしょうか。

世の中でも、一般的にあまり関心がない問題だということが、理由の一つにあると思います。

自書式が当たり前だと思ってるから、おかしいと思わないんですね。

メディアの人たちも疑問に思わず、国会でそういう審議があってもスルスルと通ってしまい、あまりニュースにもならないということだと思います。その後も法改正がされず、自書式のままです。

変えるためには、国民が声を上げることが必要とされます。

やはり国民の声が大きくなっていくと、さすがに「現職にとって有利だからこれで…」なんてことは言えなくなり、変えざるを得なくなると思います。しかし現状では、そのような国民の声はほぼありません。

国民の関心が低く、記号式を導入しようという声がなければ、政治家は「このままでいいよね」となると思います。

ーー地方選挙では、スタンプ式など記号式を導入している自治体もあります。以前は、タッチパネルで投票できる電子投票を採用していた自治体もあるようですが……。トラブルがあったこともあり、あまり広がらなかったのでしょうか。

基本的には記号式に対する抵抗感があり、それが最大の理由なのではないかと思っています。

電子投票制については、2003年に岐阜県可児市での議会議員選挙で、システムのトラブルが起き、全票無効になったといういわゆる「可児ショック」と呼ばれる出来事がありました。

そのようなトラブルが起きてからは電子投票制が広がらず、むしろ廃止していこうというような流れがあります。

地方議会など、選挙制度によっては議員の数が非常に多くなると、投票用紙に候補者名を全て印刷することが難しいという、テクニカルな部分の課題もあります。

国政選挙でも、難しいのは参議院選挙の比例代表ですよね。政党名でも書けるし個人名でも書けるとなると、ものすごい人数の氏名を投票用紙に印刷することになるので、難しい部分もあります。

比例代表での個人名投票の場合は、自書でせざるをえないと思います。

記号式は、おおかたうまくいくと思いますが、選挙制度によって難しい点もないわけではありません。広がらない理由には、そのような点もあるのかと思います。

ーー文字を書くことが難しい障害者や高齢者を含む、いろんな人にやさしい選挙になるためには、どのような改善が必要だと思われますか?

そうですね。まず、自書式はやめるべきだと私は思います。

なぜこれにこだわるのか。冷静に考えたらこれを維持するメリットはないと思います。

一方で、記号式に移行する時に、先ほど述べたような難しいケースもでてくると思います。

そのような場合は、世界で記号式を導入している国で、いろんな工夫がありますから、それにならっていくことができるのではないかと思います。

電子投票については、「可児ショック」が大きくて、皆および腰になっていますが、今の技術ではやりようがあると思います。

日本では今、電子投票を導入してる自治体が少ないために、電子投票の機器のレンタル費用が高くなっています。しかし、どんどん導入していくようになると、費用の問題も解決していくと思います。

何かリスクがある新たな選挙制度にチャレンジするということは、なかなかハードルが高いとも思いますが、既にそれらの制度を採用している国がありますから、参考にして制度を整えていくことは可能だと思います。


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サムネイル:Getty image、AFP=時事